第三十二話 転校生、再び!
彦乃がサクラと出会い、数日が過ぎた。
彼女は彦乃同伴の下で検査を受け、晴れて彦乃たちの仲間となったのだ。
『もう一つは、その子の面倒を彦乃ちゃんたちで見るって方法なんだけど…』
『それで行きます!』
二つ返事で、サクラの処遇は決定された。
戸籍も正式に「此宮 桜」という名前を貰い、彦乃の家で面倒を見る事となった。
最初は祖父も何事かと驚いていたが、先にコンペイトウの方から来た人が説明を行っていたらしく、驚いたのは思っていた以上の可愛さだったからなんだとか。
スターライトに関する事も「彦乃に協力して貰っているプロジェクトの一環」という形にぼかされ説明されていたようだ。
最初は朱莉と同じ周防姓にしようという案もあったのだが、主にヘレン達によって反対されてボツとなっている。
では彦乃と同じ雲類鷲姓にしようという案が挙がってくると、今度は「私より先に雲類鷲姓になるなんて…」と敵意をむき出しにする織姫の気持ちを汲んだ彦乃が「なら神社と同じ苗字にしよう」という事になり、現在の此宮姓へと至る。
そして現在はと言えば…
「んぐんぐ…」
「あっ、ダメだよ桜ちゃん! それはお昼ご飯の分のお弁当っ!」
彦乃はいつものようにキッチンで学校へ持って行く弁当の準備をしていた。
いつもは自分一人分と祖父への作り置き程度で済むのだが、今日からはちょっと違う。
桜の分の弁当も作らなければいけないのだから。
なんて思っていたら、弁当箱の中身を覗き見していた桜が卵焼きを一切れつまみ食いしてモグモグと食べてしまった。
「……味・鮮度・まごころ…全て良好……流石は彦乃…」
鮮度は昼になるまでに多少落ちてしまうとして、まごころ込めて作ったから美味しいと感じるような舌を持っているのだろうか、この少女は。
半ば呆れつつ、味見程度で済んでよかったと思いながら弁当箱の蓋を閉じて適度な大きさのハンカチで包むと桜に渡した。
今日から桜も学校の仲間なのだ、嬉しくてしょうがない。
しかも聞けば同じクラスだという。
転入生は美波に続いて二人目だ。
「よっし、後片付けは帰ってからでいいかなっと…桜ちゃん、ちょっと待っててね? 戸締り確認してこなきゃ」
それぞれの部屋の窓や扉の鍵が締まっているのを確認して玄関へ戻ってくると、靴とにらめっこしている桜が座り込んでいた。
「……どうしたの?」
「………デブリ…」
桜のその一言を聞いた瞬間、彦乃は桜を大急ぎで抱えて玄関から離れる。
まさかこんな時間から攻めてくるとは。
そんな風に考えていたのも、玄関の外を見て一気に正気へ戻った。
外は嫌と言う程に明るかったのだ。
アレ?と思わず声が漏れる彦乃は、桜を降ろして様子を見る事にしてみた。
「……これ…」
「……」
桜が指差した先に居た者。
それは、どこからか迷い込んできたのであろう小さな蟻だった。
自分で付けた目印を追いかけているようで、同じところをグルグルと円を書くように歩き回っている。
「……桜ちゃん、大丈夫だから行こう?」
「……うん…」
呆れとも諦めとも少し違うような複雑な思いを胸に仕舞いこんだ彦乃は、桜の手を引いて学校へと向かう。
途中で織姫や操、美波と合流しながら歩いていると、気が付けばお喋りに華を咲かせている内に学校に到着していた。
彦乃たちにとっては見慣れた正門だったが、桜にとっては初めて見る光景だ。
「それじゃ、桜ちゃん職員室に連れて行ってくるね」
「一応私も付いて行くわ」
「そんなら、ウチと織姫は先に行っとくわ。行くで、織姫ー?」
「うん…」
明らかに意気消沈している織姫を引っ張っていくようにして、二人は教室棟の方へ向かう。
対して彦乃たち三人は職員棟の方へ向かった。
桜を職員室へ案内する為だ。
なぜ二人も必要なのか。
それは…
「失礼します」
「んー…どうぞー」
職員室よりも先に、校長室に用があったからだ。
校長室の中では、彦乃の祖父と同じか少し年下かと思われる老人が書類に目を通している所だった。
「話は聞いてるよ、雲類鷲君の従姉妹なんだってね」
「あ、はい」
桜の戸籍を作成するにあたって、彦乃との関係をどうするかを悩んでいた事があった。
最初は異母姉妹や異父姉妹が良いかと思っていたが、彦乃の提案によって従姉妹という認識で固まったのだ。
「そして…」
「コンペイトウ関連です」
美波の言葉を聞いて、校長は「なるほど…」と一つ大きなため息を吐く。
コンペイトウがため息を吐かれるような所なのかはさておき。
「……」
時間は少し過ぎ、教室の黒板に自分の名前を書いた桜は自己紹介をしようとしていた。
が、いつまで経っても名前を書くのが終わらない。
此宮、の此の字からチョークを動かす手が一向に動かないのだ。
「……?」
心配そうに見ていた彦乃だったが、やっと桜に動きがあった。
チョークを持っていた手からチョークがポロリと落ち、腕を抱えてその場に蹲ったのだ。
「桜ちゃん、大丈夫っ?!」
流石にこれは何かあったのかと思い彦乃が立ち上がって桜の下へ駆け寄る。
古傷か何かが開いたのかと思えなくもないが、家では一緒に入浴だってする彦乃には分かる。
そんな傷跡なんてどこにも存在していない。
では何が原因だったかと言えば。
「……彦乃……この振動は…ダメ…」
「あぁ~…」
皆さん、チョークで黒板に文字を書く際、力が入り過ぎたりしてギギギッとした感じの振動が手を通して骨まで伝わってくるような感触を味わった事は
無いだろうか?
上手く黒板の上を滑ってくれず、それでも無理矢理に動かそうとした事によって苦痛が襲い掛かってくる、あの感じだ。
桜は正にその感覚に襲われていた。
「私が代わりに書いてあげるね」
「ダメ……あれ…?」
彦乃がチョークを掴もうとする手を取ろうとした桜だったが、時すでに遅し。
桜の名前を黒板にサラサラッと書いた彦乃はあっと言う間に書き終わってしまっていた。
「出た! 彦乃の超速筆記!」
「やっぱいつ見ても腕の動きがあーでこーで」
「男子、うるさーい」
最初から転校生がどうのこうのでざわざわと騒がしかった教室ではあったが、すっかり彦乃の話題にすり替わってしまっていた。
元々彦乃の苗字は「雲類鷲」これを画数に直すと脅威の53画にもなる。
普通の人なら多くても20ちょっとなのではないだろうか?
そんな彦乃ならではと言うべきか、彦乃は文字を書くのが早かったりする。
なら字そのものは汚いかと言われれば、そう言う訳でもなく。
適当に書くよりは多少乱れるだろうが、それでもグチャグチャに書いたりする事はしない。
「ほら、桜ちゃん、自己紹介して?」
「……サクラ…此宮 桜……です…」
教室が比較的静かになったのを見計らって、彦乃が桜の背中をポンと押す。
別にスイッチがあるとかそんな訳じゃない。
頑張れと背中を押す、ただそれだけだ。
「青星に続いて転校生二人目…これは」
「いやいや、それ別にここだけって訳じゃ…」
「転校生自体、ここ以外では来てないみたいですねー」
「「マジかっ?!」」
文佳が、何やら男子生徒たちとコソコソ話しているようだが、それだけ声を張り上げて喋っているとコソコソしている意味も何もあったものではない。
だが実際、文佳の言っている事も本当だ。
このクラス以外で転校生が来たと言う話は一つも聞いたことが無い。
「えーと、此宮は雲類鷲の従姉妹で…」
「従姉妹っ?!」
「マジですかっ?!」
男子たちに続くようにして、文佳まで食い付いてきた。
これはきっと、授業が終わった後にでも質問責めに合うだろう。
覚悟しておいた方が良いかもしれない。
「うるさいなぁ、説明できないだろ?」
「先生、説明の続きをどうぞ!」
すっかり聞く気満々な文佳がペンとメモ帳を持って瞳をキラキラとさせていた。
おいしい特ダネには真っ先に食い付く。
それが、文佳のやりたい事でありやるべき事でありやろうと思った事なのである。
「やれやれ……雲類鷲、私よりお前が説明した方が早そうだぞー?」
「あ、はい。 えっと、桜ちゃんは元々は北海道に住んでて…」
その後にもやれ交通事故で家族を全員亡くしているとか。
やれそのショックであまりお喋りが得意でないとか。
やれ向こうでも友達が居なかったから仲良くしてほしいとか。
最後の仲良くして欲しいというのはともかくとして、桜に付けられた背景は全てでっち上げた物だ。
それもたった今。
家族全員をどうのこうのという辺りは彦乃の過去を参考にしているのではないかと、文佳あたりなら気付いてしまいそうだが…
「そんな過去が…うぇ…あったんですねぇ~…」
涙脆い性格なのが助かった。
しかし、文佳はあんなに泣くような性格だっただろうか?
「と、こんな所かな…皆、桜ちゃんと仲良くしてあげてね」
最後は彦乃がクラス全員へお願いする形で桜の自己紹介は終了した。
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「ふー…あれは色々とヤバかったね…」
「……?」
時は過ぎ、放課後になった彦乃は大慌てで神社まで帰って来ていた。
文佳あたりは桜についてしつこく聞いてくるだろうと思っていたが、何故だか素直に引き下がってくれた。
少し怪しいとは思いつつも、追及したりはせず家へと帰ってきて、今は居間でのんびりと過ごしていた。
「あれは…全然大変じゃない……戦いの時と比べたら…」
「いやいや、デブリとの戦闘と比較しちゃダメだって~」
二人で笑いながら寛いでいる様は、本当に従姉妹かそれこそ姉妹のようだった。
彦乃が床に寝転がると、桜も横で習うように転がって彦乃にくっつく。
撫でてやれば小さく声を上げたり、足をパタパタさせたりと、まるで子猫だ。
「えへへ~…桜ちゃんは可愛いなぁ…」
「はふぅ……んっ…」
撫でられて気持ちいいらしく、心地よさそうな表情を浮かべて彦乃の為すがままになっていた。
なんだかますます猫のようだ。
甘えるようにゴロゴロと声を上げる辺り、本当に猫なんじゃないかと。
いや、いくらなんでもおかしい。
「……」
「……あ、猫か」
縁側の外を見ると、本当に猫がやってきていた。
なるほどと思うと同時に、じわじわと笑いがこみあげてくる感じは、なんとも良い物だ。
暫くして、彦乃は時計を見て料理を作り始めるのだった。
つづく




