第二十六話 最適解
練習場のセッティングが終わり、参加者全員の準備も整った。
元から集まっていた為、事前にヘレンが教えられていた集合場所に行くのではなくその場で合図と共に開始する形式を取る事となる。
まぁ面倒くさいからというのもあったのだろう。
「じゃあ行くぞ?ご~…」
『ヨーイドンっ! 始めちゃってー!』
「よ…ちょっ! 早いのよっ!」
数を数える事も無く、朱莉の合図で強制的に始まってしまった。
美波以外の三人が素早くその場を離れる中で、気持ちの入れ替えが出来ていなかった美波は一足出遅れてしまう。
ここでルールの一部を説明しよう。
その場でぶつかればいい話なんじゃないかとも思ったので補足程度に。
試合開始1分までは練習場を移動する事を前提とし、互いに半径15m以内には接近しない事とする。
これは、時間をおいてポジションを固めるという利点を作る事と、故意的に潰してしまう事を無くす為だ。
因みに今回は彦乃と言うレーダー役が居てくれるおかげで、ルールを違反する者がいれば即座に朱莉へ報告が向かうようにされている。
「美波ちゃん、大丈夫~?」
『だ、大丈夫よこのくらいっ!』
開始直前にヘレンから渡された小型の通信機を、彦乃たちはみんな装着していた。
耳に挿すタイプなのだが、本体に触れると通信準備に入り、名前を口頭に付ける事で誰への通信かを認識し対象者へ送るというスグレモノだ。
『雲類鷲さん、それよりあいつはズルしてないの?』
「してないよー? ちょっと移動した所で止まったままみたい」
まるで戦う相手を待っているかのように、建物の屋上でヘレンは不動のまま立っている。
それは彦乃の感覚だけでなく、同じように建物の屋上に出ていたからこそ普通に目視できている。
腕を組み、仁王立ちのまま目を閉じて動かないヘレンの姿がそこにはあった。
『一分経過ー! 始めていいよー!』
「あっ、もう経ったん…だっ?!」
「おせぇーよっ!!」
朱莉の放送に気を取られていた、その一瞬の間の事だった。
30mは離れていたであろうヘレンが、一気に彦乃に喰らいついていたのだ。
ヘレンの腕の動きを見て、槍の穂先で弾いて防御するのが精一杯だ。
更に彦乃は防御してみてある事に気付く。
「くっ…(剣筋が…見えないっ?!)」
「オラオラどうしたぁ?!」
何も剣が透明と言う訳ではない。
それに、開始直前にハンデだと言って、ヘレンは自分の武器を彦乃たちに見せてくれていた。
刀身の細い、レイピアのような武器だ。
というかレイピアなのだろう。
斬るのでも抉るのでもなく突き刺す事にのみ特化した武器だ。
操の武器よりはいくらかリーチが長い。
「リーダーなんだろっ?! もっと気合入れなきゃ…殺しちまうぞぉ?!」
「ぐぅ…おおぉぉぉ!」
ヘレンに意識を最大限まで集中させて、彼女の一挙一動全てを見逃さずに五感と感覚の持てる限りを総動員して対処していく。
牛頭からのサポートもあってか、今の所一撃たりとも被害は受けていないが、それと同時にこちらは一撃たりとも叩き込めていないのもまた事実だ。
なんとか打開策を見つけようにも、次から次へと叩きこまれる剣劇の乱舞に圧倒されてそれどころではない。
「おっ、やるなぁ……それでこそだぜぇ!!」
だんだんと押し返していくかに見えたが、ヘレンにとってそれはほんの小手調べに過ぎなかった。
「なっ…っ!」
「おっと、一本か? っつっても、私が取っても意味ないんだけどな」
ヘレンの剣をいなす事が出来ず、槍の柄でなんとか受け止めた彦乃はそのまま突き飛ばされる形でその場に倒れ込む。
もし柄の位置があと少しでもズレていたら、あの剣が真正面から彦乃の胸を貫いていた事だろう。
一応、禍斗の装甲があるとはいえ、無いも同然のような紙装甲なのだ、デブリと何度も戦ってきた武器相手では防御など考えた時点で負けと言っていいだろう。
そうなると彦乃に残された手段は限られてくる。
「まだですっ! 牛頭っ!」
素早く穂先をヘレンに向ける。
だが、距離的に彦乃がいくら腕を伸ばした所でヘレンには届く事はない。
何がしたいのかと鼻で笑っていたヘレンだったが、そうやって油断したのが間違いだった。
「いっけぇぇ!」
柄を地面に突き刺し、衝撃で下がったりしないようにした上で牛頭へ指示を出す。
槍に備わっている飛行用のブースターが全て前方へグルリと回って同じタイミングでピタリと止まる。
噴出孔の先に居るのは勿論、ヘレンだ。
一瞬、槍が甲高い、ジェットエンジンの出力を一気にあげるような音を出したかと思った次の瞬間には大量の火を噴き出しヘレンを襲う。
「ちっ…んなっ?!」
「私を忘れないでくれるっ?!」
不意打ちだったのにも関わらず、十分に目で追いかけ回避しようとしたヘレンだったが、その足は思い通りに動いてはくれなかった。
足元がいきなり砕け散り、その衝撃でいきなり身体が宙に浮いたのだ。
下の階に居た美波が、メテオーブの力によって天井を打ち砕いたのである。
足の踏み場を失った中、牛頭の炎が迫る。
「…いい線行ってるじゃねえか…」
「嘘っ?! ルミナスで足場をっ?!」
しかし、ヘレンが炎に襲われる事はなかった。
足元に居た美波だったからこそ分かる。
一瞬で何もない所へ光の板を作りだし、それを足場にして蹴って炎を飛び上がってかわす。
だがそれだけでは終わらないのが一流と言うものだ。
「なっ! うぐっ!」
足場にして蹴った光の板だが、その場に残留するでもなくヘレンが蹴った勢いで美波の方に吹っ飛んできた。
美波を抑え込むように、シーツのように覆いかぶさって来たのだ。
しかもこれが、動きを制限されているようで思うように動けない。
美波はその勢いのままに押し潰されてうつ伏せに倒れ込んでしまう。
一見すると輝く布団にでも入っているかのような体勢だが、ほとんど身動きが出来ない。
「だが…まだまだだ!」
「美波ちゃんっ!!」
炎をかわしたヘレンは、そのまま落下していく。
身動きのできない美波めがけて、だ。
すぐさま槍のブースターの向きを変え、彦乃は二人の間に割って入ろうとする。
ただ心の中で「間に合え!」と叫びながら。
「だぁぁらあああぁ!!」
飛び上がった先でも同じように光の板を蹴っていたらしく、凄まじい勢いで美波へ迫るヘレン。
しかし、彼女の蹴りが美波を打ち据える事はない。
「っ…コイツ…」
「くっ…ぐぅ…」
「雲類鷲さんっ?!」
彦乃の祈りは、しっかりと叶えられた。
ヘレンの蹴りを槍の柄で受け止め、それでも抑えきれない衝撃が彦乃に襲い掛かったのだった。
足元の床が砕けていないものの、彦乃は受け止める以外に、出来る気がしなかった。
上から襲い来る衝撃に、肩や肘の関節がもげてしまいそうだと悲鳴を上げているのが嫌という程よく分かる。
自分の身体の事なのだから、当然と言えば当然だ。
「……ふんっ!」
「ぐぅっ!」
一撃を受け止めるのに精いっぱいだった彦乃は、もう片方の足からの蹴りを受け止める事はできなかった。
槍で受け止める事も出来ず、腹への直撃を許してしまう。
そして、蹴られた勢いのままに柱の方へと吹き飛ばされる。
「かはっ…」
「雲類鷲さんっ!? この狂犬、ちょっとは手加減しなさいよっ!」
腹を蹴られたのと、背中を柱にぶつけたのとで、彦乃は肺の中から完全に空気を出し切っていた。
苦痛に目の前が一瞬真っ白になるが、美波の呼びかけですぐに意識を引き戻す。
慌てて立とうとする彦乃だったが、どうにも足が竦んで立ち上がれない。
「手加減して試験になるのかよ? それより立てよ、おら!」
「っ…っはっ……かっ…」
言葉で煽るヘレンだったが、彦乃はその場に座ったまま立ち上がれない。
呼吸が上手く出来ていない所為もあるが、その表情は苦悶というよりは恐怖に怯える者の表情をしていた。
痛い、苦しい、怖い、それらを思っていても、口にもしたくないし行動にもしたくない。
そう思ってはいるのだろうが、表情と大量の冷や汗からしてそう思っている事は間違いない。
「おいどうした、もう終わりか?」
「…っ…っはぁっ……ま、まだ…やれますっ……まだっ…」
槍を杖のようにして、掴まりながらではあるがなんとか立つ事は出来た。
ただ、まだ動き回るのは無理だろう。
「おらおら、いつまで…っ!」
「ぅ危なっ?! ちょっと琴羽さんっ!? どこ狙ってるのよっ!」
いつまでもフラフラしたままの彦乃に苛立ちを覚え始めていたヘレンが、一歩踏み出した直後。
彼女の足元に弾丸が飛んできた。
床を削りこそしたが、どうやらそこまでのようだ。
ただその正確さからは若干の殺意を感じる。
跳ねた弾丸が美波の顔のすぐ横を通り過ぎる事も厭わない。
『青星さん…もう逃げられるから、はやく抜け出して…それより、あの人煽ってくれない?』
美波の通信機に通信が入る。
織姫からだ。
注意を逸らせという事だろうが、相当な無茶を言う。
なんとか抜け出した美波だったが、状況は依然として変わらない。
フラフラで立っているのがやっとな彦乃と、遠距離射撃に備えて警戒しているヘレンが目の前で対峙している。
今にも突っ込んで行きそうなヘレンだが、一歩でも動けばどこからともなく織姫の射撃が襲い来る。
一進一退を繰り返しているこの状況をひっくり返せという事だ。
「あぁもうっ……ちょっとそこのデカ女っ!」
「あぁんっ?!」
注意は上手く彦乃から美波へ移ったようだ。
だがまだ足りないらしく、織姫から「もう一声!」と声が掛かる。
そんな時、ふと輝の言葉を思い出す。
デカ女と罵ってもそこまで反応を示さなくて面白くなかったと愚痴ると共に言っていた言葉は…
「貴女の事よ、「ひめこちゃん」?」
「っ!! てめぇぇ! その名で私を呼ぶんじゃねぇ!」
視線以外は彦乃の方を向いていたヘレンだったが、たった一言で全ての敵意を美波へと向けた。
「彦乃ちゃん、今っ!」
「はぁああぁ!!!」
「んなっ!」
完全に彦乃から注意が逸れた瞬間を、彦乃たちは見逃さない。
槍を向けて瞬時に臨界まで火を噴きあげ、無防備なヘレンへと突っ込む。
織姫はこれを狙っていたのだ。
「くっそっ?!」
突然の出来事にヘレンは対処する事が出来ず…
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「ただいまー!」
模擬戦が終わり、それぞれの家へと送られた彦乃は神社へと帰ってきた。
車の運転を引き受けてくれたヘレンが織姫の家と彦乃の家のどちらでも、子供がはしゃぐような純粋無垢な視線を向けていたのがいつになっても頭の中に残っている。
初対面はあんなに怖そうな人だと思っていたのに、いざ打ち解けてみればなんと馴染み易い事か。
まるで昔からの友人のように接してくれる彼女には、最初こそ驚かされたものだ。
「いやー、ヘレンさん強かったなー」
結果は彦乃たちの勝利で終わった。
流石に手練れとはいえ三対一というハンデは重かったのだろう。
もしもあの場に、迎えに来てくれていた雪菜が加わっていればどうなっていたか分からない。
そう言えば、なぜあの場に雪菜は呼ばれなかったのだろうか?
データ収集という面で見てみれば、スターライトは多い方が良いだろうに。
「おじいちゃーん? 帰ったよー?」
玄関の電気が消えているのはまぁいつもの事として、どこの部屋も電気が付いていないのは如何なものか。
寝ているのかと思い祖父の部屋へ行ってみても誰も居ないし、彦乃の部屋に居るのかとも思ったが誰も居ない。
社務所の方は家の手前にある上、いつものように家へ帰る前に戸締りがしっかりとされているのを確認している。
居間で長い昼寝でもしているのかと思って居間へ行っても誰も居ない。
「うーん……ん?」
ふと、今のちゃぶ台に置手紙がされている事に気付く。
いつも電話のメモ取りなんかに使っている小さい紙がそのへんの石ころを上に乗せておかれていたのだ。
「えぇと…「こんな夜遅くまで帰ってこない孫娘が心配でたまらないので友達と飲んできます」……私を理由にしたいだけじゃん…」
どうやら友達とどこかへ飲みに行っているらしい。
読みながら玄関の方を確認してみると、確かに祖父がいつも履いている靴がどこかへ消えていた。
「全く…飲みに行きたいなら無遠慮で行けばいいのに…ん? 裏側にも何か…?」
ふと手紙の裏側にも、なにか一文が書き足されている事に気付いた。
どうやら祖父の字ではないようだ。
「「気付いたらここに居たので、お布団お借りしますね 雲川」……っ?!」
ごくごく短い文章だったのにも関わらず、彦乃の心を驚かせるには十分すぎた。
確かに彦乃の部屋を調べはしたが、扉を開けて中を覗いた程度で終わらせていたから気付かなかったのかもしれない。
時計を見れば日付が変わった直後くらいだろうか。
起こすのも悪いだろうと、なるべく静かな足取りで自分の部屋へと向かう。
「……むにゃむにゃ…はぐぅ…」
「……ホントに寝てる…」
自分の部屋なのにどうしてこっそり入らなければいけないのかと思いつつも、中の様子を確認していく。
特に物色された形跡もなく、ただいつも自分が使っている布団に文佳が眠っているだけだった。
「……(そういえば、文佳ちゃんの字ってあんな達筆だったっけ…?)……まぁいっか…寝よ…」
若干の違和感は覚えつつも、髪を解いて寝間着へ着替えると彦乃は隣にもう一つ布団を敷いてそこで寝る事にした。
来客用や予備の布団を、彦乃の部屋に置いてあったのは幸いだったと言えるだろう。
わざわざ別の部屋から持ってくる手間が省けたのだから。
「さてと…おやすみ、文佳ちゃん……」
模擬戦の疲れが溜まっていたからか、その日の彦乃は驚く程すんなりと眠る事ができた。
横になって目を閉じれば、すぐにストンと意識が落ちて行き…
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「んぅ……」
「っ?!」
やがて、いつもと同じように目が覚めると自分の上あたりから声が聞こえてくる。
聞き覚えがあるような声だったが、一瞬すぎて誰の声だったかまでは思い出せない。
まぁ、眼を開けば誰の声だったかはすぐに分かったが。
「お…おはようございます…」
「あ~、文佳ちゃん…おはよー…」
ボーッとした頭のままではあるが、名前を間違えたりはしない。
「はれ……なにこれ…」
「っ…こ、これは…」
身体が不意に冷たい風を感じた彦乃が見てみると、布団は剥がされ寝間着も下を履いていなかった。
暑くて脱いだのだろうかとも思ったが、着ていたのは夏用の薄い物のはずだ。
見れば上もボタンが全て外されていてお腹が丸見え。
冷たい風を感じたのはこれが原因だろう。
「これはですね…そのぉ…」
「暑かった…のかなぁ……ふあ……あぁ~っ…」
ぼんやりした頭のままで、それ以上の結論を出す事はなかった。
起き上がって寝間着を整えて朝ごはんの支度に入る。
「あぁ、そうだ。文佳ちゃんも食べて行く?」
「はい、是非っ!」
男に裸を見られていた訳でも無く、驚くような事でもないと判断した彦乃のリアクションは、低いものだった。
布団を畳んでキッチンへ向かい、手際よく料理を作っていく。
ただ、彦乃とは違い文佳の心の中は懺悔と謝罪でいっぱいだった。
「(ごめんなさい…服をめくって写真撮っててごめんなさい…消さないと…消さないと会長が……いや、待てよ?あのデータを会長に売りつければ…)…」
転んでもタダでは起きない女、それが雲川文佳という女だった。
「(ギリギリな写真とかも一杯撮ってたし、あれらも貴重な交渉材料に…)うーん…」
「どうしたの? 今週の記事の内容の事?」
もう出来たらしく、ご飯とみそ汁、あと目玉焼きとサラダを二人分持って来てくれた。
祖父はこれから飲み仲間でゴルフへ行くらしいので、サンドイッチの弁当を手軽に作って見送ってきた所らしい。
「い、いえ、なんでもありませんよ…おー、美味しそうですね! いっただきまーす!」
「はーい、いただきますっと」
二人で朝食を摂り、学校へ行く準備を済ませると神社の入り口で迎えに来ていた織姫と合流して三人で学校へ行くのだった。
つづく




