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星にネガイを  作者: シロクロウサギ
第二章 七夕怪奇譚
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第二十話 責任

 ここはある地下施設の中。

 ケーブルや配線がまるで蜘蛛の巣のように張り巡らされていて見ている者に妙な圧迫感を与えるだろう。

 まさかここが、たった一人の人物の為に用意されたオフィスだとは誰も思うまい。


「………」


 明るさを調節する為か、部屋の照明は半分ほどが消されており、まばらに点灯しているのだけを見てしまえば、照明の寿命がきているのではないかと思わせる。

 が、この配置でいいのだ。

 眼を痛める程に明るくも無ければ、モニターの明るさに目を焼く程の暗さでもない。

 そんな調整された部屋の中、一人の女性がモニターに向かってキーボードを叩いていた。


「……ふあ~~ぁ……ねむ…」


 ピンクの水玉模様をしたパジャマの上から白衣を着ているという奇抜性のある着こなしをしている女性は、大きく欠伸をしたかと思えば、再び黙々とパソコンに次々と命令を打ち込んでいく。

 薄ら眼で打ち込まれて行く文字の羅列を追いかけ、打ち間違いが無いかを瞬時に判断していく。

 眠たいなりに対策はあるらしく、パソコンの傍には栄養ドリンクが置かれている。

 長時間のデスクワーク用にサラリーマン達から長く愛飲され続けているシリーズだ。


「第三段階リミッター設定っと……ちょっと休憩入れるかなぁ…」


 そうぼやきながら席を立ったのとほぼ同時に、この機械だらけで人があまり入って来なさそうな部屋の扉が開かれる。

 入り口に立っていたのは、彼女のよく見知った人物だ。

 背は低く小学生のようなのに、この施設全体で一番偉い人。

 組織全体でも重鎮クラスに偉い人なのに、文字通りの前線に立って戦っている所謂「物好き」

 しかもチートじみた力を持っているというのだから何も言えない。


「やっほー、生きてるー?」


「ええ、おかげさまで37時間労働中です…行くとこ行けば慰謝料貰えますよ?」


「ここに自分から住みたいとか言った子は誰だったかな?それと、この部屋にいる時間=勤務時間で数えるんじゃありませんっ!おみやげあげないよ?」


 どこかで買い物でもしてきたのか、紙袋を片手に持った彼女はずかずかと部屋に上がり込んでくる。

 周防朱莉社長、この研究施設を含めて会社一つを纏め上げている人物。

 そして、研究の行き詰っていた一人のはぐれ研究者を招き入れてくれた人物でもある。


「セレスちゃんさぁ、もう少し仕事以外の事してもいいんだよ?」


「いえ…研究以外にやりたい事も趣味も夢も野望も無いですから…それに、今はこれが「楽しい事」ですし」


 そう言いつつ、パソコンのモニターのひとつを朱莉にも見えるように手で手繰り寄せる。

 モニターに映し出されていたのは、パッと見ただけでは何のことかサッパリわからなさそうな羅列がビッシリと並ぶウィンドウだった。

 セレスはこれを見せて何を伝えたかったのだろうか。


「…すみません、間違えました…」


 俯きつつ手にしていたモニターを元の位置に戻し、隣にあった別のモニターを取ってくる。

 そこに映し出されていたのは、微かに光を放つ空豆程度の大きさの石ころだった。

 よく似た形で言えば、彦乃たちが受け取っていたアクセサリーがそれに近いだろうか。


「これが次の試作品?」


「はい。どうもこれはオプションタイプのようで、外付けの装備…とでも言った方がはやいでしょうか」


「そうそう、この前のリミッター除去型サテライト、デルタの子たちに試してもらったけど完成度バラバラだったよ?」


「一気に三つ揃えてくれとか言われたって、そんなのほぼ無理なんですよ。プラナリアみたいに分裂してくれる上に性質が全く一緒、みたいな物でもないとピッタリ一緒、なんて無理ですよ」


「そっかー………でも、効果が一番高いのだけは教えてくれたよねー」


 モニターを覗きこみながら話す二人は、いつの間にやら朱莉が買ってきていた土産の菓子を開けてさっさと食べ始めていた。

 ショッピングモールの一階部分にある食品街のちょっとした人気商品だ。

 見た感じは最中なのだが、普通の物と比べてかなり美味。

 材料を厳選するのがポイントなんだとか。

 ぶっちゃけ説明されても分からない時は分からないしなんか曖昧だ。


「それを調べる時間を作らされたから、他の二つの完成度が低かったんですけどね」


「まーそこはしゃーなしよ」


「「しゃーなし」…?」


「しょうがない、って事。意図的に暴走を引き起こさせるサテライト作ってなんて言ったらブチ切れるでしょ?」


「当然ですよ。そんなデメリットしか発生しない物をわざわざ作らせるなんて正気を疑いますね」


 意図的に暴走を引き起こさせる作用を持つサテライト開発。

 メテオーブの性能を引き上げる効果は他のサテライトと変わりないが、その上昇効果に制限や上限を設けない事で意図的に暴走を引き起こさせる働きを持ったサテライトの開発を命じられたのだ。

 イメージとしては、フライパンや鍋を長時間空焚きしているような物だと思って貰えばいい。

 フライパンをメテオーブの装着者、火をサテライトと考えるのだ。

 最初の内はフライパンである装着者に加熱されていくだけで肉眼的には何も起こっていないように見える。

 しかし、途中から徐々に水など一切入れていない筈なのに蒸気が発生しだし、それは煙へと変わっていく。

 やがて温度の上昇によって、何もないフライパンは炎を発する温度に到達した途端に炎を吐きだすようになる。

 それによる火事は、これまで無数に報告されている火事原因の一因だ。

 余談だがこれを書いている作者の家でも起こりかけた。


「まぁ結果が見れたし完全に無駄って訳じゃなかったでしょ?」


「ですね。雲類鷲彦乃……彼女は、通常ならばキャンセルの出来ないビッグバンモードを「中断」してみせた…」


「しかも戦闘向きな装備と索敵向きな装備が同居してる…ちょっと優遇過ぎてチートとか思っちゃうくらいにね」


「貴女がそれを言いますか。しかし、彼女のポテンシャルにも興味はありますね…」


 真面目な話が続いて行く中、セレスのある一言を聞いて朱莉はにやりと笑って見せた。

 絶対に何かするつもりだと自己主張しているような、そんな顔だ。


「ん~?セレスさーん? 彦乃ちゃんの何に興味があるって~?」


「はい? ですから彼女のポテンシャルに…」


「何のポテンシャルなんですかね~?」


 にやにやと笑いながら尋問を続ける朱莉の顔は、特定の言葉を求めているようにも見える。

 言って欲しい言葉がある、狙い通りに動いてほしい、というような下衆な下心を秘めたにやけ顔。

 しかしセレスはそんな事を気にしたりはしない。


「彼女の身体的な…」


「よっしゃ言ったな!このスケベ痴女めぇ!」


「あー………身体的なメテオーブとの協調性を始めとした、総合的に見た彼女の肉体スペックの高さに興味が湧いた、と言ったんです。槍の推進力に押し負ける事なく自身を制御するだけの腕力、デブリからの攻撃を自力で回避するだけの脚力、咄嗟の判断を行うだけの反射神経、飛翔体デブリからの攻撃を見切るだけの胴体視力、それから…」


「うへー…ごめんなさい、私が悪かったです…」


 この勝負、セレスの勝ちだった。

 これからもきっと長く続くであろう解説の前に、朱莉は成す術無く打倒される。

 完璧な形でのカウンターを喰らった朱莉に、勝機は一つもない。

 参った様子に微笑むセレスは「これくらいで勘弁してあげます」とだけ言って一つため息をついた。


「ところで、今回のは何作ってるのー? 私からは製作指示出してないけど?」


「これは先に言った強制解放のサテライトの所為で後回しになっていた分です。シリウスに対応させる筈の物でしたが、どうやら汎用性が高かったようでしたので汎用型へのカスタムへ移行して、現在で約75%が完成しています」


「ふむふむなるほど」


 モニターに映し出されている完成予想図に沿うようにして複数の細身なアーム類が精密な作業をこなしていく。

 石を削り出すように形を整えているかと思えば、何度も同じ作業を繰り返したり、全く関係の無い動きを見せたり。

 一体この動きに何の意味があると言うのか。

 アームたちのこの動きに意味があるとは思えない。


「一つはもう完成しています。もうそろそろ…あ、来たみたいですね」


 少し離れた、ダストシュートのようなものが備えられた場所から何か小さい物が落ちてきたようなカランという音が聞こえてくる。

 セレスがそれを取りに行ってみると、ダストシュートの中には手のひら大のケースが転がっている。

 研究成果をそんな乱雑に扱っていいのかとも思うが、よくよく考えればこれを装着した者はもっと過激な戦場へ赴く事となるのだから、落下した程度で破損していては使い物にならないだろう。

 対衝撃テストも兼ねて、こんなダストシュート方式を用いているのかと思うと彼女の賢さが伺える。

 まぁ、単に面倒くさがりなだけとも取れるのは間違いないだろうが。


「ふむふむ……セレスさーん、何これ、ゴミ?」


「何を失礼な。形状に関しては確かにそう見えるかもしれませんが、この形状はスターライト状態に関連した形状であると予想します。まぁ、展開時にどんな形状となるのか、各スターライトにおける形状の変化等はまだ確認できないのですが…」


「あー、ごめん。」


「どうして謝るのですか」


 説明を続けようとしていたセレスだったが、苦虫を噛み潰したような顔をした朱莉を見てキョトンとした顔をする。

 なぜ自分の説明を聞いていてそんな顔をするのかが分からないといった感じだ。

 自分の説明が不足していたのだろうか?

 誤解を招くような言葉を用いた説明をしていただろうか?

 日本語を完全にマスターしていないと思っている彼女には結論が出せないでいた。


「とりあえずそうした方がいいと思ったから」


「そうですか…」


「それと…あ、もう一個来たみたいよ?」


 またしてもダストシュートの方から何かが落ちてきた音がした。

 朱莉が取りに行こうとしたが、セレスは止めて自分で取りにいく。

 戻ってきたセレスが持っていたのは、さっきとは少し形が違う物だった。

 さっき朱莉がゴミ呼ばわりしていた方は、鷹の爪のような湾曲した三角形だったのに対しセレスが持っている物の方は卵のような楕円状の宝石だった。

 ひとつめの方と比べ、かなり輝いているように見える。


「案外早かったようで助かりました。これはルミナスの生成効率を高めるサテライトです。汎用性はありますが、プロキオン用にと開発したようなものですね」


「へー、輝ちゃん用かぁ…」


 セレスの持つサテライトをまじまじと見る朱莉は、ふと想像していた。

 にこにこと笑う輝が、いつもと同じ感覚で味方を回復させていたとしたら。

 ルミナスの生成が増えるとなれば、自然と回復も急速なものとなるだろう。

 それによっては身体中に激痛が伴う事だってあるかもしれない。

 能力を用いて味方を回復している際の輝の表情を、ちょっと想像してみよう。


 手を握り合い回復している間、その対象者の悶え苦しむ姿を楽しげに観察している輝の姿が容易に思い浮かぶ。

 例えそれが、痛みを少しでも和らげようとする思いがあったとしても、どう考えたってサディストのソレにしか見えない。

 本人が居る前では絶対に言えないだろう。


「……あんまりオススメはしないかなー…」


「そうですか?まぁ社長の指示であるならば尊重します。これの使い道は再検討するとしましょう」


「頼むわー……っと、それじゃこれは何のサテライトなの?簡潔にお願い」


 朱莉が指したのは、今もモニター越しに開発が進められているサテライトだった。

 湾曲した三角錐・卵型の楕円形と来て、これは鏃のような形をしている。

 宝石っぽい所は他の二つと同じだがどうも何かが違う。

 朱莉はそれを勘だとか直感でなんとなく分かっていた。


「これですか? これはまだ研究段階なんですよ。なので、まだこれがどんな効果をスターライトに与えるのかは確定していません」


「そう……これ、しっかりと研究頼むわね。こいつは化ける…そう囁くのよ、私のg」


「了解しました。それと社長、それもう古いです」


「うぇー?! お気に入りのネタなんだけどなー」


「だからこそ、です……それでは、セレス・H・アルヴィス、職務に戻らせて頂きます」


「はいはーい。セレスちゃん頑張ってねー」


 ひらひらと手を振って、朱莉はセレスの研究室もとい自室から出ていく。

 空気がプシューと押し出される音と共に扉が閉じられて、静かな廊下が目の前に広がる。

 元々人がそんなに出入りするような場所ではない上、今は通常の社員ならとっくに退勤しているような時間だ。

 辺りにどれだけ気を配ろうと、誰か人の気配を感じる事は無い。


「……」


 廊下を歩く朱莉の表情は、つい先ほどまでと違って楽観的なものではなかった。


「……謝らなきゃいけないよね、彦乃ちゃんには………あの暴走が私の狙い通り、なんて言ったら…やっぱり怒るかなぁ……怒るだろうなぁ…」


 心の中で思うのは、彦乃への懺悔だった。

 あんなにボロボロになるまで戦わせてしまった事への。

 重要な事を隠してまで彼女を暴走状態にさせてしまった事への。

 そして、一歩間違えれば死んでしまっていた事への。


「今度、ちゃんと謝りにいかなきゃ…」


 謝罪の言葉を考えながら、朱莉は自分の部屋、もとい社長室へと戻って行くのだった。

 データ収集の為とはいえ実験動物のように扱ってしまった事を、朱莉は責める事だろう。

 静かに閉じられる扉に、いつもの朱莉のような勢いは見られなかった。


つづく

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