第十八話 燃え盛る炎の中で
熱い。
身体中が焼けるように熱い。
全身の血液が沸騰しているんじゃないかと思える程に内側から、全身から汗じゃなく炎が噴き出しているんじゃないかと思える程に外側から。
身を焦がす、なんて言葉があるがそれを今まさに体験しているような感覚だ。
なんとか力を振り絞って目を開けてみると、槍に乗って空を飛んでいるようだ。
追いかけているのはカラスだろうか。
いや違う、カラスっぽく見えるがあれはデブリだろう。
「………」
自分が息をしているのかすらも分からない。
声を出しているのかも分からない。
そもそも音が聞こえているのかも分からない。
頭の中にある事と言えば、目の前を飛んでいるデブリ達へ向けられた、復讐心すら生温く感じる程の憎悪と敵意。
なぜそんな事を考えているのかとも思うが、それ以外に気が向かない。
「………す……つ…ぶ…す…」
およそ自分の声だとは思えないような悍ましい声が口から出てくる。
考えても居ないし喋ろうともしていない。
それなのに紡がれる言葉は、聞く者全てを敵にしているようだった。
自分の物とは言え言葉が聞こえるようになってきたからか、海面を漂っているようなふわふわとした感覚は徐々に消えていき、代わりにまたしても身体中を外側と内側から焼かれるような痛みが襲う。
どうやらあまりの痛みに自分の脳が安全装置を働かせるように意識を落としていたようだ。
「がっ……あぁ……ああぁぁぁぁあああああああっ!!!」
足の先から髪の毛まで燃え盛るような熱さに晒されていては叫ぶ以外に悶える事くらいしか出来ない。
でもこれである程度は分かった。
人体の発火現象とか聞いたことがあるような言葉とはちょっと違った状況に居るのだ。
「はぁあっ!! はぁっ…はぁっ……あ、あれっ…?」
状況を理解してさあデブリ退治の続きだと気合を込めて、肺の中の空気を一度全部吐き出すつもりで気合を込めて短く叫ぶと、身体の状態が一変した。
身体を包んでいた外と内から焼け爛れるような感覚がまるで嘘だったように消え去っている。
目の前を包んでいた炎も消えて今は周囲がクリアに見えているようだ。
空をサーフィンでもしているかのように槍の上に立つ。
服は炎に燃やされてか、所々が黒く焦げてただでさえデブリとの戦闘でボロボロだったのに燃えてしまった事によって更に露出が多くなってしまっている。
大事な所以外隠せていないような状態では、操の容姿についてなんて一言も言えないだろう。
「さっきのは……おおっとぉ!!」
一体何が起こったのか、状況を把握しきっていなかった彦乃はその場で棒立ちの状態となる。
それは空を飛んでいるカラスのデブリ達にとっては格好の的以外の何物でも無い。
道端に落ちている食べ物に群がる鳥のように、カラスたちは一斉に彦乃へと襲い掛かって来た。
「させっ…」
右手に勇気を込めると、あっという間に衣装が少し形状を取り戻していく。
流石に全快とはいかないまでも、空を自由に飛べる程度には回復してくれているだろう。
腰に装備されている推進器が動いてくれさえすればなんとかなる、そんな気がした。
「ないっ…」
左手に根気を込めると、槍が炎を噴き始める。
ただ、さっきのようなコントロールの効かないような火柱ではなく、早く鋭く動くための炎だ。
腰の推進器も展開して炎を噴き始めていた。
これで彦乃は空を自由に飛び回れる。
「よっ!!」
最後に、全身に元気を込める。
両手の元気やら根気やらと、曖昧な言い方にはなってしまっているが今の彦乃にはそれらが彼女の力になっているのだと説明づけるしかいいようが無い。
名実ともに、彦乃が復活を果たした訳である。
ついでに言うと、彦乃へ襲い掛かろうとしていたカラスの軍勢は彦乃の何かに怯えてか、その場で足を止めていたり逃げ出すものまで居た。
「仕切り直しだね。アルタイル?」
腰を落として姿勢を低くし、槍を両手で握って水平に構える。
足を広げて重心を傾けて、少しでも運動エネルギーを生み出すように工夫を凝らす。
槍も推進器も火を噴き出して、ここに全ての準備は整った。
「狙いは……あれかなっ!」
回復していたカチューシャ型のヘッドギアから展開された小型ディスプレイが右目部分を隠すように重なり外部の情報を瞬時に解析していく。
その結果、最適なルートを割り出したらしくこの方向へ突っ込むよう判断が下る。
何気にカチューシャが丁度いい感じに燃え残る結果となって、ケモミミのような形状になっている事に本人は気付いていない。
後は尻尾でも生えていれば完全に織姫のおもちゃにされていただろう。
「ルート確認よし! いっけえええええええ!!」
足元に地面は無い筈なのに、まるで地面を蹴るようにしてその場を一気に飛び出す。
最初の一歩でフルスピードに達した彦乃は、そのまま見つけ出したルートを一直線に突き進んで行った。
槍で貫かれたデブリ達は、その勢いから突き刺さった場所を基点に真っ二つにされて落ちていく。
いくつものデブリ達を一気に貫いて行くだけでなく、その周囲のデブリ達まで衝撃波に巻き込んで撃破していたのだが彦乃にそれらを確認する余裕はない。
「……よぉっし!!」
カラスの群れが居る場所を抜けて少し進んだ所でブレーキをかけてクルッと回って後ろを見た。
自分が通った道がハッキリと分かるように、デブリが消え去った場所がポッカリと開いている。
斜め上方向に突っ込んでいたからか、彦乃は今となってはかなり上空に居るようだ。
このあたりでは有名な超高層マンションが足元で小さく見えるのだから間違いない。
そこまで上昇した彦乃は、上空にある異変を見つけた。
「……なにあれ……あっ! あの黒い粉の塊か」
彦乃の居る場所よりも高い場所に、それは存在していた。
蚊の大群が集団交尾をする際に皆して寄り集まるから大きな黒い塊が出来るという話はちょくちょく聞く。
大きな湖なんかではたまにあるらしい現象だ。
だが、目の前でうねるように動いているソレは蚊の大群なんかではない。
人々の身体から滲み出ている黒い粉が、上空へ舞い上がって一か所に集まっているのだ。
「よっし! それじゃあ今度は…あれ…を…」
再び姿勢を低くして飛び込もうと身構えていた彦乃だったが、不意に身体中の力が抜けて槍を握っているのが精いっぱいな程になってしまう。
視界がグルグルと回り、文字通り目を回してフラフラとしていた。
「うぁぁ……なに………これぇ…」
最終的には槍も推進器も炎が完全に止まり、彦乃は宙に留まる事が出来ずに地面へ墜落していく。
高さがあるとは言っても高層マンションが130Mとちょっとと考えると、その倍も無い200M程だろうか。
何も無ければだいたい3秒ちょっとでグシャリだ。
薄れ行く景色の中で彦乃が見たのは、夜空がひび割れて青空が広がっていく光景だった。
「あ……操ちゃんがやったのかな…」
「彦乃ちゃぁぁぁぁぁぁん!!」
「……あれ…?おりひm ぐえっ!」
地面に墜落する一歩手前で、彦乃は織姫の衣の帯にガッシリと絡め取られて引っ張られる。
そのまま鞭で絡め取った物を引き寄せるようにして彦乃は、織姫の胸の中へ飛び込む事となった。
絞殺されるんじゃないかと思う程にキツく縛られた上に織姫からの拷問のような抱き締め。
この二つが合わさり、瀕死の彦乃にとってはトドメの一撃と化するのだ。
「彦乃ちゃんっ! 生きてるよね彦乃ちゃんっ!? ねぇってばっ!!」
「あー…織姫…?彦乃なら顔真っ青にしとんで…?」
「わーっ! 彦乃ちゃんしっかりしてーっ!!」
「………いっつもああなの?」
「面目次第もあらしません…」
フワフワと浮かぶ朱莉、織姫、操の三人に助けられた彦乃はそのままゆっくりと織姫の腕の中で意識を手放した。
なにも死んでしまったという訳ではない。
戦いの中で募っていた疲れが、ドッと一気に来たのだ。
なんだかそれだけではないような気もするが、彦乃はそれ以上を考える事は出来ない。
抗いようの無い倦怠感と疲労感に身を任せ、安らかに眠るのみ。
「ごめんなさい彦乃ちゃんっ! お願いだから目を…ハッ! このシチュエーションは………あだっ!」
「アホか! なんで織『姫』の方がキスしにいっとんねん! 眠り姫も助走付けて右ストレートでツッコミにきよるわ!」
寸劇を繰り広げる三人を見ながら、朱莉は不意にニヤリと笑っていた。
何もこの寸劇に笑っていた訳ではない。
面白いものを見つけたとか、そういった類の笑みだ。
「本当に面白い子だよ彦乃ちゃんは……暴走したルミナスを無意識で制御しちゃうなんてさ…本当は暴走なんか起こさないのが一番なんだろうけど、やっぱり経験するかしないじゃ違うからねぇ…」
ゆっくりと降りて行き、図書館のある辺りにふわりと舞い降りると朱莉は三人に聞こえないような小さい声で独り言をつぶやいていた。
この周囲を包み込んでいたEFがどんな規模かは分からないが、そろそろリセットされた人々が何事も無かったように行動し始める頃だろう。
こんな恰好で出歩いていたのではコスプレ扱いか、操のように露出が激しい衣装なら露出狂扱いされるだろう。
適度な所で止めさせるように言って、朱莉も元の姿に戻る。
と同時に、朱莉の携帯に電話が入ってきた。
どこからなのかは見なくても分かる。
「私d…眼えぇっ!」
『……大丈夫ですか?』
携帯を取り出す所までは良かった、あくまでそこまでは。
お気に入りにしているバイクのキーホルダーがあるのだが、大きさ的には親指より少し大きい程度と案外デカい。
そんな物をぶら下げていたからだろうが、携帯を耳に当てようとした際に振り回されたキーホルダーが大きく回って朱莉の右目を直撃したのだ。
「……眼が…眼がぁぁ…」
『……バロスww』
「笑うなっての……あーいたっ。で、リアルタイムで見てどうだった?」
『結論から言おう。「雲類鷲彦乃はある意味でイレギュラーだ」』
「へぇ……帰ったら話聞かせて頂戴ね? お土産にモールのお菓子テキトーに買っていくから」
電話の相手が言っていた「イレギュラー」とは一体?
その意味が分かるのは、もう少し先の話になるだろう。
続く
次回は積み重なってきた設定の数々の説明会としての要素が強いので、読まないのもアリかもしれません




