第十六話 命の重さ
織姫から離れて掃討を行っていた操は、少しずつ距離を離すように戦っていたはずがいつの間にか織姫を完全に見失っていた。
周りを見れば、住宅街の路地のようで見通しが悪い。
敵の攻撃を避けながら移動していた結果がこれでは誘い込まれたとしか思えなかった。
「なんやねんさっきから……出てこんかいボケーッ!!」
狭い路地を走り回らされていた操は頭に血が上ってきていた。
敵の姿は見えず、路地を外れて高い所を行こうとすればどこからともなく敵の銃弾らしき物が撃ち込まれてくるので、こうして狭い場所へ追い込まれたというのに。
だからと言って足を止めて隠れているという訳にもいかない。
「………あーっ!もうじれったいわ!デネブ行くでっ?」
簡単な合図だけ言うと、デネブは操のやりたい事を理解してくれたらしく分身を作り出す。
「了解です。しかし、危険性が少し高い気がするのですが?」
「ええねん!ウチかて実力がないなんか思っとらんしな……にしたってキワど過ぎやろコレ…」
光を纏って現れた分身体のデネブと作戦会議を開いていた操だったが、その目は分身の身体を見る事にばかり向いていた。
デネブは分身体、つまり操自身とほぼ一緒の見た目と言う訳だ。
当然服装もスタイルも一緒な訳で。
自分が着ているのを見ているだけでも相当恥ずかしかったと言うのに、いざデネブの姿で自分の姿を再確認してみると更に恥ずかしさが募る。
高校三年生という若さ溢れる年齢にしては少し成長の著しい、言ってしまえば色気に満ちた身体。
それを最低限の防具や衣装で隠すという、「当たらなければ」主義な装備構成で出来た装備たち。
出るところは出て隠すべき所は必要最低限隠しているその恰好。
一見するとただの痴女である。
「なんでデネブ呼び出したらこんな恰好なんねんホンマに…」
「普段着のまま戦いたいのですか?被弾即アウトですが宜しいのですね?」
「いやいや冗談やから…」
お願いだからそれ以上脱がないでほしい。
というか話しながら衣装に手を掛けて脱ごうとするのを止めていただきたい。
そう願う操の気持ちを察してか、デネブは一度頷くと服を脱ごうとする手を止める。
まぁ、こんな戦いの最中にストリップショーなど始められては命がいくつあっても足りないというものだ。
「しっかし、どうすんねんコレ…」
「私はあなたの指示に従うまでです。指示を」
どうやらデネブはやる気まんまんの模様。
だからなのか、腰に提げられた剣はもう抜かれている。
しかも姿勢を低くして今にも突っ込んで行きそうだ。
自分が分身であるが故の無謀さなのだろうか。
「やめんかい。もうちょい待っとけって」
「待機ですか。了解しました。いつ頃まで待ちましょう?」
物凄く淡々と、まるで命令を待つロボットのように指示を受け入れ必要な事だけを聞いてくる。
まぁ変におしゃべりなよりは良いのだろうが、ちょっと冷たいような気さえする。
「いい言うまで動くなや?敵さんの攻撃は避けてええけど」
「了解。指示を待ちます」
そう言ってデネブはその場で足を止める。
動き回っては居たものの、どうやらデネブが足を止めた場所は隠れるのにどうも適しているようだ。
全て把握した上で行動しているのか、それとも行動した結果が付いてきているのかは判断が付かない。
「………?…静かになっとるな…」
「どうかしましたか?」
「いやな、追いかけて来とった奴らが追って来おへんのよ。それがちょっちおかしーてな」
操が感じていた違和感は、すぐにその答えが出る事となる。
「…なんやコレ、地震か?タイミング悪いわぁもう」
「いえ、これは……何かがこっちへ走って来ています。…大型デブリと推測!」
だんだんと振動の正体が近づいてくるほどに、なるほどそれは地震ではないとわかる。
コンクリートが砕けるような鈍い音が断続的に何回も続いて遠くから聞こえてくるのだ。
少し考えれば分かる。
住宅や壁を食い破りながら突っ込んできているのだ。
「……来よるで、デネブ!」
「了解!分散して迎撃にあたります!」
二人して隠れていた袋小路から飛び出して敵の姿を確認する。
「なんやねんコレ……前に逢うたゾウといいコイツ…イノシシか。コイツといい…」
「大きいですね。約5M」
家で言うと二階建ての家くらいある高さを持った、鈍い銀色の身体を持った大きなイノシシが二人の前に立っていた。
普通のイノシシとは似ても似つかない程に機械的で非生物的なフォルムをしている筈なのに、見た目が何に似ているかと問われればイノシシとしか答えようがない。
デブリが全体的にそんな感じの姿な訳だがコイツはどうにもおかしい。
イノシシに備わった頭部の牙が、まるで盾のように広がっている。
あれは貫くというよりは体当たりして轢殺する為の物にも見える。
そしてイノシシの眼は、操とデネブを同時に捉えているのだった。
「コイツ……なにわろてんねん!」
「?…このデブリの表情が分かるのですか?」
「んぁ?言うて見ただけや。それよか来んで!」
操が挑発したのが原因だろうか、イノシシは二人めがけて突っ込んできていた。
事前にそれを見ていたからこそ回避する事が出来たが、もしも体当たりをモロに喰らっていたらと思うと生きた心地がしないというものだ。
アクセル全開で急発進してきた大型のトラックに轢かれるような物と言えばイメージしやすいだろうか?
それほどの質量がいきなり突っ込んできているのだ。
「っんのっ!彦乃みたいなやっちゃな!」
「…次に彦乃さんに会ったら伝えておきましょう」
「やめーや!アイツも潰してそれでチャラや!」
「どういう理屈なんでしょう?ですが先に…」
操たちを巻き込めていないと気付いたのか、イノシシはブレーキをかけて二人の居る方へ向き直る。
そう言えば、どこかのゲームでこんなモンスターが居たなぁ、練習台の雑魚ボスで。
とか操は思っていた。
「せやろ?んじゃ……いっちょ行くかっ!」
「了解。私が牽制します。操は本命を!」
「言われのぉてもわかっとるわ!せいやぁ!」
まずは脚を切り裂き動きを止める。
イノシシの脚は身体と比べて小さな物であり、巨体を支えるには少し貧弱である。
動物の方だけではなくデブリの方でもそれは同じ事が言えるようであり、二階建ての家か大型トラックくらいある身体に対して、それを支える足は人間と同じか少し小さいほどの大きさだった。
そこ目掛けて斬撃を試みた。
だが…
「っ……かっ……たあぁぁぁぁ!!」
「右腕に軽度の裂傷。問題ありm…危ないっ!」
刃が全く通らない。
鉄の身体だから当たり前なのか、それともデネブの刃がなまくらなだけなのか、それは分からない。
だが、操に反動があったという事だけは確かだった。
もし堅さに気付かずそのまま刃を捻じ込もうとしていたならば、腕の筋肉がやられていたか、最悪骨折して使い物にならなくなっていただろう。
途中で気付いて柄から手を離していたというのに、反動が腕に激痛となって襲い掛かる。
きっとミシミシとした音が耳を澄ませば聞こえてくるのだろうか。
「わかっt…がっ!」
「頭部に負傷。操っ!」
デネブの声を聞いて咄嗟に後ろへ飛び退いた筈だったが、剣を拾うと言うワンモーションが致命打になったのだろう。
先程まで操が居た場所を、イノシシの脚が豪快に踏み砕いていた。
飛び退いていなければ今頃は生きていなかっただろう。
そして、致命打というのは踏み砕いたコンクリート片にあった。
爆発するように爆ぜたそれらの破片が、まるで散弾のように操へ襲い掛かることとなった。
いくらかは剣で弾道を逸らせたからよかったものの、いくつかは操に直撃する事となる。
腿をかすめ、腹に刺さり、右肩を射抜き、そして掛けていたメガネが弾き飛ばされる。
「いったったぁ……しゃ、洒落んならん…っ?!ぐぅぅあっ!」
「操っ!しっかりしてください!目を閉じてっ!」
「あ…アホォ……んな事しとる場合や…あぁああっ!!!」
激しい頭痛が操を襲い、その場に立っている事すら出来なくなる。
ズキズキするとかジンジンするとかよく言うが、そんな非ではない程の痛みが操の脳を抉って行く。
「耐えてください!あのデブリだけを見て!」
「なんやねんコレぇ……ま、前にあった奴か……っ?!コイツは…」
頭の痛みに耐えながら目を開いた操に見えた敵の姿は、デネブが見ているそれとは少し違っていた。
シルエットそのものは同じなのだが、おかしなものが付属している。
身体中にいくつもの「黒い点」が見えるのだ。
全体を走るひび割れと共にそれらを見て思ったのは、カビの根のようだという感想だった。
「あの点を突いてください!私にはそれが見えない!」
「や……やったろうやんけ……サポート頼むで、しくじんなや?」
「了解。一瞬でカタを付けましょう」
「……は?なにしとんのキミ?」
今にも突っ込んできそうに地ならしをして勢いを整えていたイノシシを前に、デネブは操の両手を握る。
そのまま向かい合う形になると、操の顔をじっと見つめてきた。
二人の周りに花でも散らせたいところだが、今はそれどころではない。
「投げます」
「…は?」
「行きます、せーの」
「ちょ、まっ!心の準備が…」
「ちょりそーっ!」
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ハンマー投げ、というよりはブーメランでも投げるかのような簡単さでデネブは操をぶん投げた。
果たして分身体のデネブにそれほどの腕力があったのか、逆に操がそれほどまでに軽かったのか。
謎です。
「こんのっ……動くなやぁぁっ!!」
先程のダメージとコンクリート片によるダメージも考えるに、右腕は使えない。
そう踏んだ操は左腕で剣を握る。
そしてそれを、イノシシの丁度目と目の間に刺し込んだ。
生物的には結構弱点な種類は多いと思う。
だが相手は刃を通さないような鋼鉄の身体を持っている。
刃物とはいえ脇差程度の刃が通じるのか少々不安ではあったが、その心配は無かったようである。
「っ?!……なんやこれ…気持ち悪っ!」
鋼鉄の身体など関係ないかのように、刃は身体に吸い込まれるようにして刺さって行ったのだ。
まるで鍵穴に鍵を差し込むかのように。
そしてその直後、イノシシの両目が同時にグルンッと上を向いて動かなくなった。
今にも走り出しそうだった姿勢のままバタリと倒れていく。
「よっ…っと……ああぁ…頭痛いなぁもうっ……二日酔いとかこんな感じちゃうん?」
「いえ、それを耐えれるならそう二日酔いになる事もないでs…そんなに怒らず、まぁまぁ眼鏡どうぞ」
いつの間に拾って来ていたのやら。
未だにズキズキと頭の痛む操を労うようにデネブは眼鏡を差し出していた。
受け取った操がそれを掛けると、たちまちに痛みが嘘のように引いて行く。
「ところで、先程から爆発音が聞こえているようですが…」
「あん…?……ホンマや…新しい敵かいな?」
遠くの方から聞こえてくる、実験か何かでもしているんじゃないかと思うような激しい爆発音が響いてきた。
音のする方を見ようにも住宅街の向こうなのか全く見えない。
音だけが響いてきている。
「あっち行こか。次の奴らが待っとん…ででででっ!」
「安静にっ!血だらけなのを忘れては居ないですか?」
操が自分の身体を見れば、こう言ってしまうだろう。
「な…な…なんじゃこりゃぁっ?!」
どうして生きているのか不思議だと思う程の出血が、装備も服も血で赤く染め上っていた。
黄色が主体の煌びやかだった衣装が血を吸って赤くなってしまっている。
何より怖いのは、それほどの出血だというのにも関わらず頭痛の痛みに隠れていたという事だ。
アドレナリンのなんと怖い物か。
「このままだと死にますよ?!ですからここは安静に…」
「アカン!ここで立ち止まったらアカンのや!」
その場にある適当な場所へ座らせようとするデネブを振り払い、操は爆発の続いた方へ向かって歩き出す。
何度もデネブが止めようとするのだが、その度に操はそれを振り払う。
きっとデネブ自身はパンチ一発で消し飛んでしまうのだろう。
だから、振り払おうとすると無理に押さえ付けようとしないのだ。
「操…お願いですから…」
「大丈夫やって……心配性なやっちゃな…デネブ、ありg」
泣きそうになるデネブを、頭を撫でて礼を言って慰めてやろうと操が手を伸ばした、その時だった。
「…よっしゃ出たああああああああああああ!!」
歩いて2分程の距離の場所から、彦乃が飛び上がってくるのが見えた。
槍の穂先に丸々と太ったモグラの親玉のようなデブリを引き連れて。
「彦乃…無事やったんか……ひk」
「待ってください」
向こうの方で飛び上がってきた彦乃に声を掛けようとした時、デネブに止められてしまった。
「ちょ、どうしたんやデネブ、そんな怖い顔しよって」
「あれは……あの姿は……彼女は暴走しています!」
おふざけや茶々は一切なしと分かる表情で、デネブは彦乃にそう告げた。
デネブが暴走しているという彦乃の姿とは一体…
続く




