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星にネガイを  作者: シロクロウサギ
第三部:金と銀の輝き
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第百○五話 新たな風

 彦乃たちがスターライトとなってから、本当に色々な事があった。

 近所へ続々と降ってくるデブリとの戦いや、巨大なデブリとの攻防。

 時には無理をし過ぎて自分の身体に負担がかかってしまう事だってあった。

 たくさんの仲間たちと出会い、時には別れもしながら、彼女たちは歩んでいく。


「……よっし出来た」


「彦乃、ありがとー」


 年が明けてからも色んな事があった。

 スターライトとしての仕事はめっきり減ったと思いきや、今度は学生としての仕事がどさっと圧し掛かる訳で。

 進路希望調査はすんなりクリアしていたのに、試験期間にはもみくちゃにされていた。

 一方、いつまでも日本に居る訳にも行かないからと言う事もありレジーナは故郷であるイギリスへ帰っていき、朱莉からの指示で美波と輝はレジーナに短期の協力という形で同じくイギリスへと付いて行った。

 デブリによる攻撃も最近はすっかり静かになっていた。

 どこか嵐の前の静けさのような気がしなくもないが、彦乃たちは今のこの平和な時間をしっかりと過ごすべきだ。

 今までが戦い過ぎなくらいに戦っていたのだから、その分しっかりと休息を取らせなくては。

 まぁ、それを彦乃たちに言いでもしたら意地でも戦いに赴いて平和を勝ち取ろうとするだろうが。


「桜ちゃん、カバンは?」


「玄関に置いてあるー」


「よっし、準備オッケーだね。 それじゃお爺ちゃん、いってきまーす」


 今日もいつもと同じように朝食と昼食用の弁当の準備、どちらも済ませた彦乃と桜は家を飛び出していく。

 今日も今日とて学校だ。

 敷地から出てすぐに織姫とばったり出会って一緒に学校へ行くのもすっかりいつもの事になった。

 いつから待っていたのかと聞く度に話をはぐらかされる彦乃はいつしかその質問を投げる事自体を諦めていたりもするが、今は関係のない話。


「今日はね、織姫ちゃんの分も作ってきたんだー」


「え、本当? やったー」


 教室に到着し、いつものように自分の席に座った彦乃は今日の分の授業用意のついでにカバンの中から弁当箱を取り出す。

 何も今から食べようなんて訳じゃない。

 織姫に作ってきた分の、青い風呂敷に包まれた弁当箱を織姫へ手渡す。


「お昼休みに一緒に食べようね」


「うん、一緒に!」


「彦乃ー、私もー」


 こうして今日もいつもと同じく面白おかしな毎日が過ぎていく。

 少なくともこの時の彦乃はそう思って疑わなかった。


「もちろんだよー…っ?!」


 この異質な感覚を感じ取るまでは。

 まるでこちらを覗き返してくるかのような感覚が、彦乃の心を凍て付かせた。

 背筋まで凍るような冷たい瞳が、まるでこちらを見ているかのような感覚が彦乃の心を掴み取ろうと手を伸ばす…ようなイメージが頭の中に勝手に入ってくる。

 よく分からないが、少なくとも気持ちのいいものではない。


「…? 彦乃、どうしたの?」


「なんでもないよ? ほら、授業の用意しよ?」


 彦乃の機微に聡い桜はすぐに何かを感じ取ったようだが彦乃はこれを誤魔化した。

 何も隠している訳ではない。

 正体がハッキリしない内は無駄に不安を煽るような事をしたくないというだけである。


「…彦乃ちゃん、本当に大丈夫? 何か感じ取ったんじゃないの?」


「ちょっとゾッとした何かを感じた…んだけど、ただの寒気だと思うから…本当に大丈夫だよ」


 織姫は織姫で彦乃を心配してくれていた。

 視点がどことも合わず、何処を見ているのか分からないような顔をしている時はだいたい何かを感じ取っている時の顔だ、なんて覚え方をしていた織姫は、彦乃の表情がまさにそんな感じだった事も分かった上で彦乃の様子を見ていた。

 信じていない訳でもなければ疑っている訳でも無い。

 無理に隠そうとしている何かがあるんじゃないかと思っての事だ。


「風邪?」


「そうかも…」


「体温…は正常だし、大丈夫なんじゃないの?」


 風邪っぽいかもという話の流れになっていたというのに、そこへ桜がなぜか割って入ってきた。

 計っても居ないのに体温は正常だと分かるのは、桜が人間では無くデブリだからなのだろうか。

 こう、温度を計測するよう目のモードを切り替えたとかなんだろう。

 アンドロイドが出てくるSF映画にはよくある展開だ。


「ちょっと心配だし、保健室で休んで?」


「うん…分かった。 織姫ちゃん、桜ちゃんをお願いね」


 どうして桜を織姫に預けるのか?

 そんなのは決まっている。

 彦乃が行く所へは桜はどこへだって付いて行くからだ。

 一緒に住み始めた当初、トイレにまでついて来ようとして大変だったのを思い出すと彦乃から不意に笑みが零れる。


「さあさあ、任された以上は面倒見ないとね? 行こう、桜ちゃん?」


「うぅう… 何かあったらすぐ呼んでね?」


「うん、その時は頼りにしてるね、桜ちゃん」


 優しく桜の頭を撫でてやり、織姫へ渡した彦乃は保健室へと向かう。

 教室棟から職員棟へ渡って一階にある、いかにも保健室ですと言っているような目立つ扉を開くとそこが目的の保健室となっている。

 そこそこの広さの中にベッドが三つ程と、怪我の処置やらに使う道具や薬の数々が仕舞われている棚がいくつか。

 ごくごく一般的な保健室のソレだ。


「失礼しまーす… んー、先生はい…」


「先生なら居ないよ?」


 保健室にいつもいる人物を探そうとしていた所を、ベッドに居る誰かに止められた。

 少なくともベッドで休む生徒に扮した先生ではない。

 声が若すぎる。


「あぁ、そうなんだ。 ごめんなさい、起こしちゃった?」


「いや、大丈夫だよ 本を読んでただけだから」


 ベッドから起き上がってきたのは、不思議な感じのする少年だった。

 彼は慣れた手つきで戸棚の引き出しを漁り始める。

 まるで最初からどこに何が入っているのかを分かっているかのように。


「それで、どこか切ったりした? それとも気分が悪いとかかな?」


「えっと、風邪で気分が…」


「そういう事か。 …はい、どうぞ」


 彦乃から風邪だと聞いただけで、彼は戸棚から薬を取り出して渡す。

 貰ったのは風邪を引いた事がある人の誰もが一度は頼った事があるんじゃないかってくらい有名な市販薬だった。


「それを飲んで、開いてるベッドでゆっくりしていくといいよ」


「ありがとう…ええと」


「ああ、自己紹介がまだだったね。 僕は(しろがね) 頼斗(らいと)、ライトと呼んでほしいな キミと学年は同じだよ、雲類鷲彦乃さん?」


 ライトと名乗るその少年は、自己紹介を済ませると冷蔵庫を物色し始める。

 そしてすぐに、中から冷水の入ったペットボトルを取り出してコップに注ぎ始めた。

 勿論自分で飲むわけではない。

 コップを彦乃へ手渡し、彼はベッドへ戻って行く。


「ありがと… んくっ… ぷはぁ、つめたぁい… アレ?私、自己紹介したっけ?」


「あれ?学校の有名人じゃないか。 誰だって君の名前を知ってるくらいの」


「……え、そうなの?」


 自分がちょっとした有名人で人気者な事は知っていた。

 織姫が囃し立て、それに乗る形で彦乃を好きな人たちが盛り上げて行っているのだから。

 けれどこんな少年まで顔も名前も知っているほど有名だとは思ってもいなかった。


「そうだよ? 人気者は良いね。自己紹介の手間が省けるから楽だ」


「そう…なのかな…?」


 別に彦乃は、自己紹介の手間が省けるのをいい事だとは思っていなかった。

 相手が一方的に自分の事を知っているのは、なんとも言えない気分になるから。


「少なくとも、僕はそう思うよ?」


「うーん…… まぁいいや」


「そうかい? まあ、あとはそこのベッドでゆっくりどうぞ」


 カーテンで仕切られた中にあるベッドを覗くと、どうやら誰も使っていないようだった。

 その中の一つを、ライトは自宅のベッドであるかのようにゆったり寛いでいる。

 本を持ちこんで読書しているようだ。


「うん、そうするね」


「何かあったら言って欲しいな。 これからよろしくね、雲類鷲さん」


「私の方こそよろしくね、ライト君」


 こうして、静かな保健室の中を二人だけの時間が流れていく。

 時折聞こえてくるのは隣で本を読んでいるライトがページを捲る音か、遠くから聞こえてくる犬の鳴き声や車のクラクション。

 後は鳥の囀りくらいだろうか。

 静かで平和でなごやかで、こんな空間に居て眠くならない方がおかしかった。


「………っは?! ね、寝そうだった…」


「寝てていいんじゃないかな? だってそう言う場所でしょ、ここは?」


 眠気をなんとか食い止めようとした彦乃だったが、ライトの一言ですっかりブレーキから足を離してしまったようで。

 後は勢いに身を任せて、睡眠欲の赴くがままに目を閉じてゆっくりと眠るだけだった。


「そう…だっけ……」


「そうさ だからキミはゆっくり眠って身体を癒すといいよ」


 ライトの言葉を最後まで聞く事なく、彦乃はすやすやと眠ってしまった。

 残されたのは、本を読むライトだけ。

 けれど彼にとっては、いつもの日常に戻っただけなのだろう。


「……今はゆっくりお休み、当代のアルタイル…」


彦乃がアルタイルの持ち主だと知っている彼の正体とは一体…?

そんな事は知らずすっかり眠ってしまった彦乃も彦乃だろうが、彼から危険は感じないとかそういう事だろうか。

そうして静かな時は過ぎていく。


続く

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