第1話 魔力0の少年
これは、最高の手品師が、魔法の世界で、魔法を使わずに魔術師として手品だけで成り上がっていく物語。
――魔法。
それは、かつての俺にとって、テレビや舞台の上でしか存在しないものだった。
カードが消える。
コインが宙を舞う。
何もないところから花が現れる。
観客が驚き、歓声を上げる。
俺は、それが好きだった。
もちろん、全部仕掛けがある。
どんなに不思議に見えても、必ず理由がある。
だからこそ面白い。
人間の目は、意外と簡単に騙される。
視線。
タイミング。
音。
光。
そして、ほんの少しの仕掛け。
それらを組み合わせれば、ありえないことだって起こせる。
俺――仕掛 明は、そんな手品師だった。
……だった。
なぜ過去形なのか。
簡単だ。
死んだからである。
事故だった。
詳しいことは、もう覚えていない。
覚えているのは、強烈な衝撃と――
次に目を開けた時。
見知らぬ天井があったこと。
そして。
俺は赤ん坊になっていた。
――いや。
正確には、赤ん坊として生まれ変わっていた。
最初は何が何だか分からなかった。
言葉も話せない。
身体も自由に動かせない。
目の前には見たことのない人。
そして、決定的だったのが――
ある日、目の前で起きた光景だった。
「ほら、よく見ててね」
若い女性が、俺の目の前に手をかざす。
その指先に、小さな光が灯った。
「わぁ……」
光はふわりと浮かび、部屋の中を飛び回る。
赤、青、黄色。
小さな光の球が、まるで蛍のように宙を舞っている。
俺は目を見開いた。
いや。
赤ん坊なので、本当に目を見開くことしかできなかった。
けれど、頭の中では。
――ありえない。
そう叫んでいた。
仕掛けがない。
糸もない。
鏡もない。
光源も見当たらない。
「ふふっ。気に入った?」
女性が笑う。
俺は必死に手を伸ばした。
すると光の球が、俺の指先に触れた。
ぽん、と小さく弾ける。
「……!」
その瞬間、俺は理解した。
ここは――
魔法が本当に存在する世界なのだと。
それから十五年。
俺はフロージアという国で生きてきた。
そして、俺の名前は――
トリック・ワイヤー。
前世の名前とは、まるで違う。
ちなみに。
俺がこの世界で最初に覚えた言葉は、
「魔法」
だった。
……手品師としては、なんとも皮肉な話だ。
「トリック、お帰りなさい」
「ただいま、母さん」
夕方。
家に帰ると、母さんが台所から顔を出した。
母さん――名前は、マジカル。
小さな家。
家具も少ない。
壁もところどころ古くなっている。
夕食だって、豪華とは言えない。
でも。
俺にとっては、この家が一番落ち着く場所だった。
母さんが微笑む。
その笑顔を見ると、なんとなく安心する。
「……母さん」
「なあに?」
「今日、街で魔法学院の案内を見たんだ」
母さんの手が止まった。
「魔法学院?」
「うん。王立フロージア魔法学院」
「ああ……」
母さんは少しだけ困ったように笑った。
「トリック、あなた……魔法学院に行きたいの?」
「……うん」
嘘ではない。
俺は魔法学院に行きたい。
ただし。
理由は、魔法を学びたいからではない。
いや。
もちろん魔法には興味がある。
けれど、もっと大きな理由がある。
魔法学院には、特待制度がある。
成績優秀者なら――
学費免除。
寮費免除。
さらに生活費まで支給される。
つまり。
俺が頑張れば。
母さんの負担を減らせる。
「でも……」
母さんが言う。
「魔法学院って、とても難しいのでしょう?」
「そうみたい」
「それに……」
母さんは少し視線を落とした。
「あなた、魔法が使えないでしょう?」
「……うん」
俺は苦笑した。
そう。
俺には――
魔力がない。
この世界では珍しいことではない。
ごく少数だが、魔力を持たない人間は存在する。
俺もその一人だった。
魔力測定をすれば、いつだって結果は同じ。
0。
火も出せない。
風も起こせない。
身体強化もできない。
魔法陣を描いても何も起こらない。
「魔法なんて使えなくてもいいのよ」
母さんが優しく言った。
「無理して学院なんて行かなくてもいい。あなたが元気に暮らしてくれれば、それで――」
「母さん」
俺は母さんの言葉を遮った。
「僕、行きたい」
母さんがこちらを見る。
「……本当に?」
「うん」
少しだけ胸が苦しくなった。
「僕、どうしても魔法を学びたいんだ」
「……」
「トリック……」
「だから、いってみたい」
母さんはしばらく黙っていた。
そして。
優しく笑った。
「……そう」
その声は、とても小さかった。
「じゃあ、頑張っておいで」
「うん」
「でも、無理はしないこと」
「分かってる」
「ご飯はちゃんと食べること」
「分かってるって」
「困ったことがあったら、ちゃんと人に相談するのよ?」
「……それは、ちょっと苦手かも」
「ふふっ」
母さんが笑った。
俺も笑った。
――絶対に合格しよう。
そう思った。
魔力がなくても。
魔法が使えなくても。
何か方法はある。
俺は前世で、何度もそうやって関門を乗り越えてきた。
不可能に見えることを可能にする。
それが――
手品師だ。
そして、入学試験当日。
「…………」
俺は試験会場に立っていた。
目の前には、大勢の受験生。
炎を出して遊んでいる奴。
風を操っている奴。
魔法陣を展開している奴。
どう見ても――
俺は場違い。
「……大丈夫かな」
少しだけ不安になる。
けれど。
俺には、一つだけ武器がある。
試験官が説明を始める。
「これより第一次試験、魔力測定を行う!」
会場中央。
台座の上に置かれた巨大な水晶玉。
透明な球体。
内部には淡い光が漂っている。
「この水晶に手を置いてください。魔力量、属性、魔力波長などが自動的に測定されます」
「…………」
俺は水晶玉を見る。
そして。
少しだけ目を細めた。
……なるほど。
水晶の構造。
光の反射。
台座。
全部見る。
観察する。
分析する。
十五年間忘れていたわけじゃない。
俺は手品師だ。
そして――
俺はよく観察をするのが好きだった。
前の人間が測定を終える。
「魔力量、312!」
歓声。
次の人間。
「魔力量、427! 属性は火!」
さらに歓声。
次々と測定が進む。
そして。
「次!」
試験官が名前を呼んだ。
「トリック・ワイヤー」
「……はい」
俺は立ち上がった。
心臓が少し速くなる。
水晶玉の前まで歩く。
試験官が言った。
「手を置いて」
「…………」
俺は水晶玉を見る。
そして。
ほんの少しだけ笑った。
――仕掛けは、見つけた。
ここから先は。
手品師の時間だ。
俺は水晶玉に右手を置いた。
「…………」
静寂。
水晶玉は――
反応しない。
当然だ。
俺には魔力がない。
このままなら。
魔力0。
不合格。
母さんを楽にすることもできない。
だから。
俺は水晶玉の内部で、仕込んだ細工を作動させた。
ほんの一瞬。
誰にも気づかれないほどの動き。
光が――
走った。
水晶玉が輝く。
「…………!」
会場がざわめく。
光は水晶玉の中を駆け巡り、やがて中央へ集まっていく。
試験官が目を見開いた。
「こ、これは……?」
俺は黙っている。
水晶玉の表示が変化する。
そして。
そこに表示されたのは――
【魔力量:測定不能】
続いて。
【属性:判定不能】
さらに。
【魔力波長:未確認】
「…………」
「…………」
「…………」
会場が静まり返った。
試験官が震える声で呟く。
「……測定不能?」
俺は水晶玉を見る。
次の瞬間。
別の試験官が叫んだ。
「待て!」
「……?」
試験官が水晶玉に駆け寄る。
「これは……おかしい」
俺の心臓が跳ねる。
「この反応……見たことがない」
まずい。
もしかしてバレた?
俺は平静を装う。
「…………」
すると。
試験官は真剣な顔で俺を見た。
「君」
「……はい」
「これは一体、どういうことだ?」
俺は一瞬だけ固まった。
そして。
前世から染みついた、手品師としての表情を浮かべる。
「……さあ」
小さく笑う。
「僕にも、よく分かりません」
会場がざわめいた。
誰も知らない。
この日。
フロージア魔法学院に――
魔力0の少年が、足を踏み入れたことを。
好評だったら更新早めます




