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03 試練~弟子のセイチョウ




 カルスとルハスの眼前には、巨大な門があった。

 彫刻による装飾などなく、頑丈さと重厚さのみが重視されているようだ。だからこそそのたたずまいは、いかにも威圧的で中へ入ろうとする者の意思をくじく力があった。

 この門や壁には蔦が絡まっており、どこかしら廃墟の匂いも漂わせている。それがまた、見る者に心を握りつぶすような恐怖を味あわせた。

 ちょうど山に囲まれているためか、陽射しもあまり届かず、全体的に暗い。


「なんというか、悪者がいそうだな」


 カルスは門を見あげたまま、知らない内に感想をもらしていた。


「ええ、悪者以外存在できませんよ。伝説上の存在っていう悪魔デーモンとかがいそうですもん。僕ら騙されているんじゃないですか? あの女の人だって、本当は【五大魔術士ペンタグラム】じゃなくて、ただの詐欺師なんじゃないですか――」


 ルハスの言葉が終わるか終らないかというタイミングで、少年のすぐ近くの地面に雷撃が落ちた。

 地面がえぐられ、そこから煙が立ち昇っている。


「大魔術士メッサミリア――別名『雷空のメッサミリア』。この二つ名は彼女が得意な魔術からきている。空で戦うかぎり、彼女と互角にやりあえる魔術士なんか、ほとんどいないだろうな。雷に関しては言うまでもないだろ」


「ええっと、つまり」ぎぎぎと骨が軋むような音を立てながらルハスがカルスを見あげた。「つまり、それはここにいるのが本物だってことですね」


「そうだな。迂闊なことは言わないほうがいいぞ。ほら、あそこにあるあれ、あの魔道具でこちらを観察しているんだろ」


 ルハスがぶんぶんと何度も頷いた。よほど恐怖を覚えたらしい。

 門の上部に球形の魔道具があった。あれでこちらを観察しているのだ。

 金額にすればとてつもなく高い代物のはずだ。

 大魔術士は皆儲かっているようだ。

 なぜ、カルスの師匠だけが貧乏なのだろう。


「招待されたつもりですけど、門を開けてくれるんですか? それとも自分で開けたほうがいいんですかね」


 カルスは球形の魔道具を見ながら問いかけた。

 球形の魔道具から返答はない。

 だが、門が地面をこすりあげながらゆっくりと鳴動を開始した。

 門が開くと、まっすぐに城へと伸びる坂道がある。道の両脇には彫像が並んでいた。

 また、視界の左には大きな噴水があり、今も水を空へと踊らせている。

 右にも同様のものがあったが、こちらの噴水は上空へというより、横へと水を飛ばしていた。

 やや薄暗いものの壮麗な景観である。

 カルスとルハスは驚いた。

 驚いてはいたが、その理由は壮麗な景色にあったわけではない。それ以上のインパクトが彼らを襲っていた。


石人形ゴーレムだと」


 カルスは一歩を踏みだすことができず、二体の巨大な人工生命体を呆然と見ている。

 『名もなき者』と呼ばれる最初の魔術士のみが成功させたという『作られた人間ホムクルンス』。その技術の応用によって後に生みだされた石人形ゴーレムだが、成功例は極めて少ないと言われている。


「うわあ、凄いですね。さすが【五大魔術士ペンタグラム】だ。こんなの僕初めて見ましたよ」


 おべっかではなく、本気でルハスは言っているようだった。少年の瞳がむやみやたらと輝いている。


「そりゃそうだろ。現在の魔術士は誰一人として成功していないってのが通説だからな」


「え、ここにありますけど」


「あるな」


「やっぱり、噂ってあてにならないんですね」


 ルハスの言葉はとても軽い。

 分かっていないのだろう。

 魔術士協会や国が認識している以上に、圧倒的に高い技術を個人が所有しているということの意味を。

 【五大魔術士ペンタグラム】が組めば、世界征服は無理でも、世界を滅ぼすことはできるのではないか。

 魔術士協会が問題児である師匠に気を使う理由がカルスにも分かった気がした。


「触ってみてもいいですかね」


「やめとけ。メッサミリアが創ったとはいえ、完璧じゃない。攻撃の意思の有無なんてさすがに石人形ゴーレムには分からないだろ。触れる者はすべて敵と認識するようになっているかもしれない」


「そうですか……残念ですね。そうだ! メッサミリアさんに会ったら、直接頼めばいいんですよね」


「おまえ、俺たちがここに何しに来たのか憶えているか?」


「師匠がメッサミリアさんの試練を受けるんでしょう?」


「は? 試練? おまえな……」


 言い返そうとしたカルスは、試練という単語があんがい腑に落ちてしまった。

 確かにそうかもしれない。

 ちょっとおもしろそうな若い魔術士を見つけたので、それに試練を与え、くぐりぬける様を見て楽しもうというのではないか。

 これだと危険がないように聞こえるが、相手は大魔術士である。

 彼らの戯れは、常人にとっては致命的なものになりかねないのだ。


「ルハス」


「なんでしょうか」


「俺はおまえに魔術を教えたな」


「ええ、でも師匠はケチだから。まだ三つですよ。光の攻撃魔術、肉体強化の付与魔術、防護結界の結界魔術。全部、初級編ですよね。もっと派手なのを行きましょうよ」


「そういえば、おまえ最初に会った時、攻撃魔術が使えるとか言ってなかったか?」


「ええ、使えますよ。でも、あれは師匠にも秘密です。僕のとっておきなのです」


「まあ、いいが」


「でも、急に何ですか? 改めて僕の魔術の才能が凄いとか絶賛してくれるんですか?」


「んなわけあるか。とりあえず三種の魔術を教えたからな。そろそろ試験をしようと思って――」


「嫌です。試験をするのはいいですけど、今この状況でやることはお断りします」


「残念だな、試験に関しては弟子に拒否権が認められていないんだ」


「あ、今僕のことを弟子って言いましたね。ついに認めましたね。でもそれとこれとは別の話で、師匠の横暴に対して僕は断固戦いたいと思います。師匠は知らないでしょうけど、僕は『師匠の横暴に抵抗する会』の会長なのです。僕の後ろには何十万人という会員がいるんです」


「魔術士は何十万人もいない」


「剣士やさまざまな職人からも会員を募っています」


「あ、そう。それは凄いな」


「あれ? 師匠、急に軽い口調になりましたね」


「そうか?」


 二人は、すでに城へと続く登り道を歩いていた。

 それも終わりに近づいている。

 たどりついた入り口の門はやはり立派なものだったが、大きさは充分成人男性の手で開けることが可能なものである。


「ええ、そうですよ。きちんと会話をしましょう。そうすれば、必ず分かりあえると思いますし、お互いにとって最高の選択ができると思います」


「そうか」


 カルスは扉を開けた。

 見えてきたのはエントランスのひろびろとした空間。正面には横幅が大きく取られた階段がある。入り口から階段に至る間も充分な空間があり、戦うにはもってこいの場所である。

 実際、階段の前にじんどる大きな影があった。

 さらに階段の上には、魔獣が寝そべっている。

 それだけをカルスは確認すると、隣の少年の襟首をつかんだ。


「え!」


 ルハスが驚きの声をあげた。

 少年の身体が宙に浮かぶ。


「ほら、頑張れよ」


 カルスはルハスを軽々と放り投げた。

 少年の身体は綺麗な声を描き、階段の前でじんどる大きな影の前に着地する。

 うまく着地を決めたルハスはちょうど正面にカルスを捉えていた。


「ちょっと、なにするんですか、師匠! 危ないでしょう、いきなり投げだりしたら」


「試験内容を発表するぞ。おまえの後ろにいるでかぶつを倒すこと。しっかり教えたことを実行できれば、勝て――まあ、何とかなるだろ」


「勝てるじゃなくて、何とかかなる、ですか! っていうか、後ろ」


 ようやくルハスが振り返る。

 律儀と言うか、大きな影は動くことなくとまっていた。

 石人形ゴーレムである。

 といっても、門番として立っていた二体の石人形ゴーレムに比べれば、はるかに小さい。高さは成人男性の一・五倍もないだろう。カクカクとしているというか、ゴテゴテとしているか、石で作られているために厚みは人間よりも大きい。

 立っているだけで威圧感はなかなかのものだった。


「なんですか、これ! 確かに僕触ってみたいって言ったけど、それは殴りあいじゃなくて、こうちょっと手を触れる感じでいいんですよ」


 そういいながら、ルハスは間合いをつめて、石人形ゴーレムの身体に振れた。

 すると、それが開始の合図であったかのように、石人形ゴーレムが突如動きだした。

 回転させるようにして右拳を大きく振りまわす。

 ルハスは大きく後ろへ跳んで避けた。


「ちょ、今の本気ですよ、師匠。直撃したら、間違いなく僕の首がもげてますよ」


「充分に避けられる速さだろ」


「そりゃ、師匠が突然殴ってくるのに比べたらば、陽射しの良い日に外へ水の入ったバケツをだしっぱなしにして、二時間後に手を入れて確かめた水の温かさくらい、ぬるい攻撃でしたけど」


「長々とそんなことを言える余裕があるのなら、大丈夫だな。言っておくが、おまえまだ治癒を使えないんだから、大怪我はするなよ。俺の治癒はしょせんまがい物だから、他人に行使することはできないぞ」


「遅し、今さら遅し、ですよ、師匠! 戦いが始まる前にその言葉ください。こいつのすべての攻撃があたっただけで、たぶん僕重傷になります」


「あたらなければ、問題ないってことだな」


「簡単に言わないでください!」


 石人形ゴーレムの攻撃はすべてが大振りだった。威力があって、それなりに速い攻撃だろうとも、軌道が非常に読みやすいので避けることは難しくない。

 この大振りが罠で、隙をついてまったく軌道の異なる攻撃をしてくるなどということがないかぎり、集中さえしていれば、ルハスは石人形ゴーレムによるすべての攻撃を躱すことができるだろう。


「ルハス、避けているだけじゃ終わらないぞ。ちなみに長時間になれば、体力が削られるおまえのほうが不利だからな。今はよくても、足が動かなくなったら、いずれ攻撃をあてられるぞ」


「分かりました。魔術ですね。攻撃魔術ですね」


 まあ、すべて勉強である。

 自分が思うままにやってみればいい、とカルスは思う。

 念のために魔力は練りあげ、攻撃魔術の準備だけはしておく。重傷になりそうな攻撃は、さすがにあてさせるわけにはいかなかった。


「光よ、貫け」


 もっとも基本的な光の攻撃魔術である。

 ルハスの掌から生じた光線が石人形ゴーレムに直進に激突した。

 石人形ゴーレムの胴体部のちょうど中心に光線が炸裂する。

 修行の成果がでている。

 ぱらぱらと小破片が床に落ちる音がした。わずかにあった煙幕が晴れる。


「きいてないじゃないですか!」


 攻撃が通じないだけではなかった。

 石人形ゴーレムは光の衝撃波を無視して走っていた。すぐにルハスとの距離をつめて、腕を振るう。

 ルハスが必死にその場から逃げだした。


「危な! 本気で危ない」


 ルハスの息が荒い。

 中性的な美貌と華奢な身体つきをしたルハスだが、この少年外見に似合わない体力の持ち主だった。

 だが、さすがに危険にさらされた実戦ではいつものようにいかないらしい。


「し、師匠、いったいどうすれば」


 重力に敗北したかのように顔の筋肉がすべてさがっている。負け犬の表情だ。


「自分で考えろ」


 カルスは突き放す。

 最初から石人形ゴーレムの力がこの程度であったのか、それともルハスが挑戦者となったことでレベルが落とされたのかは分からない。

 だが、ルハスが戦うには、石人形ゴーレムがちょうど良い相手というのは間違いなかった。

 よく観察し、適切に攻撃すれば間違いなく倒せる。

 しかも、緊張を伴う攻撃でありながら、相手の攻撃は単調で油断さえしなければ、確実に避けられるのだ。

 実戦訓練にはもってこいの状況である。

 本当にメッサミリアはカルスたちに試練を与えて、それを眺め楽しんでいるというのだろうか。


「ちょ、こんなの無理ですよ、師匠おおおおおお」



 ルハスもダテにカルスに殴られていたわけではない――殴るというと、人聞きが悪いが、もちろん訓練のことである。

 最初は、魔術なのに体術の訓練などする必要があるのだろうか、と疑問しかなかったルハスだが、実際に今戦ってみて、彼はその必要性を実感していた。

 実戦では誰からも邪魔をされない状態で魔術を行使することなどできないのだ!


 ――もちろん、チームを組んで戦えばそうとばかりは言えない。また、現代ではたいていチームを組んで戦闘を行うので、ルハスのさとりは、単なる情報をもたざるが故の短絡思考であるとも言えた。


 そんな事情を知る由もないルハスは、師匠からの修行に感謝し、まがりなりにも戦えている自分に誇りをもっていた。

 だが、戦えているのと勝利は別物である。

 少年の師匠はまったく手を貸す気配がない。本気でルハスが勝てると思っているのだろうか。

 いや、あの師匠のことだ。

 あんがい面倒くさいとか思っているかもしれない。

 理性的で合理的なくせに、いや、だからこそか、冷たいところがあるのだ。

 たぶん、勝っても負けてもどうでもいいと考えているのだろう。

 治癒はできないなどと言っているが、あれは嘘だ。

 何でも器用にこなす師匠が、治癒ができないはずがない。

 そんな理由は皆無だ。

 ルハスは自信をもってそれが言えた。

 ルハスはいざとなれば、カルスに治癒をしてもらえばいいのだと思えたことで、すこし緊張が解けてきた。

 むろん、すぐ傍をとてつもない音と風圧を残して通りぬけていく石の拳には、変わらずはらはらとさせられてはいたが……。


 ――敵を観察しろ。必ず隙や弱点といったものがあるはずだ。


 ルハスはカルスの言葉を思い出した。

 余裕のでてきたルハスは、試しに石人形ゴーレムを観察してみた。

 じっと見る。

 何となくぎこちない動きである。

 なぜぎこちないのか。

 どこがぎこちないのか。

 人間との違いは何か。


 ――すると、すぐ近くで魔術が炸裂した。


「アホか、おまえ。じっと止まって相手を見るバカがいるか」


「あ、すみません」


 いつの間にかルハスは足を止めていた。

 師匠の魔術が一秒遅ければ、首がもげていたかもしれない。

 なかなかの恐怖だ。

 失敗、失敗。

 だが、師匠もあの一撃で倒してくれればいいものを、手加減した魔術を放って、石人形ゴーレムに傷を残らないようにしている。

 無駄に繊細な威力操作だ。

 その精密な魔術には感嘆するが、今はいい迷惑である。

 それはともかく、ルハスはあることに気がついた。おそらく石人形ゴーレムの弱点だ。

 弱点があるからこそ、カルスもルハスに任せることにしたのだろう。

 たぶん、これで正解のはずだ。

 ルハスは付与魔術で肉体強化をはかり、いっきに石人形ゴーレムから距離をとった。

 階段を途中までのぼって石人形ゴーレムを見下ろす。後ろに魔獣がいるが、まあ、何もしてこないだろう。そんな気がする。

 さて、ここからがルハスの見せ場である。


「はっはっはっは。お遊びはここまでです。いくら君が石人形ゴーレム界のエリートだろうと、階段を登りつめる前に僕と当たったことが不運でしたね。いや、階段をのぼりつめるのなら、いずれ僕と出会うのは必定。つまり、この運命は避けられないものだった、ということです」


 石人形ゴーレムが一段ずつ階段をのぼってくる。

 ルハスは焦ることなく、狙いを定める。


「光よ、貫け」


 光の衝撃波がルハスの狙い通りに石人形ゴーレムの関節部分に直撃した。ちょうど当たったのは腕と胴体を結ぶ箇所で、力を失ったように石の腕が垂れた。完全破壊とまではいかなかったようである。だが、間違いなくダメージが通った。

 全力でやれば、破壊も可能だろうが、それをやると、制御に失敗する可能性がかなり高いといことをルハスは学習しているので、ここはあまり好みではないが、地道にやっていく。


「光よ、貫け」


 もう一方の腕を破壊。

 その時になって、先に足を狙うべきだったと、ほんのちょっぴりだけルハスは反省した。

 しかし、いずれ大魔術士となる予定のルハスである。細かいことは気にしない。

 石人形ゴーレムの足の付け根部分を狙い、光の衝撃波を放った。

 三度連続となる魔術の成功にルハスは気を良くしたが、狙いを外してしまった。

 すると、何と言うことだろうか。

 圧倒的に有利だったはずのルハスだが、いつの間にか体当たりできる距離にまで石人形ゴーレムの接近を許していたのだ。


「そんなバカなことが!」


 叫びながらルハスは慌てて横へと跳びのいた。石人形ゴーレムがぎりぎりのところをかすめて突進してきて、狙いを外すと階段へと倒れ込んだ。

 躱している最中に「バカはおまえだろうが」という声が聞こえた気がしたが、間違いなく幻聴だろう。

 師匠が弟子を悪し様に言うはずがないからである。

 石人形ゴーレムが立ちあがる時間を利用して、ルハスは階段を駆けおりた。

 そして振りかえり、最初の好敵手ライバルに対して、最期の言葉をかけた。


「さすがに我が好敵手ライバル。力の差を見せつけられても、最後まであきらめないその姿勢。まさに賛辞を呈するに足る行いです。しかし、私は大魔術士となる男、あなたといまつまでも戦っている時間はないのです。さあ、お互いに最後の力をぶつけあおうではありませんか」


 ルハスの宣言に反応したわけではないだろうが、石人形ゴーレムが最後の力を振り絞ったような攻撃をしかけてきた。

 ルハスは普通に足の関節を狙い、勝負をつけるつもりだった。鈍重な石人形ゴーレムならば、難しいことではないはずだった。

 だが、覚悟を決めた――のかもしれない石人形ゴーレムは一味違った。

 跳んだのである。

 その重い身体を思いきり宙へと投げだした。階段であったことが作用し、重いほのか大きな跳躍となる。

 ルハスはまったく対応できなかった。

 光の衝撃波を放つも間接どころか、当たることさえなく、天井へと消えていった。

 絶体絶命であった。

 ルハスは倒れ込み、尻餅をついた。

 石人形ゴーレムの全体重が、高さを利用していっきにルハスにのしかかる。

 石人形ゴーレムが着弾し、わずかに地面が揺れた。

 床にひびが入り、その部分だけがへこんでいる。


 ――ルハスは。


 ――ルハスは、


 ルハスは無事だった。尻餅をついたルハスの足の先には、石人形ゴーレムが『気をつけ』の号令をかけられたかのように身体をまっすぐに伸ばした姿勢で地面にめりこんでいる。

 石人形ゴーレムの体当たりは届かなかったのだ。

 ルハスは身体全体で何度も大きく呼吸をした。

 せわしくなくするつもりはなかったのだが、呼吸を欲する身体の要求がそれほど大きかったのである。


「びっくりした」


 素直なルハスの感想だ。

 激突すると思った瞬間、冷気が身体を駆けぬけていった。体温がすべて奪われたかのような感じだった。

 危なかった。

 とても危なかった、と思う。

 だが、ルハスは勝ったのだ。

 ルハスは立ちあがる。本人はすっと立ちあがったつもりだったが、実際は腰が抜けたように芯のないもたついた様子だった。


「強い相手だった。さすが僕が好敵手ライバルだと認めた相手だよ。僕は君を乗り越えて、大魔術士になってみせる。君は遠い空からそれを見守っていてくれ」


「たぶん、完全には破壊されてないと思うぞ」


 すぐ傍で師匠の声がした。


「え、そうなんですか?」


「たぶんな。まあ、さすがにこれ以上戦わせないとは思うが」


「誰がです?」


「そりゃ、この戦いを一番楽しんでいるはずの主催者かな」


 ルハスは周囲を見て、門のところにあったのと同じ魔道具を発見した。

 そうか、あそこから僕の勇姿を見ていたのか、直接見ればいいのに、とルハスは思った。


「まあ、いろいろと問題点はあるが、石人形ゴーレムの弱点に気がついたこと、的確にその弱点を攻撃できたこと、最終的に相手より一枚上に行けたことは評価できるか」


「………」


 ルハスもいろいろとまずかったことは分かっていた。

 冷静な声でカルスに言われると、ちょっとルハスとしても騒げない。


「最後のあれも、腕をやってなければ、おそらくおまえやられていたしな」


「そうなんですか?」


「単純にバランスの問題もあるし、腕が使えればリーチもぜんぜん違うからな。あの状態で腕の長さの分だけ足したら、当たっているだろう」


「そうか。というかことは、なんだ、僕やっぱりけっこうやるってことですね」


「最初から足を狙ってれば、こんなことにすらならなかったけどな」


「そいつは――ええ、そうなんですけど」


「足を攻撃するべきだってことには、途中っていうか、最後に気づいたみたいだけど、遅い」


「うう、まあ、確かに、ええ、そうもしれないです」


 ルハスはうつむく。

 これは、ダメかもしれない。

 不合格だ。

 試験ってやつは難しいものなのだ、たぶん。


「でもまあ、そうだな。最初だし、こんなもんだろ。ぎりぎり合格」


 ぽんぽんとルハスの頭にカルスの手が触れた。

 えっとルハスは顔をあげる。カルスの背中がある。師匠はすでに階段を登りはじめていた。


「合格ってことは、僕は師匠に認められたってことですよね」


 カルスが振り返り小さく肩をすくめて言った。「まあ、そういうことになるな」


「なんですか、師匠。そういう大事なことは照れずにしっかりはっきりきっかりと言って下さいよ。僕ちょっとだけ、ええ、ほんのすこしだけですけど、なんか微塵くらいダメかもなあと、思わなかったり、思わなかったりでしたよ」


「結局思ってないのかよ」


「いやあ、そこは秘密ですね。魔性の男ってやつです」


「どうでもいい」


 ルハスはカルスの隣に並んだ。

 一緒に隣を歩くことはできるけど、師匠がいる場所はずっと遠い。身長差くらいあるだろう。でも、身長差くらいならルハスはこれからぐんぐん身長が伸びる予定なので、いつかはきちんと対等な関係で師匠と一緒に戦うことだってできるかもしれない。


「しかし、おまえ凄いよな」


「え、何がですか? 師匠が僕を褒めるなんてどうしたんですか、いったい。ついに僕の絶大な才能に気がついたんですか?」


「才能は知らないが、度胸は買う。俺だったらあんな戦い方できないな。一度でも失敗したら、肉が裂けて骨は粉微塵だもんな。しかも、疑似治癒もできない状態でやるんだから、そこだけはホントたいしたもんだ」


「え、何のことですか? 僕が怪我しても師匠が治してくれるんですよね」


「治せないぞ。言ったろ? 俺は本物の治癒魔法は使えないって。あれは特別で異質な才が必要なんだ。そして、残念ながら俺にはそれがない」


「え、でも、師匠くらいなら疑似治癒で僕の傷を治したりできるんでしょう?」


「ちゃんと講義したよな。疑似治癒は自身にしかかけることができないって。だからこそ、本物の治癒はたとえ効果が低いものであっても、ありがたがられるって」


「ちょっと待って下さい。本当に僕が怪我したらどうしていたんですか」


「だから言っただろ。たいしたもんだって」


「ぐがああああああ。騙された」ルハスは頭を抱え込みしゃがみこみながら叫んだ。「師匠に騙された。僕は師匠に盛大に騙されましたよ。かつて、ここまで見事に師匠に騙された弟子がいるでしょうか。いるはずがありません。だって、僕が史上最上級に騙されたことは、僕の感情が間違いないって訴えているのだから!」


「師匠として弟子を信じてたんだ。こいつには勝てるってな」


「本当ですか」


 ルハスの声と目が疑念に凝り固まっているのは仕方がないところだろう。師匠を見る目ではないが、騙されたのだから、いや今のところ騙されたのかもしれないのだから、仕方がない。


「そりゃ、そうだ。じゃないと戦わせないだろ。冷静に考えな」


「そうですね。冷静にですね。魔術士は常にクールであれ、ですよね」


 ルハスは最初から振り返ることにした。

 振り返る前にちらりとカルスを見ると、魔獣に何やら話しかけている。どうやら師匠は、動物に話しかけるタイプのようだ。状況によっては危険な人扱いされる可能性がある。その時は、他人のふりをしなければならない。

 この情報はしっかり憶えておこう。

 さて、今回の石人形ゴーレムとの激闘である。

 振り返ってみよう。

 最初はどんな感じだったか。

 最初は、確かかっこよく「僕が戦います」とか宣言したんだっけ?

 いや、そんな感じじゃなかったはず。そもそもこれは師匠の試練のはずで……最初は――。


「そうか! 師匠に放りなげられたんだ」


 ルハスは手を叩いた。間違いない、あっている。

 師匠が一瞬こちらを見たが、すぐに視線をそらした。弟子の成長の眩さに目を合わせつづけることができなかったのだろう。

 そして、それからどうなったのか。

 いや、ちょっと待って。


「あれ、師匠が石人形ゴーレムの弱点に気づいたのっていつだ? 僕が倒せるって確信するには、弱点がしっかりとあってそこをつけば大丈夫って確信がないといけないよな。でも、師匠は扉を開けたと同時に僕を放りこんだような……」


「じゃあ、ルハス行くぞ。この魔獣がどうやら道案内役のようだ」


「師匠! 重要なことはそんなことじゃありません」


「いや、二人を助けに行くっていうか、二人に会いに行くためには、案内ってかなり重要だぞ」


「そんなものはいいんです。師匠は僕が倒せるって信じてたって言いましたけど。あれって敵の正体が分かった後のことですよね。僕を実際に放りなげた時は、まだ、敵がどんなやつか分かってなかったんじゃないですか!」


 頭から突撃するようにルハスはつめよった。


「ルハス、いいか。信用の前には小さな事実なんか吹っ飛ぶんだ。じゃあ、行くぞ」


「そうですね――って、頷くわけないでしょうが! 師匠、待って下さい。そのあたりきっちりと説明してください。『師匠から事情をきっちりと求める会』の理事長である僕にそんな態度をとると世界中にちらばった百万の会員が黙っていませんよ!」


 ルハスは慌てて若い師匠の背中を追いかけたのだった。








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