04 試練2~ヒリュウだと!
カルスの前には魔獣がいる。
メッサミリアが騎乗していた魔獣である。
ざっくり言ってしまえば、白毛の虎である。だが、虎よりも毛がふわふわとしており――手入れが行き届いている――牙が鋭く長い、何より成獣となった雄虎より軽く一回り以上大きい。
一定のレベルに達している魔術士ならば、魔獣が内に秘めている魔力の一端を垣間見ることができ、ただでさえ大きな威圧感をさらに大きく感じることになる。
あの魔獣には、そこらの魔術士などまったく相手にならないのではないか。
魔獣は触り心地の良さそうな尾を左右に振りながら、四つの足で歩いていた。
機嫌は悪くなさそうで、とりあえず案内役に徹してくれているようだ。
カルスの後ろには、いちおう弟子と認めたルハスがいた。
少年の足取りは非常に重い。
自分の身体よりも二回り以上大きな男を背負っているかのように、一歩一歩が遅かった。
あちこちに裂傷が見られ、じゃっかん血も滲んでいる。
疑似治癒を使えれば、この程度の軽傷すぐに治せるのだが、初級魔術士のルハスには不可能なことだった。
ただし、治癒ができたところで、疑似治癒は肉体エネルギーを使用するので、疲労は溜まることになる。
ということは、足取りの重さは変わらない、いや、さらに重々しいものになるだろう。
なぜ、ルハスがこのような惨状になってしまったかというと、原因はメッサミリアにある。
石人形を倒した後に魔獣が案内した場所には、ことごとく試練があり、その試練をことごとく突破したのはルハスだった。
どう考えても原因はメッサミリアにあるだろう。
カルスにはまったくないはずだ。
なのに――。
「その恨めしい目で俺を見るのをやめろ」
カルスが言うと、背中から暗い目で背後霊のようにつきまとっていたルハスが声をあげた。
「そりゃ見るでしょう! 見ますよ! 見る権利を奪える人間なんてこの世にいませんよ! だいたいこれは師匠のために用意されたものでしょう。あの大魔術士は師匠に興味を持ったんだから!」
ルハスの声には張りがあり、まだまだ元気なようだった。
「よく考えてみろよ」
「何をです」
「俺がやるとさあ」
「はい」
「疲れるだろう」
「ううううがああああああ!」
ルハスが両足をひろげてふんばり、肘を曲げて両腕を天に向けて、世界に届けと言わんばかりに雄叫びをあげた。
傍から見れば危ない人でしかない。
カルスに対して、びしっとルハスが指をつきつける。
「やっぱり、単に面倒くさいだけじゃないですか! 僕があんなに苦労した理由はそんなものなんですか!」
「まあ、そうだな。それより魔術を発動する以外に人に指をつきつけない」
カルスは少年の指をぐにゅっとした。
「いたああああああああい!」
「その声の大きさから判断するにまだまだ元気だな。ほら、行くぞ。魔獣さんを待たせて怒らせるのも何だしな」
魔獣が足をとめて、二人を振り返っていた。
「何ですか、師匠。師匠は、弟子じゃなくてあんな魔獣ごときを気づかうんですか」
「そりゃ、やっかいなのはどっちかっていう話だからな」
カルスは歩きだした。
「大切な存在はどちらかって話でしょう」
「大切な存在ねえ……」
「ちょ、そこで何で考える必要があるんです。長いつきあいの僕と、あんなぽっとでの魔獣と」
ルハスが数歩走って、追いつく足音がカルスに耳に届く。短い距離とはいえ普通に走っている。
やはり、この少年は見た目以上に非常に頑丈だ。
「まあ、冗談はともかく――」
「僕はずっと本気です!」
「おまえ、メッサミリアが俺に興味を持って、って言ってたけど、すでにおまえも興味をもたれているはずだぞ。たぶん、捕らわれの身のはずの二人が教えたんだろ。おまえが魔術を本格的に使えるようになって、まだ二カ月弱の駆けだし魔術士だって。そして、駆けだしにしては、おもしろいと思ったんだろうな」
「な! あの二人仲間を売ったんですか。なんてやつらなんだ――でも、それより待って下さい。そもそもメッサミリアが何で僕に興味を持っていることが前提になっているんです? しらっと自分の都合のいいように事実を捻じ曲げないでください」
「俺は事実を素直に解釈しただけだ。いいか、おまえのいう試練を、たとえば俺が受けたとしようか。まったく問題にならないだろ」
「くっ――自慢ですか。弟子に自分の強さの自慢をしておもしろいですか」
ルハスが本気で悔しがっている。
まあ、負けを簡単に認めないのは、向上心の裏返しでもあるので悪いことではない。
「そこじゃないよ、話の本筋は。試練の難度が俺にあっていないってことだ。つまり、俺ではない存在用に調整されているんだ」
「誰ですか?」
「本気で言っているのか?」
「僕ですよね。ええ、確かにまあ全部の試練が集中して自分の力をうまくだせれば、突破できる感じでしたし」
たとえば、一直線の長い廊下。床や壁にはさまざまな罠――付与魔術を使っている。こんなくだらないことに高等魔術を使用していた――が仕掛けてあった。
魔獣とカルスは空中に浮かんでやすやすと廊下をぬける。カルスがルハスの手をとって空中移動すれば、罠を発動させずに廊下を渡りきることができるのだが、そこはカルス、空気の読める男である。
余計なことはせずに、ルハスがたどりつくのをゴール地点で見ていた。
挑戦するたびに、ルハスはスタート地点に向かって吹っ飛ばされていた。
実はこの罠、集中しさえすれば、付与魔術の罠がしかけられた場所からわずかに魔力が漏れている。つまり、罠の場所を見ぬくことができるのだ。
ただし、一度スタートを切ったら止まることは許されない仕様である。
しかも、後半になるにつれ、非常に魔力の漏れが少なくなる。動きながら見極めなければならないというなかなかの難題だった。
初心者魔術士には難度がかなり高いだろう。スクールに在籍しているルハスと同じレベルの期待の学生でも、突破できるのはおそらく二、三人いるかいないかではないか。
ルハスはこれを突破した。
これで相手の魔術士の魔術の発動を見破ることができるようになったはずだ。さらにこの技術を洗練させれば何をしようとしているのか、どんな魔術であるのか、魔術を見ることで、その力量も認識できるようになるだろう。
ちなみにだが、魔力漏れはもちろんわざとやっていたはずだ。レナが魔力漏れなどせずに罠を仕掛けられるのだ。苦手分野でないかぎり、当然、メッサミリアにもできるに決まっている。魔力漏れの調節の精密さからそれは間違いないだろう。
他にも、渡り廊下とは名ばかりの足一個分しかない廊下というか橋というか、そのような危険な場所を歩く試練。この道には、なぜかハンマー振り子が五つ用意されており、タイミングをはかって勢いよく渡る必要があった。
ルハスはこれも何度か吹っ飛ばされ、壁に激突し、すぐ下にちょうど用意されていた柵あり床に落下していた。
この柵ありの床は、この試練のためだけに設計されていると思われた。何しろ、どこにも繋がっていないのである。廊下や階段、梯子すらなかった。
吹っ飛ばされたルハスはどうやってスタート地点に戻ったかというと、魔獣にくわえられて移動したのだ。
最初に魔獣にくわえられた時、ルハスはとんでもない絶叫を漏らしたものだった。単純に魔獣の餌になると思ったのだろう。
分からないではない。
ただ、この試練が魔術士の力量の何を伸ばすのに貢献しているのかは、カルスには分からなかった。
たぶん、思いついた試練を試してみただけではないだろうか。何となく、カルスはそんな気がした。ここは微笑ましいと思っておこう。
この他にも三つの試練を突破し、今のぼろぼろになったルハスの姿があるのだった。
魔獣が案内した場所は、ひさびさに広々とした空間だった。小さな奥の間もあるようだ。
壁の上部はステンドグラスが使用されていた。陽射しが当たれば、さぞ美しい光景になるだろう。ただし立地条件上、この場所がそんな明るい光を浴びることはない。
壁や床、ともに滑らかな材質で造られており、正面奥には左右に大きな彫像のようなものがあった。巨大な正門を守っていた石人形より、多少小さいだろうか。
二体共に人間を模したものではない。
飛竜である。翼を持った竜で、攻撃方法は足の鍵爪と牙、長い尾を使う。個体によって生意気にも竜の息吹を吐く。
竜に比べれば、数段劣るが、その強さは魔獣の中でも中位から上位にあたるだろう。
石人形の技術で、飛竜のような生物――生物の持つ関節や動きの滑らかさなど――を再現することはまず不可能なので、あれが石人形ではないことはほぼ確かなことである。
「うわあ、綺麗なところですねえ。もしかして、僕はここで最終試練を受けるんでしょうか」
試練に対して文句を言っていたわりに、あっさりと試練を受け入れている。
柔軟というか、よくわからない少年である。
「だといいんだが、どうもそんな感じじゃないな」
「どういうことです?」
「あの奥にある二つの影、あれをじっと見てみろ」
「あの彫像がどうかしたんですか? かっこいいですよね。僕も将来自分の城に飾りたいです」
自分の城などと、メッサミリアの悪影響を受けた聞き捨てならない言葉をカルスは聞いた気がしたが、それは置いておく。
少年の将来にそこまで責任は持てない。
「いいからじっと見ていろ」
「じっとですかあ――」ルハスが不満そうな声をあげる。「――なんにも、あれ? 今」
ルハスが数歩前に出て、さらに目を凝らした。
「あ、動いた。今、ちょっとだけですけど、動きました! 師匠、見ましたか! 世界の大発見ですよ! 少しずつ動く彫像。意味はまったくありませんが、これで僕の名前は歴史に永遠に刻まれますね」
「それはないな。たぶん、あれは生きている飛竜が彫像のマネをしているだけだ」
「は? 何のために?」
「そりゃ、俺たちの前に現れたってことは、理由は一つだろ」
「芸術鑑賞ですか!」
「戦うためだな――ってことで、どうやらここからは選手交代になりそうだ。さすがに、ルハスに飛竜と戦わせたら、それこそ治癒する時間もなく、この世から退場しそうだからな」
「怖い言葉がさらっと聞こえた気がしますけど、えっと、あ、つまり、これから僕は高みの見物ができるんですね。よかったー」
「高みなのかは知らないが、せいぜい巻きこまれないようにしろよ」
「そこは、師匠が気にしてください! 僕には無理です」
すでにばれているというのに、飛竜は未だに彫像のフリをしている。知能は高いはずだが、人語を介さないということだろうか。
身体の色もおかしいので、わざわざこのために塗られたのかもしれない。
憐れと言うべきか、健気と言うべきか。
いったいあの二頭は何をきっかけとして動きだすのだろうか。
おそらく標的が近づいてきたら、といったところか。
魔獣がまっすぐ歩いていく。
どうやら奥にいる二頭の飛竜の間を通りぬけていくつもりらしい。奥の間には先に続く扉や階段があるように見えないが、何か仕掛けでもあるのだろうか。
「ルハス、おまえあの魔獣についていけ。そしたら、いちおう安全な場所にいられるんじゃないか」
「それって予測ですよね。僕が通っている最中にいきなり攻撃してくるとかないですか?」
「できるだけ、魔獣にぴったりくっついておくんだな」
「僕の安全はその程度のものでしか担保されないんですか! あんなに試練を頑張ったのに」
「心配ない。対象は俺だ。俺がいかなければ動かないだろ。たとえ、おまえが対象に入っているとしても、その時は、飛竜の強さが調整されているはずだ。一撃死なんかないよ」
「本当ですか? でもまあ、ここにいるよりよさそうなんで行きます。師匠は絶対についてこないでくださいよ」
「あ、もう一つ、動いていることに気づかれたと思ったら、襲ってくるかもしれないから、知らないフリの演技をしろよ」
いそいそと魔獣の後を追うルハスをカルスは見送った。
ルハスは完全に挙動不審になっている。飛竜を恐れているというより、近くで見たいという欲望を抑えつけるのに一生懸命のようだ。
ルハスの視線と飛竜の目があったりしたらおもしろいのだけどなあ、と思いながらカルスは見ていたのだが、ルハスは無事二頭の飛竜の間を通りぬけ、奥の間へとたどりついた。
飛竜はまだ動かない。
カルスは歩き始めた。
飛竜は動くことこそなかったが、気配が変わった。
非常に分かりやすい。
獲物を逃さないようにしっかりと見ている。
カルスは歩きながら、飛竜のことを考えていた。
飛竜は火と風の性質を持っていたはずだ。肉体強化と飛翔系の付与魔術も使える。ただし、結界系の魔術はなかったはずだ。
といっても、強靭な肉体と皮を有しているので、生半な攻撃では通じない。
これに対処することになるカルスであるが、攻撃魔術には基本、光・闇・火・風・土・水の六種がある。雷などは複合技だ。
カルスが得意とするのは、光・風・水の三種だ。他も使えないことはない。ただし、闇に関して一つの魔術しか習得できなかった。
飛竜は一つに特化した属性と言うわけではないので、属性相性を考える必要はない。
となると、単純に力勝負ということになる。
ちなみ、カルスは飛竜とは一度も戦ったことがない。
そろそろかな、とカルスが考えた時、飛竜が長い首を振って、咆哮した。
背後で何か重い物が床に当たった音がした。実は、これは扉の閉まる音であった。
魔術士と飛竜との戦いの幕があがった。
カルスは後方へ大きく飛ぶ。
「光よ、砕け」
同時に準備していた短縮呪文を詠唱し、魔術を放った。
五つの光球が左側の飛竜へと襲いかかる。
飛竜が口を開く。炎がかすかにのぞいた。
飛竜の口から炎熱波が放射される。
竜の息吹だ。
カルスの光球が消滅する。
竜の息吹が使えるということは、ザコ飛竜ではないということだ。
もう一体の飛竜が低空飛行でカルスへと突撃してきた。
いくらこの部屋がひろいとはいえ、無理がある。
「バカか、おまえ」
カルスは床に転がって避けた。
風圧が襲いかかるが、無視して立ちあがる。
すると、目の前には竜の息吹を放った飛竜がいた。
「無茶苦茶だろうが、こんなの!」
飛竜の口が開き、炎が揺らめいた。




