02 魔術士協会~いろいろタイヘンだね
魔術士協会――大陸各地に支部を持ち、国家にまで影響を及ぼすと言われる大陸最大の組織である。
というのが、まことしやかに囁かされる魔術士協会の姿である。
だが、カルスの師匠曰く、
「弱い人たちが集まって、強そうに見せているだけの、たいしたことのない集団」
が、実情ということだ。
しかし、カルスの師匠は大陸最強の魔術士と言われているので、師匠に比べればどんな一流魔術士であろうと、『弱い人たち』に区分されてしまうのだった。
内実がどんなものかは分からないが、大部分の魔術士が属する組織というのは間違いない。
カルスの師匠ヴィル・ティシウスも魔術士協会には属していた。
本人はいつ辞めてもいいと言っているし、そもそも望んで入会しているわけではないようだった。
「彼らが頭を下げて頼むから、仕方なく所属しているだけです」などと言っているが、あんがい本当なのかもしれない。
大陸最強の魔術士が協会に属していいないというのは、風聞が悪いし、何より、干渉してくる巨大な組織――国家に対して、大魔術士ヴィル・ティシウスはその名だけで抑止力を持つのだ。
どんなに我が儘で不遜な男だろうと、あまりに大きな利用価値があるために、魔術士協会はヴィル・ティシウスを内に取り込むしかなかったのだ。当然、失態をやっても除名できない。
カルスなどは、師匠の存在は間違いなく魔術士の地位を貶めているので、正直マイナス部分が大きいのではないかと思うのだが、権力の上のほうにいる人たちはまた違った意見なのだろう。
「師匠、魔術士協会ってがらんとしていて、まったく活気がないものなんですね」
「たぶん、普通は違うと思うけどな」
カルスはパール国王都ソール・ラントの魔術士協会を知っている。あそこはまた特別だろうが、それにしても建物内で人の気配がまったくしないというのは、異常だろう。
カルスとルハスは魔術士協会の中に入っていた。
窓ガラスを割って入ったというようなことではなく、普通に正面玄関から建物内に入った。門もドアも鍵はされておらず、普通に入ることができた。
玄関をくぐると、正方形をした部屋があった。
受付が正面にあり、両側には長椅子があった。中央に掲示板があり、傍には観葉植物が置いてある。
すべてが安っぽい素材だった。受付も急ごしらえな感じが否めない。
受付の奥にドアがあったが、それ以外にドアは見受けられなかった。
長椅子にも、受付にも人の姿はない。
「不用心ですね。何らかの魔術的防犯がなされているんでしょうか?」
「さあな。それより、ルハスの両親はここにいる知人を頼れと言ったんだよな」
「言ったわけじゃありません。書かれていたんです」
「その人の名前は?」
「さあ? 母はうっかりしたんでしょうね。名前を書いていませんでした」
「うっかりって、単純におまえが知っているからじゃないか?」
「僕の知っている人ですかあ」
ルハスが顎に手を当て、首を傾げて考えこむ。
「記述は『彼女』だったな? 女性で思いあたる人はいないか」
「タビアさんですかねえ」
「魔術士なのか?」
「いえ、違うと思いますよ。お隣さんなんですけど、一度として魔術をしようしたところを見たことがありません」
「おまえは真剣に言っているのか」
カルスは殴っていいものか、困惑した。
師匠ならば、問答無用で鉄拳か魔術をぶっぱなしているだろうが、師を反面教師としているカルスは一度踏んばってみたのだ。
「もちろんです」きらきらと輝く瞳でルハスが頷く。「誓って言いますが、僕は真剣です。そして、僕の知っている女性はみんな村に住んでいます」
「ああ、本気で言っていることだけは分かった」
「伝わってうれしいです、師匠。ところで、誰もいないみたいですけど、もしかして、とっくの昔に廃棄でもされたんですかね」
「いや、それはないだろ。あの観葉植物が枯れていない。あれは二日も水を与えなかったら枯れてしまう。誰かが水をやっているんだ」
「へえ、師匠は変なところが目ざといんですね」
「おまえに『変』なんて言われたくないけどな」
「なぜですか? ああ、弟子だからですね。その気持ち理解できます」
「いや、理解できてないよ――ほら、お待ちかねの人が来たようだぞ」
「まあ、僕にはすでに師匠がいるんで、ここに用はないんですけどね」
カルスはルハスのたわ言を聞き流した。
受付奥のドアから一人の女性が現れた。
ふくよかというよりかは、全体的にふっくらとした女性である。元からなのか、眠たいのかわからないが、目が線のようになっていた。
三十代前半から半ばあたりだろうか。ローブを着ているので、おそらく彼女は魔術士だろう。
ふわわとあくびをしながら、ゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。
受付席に座ると、女性の動きが止まる。
カルスがじっと観察していると、女性は小さく舟をこぎ出した。
「師匠、師匠、お客が目の前にいるというのに、あの人思い切り居眠りに入りましたよ。世の中には変わった人がいるんですねえ」
カルスの腕をルハスが揺らす。
隣で騒ぐ少年のことを気にすることなく、カルスは受付の前に立った。
「すみません。ちょっといいでしょうか?」
カルスの声に、こくんと大きく頭を揺らして、女性が目を開ける。だが、すぐに目は線のように細くなった。
「はい、なんでしょうか?」
「な、何ごともなかったかのように受け答えしてる!」
カルスは隣にいるうるさいやつを軽く吹っ飛ばした。
がたんとけっこう重たい音が響く。
「な、なんでですか!」
やや離れた位置からそんな声が聞こえたが、カルスは気にしない。
「基本的なことを聞いて申し訳ありませんが、ここは魔術士協会ですか?」
「はい、そうですよ」
「そうですか。僕はヴィル・ティシウスの弟子のカルスです。師匠からの使いでドンドールに来ているんですが、帰りのお金を魔術士協会から借り受けるよう師匠から言われているんです。パール国王都ソール・ラントまで移動するのに必要な料金をいただけないでしょうか。できれば、すぐにお願いしたいんですけど」
カルスが師ヴィル・ティシウスにこれまでかけられた迷惑料をここで清算するのだ。後で文句を言われるだろうが、やったもの勝ちである。
「申し訳ありませんが、現在魔術士協会ダルロ支部にお金はありません。空っぽってやつです。なので、残念ながらあなたの望みは果たすことができません」
「――そうですか。それは残念です」
「はい、残念です」
「それでは」
「はい、お気をつけて」
カルスは魔術士協会を去ろうとした。
そこで自称弟子が騒ぎだす。
「ちょっと、二人とも何なんですか! なんか示しあわせているんですか。客が僕一人だけっていう贅沢芝居でもしてるんですか! って、師匠無視していかないでください」
「なんだよ?」
「なんだよ、じゃありませんよ! 二人ともなんで普通なんですか。さっき師匠が言ってたじゃありませんか。魔術士協会は普通こんなんじゃないって。これって、何かがあったというか、何かが起こっているってことじゃないですか? ねえ、そうでしょう?」
ルハスが受付の女性に問いかける。
カルスはかろうじて舌打ちをこらえた。彼は目立つ我が儘な師匠を持っていたので、厄介事というやつにかなり縁があった。だからこそ、厄介事への嗅覚が少しばかり進化している。そして、この魔術士協会は匂った。何かが間違いなくある。
厄介事いうのは、どんなものでもやっぱり厄介でしかないのである。しかも、たいていは一歩踏みだせば後戻りができないと決まっていた。
ルハスが女性に訊ねたことは、一歩踏みだすことに該当しかねなかった。
せっかく師匠がいない間は、せめて平穏に過ごそうと考えていたのに……。
「そうですか。やはり魔術士なら魔術士協会のことは気になりますよね」
「はい」
元気よくルハスが返事をしている。
微笑ましいといった様子で女性はルハスに視線を落とし、次にカルスへ視線を投じた。眠そうな瞳には悪戯っぽい輝きが隠しきれずに溢れている。
「では、お話ししましょう。その前に、私はテリアと言います。よろしくお願いします」
「ああ、僕はルハスです。それで、こっちが僕の師匠の――名前なんでしたっけ?」
「カルスですね」
「何でテリアさんが答えるんですか! というか、なぜ知っているんです? まさか、二人は付き合っているとか、禁断の間柄とか」
「さっき名のっただろうが」
「え、そうでしったけ? ああ、師匠に殴られて僕はあそこの壁にぶつかっていたんで、遠くて聞こえなかったんですね」
「四、五歩しかない距離を遠いと言い切るおまえに、俺は驚きだよ」
「そうですか? 僕は驚いてませんけどね」
「師弟の関係に口を挟む気はないけど、事情を説明してもいいかしら?」
「いいですよ。こいつが次に無駄口をきいたら、ええ、しばらく黙るように物理的にしますから。ああ、あとこいつと俺は師弟の間柄じゃないので、そこは間違えないでください」
「ちょ、師匠その提案は何ですか。横暴ですよ。それにいいかげん僕の師匠であることを認めてください」
「名前も知らない相手に弟子入りするようなやつは、いつか弟子をとることになっても絶対に受け入れない」
すでにカルスはルハスの背後にまわり、アームロックをかけていた。
「――きゅう」
という奇妙な音を残して、ルハスは気を失った。
ルハスの軽い身体をひょいと長椅子に投げる。すると、長椅子の脚がぎしっという大きな音を立てた。
「ホントに安もんだな」
思わず本音が漏れ、テリアと視線があい、カルスはばつが悪い思いをした。
「気にしなくてけっこうです。本当のことですからね」
「仕方がないんで訊きますけど、何でこんな場所に協会があるんです? 元からここにあるってわけじゃないですよね。たぶん、けっこう最近になってここに移ったんじゃないですか?」
「本当に嫌そうに訊きますね」
「嫌ですよ。魔術士がらみの厄介事なんて一般的に言って最悪の部類じゃないですか」
「その割に、鋭いことを言いますね」
「師匠のおかげで観察だけは手抜かないようにしているんです」
魔術士協会は支部を勝手に出すわけではない。地元の意向を尊重する――領主などは最大の顧客であるので当然のことだ――し、たいていは招かれるというのが普通であるらしい。その上で様々な意味で利益が出るのかを検討し、支部を創設することになる。なので、そもそもこんな立地条件しか提示されなかったなら、魔術士協会が支部など建てるはずがないのだ。
というわけで、まず元からこの場所に魔術士協会があるとは考えられない。
次に、最近になって移ったとなぜ考えたかと言えば、理由は単純だ。設置されている家具類がすべて新しいのである。それほど時間の経過は感じられなかった。
「カルスさんの指摘したことは正しいです。もともと魔術士協会は本通りにありました。今もありますが、領主様の権限によって閉鎖されています。代わりにこちらに移るように命じられたのです。まだ、一週間も経っていませんよ」
「なんで、中古品じゃなくて安物とはいえ新品をそろえたんですか?」
「支部長が訪ねてくる魔術士が少しでも不自由しないようにと、ポケットマネーでそろえたんです」
魔術士が関係していて、もしかしたら領主まで関係し、その上、良い人まで関係したら、厄介事以外になりようがないじゃないか。
カルスは本当は嫌だ。こんなことをしている時間はない。ないのだが――。
「それで一週間前にいったい何があったんです?」
カルスは自ら厄介事に大きく足を踏みだしたのだった。
師匠のせいで厄介事ばかりにあうというのが彼の主張だが、結局放っておくことができない彼の性分というのも厄介事に巻きこまれる大きな理由なのだった。




