6:それから
持ち込まれた契約内容は全てキールエラ家の利になることばかりで、断る理由を探す方が難しかったことだろうに。それでも、父は娘のことを想い考え、決して首を縦に振ることはしなかった。
だからと言って、大人しく諦めるようなベネディクトでも無い。
何度も、何度も、手を替え、言葉を変え、エリザベスを手に入れようと画策するベネディクトとそれを支援するスカーピオ公爵。対して、妻の死から立ち直る間もなく、それでも娘のため、弱り切った心に鞭を打ちながら、拒絶する父。
エリザベスを巡る二家の攻防は、ベネディクトが学園に入学するまで続いた。
加えて、キールエラ家では、いつも不機嫌だったリューンハルトの態度も悪化の一途を辿り、それが嫉妬によるものだとエリザベスが理解するころには、顔を合わせれば暴言を吐かれるのが当り前、の生活となっていた。
『お前はいいよな。女であると言うだけで求められて、守られて』
彼が何に嫉妬し、エリザベスに当たり散らしていたのか。この時はまだ理由も分からず、家族の軋轢を産み出そうとするリューンハルトの態度にも父は頭を抱えていたものだ。
ただ、それもリューンハルトが学園に入学するまでの話。ベネディクトと同じ年だった彼もまた、王都へ旅立っていき、やっと訪れた束の間の平穏の中で、エリザベスは16歳を迎えた。
流石のベネディクトも学園生活が忙しいのか、入学してからは手紙や贈り物が送られてくることも無くなり、その状態が2年経過した日。父と共にやっと諦めてくれたのだ!と、安堵のハグを何度も交わし合った。
出来ることならば、生まれ育ったこの国を、この町から、生きていきたいと大概の人が思うことであろう。エリザベス達親子もその1人ひとりであった。妻が、母が眠る地でもあるからこそ、ベネディクトの脅威が晴れたのであれば、このまま変わらず穏やかに過ごしていきたい、そう想い願っていたのだ。
また、張り詰めていた糸が途切れてしまったからか。長年、心労を誤魔化し続けてきた父もまた体調を崩しがちになっていたことも、此処から離れたくない理由の一つとなっていたのもある。
『昔、カレンと……母様と見た夕陽が忘れられなくてな。』
ぽつりぽつりと、亡き妻との思い出を語れるようになったラインバルト。叶うことならば、リューンハルトが戻ってきた時に家督を譲り、自分は港を一望できるような場所に居を構えて、余生を過ごしたい。と零すようになった父の想いを、エリザベスは守りたかったのだ。
最悪、成人してしまえば、親の同行が無くとも自由に国の外へ出ることが出来るようになる。この国の成人は18歳。あと3年だけ、耐えきることが出来れば、完全にベネディクトの脅威から解放されるのだ。
問題は、末端とはいえど貴族である以上は王都の学園へ通わなければならないことである。
大学も学園と同じ敷地にあると聞いたことがあった。遭遇するような可能性はそう高くは無いだろうが、警戒するに越したことが無いだろう。油断大敵と言う言葉があるくらいなのだから。
そして、その考えが正しかったと最悪な証明が為されたのは、入学式を控えた1週間前のことである。




