向き合う時間:エリザベス
(あぁ、やっぱり……)
あの子は、運命の番では無かったんだ。
うっとりと嬉しそうに此方へ微笑みかけている男を前に過ったのは、あの舞踏会の夜。
得意げだった赤髪の少女が見せていた、優越感と此方を侮蔑するように歪んでいた真っ黒な瞳のこと。
(……本当にあの子がホンモノであれば、良かったのに)
あの子に限らず、かつてご丁寧な忠告してくださった全ての人々に心の底から思う。
―――代われるモノならば、代わって差し上げたい、と。
誰もが知る名門貴族の嫡男で、後継者候補の筆頭。
数少ない覚醒者の1人にして、その実力も折り紙付き。
その上で両親譲りの美貌と品行方正な振る舞いに魅了された者は、数知れず。
さながら、御伽噺に出てくる王子様そのもの。
彼ほど完璧超人な男は居ないだろう。
そんな彼の運命の番に選ばれたのは、どれほど光栄で幸運なことなのか。
『貴女如きが拒んでいいような御方ではないのよ!』
『なんで、こんな田舎丸出しの小娘が……一体どんな手を使ったのよ!』
『きっといつかあの方も目を醒ますはずよ!こんなの絶対有り得ない。絶対、間違っているもの!』
未だ婚約を受け入れていないと知った高位貴族の御令嬢からは捲し立てるように指を突き付けられ、
『運命の番とは、覚醒者にとって魂そのもの』
『早く婚約を受け入れ、行動を共にして差し上げなさい。』
『何ならば、婚姻を結んだって構わない』
お節介な大人達からは授業で習う以上の運命の番についてを説明され、諭しに掛かられたものである。
(……嫌なことまで思い出しちゃったな)
何故、拒む。
何故、受け入れないのか。
なんて、理由は一つしかない。
『嫌なものは嫌だから』
――何故なら、彼は私の誕生日を台無しにした。
かぞくにとっても、特別な一日になるはずだったのに。
(可愛いドレスも珍しい玩具も、ましてや新作のお菓子なんか―――御伽噺の王子様なんて、私は望んでなかった)
あの頃、幼いエリザベスが願っていたのは家族みんな笑顔で過ごせるような楽しい毎日が続いていくこと。
ただ、それだけだったのに。
(……解っている。あの日のことは私たちの事情に過ぎなくて、彼はタイミングが悪かっただけだってことくらいは。……―――でも)
思わずには居られないのだ。あの時、この人がもう少し後に現れたらって。
そうしたら、きっと、まだ自分たちは、かぞくで居られたのではないだろうかって。
『ねぇ、にいさま!わたしねがんばってじゅんびしたの!……うけとってくれる?』
『あのね、あのね……にいさまのおくりものにね、わたしね……!』
―――でも、もう居ない。
遊ぼうって手を引いたら、仕方ないなって面倒そうにしながらも付き合ってくれた、あの人は。
『わかった、わかったから。そう引っ張るなって……また転ぶぞ。』
―――何処にも、居ないのだ。
私が転べば、大丈夫かって心の底から心配してくれた、彼は。
手のひらを差し出して、起こしてくれた……優しかった兄は、もう。
頭を振って、浮かんでしまった幻想を払う。人は危機に陥ると、思考が余計なことへと現実逃避させてくるとは聞いたことがあるけれど、それでも浸り過ぎてしまっていた。
(……まぁ、そもそもの話。)
喩え、出会いが上手くいっていたとしても、自分がこの人に恋することは無かっただろう。
(私は、私のことを見てくれる人がいいもの)
この男が求めているのは結局のところ、運命の番という存在だけなのだから。
今もエリザベスを見ているようで見ていない眼差しが、気持ち悪くて仕方ない……と、意識を男に戻して、気付く。
さぁ帰ろうと差し出されていた手のひらが、その指先が僅かに震えていたことに。
その端正な顔を真っ青に蒼褪めさせ、見開かれた目が見ていたのはエリザベス自身だったのだ。
(……初めて、目が合った)
そうエリザベスが思ったのと同じくして、その耳に届いたのは―――まるで迷子となってしまった幼子のような頼りない―――
「……どうして?」
呟きが一つだけ。
いつだって自信たっぷりなベネディクトから放たれたとは到底思えれないその一言に、エリザベスも思わず「え」と驚きの一字を零してしまった、けれど。
次の瞬間、家も人も関係無く吹き荒れる烈風を巻き起こしたベネディクトの耳には、届くことは無かった。




