2:魔 法
それは、ありふれた呪文だった。
教科書に載ってあるやり方で構成し、己の魔力を乗せることで発動する、一般的な強化魔法の一つ。
上手くいけば、掴んだ手綱を通して魔力が馬に伝わり強化される。
失敗しても、ただ空中で魔力が霧散されるだけ。
その、はずなのだが……
「……え?」
いつもより、流れ出る魔力の量が多い。
その割には、馬へ魔力が伝わっている様子は無く。
―――寧ろ、ビリッと拒絶されるような反応が、指先を通じて感じ取れた。
何かがおかしい。と、エリザベスが違和感を抱いた時にはもう『魔法』は発動していた。
「な、に……これ、」
馬へと確かに放ったはずの魔力。
それが何故か、エリザベスの周りで光を伴い、円を描くように渦巻いていたのだ。
本来、魔力とは目に見えるものではない。
ましてや、空中で一つの形を為すなんて、聞いたことすら無かった。
明らかな異常事態。
でも、原因が分からない。
今何が起きていて、これから何が起きてしまうのか。
戸惑うエリザベスの目の前で、輝きを増していく其れは、やがて限界点に達したのか、鋭い閃光となって文字通り爆ぜた。
薄灰に染まる空を塗り変えてしまうほどの威力に、視界が白く眩む。
次いで感じたのは、束の間の浮遊感と遠退いていく馬の嘶き。
そして、確かに掴んでいた手綱が、指の隙間からすり抜けていく気配。
あれ、と呟きが零れ落ちる、その前に。
「……っぅ!」
背中に走る激痛。跳ねた泥水の近さに、自分が馬から落ちたのだと理解する。
それが意味するのは、ただ一つ。
(しっ……ぱい、した……の……?)
たった一度きりのチャンスを。
無為にしてしまった。
(……ここっ、まで……っきたのにっ)
痛みよりも己への失望が、重く圧し掛かる。
(い、いや……まだ、もう、いっかい……くらいは……っ)
根こそぎ消耗させられてしまった魔力。
それでも搔き集めれば、もう一度くらいなら魔法を発動させることが出来るはず。
祈るように呪文を紡ごうとするも、口から洩れるのは掠れた吐息だけ。
音になることすらなかった。
(っう……せなか、が、いたい……こえ、でない……)
じわじわと広がる痛みと満足に動させない指先。
霞んでくる視界に、意識を失ってしまうのも時間の問題だろう。
(……わた、しは……)
逃げることも、許されないの?
次第に、ぼやけていく世界。
言葉にならない感情の渦が頬を伝い落ちる。その冷たい感触だけが最後まで残り続けていた。
どちゃりっ
雨に紛れて聞こえたのは、重たいものが地面に叩き付けられたかのような音。
次いで、馬の驚きと怯えを孕んだような嘶き――――もしや、魔物が出たのかと、警戒を強める。
しかし、周辺を見渡し、耳を済ませても、魔物特有の気配は一向に感じられない。
ただ、落ち着きを取り戻した馬の、心配するような鼻息だけが雨音に紛れて伝わってきた。
(……近いな)
落ちたのは、物か人か。物であれば、人がすぐさま馬を落ち着かせに掛かるだろう。
特に、このような場所であれば。
(―――と言うことは、人の可能性が高いか)
確かめに行くか、行かないか。悩むよりも先に、足は音のした方へと向けられていた。




