第1話:宮廷魔導師
「……何これ? 意味が分からないんですが」
ああ……まただ……。
「あ、いやっ、その───」
「あの、よろしいですか? こちらがお願いをしたのは、王都周辺で魔物の被害が増加しているため、その発生源の捜索、及び封印処置を行なってほしい、というものでしたよね?」
「あっ、はい……で、ですから読んでいただ───」
「その報告書がなんで……こんな紙っぺら一枚なんですか!?」
「ひっ……!」
ドンッと、敵性生物対策課の課長さんに怒鳴られながら机を叩かれ、私は思わず情けない声を上げていた。
しんと静まり返った事務所の空気はとても重く、私の背後からはいくつかのため息が聞こえてくる。
「いいですか!? これは非常に大事な調査依頼なんですよ! 住民の安全を脅かす存在がすぐ近くにいるかもしれない……当然ながら各ギルドにも協力を要請しておりますが、こちらも国を挙げて対応をしなければならないんです! アークライト卿……あなたは宮廷魔導師なんですよ!? それが……なんですかこんなものッ!」
「あっ……!」
課長さんは私の提出した調査報告書をびりびりに破くと、さらにそれを私に向かって思いっきり投げつけた。
パラパラと報告書だったものが舞い散る中、課長さんは一際大きなため息をつく。
「……もう結構。やはり、あなたなんかに頼むんじゃありませんでした。他に手が空いている方がいなかったので仕方なかったとはいえ、落ちこぼれのあなたに……さ、お帰りください」
「あ、いや、ですからっ……報告書を読ん───」
「さっさと消えなさい! 仕事の邪魔です!」
「ひっ……わ、分かりました……失礼します……」
「まったく……なんであんなのが宮廷魔導師に……」
帰り際、背中にそんな言葉を投げつけられる。
何度言われたか、もう分からないほどに聞いたその言葉。
何度聞いても、胸がずきんと痛くなる。
周りの人たちの視線も痛い。
きっと、課長さんと同じことを思っているんだろう。
"なんでお前みたいなのが宮廷魔導師なんだよ"と。
そんなの……今の私が一番分かってる。
そうして、私は足早に対策課の事務所を後にした。
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「……はぁ」
城内にある魔導師専用の私室へと戻り、椅子に座ってため息をつく。
毎日毎日同じことの繰り返しだ。
怒鳴られ、呆れられ、失望される。
どれだけ仕事をしても、一切認めてもらえない。
嫌がらせのような理不尽な依頼をなんとかこなしても、慣例だからと言われ、とんでもない量の資料整理や、大図書館の棚卸しを必死に終わらせても、それらと並行してありとあらゆる雑務を全部押し付けられ、毎日毎日深夜までそれをやっても……何も、何一つ変わらない。
まぁ、あんなことをしでかしたんだから、無理もないのかもしれないけど───
「あれ……? なんで私……ぐすっ……うぅ……」
自然と涙が溢れてくる。
泣かない日はない。
辛い、悲しい、苦しい。
そんな言葉しか出てこない。
なんで続けてるんだろう。
なんの意味があるんだろう?
ああ……もう辞め───
「あ、だめっ……お父さんとお母さんに……ほらっ……泣かない泣かない。さ、仕事しなきゃ……ぐすっ……ん、えーっと! まず、これはゴルド様の論文の添削作業……"タラゼド地層における魔石の魔力含有量増加、その因果関係について"……いったい何枚あるのこれ。と、とりあえず魔石関連の書物を探して……それでこっちは……げっ!? ジェイ様の世界樹研究……"新芽の発芽に伴う魔力散布と樹石の考察"って……と、とりあえず資料を探さなきゃ……」
机の上に積まれた書類を少しずつ整理していく。
それに合わせ、部屋の壁を占領している本棚や、床に積まれている書物の山から、必要になりそうな魔導書や専門書を何冊か抜き出していった。
「あとは……あれ? またなんか増えてる? いつの間に……えっと? これはガイン様のカノープス山調査書……ん!? うわっ!? あ、明日までって書いてある……今日、帰れるかなぁ……」
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今の仕事に就きたいと思ったのは、私が十歳の時、とある宮廷魔導師のお姉さんに助けてもらったからだった。
世界有数の大国、アルタイル領にある田舎町で育った私は、山や森など、自然の中で遊ぶことが大好きな子供だった。
ある日、いつものように森へと入った私は、町の周辺では見たこともなかった魔物に襲われ、瀕死の重傷を負ってしまう。
その痛みと、死の恐怖で泣き叫んでいた私を救ってくれたのが、たまたまその周辺の調査に来ていた宮廷魔導師のお姉さんだった。
その人は魔物をあっという間に退治すると、傷を癒しながら町まで運んでくれ、私はなんとか一命を取り留めることが出来た。
お姉さんは、調査のためにしばらく町に滞在するらしく、私は傷が治るとすぐにお姉さんの後をついて回り、そこでいろいろな話を聞かせてもらった。
宮廷魔導師の仕事の話から、そもそも魔導師とは何か、魔術、魔法とは何かという話。
王都の話や、他の職業のこと、ギルドについての話。
エルフやドワーフなどの友好亜人の話や、またコボルトやケットシーといった獣人の話、オークやゴブリンなどの敵性亜人の話。
竜族、獣族と、魔物の違いについての話。
それから、私が生まれた頃に起きた、魔物によって世界が滅びるかもしれなかった大戦の話。
また、その大戦を終わらせたのが、一人の英雄だったという話。
そして、その人が……大罪人となった話。
一ヶ月の調査の間、お姉さんは私の知らない……本当にたくさんのワクワクする話をしてくれた。
そして迎えた別れの日、私がお姉さんに泣きながら抱きつくと、お姉さんは優しく私の頭を撫でながら、
「あなたには凄い才能がある。だから、きっとまたどこかで会えるわ。元気でね……ルウナ」
そう言い残して、町から去っていった。
それから私は死ぬほど勉強し、血の滲むような修行を重ね、まず魔導師と呼ばれるものになった。
そこからさらに実績を積み上げ、お姉さんと同じ宮廷魔導師になるべく、数十万人が受験する試験に挑み、そして……史上最年少で合格することが出来た。
そして、私は後からそれを知る。
私が受けたその試験が、お姉さんの代わりを探すためのものであったことを。
それが、今から一年前のこと。
私は今年、十八歳になった。
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「…………終わった」
卓上のランプが、四畳半しかない私の部屋を鈍く照らしていた。
時刻は午前二時を回り、もはや私以外の宮廷魔導師は誰もいない。
みんなはもっと早くに帰っている。
アルタイルの宮廷魔導師は十三人。
それ以下でもそれ以上でもなく、必ずそう決まっていた。
なので、宮廷魔導師の試験が開催されるのは、誰かが職を降りた時、ということになる。
私がお姉さんと……入れ替わりだったように。
「……会いたかったなぁ。もしお姉さんがいたら、また何か違っていたかも……雑務ばかりじゃなくて、フィールドワークとか……あ、そういえば、お姉さんって序列何位だったんだろ? あれだけ自由にしてたってことは、結構高かったのかな……」
ちなみに私は序列十三位。当然最下位だ。
まぁ、一番若いし、後から入っているので当たり前といえば当たり前なのかもしれない。
ただ、そのせいなのか、雑務が全て私に回ってくる。
今日片付けたものも、先輩方の調査書の清書だったり、さまざまな分野の論文を作成するための資料作りだったり、王侯貴族の方々に対する魔術指南の台本作りなど、面倒なことは全て私に押し付けられていた。
先輩方には私なんかと違い、大きくて綺麗な自室があって、従者だって何人もいるはずなのに何故か私に……。
「……私も人を雇おうかな。あ、でも、その人が私のせいで何か言われたら……やだな。部屋も狭いし……やっぱりやめよ……」
もちろん、全員が全員そういうわけではない。
優しくしてくれる先輩宮廷魔導師の方や、他にも私を気にかけてくれる人が少しはいる。
ただ、あのとんでもない事件を起こして以来、私はこの城で働くほとんどの人に"使えないやつ"と思われている。
まぁ、正直なところ、最初からあまり歓迎的でなかったのを感じてはいた。
十七歳での合格は、今までの二十一歳という最年少記録を大幅に更新するものだった。
だから多分、社会を何も知らない小娘に、この伝統と格式ある大国アルタイルの宮廷魔導師というものがはたして本当に務まるのか……という感じだったんだろう。
それなりにちゃんと実績は積んだんだけどな……だから選ばれたという部分もあったはずなのに。
あとは、私の性格がうじうじとしていて、あまり前に出られず、はっきりと物事を言えないタイプだったことも、もしかしたら嫌われる要因の一つだったのかもしれない。
いや、自覚はしてるんだけど───
「はぁ……帰ろ……」
荷物をまとめ、鍵をかけて部屋を後にする。
城を出る際、衛兵の方々に向けて"お疲れ様です" と頭を下げるが、目を合わせないように軽く会釈だけされた。
またちょっと……涙がでちゃう。
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「あー…………疲れた…………」
自宅までは徒歩十分程度。
城の近くに住まないといけないという規約があり、王都の中でも結構いい場所なのでお家賃はそれなりに高い。
まぁ、お給料だけはいいから、あまり問題はないのだけれど。
「帰ったらごはん……今日も食べる暇なかったしぺこぺこだよ……あ、おふろも入んなきゃ……あー、目がしぱしぱするぅ……」
独り暮らしを始めてから、独り言がすごく増えた。
仕事中も、多分ずっと喋ってると思う。
なんでーとか、どうしてーとか、もう辞めたいーとか……きっと、弱音ばっかり吐いてる気がする。
もうあなたには期待しません……みたいなことばかり言われるから。
「これが……ずっと続くのかなぁ……」
終わりの見えない地獄にいる気分だった。
みんなに嫌われて、誰にも話せなくて、ずっと一人で。
「ぐすっ……あー、だめだぁ……泣くな泣くな……でも、あの調査だって、忙しい中でもしっかりやったのになぁ……」
一枚に綺麗にまとめただけで、そこにちゃんと全部書いてあるし。
まぁ、発生源はきっちり潰しておいたから、多分もう大丈夫だとは───
「…………ん?」
私が借りているのは、平家の一軒家。
赤い屋根に白い壁の、とっても可愛いおうちだ。
私が王都に来る少し前に空いたらしく、見た目も気に入り、運命的なものを感じた私はすぐにここへと決めた。
特にお気に入りなのは、敷地に入る門の先にまず芝生のお庭があって、飛び石が玄関の扉まで続いていること。
こういう感じのおうちに憧れていたから、すっごく嬉しかったのを今でも覚えている。
で、その玄関には、辺りが暗くなると自動で明かりがつくように魔術式を組んだランプがぶら下がっているんだけど───
「……誰か……倒れてる?」
その明かりに照らされていたのは、私の家の玄関前でうつ伏せに倒れている……黒いローブを着た人だった。




