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PARTNER  作者: 橘。
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第29話 並んで歩く 1.京都(2)


「ここでいいのか?」


 兄の運転する車が留まったのは小さなホテルの脇の小道。サイドウインドウから建物を確認し、後部座席に座っていた岬は運転席の兄に向かって頷いた。


「うん。ありがとう。」


 ショルダーバッグとお土産に貰った紙袋を持ってドアノブに手をかける。車外へ出た岬は兄と助手席の菜緒子に向かって軽く頭を下げた。


「今日はご馳走様でした。」

「いいんだよ。またいつでも遊びに来ていいからな。」

「そうそう。岬ちゃんなら大歓迎だから。別に峡が居ない時でも遠慮しなくていいのよ?」

「だから俺をのけものにしないでくれよ。」


 二人のやり取りにくすくすと笑いながら、再度お礼を言う。すると峡が言い辛そうに口を開いた。


「その、・・・な、岬。」

「どうしたの?」

「あれだぞ?その・・、別に用が無くてもメールとかしていいからな?」

「え・・・」


 それを隣で聞いていた菜緒子が、岬にそっと耳打ちした。


「峡ね、岬ちゃんから連絡無いっていつもぼやいてんのよ。」

「・・・・。」

「だから、もっとメールでも電話でもしてあげて。」

「ちょ、菜緒子!」


 本音を言い当てられて慌てる峡。してやったりと微笑む奈津子。とても良いコンビだと思う。


「お兄ちゃん。」

「ん?何だ?」

「・・東京着いたら、また連絡するね。」

「あ、あぁ!分かった。待ってる。」

「うん。それじゃ。」

「あぁ。気をつけてな。」

「またね~。」


 二人に手を振って、ゆっくり発進した兄の車が見えなくなるまで見送った。しばらくその場に立っていたけれど、脇を自転車が通るのに気づいて避ける。そしてようやくホテルの入口へと足を向けた。フロントのカウンターには寄らずに直接館内のエレベーターに乗って部屋へ向かう。聖が自分よりも先にホテルに戻って来ているとメールがあったからだ。同じメールに書いてあった部屋番号を探して呼び出し用のチャイムのボタンを押せば、少ししてガチャッとクリーム色のドアが開いた。


「おかえり。」

「・・ただいま。」


 ドアを開けて自分を迎えてくれたのは当然聖だ。『おかえり』と『ただいま』のやり取りなんてホームで暮らし始めてからは当たり前に毎日していることなのに、それが二人きりの部屋だと思うと変にドキドキする。

 聖は風呂から上がった所だったようで、髪が濡れていた。


「メシ食ってきた?」

「うん。お兄ちゃんがお店予約してくれててね。看板の無いお店でびっくりしたけど、家庭料理で美味しかったよ。聖くんは?」

「ラーメン食った。」

「ラーメン?」

「偶々見つけた店だったけど、さっきガイドブック見てたら載ってた。有名みたいだな。」

「へぇ。どこどこ?」


 ネットで見つけて予約した安ホテルの部屋はそれ程広くない。シングルのベッドが二つに丸テーブルと椅子が二脚。後はチェストとテレビだけ。岬は聖の荷物が置いてあるベッドに座り、広げられたままのガイドブックをパラパラと捲った。


「疲れた?」

「え・・?」


 唐突にそう言われ、岬はどう言葉を返すべきかとっさに判断できなかった。


「・・・疲れてるように見える?」

「いつもと違うようには見える。」

「・・・そ・・か。」


 あぁ、どうしてバレてしまったのだろう。


「なんかあったのか?」

「・・・うん。」


 久しぶりに兄に会って、同棲するような恋人がいることを知った。慣れた手つきで車を運転している姿を見て、京都の町に馴染んでいる姿を見て、まるで知らない大人を見ているような気分だった。兄に再会出来たことは嬉しいけれど、それと同時に幼い頃の思い出の中の兄はもう何処にもいないのだと実感してしまった。当たり前の事だけれどそれが寂しくて寂しくて。でもこんな気持ちになることが申し訳なくて二人には言えなかった。ずっとずっと自分を探しに来て欲しいと願っていた。その願いが叶ったというのに、それなのに再会した今寂しいなんて。


「ちょとね、ちょっとだけ、寂しくなっちゃったの。」


 詳しい事は話せなかった。隠そうと思ったわけじゃない。岬の目に涙が浮かんで、それ以上の言葉が出てこなかったから。

 隣に座った聖がそっと岬の頭を撫でる。岬はその感触に集中するように目を閉じた。同時にポロリと頬を伝う雫。聖の温かい腕が岬の肩を抱く。


「あり・・がとう・・。」


 やっぱり聖と一緒で良かった。聖が傍に居てくれて良かった。きっと一人だったらベッドの中にもぐって幼い頃のように声を殺して泣くしかなかっただろうから。



 しばらく泣いた後、着替えとお風呂セットを持って小さなバスルームに入った岬は今更ながら自分の置かれた状況に愕然としていた。聖は先にお風呂を済ませていて、岬が出たら後は適当に時間を潰して眠るだけ。


(ちょ・・・、ちょっと待って。)


 自分と聖は先日付き合い始めたばかりだ。聖は自分の彼氏。つまり恋人。彼氏と初めての旅行で二人っきりとなれば・・・・、普通夜に考える事は一つだ。


(な、なんで気づかなかったんだろう・・・。)


 聖とは毎日同じ屋根の下で生活しているのだから、旅行と言っても普段と変わりないつもりでいた。今までだって同じ部屋で寝たことはある。けれど付き合う前と後には雲泥の差がある。兄に会うことで頭が一杯一杯だった岬はそこまで気が回らなかったのだ。


(まさか・・、しないよね?)


 それともするのが普通なのだろうか。けれど岬に心の準備は全く出来ていない。聖はしたくないことを強要するような人ではない。その点は信じていいと思うのだけれど、もしも本人がやる気なのに自分が断ってしまったら・・・・傷つけてしまうのだろうか。


(どどどど、どうしよう・・)


 急激にバスルームから出るのが怖くなってくる。けれどいつまでも此処で固まっている訳にはいかない。とりあえず今やらなくてはいけない事をしようと服を脱ぐ。いつもとは違う鏡に映った自分の体が恥ずかしいものに思えて、岬は慌ててシャワーの蛇口を捻った。



 いつもよりも丹念に体と髪を洗い、全身拭いて化粧水と乳液で顔をパッティングする。何度も鏡の前で深呼吸をして自分を落ち着かせると、やっと岬はバスルームから出来る事が出来た。それでもドアを開ける時に音を立てないようにしてしまうのは、あわよくば聖が先に寝てたらいいな、と問題を先送りにしたい本音が現れているから。そっとドアから出れば、荷物を片付け終えたベッドの上に横になって聖はテレビでサッカー中継を見ていた。


(うっ・・・・)


 出た瞬間に聖と目が合う。咄嗟にへらりと愛想笑いを返して、岬は頭に載せたタオルで顔を隠した。


「・・サッカー見てたの?」

「あぁ。」

「これって日本代表の予選?勝ってる?」

「いや、負けてる。」


 適当に会話をしながら自分のベッドの上に置いた荷物の下へ向かう。着替えが入ったビニールバッグとポーチを戻して、チェストの引き出しに入っていた備え付けのドライヤーを取り出した。


(あっ・・)


 よく見ればドライヤーのコードはプラスチックの止め具で纏められた状態だ。ホテル側が用意してから誰も使っていない証拠。テレビの音を邪魔してしまうから洗面所でドライヤーを使おうと思っていたが、先に聖を振り返った。


「聖くん、ドライヤー使わなくて平気?」

「・・あぁ。もう乾いた。」

「そ、そっか。じゃあ借りてくね。」


 慌しく再びバスルームのドアを開ける。換気扇をつけていたが先程までシャワーを浴びていた為中は湿度が高い。けれどドアはきっちり閉めて岬ははーっと長い溜息を吐いた。


(な、なんか、だめかも・・・・)


 先程バスルームを出てから5分も経っていないのに、どっと疲れてしまった。のろのろとした動作でドライヤーのコンセントを挿し、スイッチをオンにする。この時ばかりは直ぐに乾いてしまうボブの髪が恨めしかった。



 何度かドアの内側で悶絶していた岬は、それでもなんとか腹を括ってバスルームを出る。するとやけに室内が静かだった。あれ?と思って見てみれば、テレビが消されている。


(寝ちゃったのかな?)


 起こさないよう静かに部屋を横切れば、ベッドの上に寝転がったままばっちり目覚めていた聖と目があった。


「あ・・・、起きてたんだ。」

「遅い。」

「え・・・?」


 ぎくっと体を強張らせてしまったのはわざと時間をかけた後ろめたさと、彼の言葉を深読みしたから。聖はポンポンと自分が横になっている脇のスペースを叩いた。もしそこがソファなら叩いている場所に座れという意味だろう。けれど、ベッドの場合は?


(いやまさか・・でも・・・)


 硬直して動けないで居る岬を急かすことなく、聖はじっとそこで待っている。いつまでもそうしているわけにも行かなくて、岬はそっと彼のベッドに腰を下ろした。


「遠い。」

「え、わっ!!」


 腕を引かれ、彼の胸に倒れこむ。聖は手際よく自分と岬にベッドシーツを被せると、自分にもたれかかっている岬の頭をぽんぽんと撫でた。


「緊張しすぎ。」

「う、うぅ・・・」


 とっくに岬の頭の中などお見通しだったのだろう。羞恥で顔を真っ赤にする岬を宥めるようにしばらく髪を撫でてくれた。


「ごめんなさい。」

「別に、何もしないから。」

「・・・うん。」


 その言葉にほっと岬の体から力が抜ける。それを見計らっていたように聖は彼女の耳元に唇を寄せた。


「キスぐらいしか。」

「ぅえっ!!」

「・・・・嫌なのか?」

「・・・・・・・、嫌、じゃ、ないです。」


 恥ずかしくて顔を上げられないでいる岬に笑みを深めると、聖はくるりと体制を入れ替えた。先程まで仰向けに寝ていた聖の胸に顔を埋めていたけれど、いつの間にか岬が下になっている。


「ひ・・聖くん・・・?」

「何?」

「・・・・・なんでもないです。」


 穏やかに微笑む聖の顔がゆっくりと自分に向かって近付いてくる。岬は恥ずかしいけれどやっぱり嬉しくて、そっと目を閉じた。触れ合う二人の唇。柔らかくて熱い。頬を撫でる聖の手のひらも、自分と重なっている体も熱い。先程まで感じていた羞恥もそして悲しみも全て塗りつぶしてしまうかのように。

 やがて岬自身も夢中で聖に応えながら、二人の隙間を埋めるように抱きしめあった。

 

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