この世に悪が栄えたためしなし、なのよ
歓迎パーティーの日。
アズリアは多くの男性陣に囲まれながら悦に至っていた。やはり王女たるもの、下々の者に傅かれて当然であると。魅了がかかりきっていない者やパートナーを奪われた者からの非難の目すら心地よい。王宮の者達はだいぶ篭絡したのだが、今回のためにわざわざ遠くから来た貴族達には魅了は浸透していないらしく、年嵩の貴族達ははしたない、などと囁いているのが聞こえるが、好きに言えばいい。だが気がかりな事がひとつ、まだアレクサンダーが会場に現れていなかった。いくら王族とはいえあまりに待たせすぎではないか、とシャンパングラスを傾けながらアズリアが内心退屈していると、遠くから歓声が聞こえてきた。
「殿下だ! パートナーを連れていらっしゃるぞ!」
「セレスティアのご令嬢だ!」
アズリアは思わず声がした方を見る。そこにいたのはアレクサンダーと腕を組むルーナ。深い藍のドレスは王太子の婚約者に相応しい凛とした澄まし顔の彼女に威厳を与えていた。
どうして。アズリアは血が沸き立つのが分かる。カオルを攫い行方をくらませた女がどんな顔をしてこの場に現れたのだろう。大した面の皮だ、と自分のことを棚に上げてアズリアは歯を食いしばる。と、そんなアズリアを見て、ルーナが固まる。そして徐にどこか侮蔑するような笑みを浮かべる。
許さない。アズリアはアレクサンダー達の前に飛び出す。そしてルーナを睨みつけた。
「この極悪令嬢っ! 私のカオルをどこにやったのです! 返しなさい!」
あの小娘は異世界から来た得体の知れない化け物だが、その変身能力は有用だった。あと自分の代わりに汚れ仕事をさせるには最適だった。アズリアの言葉に、ルーナは首を傾げる。そしてアレクサンダーにますます近付いた。
「アズリア殿下の、ですか? 存じませんわ」
「シラを切っても無駄ですよっ! あの子には行方不明にならないように腕輪をつけているのですから!」
何度命令しても何故か帰ってこなかったけれど。本来ならどんなに遠くにいても、たとえ動けない状態だとしても腕輪が無理矢理命令に従わせるはずなのに。すると、アレクサンダーもまた、つまらなさそうに鼻を鳴らした。
「腕輪、か。ペットに対する首輪と間違えていないか?」
アレクサンダーが懐なら何かを取り出す。そしてそれをアズリアの前へと投げつけた。それは砕けた腕輪の残骸だった。
「これは、カオルの……」
「ほう? そういえば貴女からこれは渡されたのだったな?」
どうして彼がこれを持っていたのか、とアズリアが疑問に思えていたのなら少しだけ延命できていたかもしれない。だが、ルーナを攻撃するための材料が手に入った、と浮かれる彼女はその不自然さに気付くことができなかった。
「ルーナ様、正直に話してください……!これは、私がカオルに差し上げた腕輪、あの子は一体どこに……!?」
勝った。アズリアがそう確信した時だった。
「ーーあら、面白いことをおっしゃるのね? アズリア殿下のお目目は節穴なのかしら」
どこか鈴を転がすように、クスクスと笑いながらそんな声がした。静まり返った会場に響き渡る乙女の凛とした声に人々は周囲を見回し、そしてやがてアズリア達とは離れたある一点に目を奪われる。
たった今まで注目を集めていた令嬢と全く同じ顔の乙女が、少女のような清楚なドレスを纏ったその人は婚約者では無い令息にエスコートをされているということに。
「なっ……!?」
「アズリア殿下、目の前にいる私の偽物が貴女が探しているカオルさんですわ」
そして、悪役令嬢に仕立てあげられそうになっていた乙女は手を挙げた。
「ガイア、今です!」
注目を集めていた本物のルーナとブレイクの正面に不意に一人の青年が現れる。少しだけ気だるそうにしていた青年だったが、すぐに伏せていた目をぱっちりと輝かせれば呪いじみた祝福の美貌は否応がなく人目を釘付けにする。
「へっ……こんなに熱い目で見られるのは処刑の時ぶりだ」
抑制するための眼鏡もなく礼服姿の彼は悪い笑みを浮かべる。
「さて、お姫さん、天然の魅了と邪神仕込みの魅了。格の違いを見せてやるよ」
◆ ◆ ◆
一気に動き出した面々に、彼は微かに微笑む。
「この世に悪が栄えたためしなし、なのよ」
コホッ、と咳き込んだ音には血が混じった濁った音が混ざっていた。




