心のシャッターに焼き付けとくわねっ!
あれからあの悪役令嬢は姿を見せない。学園で生徒達に傅かれながら、アズリアは上機嫌だった。従者のカオルも連れ去られたままだが、どうでもいい。どうせ不都合なことがあったら、隷属の腕輪で自害させればいいのだから。
「ようやく心穏やかに過ごせますわ」
安心したように微笑めば周りは歓喜する。昔からそうだ。自分がしたいことは望めば周りが解決してくれる。多少小細工は必要だが、苦労するのは自分ではなく、全て周りのものだ。もし自分がただの村人ならこうはいかなかったかもしれない。ただ、生まれながらの王族なのだ、動かす手駒は最初から十分に揃っていた。
「早くあの御方から殿下を解放しなくては」
初めて会った時の王太子アレクサンダーを思い返す。王族らしい麗しい見た目にスマートな所作。一目で自分の横に並び立つならこの男でないと嫌だと思った。王位継承権を持っているというのも価値の高さを示すようでいい。将来的にはアズリアが王妃になれると約束しているようなものだ。
だが、既にアズリアがこの国に来た段階で彼には婚約者がいた。ルーナ・セレスティア。国内の同世代の者からの評判こそあまりよくないが、それ以外の官吏などからは慕われている淑女。最近は王太子妃教育の見直しにより王宮に顔を出すことは減ったというか、以前よりアレクサンダーとの距離は縮まっているという。教室で初めてその姿を見た瞬間、アズリアは自らの勝利を確信した。
人形のように整ってはいるがどこか冷淡に見える涼し気な瞳に、色素の薄い銀色の髪。甘えのない媚びない表情は自分とは正反対で、相手にしていれば気詰まりするだろう。国民もきっと自分のような可愛らしくて温かみのある王族の方を好むに違いないと信じて。
だからアズリアは彼女を徹底的に排除することにした。魅了が効かなかったから、精神的に追い詰めるためにカオルに彼女の席を汚させ、周りから迫害されるようにした。簡単な事だった。ルーナ・セレスティアは巷で人気の、いわゆる悪役令嬢というものそのものの見た目をしているのだから。
「アズリア様、週末の歓迎パーティーのドレスはいかがなさいますか? よろしければ私より送らせてくださいませ」
「大丈夫ですわ。祖国から持ってきているものがありますので」
日数を考えればここで貢がれてもどうせ既製品のドレス。王族たる自分には相応しくない。そんなことを内心で考えながらアズリアが断ると魅了されている生徒達はそれを謙遜ととったらしい。ますますアズリアへの賛美が高まっていくのが分かる。
それにしても気がかりなことがいくつかある。
「……セレスティア様のお友達がことごとくおりませんね」
◆ ◆ ◆
グリニッジ商会はにわかに騒がしくなっていた。
「確かにうちが一番いいと思いますけど、ちょっと殿下達、金遣い荒くないですか!? 売る側のセリフじゃないですけどっ」
リズは呆れ顔で空き箱になったものを壁側に運んでいく。そしてその中身と言えば。
〈さぁいっこうよぉぉぉ! 心のシャッターに焼き付けとくわねっ!〉
次から次へと差し出されるドレスにルーナは目が回りそうだった。確かにどれも似合っている。落ち着いた色やデザインが好みのルーナのために誂えたかのようなものが多々ある。そして恐ろしいことにアレクサンダー達は躊躇せずそれを購入していくのだ。
「必要経費だ。気にしなくていい。それに……私はずっと貴女をぞんざいに扱っていた自覚がある。慰謝料だと思ってくれ」
「……まぁ、一番の理由はルーナに似合っているから、だが」
セレスティア家はけっして貧乏な訳では無い。だが、ルーナ自体が浪費を好まないのと、そもそも現在トレイが仮にも投獄されているという状況なので今回ドレスはグリニッジ商会で密かに買いつけることになったのだ。
「とはいえ、本命のドレスはこの二択か……どちらを着る?」
ルーナは目の前に並べられた二つのドレスを見比べる。片方は深い藍に金糸で縁取りをした厳かなドレス。もう片方は白い絹に赤の刺繍を施した清楚なドレス。
「えっと……」
分かっている。選ぶべきは前者。婚約者はアレクサンダーなのだから。相手の色が入ったものを選ぶべきだ。
だが。
「……ルーナ様?」
何故だろうか、全てを思い出した今となってはそれに違和感があった。




