後編 NTRビデオレターについて考えた
ひどいはなしだ。
目が覚めたのは、夕方に近い時間だった。
ずっと丸出しだったので風邪をひいてしまったかもしれない。
俺はとにかく腹ごしらえをしようと思い、冷蔵庫の食材で簡単な食事を作って食べた。
ジャンバラヤを美味しく作るコツは、鶏もも肉の余分な脂をキッチンペーパーでしっかりふき取る事だ。
おいしかった。
腹を満たした俺はパンツをはいて、パソコンに向かった。
ワードを起動して、一心不乱に文面を書き連ねていく。
何かに憑りつかれたかのように、俺はキーボードを打ち続けた。
3時間が経過した頃、俺は仕上がった文面を見返して問題がないことを確認すると、4部ずつ印刷してそれぞれホッチキスでまとめた。
それからシャワーを浴びて、外出する為の服装に着替えた。
人が丸ごと入れるくらいの大きさの麻袋とガムテープとボルトクリッパー、そして撮影機材一式を車に載せて、根鳥のアパートへと向かう。
最初に送ってきた荷物に送り人住所がきちんと書いてあったので、問題はなにもない。
その途中、ひとつ電話をかけて人員の手配もしておく。
俺は準備段階で勝負を決するタイプなのだ。
根鳥のアパートに着くと、俺は電話で呼びつけておいた後輩の茂蘭盆 権助と合流して、段取りを打ち合わせた。
権助は大学ラグビー時代の後輩で、今は電話やメールで情報商材を販売する仕事に就いているらしい。
2m近いマッシブな巨体にそぐわぬ、美少年風の顔立ちが特徴のナイスガイだ。
まず権助がインターホンを鳴らし、宅配便の配達を装って玄関を開けさせる。
権助は顔だけ見ればかわいらしいので、モニターを見た根鳥は警戒もせず顔を出した。
案の定ドアチェーンをかけたままだったので、隙間からボルトクリッパーを差し込んでチェーンを切断。
声を上げさせる間もなく権助が根鳥の口にガムテを貼って、俺が麻袋を頭から足首まですっぽりかぶせるまで0.7秒。
見事なコンビネーションといえる。
足元をガムテープでぐるぐるに縛り上げ、権助が担ぎ上げて車のトランクにシュート。
その間に、俺は切断したドアチェーンをホームセンターで買ってきた新品に交換しておいた。
部屋のカギは室内のテーブルの上に置いていたので、キッチリ施錠をしてから車に戻る。
俺たちはそのまま都心に向けて車を走らせたのだった。
到着した先は、繁華街をわずかに外れた立地に建つアミューズメントホテル。
その駐車場の奥まった区画に車を停めると、俺たちは後部座席の巨大な麻袋をかついで裏口からホテル内に入った。
このホテルは権助の仕事の提携先らしく、融通が利くので俺もよく使わせてもらっている。
今も受付のおばちゃんが、大荷物を持った俺たちをなんの問い詰めも無く部屋まで通してくれた。
部屋番号は703号室。
最上階の奥まった角部屋、かつエレベーター横なので隣室が存在しない。
しかも直下階が展望テラスになっているので、この部屋ではどんなに騒ごうと別室に迷惑をかける事が無い。
実に便利な部屋である。
紗世子とも毎日のようにこの部屋で大騒ぎしたものだ。
部屋に入ると、扉のグレモン錠をしっかりかけて麻袋を床に放り投げる。
権助が、持参していたナイフで麻袋を切り裂くと、真っ青になった根鳥の顔が見えた。
車に酔ったのかもしれない。
乗り物に弱いならそう言えばいいのに、悪い事をした。
改めて根鳥の両手両足をガムテでグルグル巻きにして、口のテープをはがす。
権助の巨体におびえるそぶりを見せたが、俺の姿を見つけるとホッとしたように声をかけてきた。
「ビビった、うしじまくんの敵キャラみたいな奴にさらわれたと思ったら江原かよ!」
部屋に設置してあるパソコンに問題のDVDをセットして、動画ファイルを再生する。
「いやなんか喋れよ!こわいだろ!!
あっ、それ俺が送った動画だね。
うえっへっへっへ、どうだこの野郎!
紗世子のNTR動画見て相当堪えただろ!!」
PCの画面には、誰もいないベッドルームの映像が流れている。
「なあ、おまえな。
これ撮影したあと、ちゃんと見直しとかした?
なんかおかしいとか思わなかった?」
延々と無人のベッドを映し続ける画面を見て、根鳥は「あちゃー」という顔をした。
「うわ、このデータ入れちゃってたのか!
ごめん、これいらねぇよな流石に」
けらけら、と根鳥が笑う。
「豪己さん、こいつ凄いっすね。
なんで笑ってんのこのひと」
「映像の中身を確認はしなかったんだな?」
驚いたような権助の言葉を無視して、もう一度同じ事を尋ねる。
「え、そんな事しねえよ。
だって自分のそんな、ねえ。
そういうの見るとか、恥ずかしいじゃん」
「そうかそうか、お前はそういう奴なんだな」
「やめろよ、それ言うと友達なくすんだぞ」
「うるせえ、お前には寝取り男として大事なものが欠けてんだよ!
今からそれをキッチリ教えてやる!」
大きな声を出した俺にひるんだ様子を見せる根鳥に、俺は持参した紙束を突き付けた。
「これはお前の動画を見た感想とその問題点、それを分析していい作品に変える為の方策をまとめたものだ」
1人ブレーンストーミングとフィッシュボーンを行い、客観的な資料を作り上げたのだ。
それを元に、俺はひとつめの動画について説明しはじめた。
「まずな、この場面から入るの自体は悪くないんだよ。
最初に手紙で紗世子を抱いた、と宣言してるからな。
その前情報を得たことで、シャワーの音だけが聞こえるベッドルームに無限の可能性を感じることができるんだ。ラブホ特有の有線放送がうっすらかかってるのもいい」
「あホントにキッチリ教えるんだ」
権助があきれたような声を出すが気にしてはいられない。
「だが尺が長すぎてせっかくの期待感が霧散してしまった。
なぜこのような事が起きたのか。それはこの虚無の時間が演出ではなく偶然の産物として記録されたものだからだ」
編集の知識と少しの工夫さえあれば格段の出来栄えになったのだと締めくくり、次に俺は2つ目の動画ファイルを起動する。
いきなり紗世子と根鳥がベッドでイタし始める、画像が暗くて遠くて状況が把握できない、あの動画だ。
「次にこれな。これもいい点はたくさんあるんだよ」
定点撮影という技法がある。
わざと遠めの構図で同じ角度のまま二人の行為を映し続けることで、見ている側は何とも言えない疎外感、手を出せない無力感を味わえるという、NTRものでは定番と言ってもいい見せ方だ。
「画面が暗くて細かい状況が把握できないのも、そういう意味では素晴らしいスパイスになっている」
だがな、と俺は動画を止める。
「これは見せなさすぎだ」
俺は右手の親指を真下に向けながら言い放った。
情報量が少なすぎて、脳内補完が追い付かない。
これではただ単にフラストレーションがたまるだけで、性的な興奮を導くことができないのだ。
「俺はこの動画を受け取ってから、とんでもないストレスをため込んだんだぞ!!」
「え、じゃ大成功じゃんオレ」
えっ。
なに言ってんのこいつ。
「俺もそう思います」
権助が腹を抱えながらひきつった声でそう言った。
えっ、なんでお前まで根鳥に賛同してるの。
「だ、だってですよ、この人は豪己さんに対する嫌がらせ目的でええと……紗世子さん?を寝取る作戦立てたんですよね?」
じゃ豪己さんこんなにイラついたんだから作戦大成功じゃないですか、と。
目からウロコが落ちた思いだった。
そうか、根鳥は俺に嫌がらせをしていたんだ。
決して、俺の新たな性癖の扉を開く為にやったことではなかった。
むしろ、これが正解だったのか、と。
「ん?ん?勝った?
俺、勝ったんじゃねこれ?
なあそこの筋肉の人、コレ勝ち負けで言ったら俺の勝ちだよな?
やったーーーーーー!!!!!
勝ったーーーーーーーーーーーーー!!!」
うちひしがれた俺の様子を見て、縛られたままの根鳥がうれしそうな声をあげた。
それを見て、権助はのけぞって笑っていた。
爆笑である。
ちっくしょう。
まんまとしてやられていたのか。
人を楽しませる目的じゃないNTR動画がこんなに不快なものだなんて、思いもしなかった。
だがしかし、そうなると俺のこの滾ったままの欲望をぶつける相手がいなければならない。
「そう、紗世子だ」
「ちーーーっすww
なにw 根鳥なに縛られてんのwww
SMかwww男相手にSMかwww
うけるwwwww」
こんな事もあろうかと、普通に電話して呼び出しておいたのだ。
「んもおーーー!豪己おひさぁ!!
根鳥がさあ、豪己と会うの一か月我慢したらえっち上手いイケメン山ほど紹介するっていうから我慢したけどーー!!
けっきょく根鳥としかヤッてねぇし!!
だまされたー!!
てことでタマってんのよ、さあ豪己!
おっぱじめよう!!!!」
「よっしゃ覚悟しろや紗世子ぉぉぉ!!!!!!」
はい。
豪己さんと紗世子さんが出会って5秒で人間やめたので、ここからは俺、茂蘭盆 権助がお送りいたします。
二人の様子を実況するとさすがに規制にひっかかっちゃうので控えますけど、一言でいうなら「バーフバリ!」って感じです。
もう部屋中暴れまわりながらやってます。
根鳥くんは二人の様子を見て震え上がってしまったので、部屋の隅の安全な場所に移しました。
わかるよ、あのふたり人間じゃないよアレ。
根鳥くん、よくあの紗世子さんに手ぇ出したね?
「あー!
そこのマッチョ君!
きみガチいかちーのに顔ジャニじゃん!!
やべえ食いてぇ!!!ちょっとこっち来て!!」
あっ、だめだロックオンされる。
すみません、俺逃げます。
根鳥くんごめん、連れていけない。
強く生きてね。
そして俺はすっかり日の高くなった爽やかな空気の中を、職場に向かって歩き出した。
お昼ご飯はアッサリめのものにしようと思う。
(おしまい)
豪己の大事な彼女さん、紗世子のイメージ画像。
※「カスタムオーダーメイド3D2」というゲームソフトでエディットして撮影した物です。
初投稿でした。