平穏な日々
名前説明の回
「おーい!昴!昼飯食おうぜ!」
いつも通りの大きい声が聞こえてくる、もう少し音量は下げれないのか、とか言いたいことはあるが、これも彼の個性なのだろう。この男の名は小林克也、俺の親友だ。
「あぁうん、どこで食う?」
「屋上行こうぜ!今日は晴れてるから気持ちいいだろ!」
「そうだな、じゃあ行こうか」
「おう!」
克也はそう言うといつものように人懐っこそうな笑みを浮かべる。顔が良いと何でも様になるもんだなぁと俺は考えながら屋上に向かう。
「そう言えば最近凛とはどうなんだ?」
「全然ダメだな...デートに行っても笑顔ひとつ浮かべてくれなかった」
「おおぅ...何してんだアイツ...」
後半は聞こえなかったが呆れてるのだろう。克也の顔が歪んだ。
凛とは俺の彼女の永井凛だ、人形のような容姿に成績はトップクラス、良家のご令嬢といった俺なんかではとうに及ばない高嶺の花、だが一目惚れしてしまった俺は玉砕覚悟で告白し、何故かOKされてしまった。
多分婚約者を作りたくなかったとかそんな理由で付き合ってくれてるのかもしれない。それでも嬉しかった、今は彼女を笑顔にするにはどうしたらいいか模索中だ。
「どうすれば笑ってくれるのだろうか…」
「多分心の中では大歓喜してるだろうよ…」
克也が何か言っていたが考え事をしていて聞いてなかった。まあ独り言のような感じだったし別にいいだろう。
「それより!昼飯だよ、昼飯!昴、今日は何を作ってきたんだ?」
「今日は唐揚げとだし巻き玉子とひじきの煮物だ」
「相変わらず女子力高めだな…見た目も特技も...」
「見た目は余計だ!」
両親が早くに亡くなり、身内も誰もいなかった俺は天涯孤独だ。今は一人暮らしでバイトをしながら両親の残した遺産で暮らしている。そして、母に似ている俺はよく女子と間違われる、面倒くさいことこの上ない。
「すまんすまん、...でもマジで可愛いんだよなぁ…女だったら速攻告白してたのに...ていうか男でもいいかも俺...」
何かゾクッとしたぞ、今。ていうか克也、小声すぎて聞こえないからもっと音量上げろ。挨拶のときの声はどうした。そして克也が話題を変えるように言う。
「そうだ、最近アニメになったあの漫画知ってるか?」
「異世界に転生して強くなるってやつか?」
「それそれ!結構面白いのな!」
「まあ定番だからな、俺はこの世界にずっといたいからあんまり共感は出来ないけど…」
「マジか...俺はめっちゃ行きたい!魔法とか使えるんだぜ!?」
「魔法は確かに使ってみたいかもな」
「だろ?ロマンだ!」
「俺は異世界とか魔法の前に試験勉強しないとな、克也みたいに優秀じゃないし…」
「また教えてやろうか?」
「いや、自分でやるよ克也に迷惑かけられないし」
「迷惑じゃないぞ、俺がお前と勉強したいから言ってるんだぜ!」
「でも...やっぱりいいよ…」
「そうか…」
ちょっと微妙な空気になったがいつも通り食べ終えて、授業に戻る。今日は克也が用事があるとか言って一緒に帰れないので一人だ、克也以外の友達も作らないとな。
克也ばっかりに引っ付いてたら克也の評判に響くだろうし。
そして少しノートを切らしてた俺は街のショッピングモールに自転車を走らせる。
いつも通りのコース、畑を抜けて坂を登る。だけど、いつも通りじゃない光景がそこにあった。
「なんで...なんで凛と克也が一緒に買い物に行ってるんだよ…」
少年の心に靄がかかりはじめる。その靄は近い未来彼を包み込み、昇華させるだろう。蝶でも鳥でもない、憎しみにまみれ、醜く汚れた蝿の王へと。