7-12『人造の天才vs天与の天才』
《天災》メロ=メテオヴェルヌ。
《無銘》シャルロット=クリスファウスト。
この二名の戦いの趨勢は、非常に簡単な理屈で決まる。
すなわち、
――追いつくか、その前に引き離すか、だ。
戦闘が開始したその瞬間、メロは即座に距離を取るべく後ろへ跳んだ。
魔力に満ちたこの裏側の空間であれば移動はある程度、自由だ。
コツさえ掴めば空中に足場を作ったり、魔力を推進力にして移動を補助したりすることができる。
今回、メロは後者を使った。
後ろへ軽く跳び退っただけのメロの体は、まるで重力に逆らうように長い距離を跳ぶ。
広く屋根の高い大回廊は魔術の撃ち合いならば思う存分にできるだろう。
相手もそれを望むところだと踏んで距離を離したメロだが、
「……あ?」
不思議なことに、シャルはその場から一歩も動くことなくメロを見送った。
どういうつもりかと目を細めるメロ。
そんな彼女を挑発するように、シャルは薄く微笑んで、手のひらを上にメロに手を伸ばし。
――来いよ。
と示すかのように、挑発として指をクイッと動かしメロを誘う。
格上の自負があるメロとしては面白くないが、それはむしろメロを冷静にさせた。
アスタが取りそうな真似だ。
格上の自負があるならこの程度で焦ることではない。
上等だ。力の差を見せつけてやれ。
その意気を固め、メロは慣れた魔術を練り上げる。
「《竜星艦隊》」
容赦のない全力の初撃。
メロは扱える最大火力をそのまま撃ち放った。
彼女は格下を顧みることはない。
ここ最近で多少なり丸くなった自覚はメロにもあるが、だとしても別に変わりはない。
戦場で敵としてまみえた以上は遠慮も会釈も必要じゃないのだ。
ゆえの《天災》。
ただ通りがかるだけで全てを呑み込んでいく怪物。
過ぎた跡にいた者など気にも留めない。
だからこそ。
「模倣再演――《竜星艦隊》」
「――チッ」
そうなるんじゃないかと思っていた光景を目の前に見せつけられ、知らず天災は苛立ちを音を舌に乗せる。
竜を模した魔弾。
世界における最強種を再現した暴力的な破壊の渦。
たったひとりの人間に向けるにはあまりに過剰火力なそれを、漆黒の少女は真正面から迎え撃った。
――魔法使いが遺した魔術師。
完全に最も近い、あらゆる適性を持つように作られた成長する人形。
それが、シャルロット=クリスファウストという名の人造人間である。
だからこそ《天災》の前に立つ資格を持つ。
片やない魔術を新たに生み出す天与の天才。
片やある魔術ならば全てを扱う人造の天才。
目の前で生み出される天災の魔術を、
目の前で全て模倣する魔術の天才――。
それが追いつくか、
追いつけずに終わるかが、戦いの勝敗を決定づける。
「――――!」
対消滅する竜の咆哮に、眩い光が周囲を埋める。
その下を飛び出してきた銀色を、メロは憎々しげな眼で睨みつけた。
「だっらっあ!」
「――チッ」
恐ろしいまでの高速機動。長い大回廊を、近接戦闘者もかくやの機動でシャルが一気に迫ってくる。
それは全身余すところなく全てに完全に魔力を通せる、人形であるがゆえの身体強化。
尋常ではない反動さえ無視すれば、近接戦の心得がないシャルをわずかな時間だけ弾丸に変える。
メロは魔術の天才だが、その身体能力はおそらく七星旅団で最も低い。
防御も迎撃も間に合わないメロは、仕方なく強引な回避を選んだ。
「――――!」
足元に唐突に円が開き、その《魚の口》にメロが沈む。
疑似転移魔術《北落帥門》。
別の《魚の口》へと道を繋げ、離れた場所に出ることができるその術を――、
「混線接続」
「――!?」
シャルは、ただひと言で逃亡を防ぎきった。
存在しない《路》から弾き出され、メロは空中に放り出される。
さすがに予想外で、わずかに混乱する。
転移先を読んでくるとか、着いてくるくらいまでは想定していたけれど、まさか術そのものを強制停止されるとは思っていなかった。
なまじ飛び上がってしまったがため、メロはそのまま床への落下を余儀なくされる。
そして、それを待ち構えていたかのように飛び上がってきたシャルが――。
「――ふんっ!」
「――――!」
迎え撃つように跳び上がり、落下してくるメロに拳を振るった。
吹き飛ばされ、メロの肉体はそのまま凄まじい勢いで大回廊の柱のひとつへと叩きつけられる。
メロの体格に数倍する柱に激突し、白い瓦礫を撒き散らしながら柱が陥没した。
無論、その程度で攻めの手を緩めるシャルではない。
柱に叩きつけられたメロの小さな体を、さらに狙って腕をかざす。
その両手の先に、現れたのは渦を巻く巨大な氷塊である。
氷が渦を巻くとはどういう意味か。
それは巨大な氷塊の周囲を、細かい氷の破片が舞うように纏っているということ。
風に氷を足した、単純ながら非常に高度な元素魔術。
それはシャルなりに解釈した兄の十八番――《雹》の再現だ。
アスタの場合は敵を中心に荒れ狂う天災を発動させるが、シャルのものはそれとは少し違う。
余計な破壊はいらない。
指向性を持たせた暴風を纏う氷塊は、それだけで敵を打ち砕くに充分な破壊力を伴う。
「――《撃ち出す天災》ッ!」
かくしてシャルの両腕から、人間大の災害が撃ち出された。
荒れ狂い、天を乱して恵みを奪う。災害とは理不尽の具現であり幸運を奪うもの。
二重属性にランダムな動きを交えた、相殺はもちろん防御すら難しい、攻撃魔術のひとつの終着。
もはや芸術的ですらある一撃が、まっすぐメロに向かって飛んだ。
それが、
「――《全天二十一式》、第参番術式――」
突如として運動量を完全に失い、空中で死んだ羽虫のように墜落するのをシャルは見た。
無造作に。そして理不尽に。
物理法則を無視した、それは魔術自体が唐突に死んだかのような落下。
「黄の魔術――《愚行大全》」
「…………」
「ったく。面倒なこと、させるよね――本当。これ褒めてるんだけど」
柱に自分が激突してできた窪みに、そのまま立ってメロは語る。
無傷の彼女に、シャルは軽く首を傾げてこう訊ねた。
「……今のは?」
「別に、大した術じゃないよ。教授の真似がしたかったんだけど、あたしじゃ上手くいかなかったし」
「……その役に立たない術で私の術を無効化されてるんだけど、今のって皮肉?」
「違うって。実際、まあスゴかったんじゃない? 元素魔術の中じゃあほとんど上澄みでしょ。真似できる奴がいるとしたら、あのウェリウスとかいう金髪くらいだろうし」
「…………」
「でも悪いけど。――それはあたしには通用しない」
メロは叩きつけられた柱の窪みから降りず、その場所からシャルを見下ろして語る。
まるでそこにいることこそが、お互いにとって正しい位置関係だと語るように。
「《愚行大全》は堕落の魔術。撃たれた魔術を役立たずにする劣化の概念適用」
「劣化の……概念適用」
「そう。この術で《愚行》とされた魔術は意味を失う。術を撃ち消すのではなく術が愚行になる。だから意味を失って、その場でやってなかったのと同じことになる――それだけの術」
「…………」
「ただし、あたしが知っててあたしに再現できてあたしが対処できる術に限って、だけどね。ほら、使えないでしょ? 教授を再現しようとすると、術まで捻くれちゃって困るよね」
打ち消しや発動阻害ではない。
その意味では、さきほどシャルが行った魔力による術式阻害とは似ていても違う。
術は成功し、その上で役に立たなかったことになるだけ。
ただし適用範囲はメロが知っていて、メロにも再現できて、かつメロが《愚行大全》を使わなくても対処できる魔術だけに限られる。
ほかの方法でも対処ができる術であるのなら無効化――もとい無価値化できるのが、この《愚行大全》の術の効果である。
全知の愚行が載せられた、
――それ自体が役立たずの魔術大全。
使わなくてもいい術であるという縛りが、使ったときの万能性を補佐する無敵の無駄。
「ま、と言ってもこの術で無価値化できるのは、広く誰でも使える術だけ。あんたがあたしの魔術を真似するならそれは打ち消せない。誰でも使える術は愚行として登録されるけど、使い手の限られる術は無効化できない。ただ、ものすごく質のいい元素魔術程度なら――多くの人が行うことは、愚行だったことにできる」
「……、……」
「あの金髪貴族レベルの元素魔術なら話は別だけど。まあ……あんた相手ならこれでいいでしょ」
愚行とは誰でも行うものだ、というユゲル=ティラコニアの思想が反映された術らしい弱点だ。
実際、こんなものは単体では本当に使いどころがない。
魔法は封じられないし固有魔術は封じられない。もちろん魔術以外には完全なる無用の長物だ。
アスタの印刻もレヴィの鍵刃もアイリスの異能もピトスの治癒もフェオの速度もウェリウスの奥義も何ひとつ封じられない。
この術で封じられるような魔術を使ってくる奴にはそもそも使う意味がなく、
この術が効かないようなオリジナルを持つ相手には本当になんの役にも立たない無駄の極み。
だが。
他人が使える魔術ならば使える――というシャルの特性には、これ以上ないほど刺さってしまう。
「こんなの実戦で初めて使った、っていうか編み出してから初めて使ったよ。なんなら使えること忘れてた」
「……そのまま忘れててくれればよかったのに」
「べっつに。あんたが猿真似しかしてこないのが悪いんじゃん。オリジナリティがないよ」
言って、そのままメロは宙に浮かんだ。
この空間に満ちる魔力の流れを自在に操ることに慣れ切ったのだろう。
おそらくこれは、七星旅団でもメロくらいにしかできそうにない。
扱う魔術が全てオリジナル。
それは術式に頼らず魔力を完全に制御しきっているということなのだから――そんな彼女だから、驚くほど速くそのコツを掴んでいる。おそらく、最も長く《裏側》にいたキュオネですら、自在に飛行することはとてもできない。
魔力満ちる《裏側》にいる以上、通常世界――つまり地表にいるより魔術師は好調になる。
だが、このレベルで強化されるのはメロくらいだろう。
今の彼女は現実世界より圧倒的に強い。
全天式の十三番《不見十力》のような《不可視の力を操る術》に慣れていたことも大きいだろう。
だがシャルは未だその領域に到達することができていない。
魔術ならば再現できるシャルでも、
魔力の操作技能という単純なポテンシャルまでは再現できない。
ただでさえ強力な魔術師であるメロが、この裏側空間内で自在に飛行・加速する手段まで手に入れた状態なのだ。
しかもシャル側は、一般的な魔術の大半を封じられたも同然の状態になっている。
本当に――ここから先はメロが使う自由即興術を、そのまま最速で真似ていくしか抗いの方法がない。
だがそれは常に後手に回ることを強制されるということだ。
この状態で、そんなハンデまで背負って勝てるような相手ではないことは明白である。
「……ふぅ」
と、そこでシャルは息をつく。
何も難しく考える必要がないことは明らかだからだ。
これはこれでシャルのやることが決まる。
「強制自己強化、――壱速から弐速」
アスタとの兄妹喧嘩で用いた強制身体強化。
己が肉体を人形として、完全な魔力制御下に置く魔術。
そのギアを、さらに一段階上げた。
あのときから鍛えた結果、当時よりも遥かに無茶な機動を達成できる。
純魔術師であるシャルだからこそ盲点となる機動。
おそらく、純粋な移動速度だけで見ればレヴィさえ上回りフェオに次ぐ速度を出せるだろう。
もちろん効果時間は短い。無茶はできても無茶が続くほどシャルの肉体は強くない。
だが魔術を無効化されるのなら、肉体性能で追い縋る。
それは己自身を操り人形とする固有魔術。
確かにシャルにしか使用できない――《愚行大全》では無効化されない魔術のひとつ。
「ま、そうだね。それが正解」
メロは薄くそう答え、それからつまらなそうに魔術を起動した。
おそらくは――それこそがシャルにとって、最も予想外であったように。
「《全天二十一式》、第漆番術式――」
直後。メロの外見に変化が生じた。
否、正確にはその周囲に変化を纏ったと表すべきか。
少女の足を、藍色の炎が纏ったのだ。
「藍の魔術――《蹂躙災害》」
火炎をまるでブーツのように。
熱なく燃え盛る藍焔を、天災はその足に纏って立った。
詳細は、見ているシャルにもまだ掴めない。
ただ魔力の流れが意味する、その最も単純な効果だけは確かに読み取った。
それこそが。
「肉体強化……!?」
「別に。そっちがそれで来るなら、こっちだってそうするでしょ」
軽く窪みの中を飛び跳ね、己の動作を確認するメロ。
がらりと音を立て、その動きで細かな柱の瓦礫が床に落ちていった。
それを下側から見上げるシャルには、あまりにも予想外なメロの切り札に困惑が隠せない。
メロの切り札である《全天二十一式》――その上位六つは、仲間である七星旅団のメンバーをそれぞれ参考にしたものと聞く。
わかりやすいのが二番目の術式である《竜星艦隊》だ。
それが七星旅団の二番――《超越》の二つ名を冠する魔弾の海シグウェル=エレクを意識して作られたことは誰の目にも明白だろう。
さきほど使った《愚行大全》も、メロ自身が《全理学者》ユゲル=ティラコニアのイメージだと語。
であれば。
七番目と語ったその術は――普通に考えればメロ本人の切り札のはず。
ただそれがメロにまったく似合わない身体強化の術らしきものであったことが、シャルには解せなかった。
――とはいえ、いずれにせよ。
「行くよ、お人形さん。止められるものなら止めてみなよ」
「――――ッ!!」
天災から天才へと告げられる宣告。
それを最後通牒として、――その直後、メロは軽い足取りで宙へ身を投げ。
「《堕天流星》」
大回廊に、全てを破壊する彗星が墜落した。
それを別の言葉で表現するならば――ただの跳び蹴りである。
■足の速さ(戦闘時)ランキング
フェオ>シャル(弐速)≧レヴィ>アイリス>ピトス>アスタ>シャル
くらいですね。魔術による強化(一般的な身体強化魔術)込みです。
ウェリウスは戦闘中に走ったりしないのでランキング外です。
が、あの男は噛ませ貴族なので(?)その気になれば最速フェオと並びます。




