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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第七章 セブンスターズの印刻使い
309/310

7-11『冒険者vs主人公』

 錬金魔術とは、突き詰めて言えば《価値の低いものを、より価値の高いものに変換する術》である。

 その意味で言えば、七星旅団(セブンスターズ)錬金魔術師(アルケミスト)マイア=プレイアスは、あまりそれらしい魔術師とは言えないかもしれない。


 そもそも根本的に、戦闘向きの魔術ではないのだ。

 ただ彼女という人間が、それを戦闘用に改造/流用しているに過ぎない。

 そういうところは姉弟で似通った傾向だと言えるだろう。

 印刻(ルーン)にせよ錬金(アルケミー)にせよ、それは占術や鍛冶が本領であり、こんなものを戦闘にまで用いていることのほうがおかしいと言っていい。


 一方でフェオ=リッターは、今回アスタについて来た六人の中で最も戦闘向きの魔術師だ。

 なにせそもそもが本職の冒険者である。

 戦う魔術師。迷宮へ潜り、数多の罠と魔物を躱し、その最奥へと進んで富と名声を得ようとする者。

 七星旅団(セブンスターズ)が本来の《冒険をする者》としての冒険者概念を復活させ、新たに増えた気鋭の新チーム《銀色鼠(シルバーラット)》の期待のホープ。


 まあアスタなんかは『いや、俺らの影響で無理するような人が増えたら嫌すぎ』とか言い出しそうだけど。

 七星旅団のゲノムス迷宮攻略に後押しされ、雨後の筍の如く湧き出た冒険者集団は実際多い。

 無論、当の《紫煙の記述師(レトリックスター)》本人に否定されちゃあ締まらないが。


 とはいえ、彼の言いたいこともわかる。

 土台、冒険者なんてやっているような人種は、真っ当な魔術師としては落ち零れであることがほとんどだ。

 七人が七人バケモノだった七星旅団ですら、アスタを筆頭にまともな魔術師としては落第レベルの者が紛れている。

 現にあのアスタ自身、学院の基準では実技の成績はぶっちぎり最下位だし、冒険者としては最強と名高い《魔弾の海》ですら、魔弾以外にはロクに使える魔術がないという。


 ただそれでも。


 ――それでもわたしよりは上だ。


 と、ごく冷静に――今はただの事実として少女は思う。

 初めてタラス迷宮の近くでアスタたちに会ったときのことを思い出しながら、だ。


 フェオ=リッターは魔術師としては二流以下だ。

 あのアスタですら、学院では実技はともかく筆記の成績は優れているという話だけれど。

 フェオにはそれすらない。

 あるのは冒険者としての経験と、ここ最近で積み重ねられた密度の濃い事件の記憶。

 それだけだ。

 できることを積み重ねていっただけの三流剣士。

 たまさか秀才でカリスマがあった姉に引っ張られていただけの、矮小な仔鼠。


 ――そんな自分が研いだだけの牙が、果たして目の前の怪物に届き得るものだろうか?


 一時期だったら考えるだけで鬱になりかねない思考を、今のフェオは冷静な挑戦として捉えられる。

 少なくとも戦いの場での振る舞いだけなら、フェオにも勝ち目があるはずだった。

 身体能力だけなら、圧倒的に上回っている自信があるからだ。


「そお、っれ!」


 なんだかふんわりした掛け声とともに、マイア=プレイアスが腕を振るう。

 それに指揮されるのは、周囲に存在する瓦礫の山だ。

 それらは飛来し、時に直接フェオを狙い、時に組み上がってひと固まりとなって落ちてくる。

 魔術師ならば撃ち合いに応えるところなのだろう。

 だがフェオにそれはできない。

 ただ俊敏に走り回って足で躱すだけの――魔術師としては三流の対処。


「――っ、キリが……」


 ない。


 今、周囲に存在する全ての構造物がマイアの味方だ。

 フェオの少ない知識でも、果たして錬金とはこんな魔術だったか非常に疑問である。

 身内にエイラ=フルスティという、斜め上(マッド)だが天才の発明家がいたからこそ首を捻りたくなる。


 ただ。

 ただ何よりおかしいのが。


「――しっ!」


 隙を見出し、剣を振るう。

 剣閃は相手を間合いに入れずとも届く魔剣の冴え。

 大気さえチリチリと焼き焦がしながら、振るいに指揮され雷撃が奔る。

 それを――


「――うぉわぁあっ、あっぶなあ……!」


 マイア=プレイアスは、どこからともなく取り出した――否、創り出した針金の傘で防ぐ。

 一種の避雷針、のような効果なのだろうか。

 神速を誇る――速度においては七人の中でも一、二を争うフェオの魔術を完全に弾いた。


「……」


 対応はしている。確かに。ギリギリ。

 だが本当にギリギリだ。

 危なげないどころか危なげしかない伝説の姿がそこにある。


「ふふん。即興錬金《骨の鳥》、ってね」

「――重力(つきよ)反転(ひかれ)

「どぅえぇっ!?」


 己が発した雷撃さえ飛び越えるように、フェオは浮き上がるように空へ飛んだ。

 空駆ける鼠。

 その手に握られた窮鼠の牙は、今や伝説すらをも砕く威力。


重力(つきよ)加重(しずめ)――!」


 そして振り下ろされる刃を、錬金魔術師は真正面から受け止めた。

 さきほどまで傘だったものが厚みを増して盾に変わる。


 即興錬金《骨の盾》。


 マイアの魔術は、その大半が即興だ。

 そういう意味では、常にその場で魔術を組み立て使い捨てる《天災》と少し似ている。

 ただマイアの場合は使っている魔術は一種類であり、常にまったく違う魔術を使っているメロとは意味が異なる。

 違うのは《作り出すもの》であり、その場にあるモノを組み替えて武器にしているに過ぎないわけだ。


 ただその次元が、一般的な錬金魔術師とは一線を画しているだけで。


 果たしてフェオ渾身の一撃は、その盾によって全て防がれた。

 斬撃を正面から受け止められただけでなく、流れる雷撃すら辺りに散らされている。

 どういう手管か。

 周囲の金属を操る以上、電気を流し逃がす効果も持っている――という形か。

 フェオに想像できるのはその程度で、それが正しいのかも、間違っているならほかの可能性が何かもわからない。


「――ふっ」


 だったらそれで構わない。


 短く肺に空気を出し入れして、ギアを上げるように追撃を繰り出す。

 盾に斬撃が防がれるなら違う攻撃をすればいい。

 ここまで縮めた距離を、ただ一撃防がれた程度で無に帰すようでは鼠の名が泣く――。


「う――」


 身を捻り、フェオは盾に向けて渾身の蹴りを放った。

 巨大な盾に挟まれ見えないが、その行為はマイアに確かな驚愕を与えた。

 錬金魔術師は目を見開く。

 マイアは盾をじかに手に持ってはいない。魔術障壁と同じように宙に固定する形を取っている。

 だから、盾を蹴って体勢を崩すようなことはできないはずで。


「――らぁあァッ!!」


 そんな些末を打ち砕く、フェオの蹴撃が盾を砕いた。


「うは、マジぃ……!?」


 雷の斬撃――フェオが鍛えてきた窮鼠の銀牙を真っ向から受け止めた盾だ。

 即席とはいえ硬度は充分。

 そう簡単に蹴りで破砕できる硬度ではない。

 だが粉々に砕けて飛び散る魔力に、わずかに帯電する魔力を見て取って納得する。


「ふ……」なるほど。


 と、マイアは思わず微笑む。

 それは彼女が好む《痛快》という感情だ。


 紫電。砕け散る盾に染み、纏わり、意味を持つ魔力の残滓。

 そこにあの《紫煙》の影響を、見て取ったことはきっと勘違いじゃない。

 わずかに帯電して残った魔力。流しきれない毒のようにこびりついた、紫色の魔力がきっと答えだ。

 雷らしい伝達の概念を持たせていたか、あるいは遺された魔力が蹴りによって炸裂したか。

 いずれにせよ、ただの蹴りの一撃が、盾を砕くほどの威力を持ったのはそのせいだ。


 完全に隙を作った。

 フェオの精神が『ここだ』と決めどころを直感する。


 武器を作る魔術師でありながら、意外にもマイアの近接戦闘能力はそこまで高くない。

 決して低くもないが、レベルとしてはフェオは充分に上回っている。

 それは純粋に、フェオのほうが短期間であり得ないほど成長しただけに過ぎないのだが――。


 いずれせよ直感は間違っていない。

 そして実のところ、直感ではないさきほどの推測も、それなりに正鵠を射ていたのだ。


 術の属性相性的な概念は元素魔術を筆頭に魔術的に重要な要素だ。

 地属性で金属を操るのは、マイアにとってアスタから得た地球的発想の流用である。


 アスタは地球的な魔術の知識が乏しく、五大と五行の思想的な差異など大してわかっていない。

 西洋風か中華風かで似たようなもんだろ程度の雑な認識だ。

 純地球出身の魔術師である指宿錬(レン=イブスキ)に聞かれたら、鼻で笑われるを通り越して呆れられるだろう。

 もっとも、それで構わない。

 魔術には発想と認識が強く影響する。

 できると確実に思えることは成立する公算が高い。

 元より理屈を歪めるモノ。

 己が世界観で実際の世界を染色するモノが魔術であるがゆえに。


 纏わせた電気を弾けさせたフェオと同様。

 鉄は電気を流す、という子どもの発想を武器に変えているのがマイアだった。


 そしてアスタから習った地球の常識はそれだけではない。


「――――」


 剣を構える。フェオとマイアの間にもはや距離はない。

 一歩分の踏み込み。

 砕いた盾の分だけ近づけば、窮鼠の牙は遥か伝説に届くだろう。

 だからその一歩を紛れもない《挑戦》の到達点として踏み躙らんとする冒険者の目に――。


 直後、

 凄絶に笑う《主人公》の顔が映った。


「――――ッ!!」


 あ、ダメだこれ。


 電速で脳裏を駆け上がった直感をフェオは信じた。

 弱気ではない。怯懦ではない。

 今さら挑戦に怖気づくフェオではなく、死線くらいは超える覚悟を持った上で。

 それでもなお挑戦が持つ魅惑的な熱に浮かされることなく。


 勝つために、

 ――とにかく逃げろと叫ぶ神経に従った。


「ぐ――」


 だが直前までの行動など、そう簡単にキャンセルできるものではない。

 何より、この状況でマイアに何ができるのかもわからない。

 いくら高速の即興錬金でも、この距離で剣を上回れる速度を魔術が持つのは理屈に合わない。

 そしてマイアに、フェオの攻撃を凌いでなお反撃する近接技能があるとは思えない。


 だから。

 だからフェオは刹那の思考として。


「――あぁああッ!!」


 逃げるべきだという直感を信じたまま、活路を前に求めて動いた。


 見事だ、と伝説は思った。

 そうでなくては面白くないと、フェオの挑戦の意味を彼女は全て汲み取っている。

 だからこそ全霊で応えることが自分のやることだ。

 それらを全て全霊で捻じ伏せてきたからこそ――マイア=プレイアスは伝説の頂に立っている。


 直後。

 マイアの腕から雷撃が迸った。


「――――!?」


 マイアが電撃で攻撃してくることは想定外だ。

 ただ相手も魔術師なのだから、戦闘向きの元素魔術くらい使ってもおかしくないかもしれない。

 これまで錬金しか使わなかったことを布石にするくらい、あのアスタの姉なのだからやってはくるだろう。

 そのくらいは想定していた。

 だから決して反撃のできない、己が最速を貫ける距離まで迫ったのだ。

 相手の手札がわからないことなど魔術戦の基礎だ。

 どんな格下との戦いだって、想定外の一を最後まで警戒しておくべきなのだ。


 ――ああ、でも、そうだ。

 なんかおかしいな、とはずっと思っていた――。


 思っていたよりマイアが弱いな、と。

 こちらも強くなったけれど、だからって伝説にしてはちょっと消極的じゃないかと。

 こちらの攻撃をあたふた喚きながら必死に正面から対応して。

 なんだかんだ言いながら――それでも全てを確かに凌ぎきる姿を。


 どう評価していいものか、わからなかった。

 わからなかったら(ヽヽヽヽヽヽヽヽ)そこで負ける(ヽヽヽヽヽヽ)


 いや。その意味で言えば、――フェオは確かにわかったのだ。

 撃ち出される雷撃の魔力が、マイアではなく自分のものであるのだと、確かにわかった。

 それが最もワケのわからない事実であり。


 そして直後。

 フェオは雷に正面から飲まれた。


「即興錬金、人体武装――《蓄電反射咆哮》」


 雷に飲み込まれたフェオを目の前、マイアは答えを口にする。

 無論、その意味はフェオにはわからないし、そもそも声は届いていないだろう。

 ただ届く意味は別になかった。

 いくらなんでも想定できるはずがなかったのだ。


 アスタから学んだ《電気であれば溜められる》という概念による、フェオの攻撃の魔力の保存。

 それを回収し、自分自身を砲台と見做して撃ち放つ魔術。


 そう。マイア=プレイアスは錬金魔術師だ。

 その神髄は武器を作ること。

 武器にあらゆる特性を持たせることだ。


 だがマイアの認識によるのなら、自分自身の肉体は初めから兵器である。


 一から作る必要はない。

 できることをできるものとして射出するだけなら時間はいらない。


 それは、

 伸ばした腕は砲口であるという、

 そもそも想定できるわけがない発想による一撃。


 即興錬金・人体武装。

 マイア=プレイアスの肉体を武器と見做し、彼女というひとつの兵装に様々な性能を持たせる魔術。

 己を今勝てるモノに作り替える――マイア=プレイアスの魔術特性。


 だが問題は、そんな技術のひとつじゃなかった。

 フェオにとって最悪だったのは、それらが全てアドリブであること。

 一瞬前まではマイア自身すら《そんなことができる》とは用意していない瞬間発想。

 こう来てくれるならこっちも返さなきゃ、というだけの思いつきによる攻撃。


 それが彼女という人間だ。

 気の乗らない戦いであれば遥か格下にすら簡単に負けるような、一流の魔術師が持っていてはいけない弱点。

 だが裏を返せば、相手が強ければ強いほど燃え上がって自分もまた強くなる――




 ――この世界の主人公の特性である。

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更新とても嬉しいです!
待ってました!本当にありがとうございます!
ありがとうございます!!!!!!!!!!
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