4-42『王都事変/開幕』
――そのとき。
フェオは、王都の街全体がひっくり返ったかのような感覚を突如として味わっていた。
それは天地が逆転した、という意味ではない。
しいて表現するなら、表裏が逆になったとでも言うべきだろうか。王都という空間がひとつの袋であり、その表と裏が入れ替わったかのような。空間という概念そのものが反転してしまったかのような。
言葉にするのは難しい。けれど確かに、そんな感覚があった。
「何、が……」
同時に襲ってきた、浮遊感とも落下感ともつかない奇妙な気持ち悪さ。それに、思わず足がふらつく。
立っていることさえ覚束ない。それでもなんとか、転ぶことだけは堪えていた。できたことはそれだけだった。
直後。
腰に提げていた銀剣に手を触れたのは、単なる幸運だったのか。それとも、なんらかの危機を直感的に察したからなのか。
シルヴィアから借りたままになっていた、魔具製作者エイラ=フルスティ謹製の剣。鋭い銀色に輝く刀身を、気づけばフェオは鞘から抜き放ち、夜の真中に光らせていた。
そして。
一閃――振り向きざまに、背後の空間を薙ぎ払う。
軌跡の最中には魔物の肉があり、当然のように、フェオの剣はそれを裂いていた。飛行型の、巨大な蝙蝠にも似た魔物だった。
胴体から、いっそ見事なまでに両断された魔物。でなければ、逆に魔物の巨大な顎に噛みつかれ、鋭い牙にフェオの肉が抉られていただろう。
「魔物……っ!?」
敵意に、悪意に、害意に対し、フェオは反射で行動を取っていた。だから魔物の存在を知覚したのは、その脅威を切り捨てたあとだ。
彼女は知る由もなかったが、空間が《夜》という概念に支配されたことは、フェオにとって幸運だった。吸血種――すなわち夜を往く者の血を覚醒させつつある彼女にとって、六感はむしろ昼間より機能する状況になっている。けれど、その事実にフェオは思い至らない。
――いったいどうして、こんなところに魔物が。
わからない。魔物は瘴気から生まれる存在であるはずだ。こんな街中に出現するはずがない――。
彼女は完全に混乱しきっていた。だから、
「…………っ!!」
遅れてフェオは理解する。
――王都が、濃密な瘴気に覆われているという事実を。
※
――そのとき。
シルヴィア=リッターは大通りをひた走っていた。突如として街の全域に仕掛けられた結界。それがよくないモノであることは明らかだ。
空間を占めていく瘴気の影響で、耐性のない人間から次々と倒れていく。即座に命に関わりはしないだろう。だが、長引けば魔力の少ない人間から取り返しのつかないことになる。
――どうする……?
このとき、シルヴィアの中にはふたつの選択肢があった。
ひとつは助けること。瘴気に侵された人間は、体内の瘴気さえ抜いてしまえばひとまずそれ以上の汚染を防ぐことができる。誰か魔力のあるモノが、自身の魔力で倒れた者の瘴気を押し流してやればいい。かつて魔競祭のとき、フェオに対してシグウェル=エレクが取った手法と同じものだ。
もちろん対症療法でしかない。傷ついたものを癒せるわけではないし、瘴気より遙かにましとはいえ、他人の魔力を体内に流すのだ。そんな行為自体が肉体に傷をつけてしまう。何より一度流したところで、それは次に流入する瘴気を防げるというわけではない。
街そのものが、迷宮に変わってしまったような状態なのだ。
シルヴィアひとりでは手が足りない。だから彼女は、その選択肢を捨てる以外になかった。
だから、取れる方法はもうひとつ。
すなわち――この状況の原因自体を絶ってしまうことだけだ。
何が起きているのか、シルヴィアだって完全には把握できていない。
けれど、これが人為的な事態であることは明らかだ。同様にその犯人が《七曜教団》の連中である可能性は極めて高い。この状況で、たまたまほかの悪意ある人間が王都を襲うなどとシルヴィアは考えなかった。
かつてのタラス迷宮の、いわば再現に近い。
あの事件の際、シルヴィア以下クラン《銀色鼠》の主力メンバーは、軒並み罠にかけられて殺されそうになった。実際、フェオとシルヴィアのふたりを残し、ほかは軒並み亡くなっている。
――問題は、なぜ命を狙われたのか、という点だ。
自分で言うことではないが、シルヴィアなど所詮は一介の冒険者に過ぎない。多少の結果は残していたつもりだが、だからといってこんな大規模な、それこそ王国そのもののに戦争を仕掛けるような相手から、わざわざ名指しで狙われる理由など皆無のはずだった。それこそ《七星旅団》の元メンバーや、《第一団》以上の位階を持つ魔術師でもない限り。
――誰でもよかったのか?
連中は、ただ虐殺だけを目的としているのか……?
考えても答えは出なかった。だからシルヴィアにできることは、ただ街の中を走ることだけだった。
闇雲に走っていたわけではない。彼らの目的がなんであるにせよ、この状況をただ作るだけではないことは間違いないだろう。ならばどこかに教団の魔術師がいるかもしれない。そうでなくとも、味方と合流できる可能性はある。
だからひとまず、シルヴィアは王城に向かって戻っていた。
その考えは、結果的には正解だったのだろう。彼女は本当に惜しいところまで近づいていた。
もう少し先に行けば、フェオと合流できたはずなのに。
もう少し長く行けば、ユゲルたちを見つけられたのに。
「――そう急ぐなよ、シルヴィア。いつも言ってただろうが。なァ?」
唐突に。かけられた声で、シルヴィアは足を止める。
いや、止めようと思ったわけじゃない。それ以上は動けなくなった――硬直してしまったのだ。
その音は上からだった。王都の通りを構成する建物の、その屋根の上。月を背景に、ひとりの男が立っている。
「だからお前はいつだって、大事なモノを見落とすんだよ」
「……お、前……っ!」
当然だろう。許せるわけがない。
その男こそ――彼女のクランを裏切って、教団に売り渡した張本人なのだから。
「久し振りだな、オイ。息災だったか――シルヴィア」
「どの口で、そんな台詞が私に吐ける――ガストッ!!」
剣を抜き放つ。その動きに感情を託さなければ、今にでも発狂してしまいそうだった。
彼との――ガストとの付き合いは、遡れば彼女がまだ王国所属の騎士として働いていた頃より、さらに若い頃からだ。
言うなれば、幼馴染みとも言っていい間柄だった。
ぶっきらぼうで口が悪く、人相だって威圧感があった。けれど本当は面倒見がよく、いつだって年下に懐かれていた、そんな男。
騎士を辞するというシルヴィアを、ただひとり応援してくれた。一緒に《銀色鼠》を立ち上げた、創設メンバーだった。
その彼が。
「あんときァ、悪かったな。お前を殺し損なった」
「……黙れ。お前の言葉なんか、もう聞きたくないんだ」
「だからよ。今度こそ終わらせに戻って来たんだぜ? お前がずっと抱えてた、下らねえ夢物語をよ」
「黙れと言っているだろう……!」
「だからよ。ここで死ね、シルヴィア。お前の次はフェオだ。今度こそ、銀色鼠はここで終わらせらァ」
「だから!」
シルヴィアは叫んだ。聞くに耐えない。堪えられない。
もうこれ以上、ガストの顔で、ガストの声で――そんな言葉は聞きたくない。
だから、ああ――奇しくも同感ではあったのだ。
銀色鼠を終わらせる。未だ活動休止中のクランだが、確かにこのままでは終われない。
目の前の男を殺さなければ、本当はどこにも行けなかったのだ。
「もう、黙れ――ガスト。私だって、同じことは考えていたんだから」
「殺せるのかよ? 甘ちゃんのお前に……俺が?」
「――殺せるさ。いいや、もう死んでいるんだ、お前は」
シルヴィアの中では。
憎まれ口を叩き合いながらも、ずっと一緒にいた悪友はもうとっくに死んでいる。
迷って出たのは、つまりそれでもなおシルヴィアが迷ってるからにほかならない。そんなものは、この場で切り捨てる必要がある。
「……降りてこい、ガスト。鼠が這うのは地面で充分だ」
空に牙を突き立てるように。銀色の鼠は、剣を高く突き立てる。
もう一匹の鼠は、ここで初めて口元を歪めて笑みを見せた。
「分不相応にも、空を目指した鼠がいたもんだ」
「来ないなら、こちらから行こうか?」
「鼠が獣みてえに吼えるなよ」
いつの間にか。
ガストの手元には、鈍色に輝く小刀が握られていた。
「――オメェに戦いを教えたのは、いったい誰だったと思ってる?」
そして、次の瞬間。
鈍色の鼠と、銀色の鼠が交錯する――。
※
――そのとき。
王国第三王女であるエウララリア=ダエグ=アルクレガリスは、王城から弾かれたように王都へと飛び出した。
止める者はいなかった。父王は倒れ、兄はすでに王城を出立している。正規兵のほとんどが、今や王城の外だった。
傍らに立つ老戦士――グラムだけが彼女の護衛である。
本来ならば、それで充分なはずだった。
「結界……っ!」
空を覆った夜天を前に、エウララリアは歯噛みする。
これでは、たとえ異変を外から察知したところで、中にはいることはできないだろう。完全に計算されている。あるいは果たして、外にこの異変が伝わるだろうか。兄の不在を逆手に取られていた。
いや、ともすれば。
突然の他国との小競り合い……それ自体が、あるいは。
「駄目だ……破戒せない」
彼女の持つ魔眼――《破戒》の能力を持った生来のそれは、けれどこの結界に通じない。
魔力の流れを堰止め、結界の術式など簡単に壊せるはずの異能力。術理の外側に位置する断りは――けれど夜天の結界を前に無力だった。
まるで生き物の肉体を流れる血液のように、結界中を魔力が巡っているからだ。多少の解れなど、文字通り瞬く間に修復されてしまう。
結界魔術とは本来、その境界、内と外の境目に魔術的効果を働かせることが主なのだが、これはもうそんな次元じゃない。それこそ、街をひとつそのまま作り替えられてしまったかのようだ。
「グラム。結界を壊せるか……?」
「難しいですが」老戦士は、できる、とは断言しなかった。「試してみましょうか。――失礼」
言うなり彼は、城壁に施されていた王国の象徴たる逆十字――金属で作られた飾りを、力づくで壁から引っ剥がした。
普通に反逆罪レベルの行いだが、状況だけにエウララリアは無言でそれを見守る。
グラムは、その逆十字の飾りに魔力を通すと、いきなりそれを空に向かって放り投げた。
ほとんど魔弾と言ってもいい速度で、十字が回転しながが天へ上昇していき――そして、目には見えない壁にぶつかって爆発する。
ただの投擲が、それこそ空間そのものを揺るがしかねない威力で為されてた。
その上で、夜天の結界はなお小揺るぎすらしない。
「どうやら難しい様子ですな」
「グラムのデタラメでも駄目となると……駄目か。完璧に手詰まりね」
「あとはもう、ユゲル殿に期待するしかありますまい」
この結界に介入できる存在がこの街にいるとすれば、それはもう、七星旅団の三番目、ユゲル=ティラコニアを措いてほかにはいないだろう。
魔術師としての頂点。《魔導師》級の魔術師は、この付近にユゲル以外にいない。
そう。ふたりは知らなかった。
教団を除けば、その事実はシグしか知らないのだ。
この《夜天の結界》もまた、魔導師によって作り出されたということを。
「……約十三秒後」ふと、グラムが言う。「王城からユゲル殿と、アイリス殿が出て参られます」
「聞くのも馬鹿らしいけど……魔術も使わず、なぜわかるの?」
「足音が聞こえましたので」
「……そう」
エウララリアは聞かなかったことにして、「それで?」とグラムに先を促した。
この状況では、エウララリアよりも歴戦の彼に判断を委ねるべきだと、彼女は判断している。
グラムは言った。
「合流して先に進みなされ。どうせ、言っても引かないでしょう」
「わたしの力が、必要になるかもしれないもの」
「あえて否定はしますまい」
「……グラムは?」
「野暮用が御座いまして。なに、すぐに済みましょう」
「わかった」
迷うことなく、エウララリアは頷く。意を問いただすような真似は、するつもりさえなかった。
そのうちに、本当にユゲルとアイリスが王城の中から現れた。
ユゲルはちら、とふたりを一瞥すると、
「……なるほど」ひと言呟き。「街の端に行く。結界に介入したい」
「お任せいたします」
「任されよう。――では、ついて来ていただきましょうか」
グラムの「任す」という言葉に、王女の命さえ含まれていたことをユゲルは理解していた。言葉は必要なく、またそんな時間さえ惜しいからだ。
道を外れ、城壁沿いに三人は駆け出していく。
その姿を無言で見送って、完全に見えなくなってから。グラムはようやく口を開いた。
「――さて。出て来ていただきましょうか?」
「ああ、クッソ。やっぱバレてやがったか……アルベルの野郎みてえにはいかねえな」
いったいいつ現れたのか。
なんの前触れもなく、気づけば道の先に、ひとりの男が立っていた。
獰猛な、それこそ獣のような表情を浮かべた男だ。
「七曜教団の者とお見受けしますが、如何か」
「ああ、《火星》だ。よろしく頼むぜ、グラムさんよ。しっかし、よく気づいたな?」
「私が空に投擲を行った際、反応が隠せておりませんでしたよ」
「ハッ! そいつは確かに手落ちだな!」
グラムの指摘に、男――火星はむしろ愉快げに笑う。
目の前の老戦士の脅威が、その存在が、この上ない悦楽であるかのように。
「だが、魔術を使わずヒトを超えた――そんなバケモノを前にしちゃあ、昂りも抑えられねえってもんだろ?」
「……戦闘狂の類ですかな。はて、あの魔法使いが、そんな男を身内に引き込むとも思えませんが」
「おっと! さすがにそんな誘いには乗れんぜ? ウチの大将は、正体不明を売りにしてるらしいからなあ」
「その割に頭は最低限切れますか。これは厄介」
「おお! あんたからのその評価は素直に嬉しいぜ。マジでマジで」
「して――目的は?」
「任された役目は、この結界の中でなお動く奴を抑えとけってことなわけだが。そうじゃねえよな? 俺個人の目的は違えよ」
「ほう……?」
「いや、魔術のほうの最強は、とにかくやってらんなくてよお。超越然り天災然り、ノリが悪いのなんのって……だが、どうやら武術のほうの最強は期待できそうだ」
「強さにこだわりをお持ちかな」
「応よ。だって男だぜ? 目指すのは最強に決まってらあ」
「まるで獣ですな」
「いやいや、あんたも同じだろ。血の臭いがするってえのは、こういうことを言うのかねえ」
「――下らん」
このとき、グラムの纏う覇気が一変する。
火星の言葉を吐き捨てる。
「そのために取る手法がこれか。貴様如きと同列に語られては困る」
「自分を飾るなよ。どうせ誰も見ちゃいねえ。お前だって、俺と同じはずだぜ?」
「馬鹿を言え」
す――、とグラムが構えを取る。
無手のまま。けれど、その隙を完全に消し去るように。
彼には魔術が使えない。魔力による身体強化は可能でも、術式を用いた
魔術が彼は根本的に苦手だった。
だから彼は――魔術によらない戦いを極めたのだ。
獣が武器を取ったのだ。
確信した。決まっている。ならば最強に決まっていると――。
「そんな境地は、もう五十年も前に過ぎている」
「言うね、老骨――だが終わりだ。そろそろその座は明け渡せ」
「そんな肩書きに興味はないが」
刹那。老戦士の姿が、消え失せた。
否――そう錯覚するほどの速度で走ったのだ。
振るわれたのは、ただの拳に過ぎない。そんなものは火星に届かない。
ほとんどの魔術師がそうするように。火星はその一撃を、魔術の障壁で簡単に防いだ。近接戦闘に長けた相手を前に、無防備でいるはずがない。
想定を超えたのは、だからただ一点。
ただの拳の一撃が――その障壁を卵の殻よりもたやすく破壊したことだけだ。
「――少なくとも。お前のような獣にくれてやるほど安くはない。出直して来い、クソガキ」
「は――上等だよ、クソジジイ」
その、天災にも匹敵する暴虐を前に。
火星を名乗る男は――心底から愉しそうに嗤った。
※
――そして。そのとき。
フェオ=リッターは。
「ああ。いいですね、貴女は。なかなか。魂の形が美しい」
ひとりの女性と行き遭っていた。
「……誰、あんた?」
その時点で、フェオは目の前の存在の脅威を嗅ぎ取っている。
アイリスが言う《におい》とは、なるほどこういうことなのかと納得するくらいに。訊くまでもなく、目の前の女性がどういう存在なのかくらい、フェオには理解できていた。
果たして。煽情的な格好の美女は笑みで答える。
「七曜教団が《金星》、レファクール=ヴィナと申します」
「……そんなのが、わたしにいったいなんの用なわけ?」
「いえ……別に用というほどのものがあるわけではないのですが」レファクールは、心底から困ったような顔を見せた。「私の子たちがずいぶんと減っている様子だったので、少し見に来ただけなのです。ええ、本来の役目はほかにありまして」
「…………」
訊かれてもいないことまで、レファクールはあっさりと答える。
敵だとさえ見做されていないのか。以前のフェオなら、それだけできっと激昂していただろう。
けれど今は、むしろその余裕が心地いい。
舐められているならば、そのほうが好都合だ。その油断は突くべき隙でしかない。
今の彼女は、そう考える。いったい誰の影響なのやら。
「しかし、こんなところで貴女のように美しいヒトを見るとは思いませんでした。寄り道はしてみるものですね」
正直、やりにくい。フェオはそう思った。
褒められ慣れていないからだろう。レファクールの言葉を、嬉しいとはまるで思わなかったが。
殺意どころか、敵意も害意も感じないのは意外だった。
「……まあいいけど。ずいぶん身勝手なんだね? こんなことしておいて、命令に従わなくていいの?」
「もともと、私は冒険者というわけではありませんし。こういった行動ならば、むしろ喜ばれるくらいでしょう。――あの方は、そういう存在ですから」
「ああ、そう」
フェオは笑った。この状況で自分が笑えるという、そのことがおかしいくらいだった。
とはいえ油断はない。今、レファクールは通りの少し先に、ほとんど無防備に立っている。
刀の柄には、いつでも手が届く。実のところ、武芸を修めている魔術師は意外と数が多くない。魔術師は自らの魔術を頼りにする者であり、それ以外の技術をむしろ厭うことさえ多いからだ。
だが。この間合いならば。
魔術を起動するより、フェオが斬りかかるほうがよほど速い。それで倒せる自信は本当のところないのだが、無理なら逃げればいいだけだ。今、フェオに課せられた役目は、一刻も早く《教授》と合流すること。
激情に任せて、それを放棄することのほうが馬鹿らしい。
もちろん、倒せるのなら、それに越したことはないと理解しているが。
「――で? どうしてこんなことを?」
ふとした思いつきから、フェオはそんな風に訊ねてみた。
答えるかどうかは、真っ当に考えれば疑わしい。少なくともフェオが逆の立場なら答えまい。
だが目の前の《教団》を名乗る連中に、その幹部に、割と大きな自由裁量が認められていることはわかっていた。連中は自由すぎる。いっそ不合理なほどに。
何よりフェオは舐められている。脅威とは思われていない。
その状況ならば、もしかすると、何かを聞き出せるのではないかと思ったのだ。
「別に」
と。レファクールは答えた。
フェオの身体に、知らず力が込められる。
「私たちは何もしていません。ただ、この世界を、あるべき姿に戻してだけなのですから」
「あるべき、姿……?」
「ええ。それだけのことですよ」
それ以上は、いくらなんでも語るまい。だが重要なことを聞いた、という自覚がフェオにはあった。
もちろん意味はわからない。狂人の戯言としか思えない。
だが――自分以外の誰かならば。アスタや、あるいはユゲルといった七星旅団のメンバーならば。
もしかすると、その言葉の意味がわかるのかもしれない。
「……そう」
いずれにせよフェオは頷くだけだ。元より、そういった小手先の策が自分に向いていないことは理解していた。
何より今は、攫われたアスタを助け出すことが先だ。だから、
「――あとは、ほかの誰かが訊くよ」
フェオは刀を抜き放ち、一切の容赦なくレファクールに斬りかかる。
※
のちに《王都事変》と呼ばれる事件の、それが始まりの顛末であった。
期間を空けてしまい申し訳ありませんでした。
更新、再開させていただきます。




