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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第四章 王都事変
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4-40『世界の秘密』

 迷宮の中を歩く。途中、魔物の類が現れることはなかった。

 どうせ、教団のほうで何かしているのだろう。こうもあっさり王都の中枢に根を張っている辺り、何ひとつ笑いごとではないが。


「別に、ここに関しては何もしてないよ」


 アルベルが言う。勝手に俺の心を読むなという話だ。

 一瞬、魔術を通じて本当に読心を受けているのではないか、という危惧が脳裏を掠めたが、まずないだろう。俺は魔術が使えないというよりも、正確には《魔力を体外に放出できない》と表現するべきで、つまり体内には普通に魔力が存在する。それは自分以外の魔力には反発する性質を持つため、精神なかみに干渉するタイプの魔術ならば抵抗レジストが可能だ。たとえ失敗しても、干渉自体に気づかないということはない。

 もちろん、魔力の隠蔽に優れたアルベルのことだ。俺が気づけない不意打ちを成功させたように、精神干渉もまた気づかれないうちに成し遂げた可能性がないとは言えないが……そもそも奴が得意な魔術が隠蔽に偏っている以上、その上で精神系の魔術まで拾得しているとは考えにくい。

 特化型の魔術師は、得てしてそれ以外の魔術が苦手なものだ。まさしく俺のように。

「……ならどうして魔物がいないんだ?」

 結局、俺は普通に言葉で訊いた。アルベルもまた軽く答える。

「ついて来ればわかる」

「……ああ、そう」

 何も答えていないようなものだった。


 しばらく、アルベルに従って通路を進んだ。

 教団の人間と出会えば、戦いになるものだと思っていたのだが。まさかこんな風に、ふたりきりで迷宮を進むことになるとは予想外だ。

 俺は、なんとなくアルベルに訊ねてみる。

 答えがあるかは知らないが、どうせなら何かしておくべきだろう。


「……アーサーは今、何をしてるんだ?」

 訊ねたのはかつての師匠である魔法使いのこと。

 奴が教団と関わっていることは知っている。ともすれば教団の首魁トップである――と思われる――《日輪》とやらは、奴のことなのかもしれない。

 意外なのか、それとも違うのか。やけにあっさりアルベルは言った。

「三番目なら今は、オーステリアに向かっている」

「オーステリアに?」

「君は、あの街の迷宮の本当の姿(丶丶丶丶)を知らない」

「…………」

「普通の迷宮と、五大に連なる迷宮は別のものだ。君もそのうちのひとつを踏破したのなら、その違いに気づいてもいいだろう」

 五大迷宮――俗に呼ばれるそれは、ほかの迷宮とは明らかに規模と危険度が異なっている。その意味では確かに違うだろう。

 だがアルベルの言葉は、きっとそういう意味じゃない。

「……お前らも、五大迷宮に入ったらしいな」

 そのことはメロから聞いていた。魔競祭のとき、メロと相対した《火星》を名乗る男に聞いたそうだ。

「僕らは単に、魔法使いについて行っただけだ」アルベルが、わずかに憎々しげに言う。「君らといっしょにするな。あんな場所は、真っ当な人間が生きていられる場所じゃない」

「……半分は同意するが。お前に異常者扱いされたくはないな」

「五大迷宮は人間が作り出したものじゃない」

 アルベルは答えず、けれど話だけを先に進めた。

 俺はにわかに口ごもる。現代の魔術史学において迷宮は、人工物であると結論されている。アルベルの言葉はそれに反していた。

「――あれは、自然に発生したものだ」

「……、」

「違和感には気づいていたはずだ。でなければ、君らだって二度もあの迷宮には(丶丶丶丶丶丶丶丶丶)入らなかっただろう(丶丶丶丶丶丶丶丶丶)

「…………」

「とはいえ、それでひとり減った(丶丶丶丶丶丶丶丶丶)わけだから、僕らとしては都合が――」

「なあ」

 堪えきれずに口を開いた。まったく進歩がない。

 この話題になると、俺は自分を抑えることができなくなる。

「それ以上、あいつの話題を口にするなよ」

「……、……」

「――本気で殺したくなってくる」

 やはり相容れない。無論、そんなことはわかりきっていたわけだが。

 俺の弱さが殺した彼女のことを、どうあっても俺はほかの人間から口にされたくない。

 とはいえ、それも何様のつもりだという話だ。少なくとも、この俺が悲劇に酔うことなんてあってはならない。

 黙ったアルベルに、俺は言う。

「……で? その話がなんだっていうんだ? なんだか大仰に、世界の秘密みたいなものを教えてくれんのはいいけど、それがどうしたっていうんだ」

「そんなものに興味はないと?」

「ないね。どうだっていい。んなこと知らんでも生きていけんだろ」

「だから僕は、君を殺したいと思うのさ」

「……」

 今度は俺が黙る番だった。まるで反射されたみたいに、殺意が返ってきたのだから。

 俺には、アルベルがいったい何に憤怒を、憎悪を感じているのかはわからない。そんなことを俺が斟酌する必要もないと思っている。

 結局のところ、俺たちは敵同士にしかなり得ない。

 認識はそれだけで充分なのだろう。



     ※



 その後、俺たちは無言で歩いた。

 アルベルは口を開かないし、だから俺も沈黙を貫いている。その間、俺は先程、奴が口にしたことについて考えていた。

 ――五大迷宮は人間が造ったものではない。

 それを聞いて、確かに「なるほど」と俺は思った。あのとき、あの場所で覚えた違和感が、それに由来するのだろうと納得した。

 問題は、それがどこに繋がってくるかだ。

 俺は今まで、あくまで個人的な理由でしか行動してこなかった。大願を抱いているらしい教団の連中とは違い、単に降りかかる火の粉を払っただけ。今となっては火元から絶つつもりでいるが、それだって、結局は自分とその周囲を守ることだけが理由だ。大仰な目的は存在しない。


 ――話の流れから考えるに、おそらくオーステリア迷宮もそうなのだろう。

 人工ではなく、自然発生的な迷宮。俺はかつて、《まるでゲームのステージのような建造物が自然に存在するはずはない》と考えたが、どうやら間違っていたらしい。アルベルの言葉が嘘である可能性は、ひとまず考えなくていいだろう。俺を騙す意味などない。

 ……なんとなく。それが、魔物という機構システムに酷似していると俺は思った。というかかつての俺は、迷宮という建物には突っ込みを入れておいて、魔物という生物には疑問を抱かなかったのか。

 魔物のほうが、よほど不自然だというのに。

 この世界に来て初めて見たモノが魔物だったからか、あるいは魔術という不自然の極みかつ超自然の塊が当たり前に存在したからか。いずれにせよ間抜けな話だ。


「マンガやゲームじゃないんだから、か……」

 小声で呟いた。アルベルには聞こえないように。聞こえたところでわからないだろうが。

 考えてみればこの異世界は、なんだか作り物めいている。いや、それを言えば地球だって似たようなものか。

 世界は神が創りました、とか。

 どうだろう。下手に理屈や理論で説明されるより、そのほうが受け入れやすいような気がしてしまう。

 ならば世界が滅ぶのは、そのカミサマとやらが世界の運営に飽きたときなのかもしれない。七曜教団は、そのカミサマを退治して世界を人類の手に取り戻すために戦っている的な感じ。

 ――下らない。

 魔物や迷宮が不思議なら、人間だって同じようなものだろう。



     ※



「――着いたよ。ここだ」

 およそ十分前後は歩いた頃だろうか。アルベルが言った。

 言われるまでもなく、俺は到着に気づいていた。

 開けた場所に出たからだ。それだけではなく、その場所が明らかにほかと違ったためでもある。


「…………」というか。


 絶句した。いや、言葉どころか意識まで失いかねなかった。

 目の前に広がる光景を、俺はいったいどのように表現すればいいのだろう。きっと世界中を探しても、正確な表現は見つかるまい。

 端的に、視覚情報だけを言うのなら。


 そこは――白だった。


 いや、正確に言えば白ではないのだろう。ただ強い光を、白という言葉でしか表現できなかっただけ。

 だが言葉にはできずとも、それがなんであるのかは感覚のほうが悟っていた。俺でなくとも、魔術師ならば誰だってわかる。


 ――そこは魔力の海だった。

 海、という表現をとりあえず使っていいような、広く深く、どこまで続いているのか想像もつかない魔力溜まり。それが広間の途中から唐突に、そして無限に続いている。いや無限か有限かなどわからないが、認識を超越している時点で無限と変わりないだろう。

 くらくらした。瘴気とは違う、ただ純粋無色な魔力エネルギーの塊は、それだけで俺を酩酊させる。理解の範疇を逸脱している。


「これ、は……」


 いったい、なんだ。そう疑問した。いや、それは疑問だったのか。本当はわかっていたんじゃないのか。

 いっそ暴力的なまでに。大量の情報を脳に叩きつけられたみたいに。俺は、それ(丶丶)を理解した。理解できないモノだと理解した。


これ(丶丶)が、世界だ」


 アルベルが言う。やはり理解はできない。

 だが、理解はできずとも納得はしているのだろう。


「全てが生じ、全てが行き着く先。神と言ってもいいし、あるいは真理と呼んでもいい。世界の解答。全ての中心。運命の具現――世界そのもの。始まりと終わりの概念だ。言葉では、ほかに説明の仕方がない」

「…………」

 魔術師は神を目指すという。

 ならば、これは魔術師の行き着く先だ。ここには全てが存在する。

 理論では絶対に到達し得ない、それは世界という概念の外側。どれほど科学が進歩しても、たとえ宇宙の外側に至ったところで、これはきっと、それより外に在るべきものだ。人間では絶対に至れない。

「こんなモノは本来、ヒトの目の触れる場所にあるモノじゃないはずなんだ、絶対に。それくらい感覚で理解できるだろう? これは、こんな場所に存在しては駄目だ。まして人間が手を触れてはならないものだ。それが剥き出しになっている――そのことが、どれだけ異常かわかるだろう?」

 わからない。が、わかる。そうとしか言えなかった。

 こんなモノは理解できない。人間が把握できるモノではない。だが、だからこそそれがこんなところに存在してはならないとわかった。

「わかっただろう? たとえ理屈では理解できずとも、言語には変換できずとも、常識では認識できずとも――感覚がもう悟ったはずだ」


 これはおかしい(丶丶丶丶丶丶丶)

 これは間違っている(丶丶丶丶丶丶丶丶丶)

 これは(丶丶丶)駄目だ(丶丶丶)


「本来なら、こんなことは絶対にあり得ない。異常だ。そして、この異常がこのまま広がったら世界はどうなる?」

「――……」

「決まってる。そんな世界は(丶丶丶丶丶丶)滅ぶに決まっている(丶丶丶丶丶丶丶丶丶)

「なら……お前たちは」

「そうだよ」

 狂ってしまった。外れてしまった。壊れてしまった世界を。

「元に戻すために動いている。でなければ世界が滅ぶからだ」

 そのためならば。

 人類を救うという名目のためならば。


「――多少の犠牲くらい、許容されるべきだと思わないか?」


 頷くわけにはいかなかった。けれど、咄嗟に否定することもできなかった。

 この光景を見れば、嫌でも理解してしまうからだ。

 ああ、確かにこれは駄目だろうと。このままでは世界も滅ぶだろうと。あるいはすでに、滅び始めているのかもしれない。

 半ば強制的に、そう理解させられるくらいの力がそこにはあった。


「――だから、見てくるといい。この世界がどれだけ歪なのかということを。今まで君が、どれほどの罪を犯してきたのかということを」


 だから。

 とん、と軽く背中を押されたのに、俺は反応することができなかった。

 身体が宙に浮く。そのときには、もう身体を拘束していたはずの魔術は解かれていた。

 物理の法則に従って、そのまま俺は魔力の渦へと落ちていく。

 墜ちていく。

 最後に聞こえたアルベルの言葉に、返事をすることさえできずに。


「もっとも。――そこから生きて返ってこられるかは、知らないけど」


 俺は、世界に呑まれていった。

活動報告があります。

よろしければー。

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