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第8話:期末試験の勝利、裏側に隠された孤独な努力

挿絵(By みてみん)

 

学園中が、張り詰めた空気に包まれていた。

 

一学期期末試験。全教科の総合得点で学年の順位が決定される、年に数回の「公式格付け」の日だ。

 

「航太、これが私の最終決戦兵器よ」

 

試験直前の自習時間。みゆきが机に置いたのは、ボロボロになった一冊のノートだった。

 

表紙には『打倒・九条麗香/完全勝利の方程式』と殴り書きされている。

 

「……またそんな物騒な名前つけて。お前、昨日ちゃんと寝たのか?」

 

「睡眠? そんな非効率な資源消費、最小限に抑えたわ。レム睡眠の周期を逆算し、脳の定着効率が最大化する四十五分を三セット――今の私の脳は、スーパーコンピューターをも凌駕している」

 

みゆきは不敵に笑うが、ペンを持つ指先はわずかに震えている。

 

俺は知っている。彼女が昨日の深夜二時過ぎまで、SNSのログイン状態を『オンライン』にしていたことを。

 

俺が「早く寝ろ」とスタンプを送っても、彼女は「勝利に休息は不要」とだけ返してきた。

 

「……なあ、みゆき。一点や二点の差なんて、誰も気にしないだろ。お前はもう十分すぎるほど……」

 

「ダメよ。二位は、負けと同じなの」

 

みゆきの瞳から、いつもの茶目っ気が消えた。

 

「一番じゃないと、私の声は誰にも届かない。……一番じゃないと、私は『勝呂家』の人間として、存在を認められないのよ」

 

彼女が時折見せる、この「拒絶への恐怖」。

 

みゆきの家は、厳格な教育方針で知られる名門だという噂がある。彼女が必死に積み上げている「勝利」という名のレンガは、自分を守るための高い城壁なのかもしれない。

 

『試験開始!』

 

非情なベルが鳴り響く。

 

三日間、合計十教科。みゆきはまさに「修羅」だった。

休み時間の間も、一言も喋らずに次の教科の暗記に没頭し、昼休みもパンを齧りながら数式と睨み合っている。

 

最終日の最終教科――英語の試験が終わり、答案が回収された瞬間。

みゆきは、糸が切れた人形のように机に突っ伏した。

 

「……出し切ったわ。私の論理(ロジック)に、一点の曇りもない」

 

「お疲れ様。……ほら、これ。お前の好きな甘いラテ」

 

「……不純だわ。敵に労いを受けるなんて。……でも、今の私には糖分という名の補給が必要よ」

 

彼女はラテのカップを受け取ると、ゆっくりとストローを吸った。

 

その横顔には、どこか憑き物が落ちたような安堵感があった。

 

数日後。

 

廊下の掲示板に、成績上位者の名前が貼り出された。

 

1位:九条 麗香 982点

2位:勝呂 みゆき 981点

 

また、一点差だった。

 

「……っ」

 

掲示板の前で、みゆきが唇を噛み締める。

 

周囲の生徒たちは「勝呂さん、また二位!? すげーな!」「九条さんとの一点差なんて、もう実質一位だろ」と囃し立てるが、彼女に笑顔はなかった。

 

「……また、届かなかった」

 

みゆきは拳を握りしめ、逃げるように掲示板の前を去ろうとした。

 

だが、その背中に聞き覚えのある声が届く。

 

「あら、勝呂さん。一点差の敗北感、存分に味わえたかしら?」

風紀委員・九条麗香が、腕組みをして立っていた。

 

「不愉快だわ、九条。……次こそは、あなたのその余裕を剥ぎ取ってあげる」

 

「ええ、期待しているわ。でも……少しは自分の『裏側』を褒めてあげたら? そのノートのボロボロ具合、私には到底真似できないもの」

 

九条はみゆきの手元にある、例のボロボロのノートを一瞥し、ふいと歩き去った。

 

みゆきは呆然と立ち尽くし、それから自分のノートを見つめた。

 

「……私の努力を、九条は認めたというの? ……不合理だわ。敵に認められるなんて、私のロジックには存在しない事象よ」

 

「いいじゃないか。お前が一番になれなくても、お前の『必死さ』は一番だってことだよ」

 

俺がそう言うと、みゆきは鼻をすすり、俺を思い切り睨みつけた。

 

「……うるさいわね! 必死さで一番なんて、そんなの敗者の慰めに過ぎないわ! ……でも、まあ。一学期のこの『一点』は、夏休みに百倍にして返してあげる。……いいわね、航太! 夏休みも私の『練習台』、休みなしよ!」

 

「ええーっ! 俺の夏休みは!?」

 

「勝利に休暇(バカンス)なんて存在しないのよ!」

 

みゆきはいつものように怒鳴りながらも、その目からは少しだけ、鋭い緊張が消えていた。

 

敗北から始まる夏休み。

 

彼女の「勝利へのロジック」は、海へ、山へ、そして予期せぬ「恋」へと、その舞台を移そうとしていた。

 

【今回の勝敗:九条麗香の防衛勝利、みゆきの執念は継続中】


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