第21話:勝利の後の静寂、正月休みはこたつで勝負?
「航太、新年の挨拶において一秒の遅延も許されないわ。明けましておめでとう。そして……今日から始まる一年の『主導権争奪戦』、第一手は私の勝ちよ!」
一月一日、午前零時過ぎ。スマホに届いたメッセージは、新年の祝辞というよりは宣戦布告だった。
数日後。俺はみゆきの家に招かれていた。
「……お邪魔します」
「上がりなさい。今日の私の布陣に死角はないわ」
案内されたリビングの中央には、黒い悪魔――もとい、『こたつ』が鎮座していた。
みゆきはドテラを羽織り、みかんの山を前にして、まるで軍師のような顔で座っている。
「いい、航太。正月とは休息の場ではない。いかにこの『こたつ』という高重力圏から脱出せず、かつ必要な物資(みかん、お茶、リモコン)を効率的に手元に集約するか……。これが、今年最初のロジック勝負よ!」
「……お前、付き合い始めて最初のお正月がこれかよ」
「何よ。恋人になったからといって、私の勝利への執念が減退するとでも? むしろ、あなたという『共有財産』をいかに管理するか、ロジックはより複雑化しているわ!」
俺たちはこたつを挟んで向き合った。
足が、こたつの中で不意に触れ合う。
「……っ!? 航太、今の接触は『熱源の奪い合い』による妨害工作かしら?」
「いや、ただ当たっただけだろ。……っていうか、みゆき。お前、さっきから顔が赤いぞ。こたつの設定温度、高すぎなんじゃないか?」
「そ、それは……新年の代謝向上のための設定よ! 決して、あなたが隣にいることによる精神的動揺が原因ではないわ!」
みゆきは慌ててみかんを手に取り、驚異的な速度で皮を剥き始めた。
「見てなさい、この『スパイラル剥き』。皮の破棄面積を最小化しつつ、果実の損傷率をゼロに抑える……。これこそが、私の……」
剥き終えたみかんを、彼女は無言で俺の口元に差し出した。
「……食べなさい。ビタミンCの補給は、あなたの脳内メモリの維持に不可欠よ。……これは、その、彼女としての『戦略的サポート』なんだからね」
「……あーん」
俺がみかんを食べると、みゆきは満足げに、でもどこか照れくさそうに視線を逸らした。
外では、遠くの寺から除夜の鐘の余韻のような静寂が漂っている。
クリスマスのあの激動が嘘のように、時間はゆっくりと流れていた。
「……ねえ、航太」
「ん?」
「……恋人になるっていうのは、私の計算にはなかった要素よ。……『一番』にならなくても、こうして隣に座っているだけで、私の胸の計算機が……『幸福』という、ありえない数値を吐き出し続けている」
彼女はこたつの中で、そっと俺の足に自分の足を重ねてきた。
「今年は、九条にも、お母様にも……そして、自分自身にも負けないわ。……でも、あなたにだけは。……たまには、負けてあげてもいいような、気がしているの」
「……らしくないな。みゆきはいつでも勝ってないと」
「うるさいわね! 負けてあげるという『選択』を私がしている時点で、それは私の主導権(勝利)なのよ!」
みゆきは真っ赤な顔で言い返したが、その手はこたつの中で、俺の手をぎゅっと握りしめていた。
勝利の女神は、炬燵という名の平和な戦場で、新年の新しいロジックを書き込み始めていた。
「……来年の正月も、こうして勝負よ。……約束よ、航太」
「ああ、望むところだ」
新年の空気は冷たいが、こたつの中と二人の心は、どんな計算式よりも温かい熱に満ちていた。
【今回の勝敗:引き分け(こたつからの脱出に二人とも失敗)】
恋人としての初正月。平和ながらも、みゆきらしい「勝負」でしたね。
次は、第22話「バレンタインの解析学、チョコレートの糖度は殺意の裏返し?」
いよいよ恋人たちの最大イベント、バレンタイン編のスタートです!




