第20話:クリスマス・イブ、聖夜のロジックは鐘の音に消えて
「いい、航太。クリスマスとは単なる宗教的行事ではなく、現代社会における最大級の『感情消費イベント』よ。この夜に誰とどう過ごすかが、その一年の人間関係における勝敗を決定づけると言っても過言ではないわ!」
十二月二十四日、夕暮れの街。
イルミネーションが輝く並木道を歩きながら、勝呂みゆきはいつになく饒舌だった。
真っ白なコートに赤いマフラー。冷たい空気の中で、彼女の瞳は夜空の星よりも鋭く、そして熱く燃えている。
「……で、その『勝敗』のために、俺を駅前に呼び出したのか?」
「当然よ。今日の私のスケジュールは、分単位で最適化されているわ。ディナーの予約、夜景の角度、そして……最後に私があなたに叩きつける『最終命題』のタイミングまでね」
みゆきは俺の手を引き、予約していたレストランへと駆け込んだ。
食事の間も、彼女は落ち着きがなかった。フォークを持つ手が微かに震え、サラダの栄養素について語る言葉もどこか空回りしている。
「……みゆき、落ち着けよ。今日は勝負じゃないんだから」
「いいえ、勝負よ! これまでの人生で、最大かつ最重要の……負けられない戦いなの!」
食事を終え、俺たちは街を見下ろす展望台へと向かった。
周囲は幸せそうなカップルばかりだ。みゆきは彼らを一瞥し、「統計学的には……」と呟きかけたが、すぐに口を閉じた。
展望台の隅、二人きりになれる場所で、みゆきが足を止めた。
「……航太」
彼女の声が、震えている。
「私はこれまで、あらゆる事象を論理で支配しようとしてきた。一番になれば、完璧になれば、誰も私を否定できない。そう信じて、勝利だけを求めてきたわ」
彼女はマフラーを少し下げ、俺を真っ直ぐに見上げた。
「でも、あなたという変数が現れてから、私の計算機は狂いっぱなしよ。……あなたが隣にいると、一番じゃなくてもいいと思ってしまう。あなたが笑うと、私の勝敗基準がゴミのように無価値に見えてしまう」
みゆきは一歩、俺に歩み寄った。
その距離、わずか十センチ。
「この感情を解析した結果、導き出された答えは一つよ。……不合理で、非科学的で、私のプライドを根底から破壊する、最悪のバグ……」
彼女は俺のシャツの襟をぎゅっと掴み、泣きそうな顔で叫んだ。
「……好きよ、航太! この感情に、私のロジックは完全敗北したわ! だから……責任を取りなさい。私のこれからの人生、あなたの隣という『特等席』を、私に永続的に独占させなさい。……これは、私の全存在を賭けた、最大最強の『要求』よ!」
鐘の音が、どこからか聞こえてきた。
周囲の喧騒が遠のき、世界には俺と彼女の吐息だけが残された。
「……みゆき。お前の負けだ。そんなに震えながら告白するなんて、ロジックもへったくれもないだろ」
俺は彼女の細い肩を引き寄せ、力一杯抱きしめた。
「……っ!?」
「でも、その『負け』……俺が全部受け取ってやるよ。俺も、お前の隣以外に、居場所なんていらないから」
みゆきは俺の胸に顔を埋め、くぐもった声で漏らした。
「……不公平だわ。私の告白をそんな簡単に受け入れるなんて……。これじゃ、私が一生あなたに勝てないみたいじゃない……」
「いいだろ、たまには。……メリークリスマス、みゆき」
「……メリークリスマス、航太。……来年の今日、どちらがより相手を愛しているか、また勝負よ。……覚悟しなさい!」
聖夜の空に、彼女の小さな、でも幸せそうな宣戦布告が響いた。
勝利の女神は、自分の心という難問に、ようやく一番の答えを見つけた。
【今回の勝敗:みゆきの「恋」への完全降伏(ただし、二人の関係は「無敗」へ)】
第20話、ついに告白が成功!物語はいよいよ最終盤へと向かいます。
次は、第21話「勝利の後の静寂、正月休みはこたつで勝負?」
恋人同士になった二人の、初めての甘くて騒がしいお正月エピソード。




