第10話:冷たい抜け殻だけが、源氏くんの手に残ったのだ
ねえ、みんな。
「どうしても手に入れたい」って思って必死に手を伸ばしたのに、掴んだ瞬間に中身が消えていた……なんて経験、あるかな。
源氏くんは今、まさにその「空っぽ」の重さに打ちのめされているのだ。
第9話で空蝉さんに真っ向から拒絶された源氏くん。
普通なら、そこで立ち止まるはずだった。でも、彼は立ち止まれなかったのだ。
拒絶されたことが、彼の中の欠けた場所を、かえって熱くしてしまった。
彼はあろうことか、もう一度、さらに慎重に、そしてさらに強引に彼女の寝所へと忍び込んだのだ。
……源氏くん、それは違うのだ。
どれだけ寂しくても、どれだけその人を求めていても。
相手の「いやだ」という声を、自分の執着で塗りつぶしちゃいけない。
その場所へもう一度踏み込むことは、もう恋の熱なんかじゃなくて、ただの暴力なんだから。
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でも、空蝉さんはもう、彼が来ることを予感していた。
彼女は、源氏くんが部屋に入ってくる気配、あの独特のお香の匂いが近づくのを感じた瞬間、ある「決断」をした。
それは、彼に屈することでも、声を上げて助けを呼ぶことでもなかった。
自分の心だけは決して渡さないために、自分自身を、その場に「脱ぎ捨てる」こと。
源氏くんが寝所に手をかけ、薄暗い帳の中へ滑り込んだその時。
空蝉さんは、自分が羽織っていた上着――薄い小袿を、するりと肩から滑り落とした。
音もなく床に落ちる衣。
彼女はそのまま、自分という存在だけを持って夜の闇に紛れ、奥の部屋へと逃げ去ってしまったんだ。
源氏くんが暗闇の中で力一杯抱きしめたのは、愛する女性の体じゃなかった。
つい数秒前まで彼女を包んでいた、まだ微かな体温と香りが残っているだけの、冷えていく薄い衣だけだったのだ。
「……あ」
呆然と立ち尽くす源氏くん。
指先がなぞるのは、柔らかい肌ではなく、カサカサと乾いた絹の質感。
第9話でようやく「人間に触れた」はずの感触は、ここで再び、ただの「物」へと引き戻されてしまった。
つむぎには、その衣が、空蝉さんの「絶対にあなたには私を奪わせない」という、静かだけど激しい拒絶の意志そのものに見えたのだ。
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「空蝉」とは、蝉の抜け殻のこと。
源氏くんは、彼女の「外側」は手に入れたかもしれない。でも、その「中身」は永遠に逃してしまった。
今まで、この世のすべてを思い通りにしてきた「光る君」。
でも、たった一人の「中くらいの身分」の女性に、彼は完憲なきまでに敗北した。
彼女は逃げたんじゃない。源氏くんの物語に飲み込まれないために、自分の誇りと心を守り抜いたんだ。
それは、圧倒的な権力と美しさを持つ源氏くんに対して、一人の女性が収めた、唯一にして最大の勝利だったのかもしれない。
源氏くんは、その「抜け殻」を抱きしめたまま、夜明けの冷たい空気の中で震えていた。
帝が更衣の代わりに藤壺を求め、源氏くんが母の代わりに藤壺を求めた。
それと同じ、「代わりの何かを掴もうとして、真実を失う」連鎖。
彼が掴んでいるその衣は、もしかしたら彼自身の「孤独」の形そのものなんじゃないかな。
空蝉さんは、最後まで「逃げ水」であり続けた。
源氏くんは、その抜け殻を大切に持ち帰り、彼女を思い出しては溜息をつく日々を送ることになる。
でもね、源氏くん。君の心に空いたその穴は、冷えていく布一枚では、とても埋まりそうにないよ。
「空っぽ」の重さを知った光る君。
でも、その傷を癒すために、彼はまた別の、もっと危うくて儚い「花」を探し始めてしまう。
夜が明ける。
でも、次の夜にはもう、また別の甘い香りが、君を地獄の続きへと誘おうとしているのだ。
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つむぎのあとがき
えー……第10話、空蝉さん、本当にすごかったのだ。
ただ逃げたんじゃない。
自分の生活も、誇りも、心も、源氏くんの物語に飲み込ませないために、最後の最後で自分自身を守り抜いた。
残された衣は、源氏くんにとっては恋の記念品かもしれない。
でも、つむぎには、それが「あなたには私の心を渡さない」という、空蝉さんの静かな勝利宣言に見えたのだ。
こうして空蝉編は幕を閉じる。
でも源氏くんの彷徨は、まだ止まらない。
次回はいよいよ「夕顔」編。
今度の相手は、空蝉さんとは正反対の、ふわふわして、放っておけない危うさを持つ女性なのだ。
新しい泥沼の予感に、つむぎ、今から震えが止まらないよ。
それじゃあ、また次の夜に。バイバイなのだ!




