第9話 孤児院の少女たち
今までの事を振り返り、なんとか時間を稼いだつもり。だけど心は落ち着かない。
正直に言うとアッフェル侯爵の情報収集や仕事のやり方などはそこまで気にしていない。
私が一番気になって質問したいのは、今そこに座っていらっしゃる聖女様のこと。それだけ。
でも今までの不敬を思い出して言葉が詰まる。呼び捨てで良いとおっしゃるから気軽に呼んでいたけれど、今では恐れ多いこと。
クッキーを口に運ぶ手が止まらない。
「サリア様、まずは俺と聖女の関係から話そうか?」
呆れまじりの言葉に思わず手が止まった。
そういえばアッフェル侯爵がなぜ聖女様を匿っていたのか、先代聖女の時はアッフェル侯爵家は中立で関与していないから、いつからそうなったのかを知らない。
私が口の中のクッキーを飲み込むのを待ってから、アッフェル侯爵は静かに語りだした。
この王国でアッフェル家は中立であり、筆頭侯爵家である。
もちろん後継者は幼い頃から許婚が決められていた。今ここにいるアッフェル侯爵も例外ではない。
しかし一つ問題が起きた。アッフェル侯爵の許嫁が聖女の力を発現、そして先代聖女の記憶と夢の中での干渉に苦しむ日々が続いたとか。
これに対して筆頭侯爵家ではなく王家に娘を売りこもうとした許嫁の両親に、アッフェル侯爵家が黙っているはずがなく。その家門の財政に圧をかけ、あっさりと没落させてしまった。
許嫁本人の希望で、許嫁の両親は貴族の身分剥奪と、アッフェル侯爵家の領地にある鉱山の労働力にされるだけで済まされた。
許嫁の口添えがなかったら処刑されていたわね。五体満足で労働力にされたのか説明がないから、どちらの方が良いのかわからないけれど。
年齢的に王家に売りこまれていたら第一王子の側室という名目で、現国王の愛妾にされていたかもしれない。手段はなんであれアッフェル侯爵家が動いてよかったと思うわ。
ちらりと聖女様の様子を見てみると、デイジーに苺タルトを食べさせていた。今の話題には似合わないくらい二人とも無邪気な笑顔で、少し、いえかなり癒されたわ。
アッフェル侯爵の許嫁が聖女の力を発現した事は、王族や貴族の耳に入る前に火消しがされた。
本人の希望で家門の没落と共に社会的な戸籍を消したのだ。両親と連座されたとして書類上では問題なく処理された。
そして許嫁本人は何者でもない庶民になったが、聖女の力を制御できるようになるまでアッフェル侯爵家で秘密裏に面倒を見てもらえることに。先代聖女の話を聞かされたこともあり、アッフェル侯爵家は聖女様を守ることに尽力をつくすことにした。
だから王族で聖女の事を調べている第二王女にすぐ気がついたと。
「アッフェル家に養子に迎えても、屋敷に出入りする業者や社交界で聖女と気づかれる可能性がある。だから仕方なくある程度の力の制御ができるようになったら、領地内ではあるがアッフェル家からは離れてもらったんだ」
それがあの教会と、併設された孤児院。
「孤児院は最初はここまで人数はいなかったんだがな……」
今日のお茶会には孤児院の少女たちが全員いる。私は改めてみんなを見回した。
私と歳の近いマーガレットとフローラ。
最年長のダリアとロザリー。
神父の手伝いを積極的に行う、私より歳上のアイリス。
私より少し歳下のリリーとジャスミン。
そして最年少でまだ四歳のデイジー。
「合わせて八人。そして、デイジーを除く全員が男性恐怖症に苦しめられた経験がある」
アッフェル侯爵の言葉に、私は驚いて声が出なかった。アッフェル侯爵は構わず続けた。
「元は違ったんだけどな。当時は領地内で貴族だ庶民だ関係なく、男性に苦しめられた子女を保護したはいいが、受け入れ先が無かったんだ……でも元許嫁が面倒を見るから、孤児院に連れてこいって言い出してくれたんだよ」
続くように神父が口を開いた。
「みなさん軽症でも症状に差はありましたが、おかげさまでほとんど寛解しています。まだダリアは私かアッフェル侯爵が隣にいないと、男性と接する事はできませんが……それでも私生活に問題ないので、良くなったほうですよ」
そうは言っても、マーガレットとフローラには王宮で私の身代わりや兵士と密室にいてもらう事もあった。私は恐る恐る二人の顔を交互に見た。
そんな私の心配を吹き飛ばすように、二人は明るい笑顔を見せてくれた。
「大丈夫ですよ。私もフローラも、ちょっと怖いって思うくらいで、無理矢理ベッドに押し倒されでもされないかぎりは過呼吸などの発作は出ません」
「そうそう! それにわたし、アッフェル侯爵がさりげなく護衛を付けてくれてたの気づいてたから怖くなかったです!」
「あー……部下を付けてたのに気づいていたのか」
「だってサリア様の代わりに捕まったとき、すぐに鍵をわかりやすいところに置いてくれたんです。見張りや追っ手の兵士が誰もいなかったですし、あれはさすがに気づきますよ」
フローラはアッフェル侯爵に助かりました、と笑って言っているが、もしかしたら無理をしているかもしれない。一番危ない目にあったはずだから。
謝罪をしようとしたけど、フローラは私の口に人差し指を当ててやんわり制した。
「サリア様が気にすることはありません。わたしたちは覚悟の上で、自分の意思でサリア様の侍女になって補佐することを決めました」
真っ直ぐなフローラの目に、私はとても謝ることはしなかった。
ただ、フローラの手を取り心から感謝をした。
「ありがとう──本当に、力になってくれて、本当にありがとう」
「いいんですよ……お礼を言うならこちらの方が大きいんですから」
「え……?」
フローラに促されてみんなの方を見ると、孤児院のみんなが私に嬉しそうな眼差しを向けていた。
「サリア様、聖女様を自由にしてくださり──本当にありがとうございます」
突然の感謝に、私は戸惑った。