第1話 森の中の出会い
はるか彼方 煌めく星々の向こう側
久遠の時が過ぎた世界に 魂はたどり着く
地球とよく似たその星には、不可思議を可能にする力が存在した。
人々はそれをマナと呼び、神からの恵みであると考えていた。
巨大な木、樹齢は千年を超えるだろうか。そんな木々があちこちに根をはり、青々とした葉を茂らせている。
木々の周りには、青白い光がゆったりと漂っている。木々の根元には白い花が咲き乱れ、風が花々をゆらす。花の近くを二匹の森狼が、じゃれあいながら駆けていった。
そんな様子を、太い木の枝の上から観察している男が一人。
名はユルグ。冒険者ギルドの職員である。彼は黒ずくめの服装に大き目のリュックを背負っており、何やら呟きながら手に持ったペンで羊皮紙に書きこんでいる。
「…魔物の生息状況、問題なし。薬草類の分布状況、問題なし。冒険者の安全状況…ふむ」
男はメモを取ることを止め、手にしていた羊皮紙をしまう。そして木々の枝上を軽々と飛び移りながら移動していった。
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森の中のやや開けた場所。人の三倍はあろうかという巨大なクモがいた。しかし頭部を割られ倒れており、もう息をしていない。その近くには、フード付きのマントを身につけた小柄な人物が横たわっていた。
「大蜘蛛…単独で仕留めたのか?いや、それよりも…」
その場に駆けつけたユルグは大蜘蛛を一べつすると、倒れている人物へと近づく。
それは長い銀の髪に浅黒い肌、そして細長い耳をもつ、ダークエルフの少女であった。気配に気づいたのかうっすらと目を開き、よろよろと起き上がろうとする彼女に、ユルグは落ち着いた口調で呼びかける。
「大丈夫か?俺は冒険者ギルドの職員だ、安心してくれ」
「冒険者、の…?ううっ…おえぇ…」
少女は少し口を開くと、すぐに力なくおう吐した。何度も吐いたのだろう、えずくばかりでよだれと胃液しか出ないようだ。
少し離れた所に食べかけの実が落ちている。新人殺し、と呼ばれることもあるその実の名はマンチネラ。食用のアプルの実に非常によく似ているが有毒で、食べると強烈な吐き気とめまいを長時間引き起こしてしまう。
少女に近寄りそっと支えると、彼はリュックからタオルを取り出し、その口元をぬぐう。
「落ち着いて。出来るだけゆっくりと、呼吸をして」
「め、まわる…きもちわるい…わたし、しぬの…?」
か細く震える声。相当参っているのだろう、無理もない。ユルグは努めて優しく話しかける。
「薬を持っている。大丈夫だ、すぐ良くなる」
彼は腰のポーチから薬液の入った小ビンを出すと、少女の口元へ差し出す。彼女は震える手でそれを受け取り、おそるおそる口をつけた。すると、
「…!」
爽やかな香気が体を満たしていく。少女は、今まで自分を苦しめていたものがスッと和らいでいくように感じた。
「残りもゆっくり、飲んでくれ」
男に促され、少女は少しずつ小瓶の中身を飲み干していった。あれほど体を蝕んでいた吐き気やめまいが、うそみたいに治まった。
と、安心したせいだろうか、それとも長い間森をさまよっていた疲れが出たせいだろうか。少女は急に眠気を感じ、そのまま眠ってしまいそうになる。その前に、せめてお礼をと少女は口を開き、
「たすけて、くれて、ありが、と…」
小さい声でそう言って、彼女はそのまま眠りに落ちた。
どうやら眠ってしまったらしいが、呼吸などの様子を見るにひとまず安心して良さそうだ。ユルグはそう判断すると、リュックから毛布を取り、少女をくるむと近くの木の根元に寝かせる。
次に羊皮紙に何やら書き込んでいく。しばしの後、リュックの脇からシャベルを外し、大グモに近づく。そして、手を合わせ黙祷した後その牙を採取する。行動の合間に、彼は少女の様子を見たが、少女は規則正しく寝息をたてていた。
彼は一仕事終えた後、少女を起こさぬようそっと抱き上げると、安全な場所に移るべくその場を後にした。
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夜の森、青白く柔らかな光がゆっくりと木々の周りに漂っている。遠くからかすかに虫の音が聞こえてくる。
森の中に4本の柱、その中心に太陽のシンボルが刻まれた祠があり、その傍らで横になっている少女が目を覚ました。
「…?」
パチパチとたき火の音。ふんわりと美味しそうな匂いがして、少女はゆっくりと体を起こす。と、
「目が覚めたか。体は大丈夫か?」
低く落ち着いた声がしてそちらへ目を向けると、男が火にかけた小鍋をかき混ぜていた。慌てたようにフードをかぶろうとして、少女のお腹が「ぐぅぅぅ」と盛大に鳴ってしまった。
「スープを作った。良かったら食べてくれ」
優しく言う男の言葉に、彼女はこくりとうなずく。彼女がうなずいたのを確認すると、男は木のお椀に作っていたスープをよそる。
男からお椀を受け取りお礼を言う少女。ふわりと、野菜と香草の香りが鼻をくすぐる。また、お腹がぐぅと鳴った。
「熱いからな、ゆっくり食べてくれ」
男はそう言うと、木のスプーンを少女に渡した。「いただきます」と言って、彼女は受け取ったスプーンでスープをすくい、ふぅふぅと冷ましてから一口飲み、目を瞬かせる。
驚いた。故郷にいる父がいつも作ってくれるスープ、大好きなその味にとてもよく似ていた。
「美味しい…父様の作ったスープみたい…」
「気に入ってもらえたなら、何よりだ」
夢中でスープを口に運ぶ少女を微笑ましく思いながら、男も自分の分をお椀によそって食べ始める。焚火の音、虫の音。穏やかに時間は過ぎていく。
食事も終わる頃、少女は男を見ながら言う。
「…あなたは、ダークエルフを怖がらないのね」
「うん?…ああ、言い伝えや噂で色々言われているからか」
ダークエルフは滅多に出くわすことのない種族だ。また、いくつかの伝承が人々の間に広まっている。
曰く、ダークエルフは一人で一国を滅ぼすほどの力を持っている。
また曰く、ダークエルフに目をつけられたものは闇の国へと連れていかれ、二度と戻ってくることはない、などどれも恐ろしい話ばかりで、多くの人間たちはダークエルフを警戒している。
だからマントとフードは常に身に付け、自分が信用できると思った人の前でだけ外すようにと、少女は母親から言いつけられていた。
少女の空色の瞳に見つめられ、「そうだな…」と男は一呼吸置き、
「昔、ダークエルフの冒険者に助けられたことがあってな。その時、噂は所詮噂だと知ったからな。ダークエルフだからといって気にはしない…」
じっと話を聞いている少女に、男はふと思い出したように言う。
「あいさつが遅れたな。俺はユルグ。冒険者ギルドの職員…冒険者たちのお手伝いさんをしている」
男の言葉に、少女は姿勢を正して口を開いた。
「私の名前はヴォルフィーネ。冒険者になりたくて街へ向かうところでした。助けてくれて、ありがとうございます」
少し緊張した様子の少女に、彼は落ち着いた声で、
「気を楽に、家族と話すみたいにして大丈夫だから」
そう言った。ヴォルフィーネはうなずいて肩の力を抜いた。
「街へ行くなら案内しよう。ただもう遅い。今日はここで野営して、明日出発、ということでいいか?」
彼の提案に、少女は再びうなずき、よろしくお願いしますと言った。
礼儀のしっかりした子だと思いながら、ユルグはリュックから毛布を取って差し出す。
「夜の森は少し冷える。これも使ってくれ」
少女はお礼を言って毛布を受け取る。お腹がいっぱいになったからか、気が緩んだからか、再び眠気がやってくる。
「大変だったろう。今日は安心して休んでくれ」
ユルグの言葉に彼女はこくり、とうなずくと「おやすみなさい」と言って毛布にくるまり横になった。
見知らぬ森で死にかけ心細かったのがうそみたい、と穏やかな気持ちで少女は眠りについたのだった。




