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呪いで人を操るのは、骨が折れる。ましてやそれが本来の得意分野でない場合は。それでも力を振り絞って紅榴は呪いを注ぎ込む。
自分のやっていたことの逆だ。破邪の力が朔の奥から流れ込んでくる。それに対抗するために。
今まで朔を操る時には、誰も立ち入ることのないよう部屋にこもり、体調不良と嘘をついて王ですら会おうとしなかった。けれど、今そうしている余裕はない。
「呪いを止めてくれ」
声をかけられて、紅榴ははっとする。弾かれたように相手を見ると、苦悶の表情を浮かべながらも目に僅かな光を宿していた。
「本当のことが知りたい」
つとめて冷静に、紅榴は柘榴の表情を作る。あくまでも余裕ぶって。眠れぬ幼子をあやすように。
「可愛い王子」
朔はかぶりを振る。振るごとに激しくなって、そして意思ある動きになってゆく。
「怖かったんだ。時々、自分の知らない匂いが自分からするのが。何をしでかしたのかわからなくて。でもそれが全部あなたの術なら、俺は受け入れる」
こんなふうに、彼が惨めに乞うたことがあるだろうか。王太子として気高く美しく優雅であったはずの彼が。
どの娘の褥の中でも見せたことのない姿。あってはならない姿。
柘榴は微笑んだ。この上なく優しく、かりそめの母の、かりそめの妃の顔をする。彼の焦燥など少しも関係ないといったふうに。自分の作り上げた作品を。
「知らないのは嫌なんだ。たとえ破滅の道でも」
「朔……」
教え諭すように、穏やかに袖で彼の頬に触れる。その手をがしりと掴まれた。
「あなたが本当は俺を見ていないことなんて、わかってた。別の相手に心があることが。俺もそうだったから、なんとなくわかる。でもそれでも、俺と歩んでくれるというのなら、俺は」
無理やりに顔を近づける。
(ああそう、そんなことも気づいていたの。気づいていて何も言わなかったの。そんなことで私が喜んで満たされてあなたのものになるとでも? とてもとても愚か)
あまりにおかしくて、ほくそ笑んでしまいそう。
口づける手前で止めて、ふっと呪いを吹き込む。吸ってしまったそれは、拒絶から咳き込むことなく、煙のように彼の全身に広がった。それくらい淀んだもの。
忌々しげに彼女は手を離す。
「あなたの意思などいらないの。これは全部私のもの」
息が荒い。思っていたよりも多く彼に呪いを割くことになってしまったけれど。
(彼はクライマックスに必要な役者。これくらい必要な犠牲だわ)
口元には真っ赤な笑み。
「行きましょう」
最高の舞台へ。彼女の作り上げた役者は、舞台へと上がっていった。