080. 出国
「はーあ、危なかった。危うく闇金の人たちに売られちゃうところだったわ。それに、まさかパパがあんな人だったなんて」
「わかっていたでしょ、そんなこと、とっくの昔から」
「そっか。ママにまで暴力を振るう人間なんて、そんなものよね」
近くの街道を通りかかった馬車に乗せてもらいながら、姉妹は会話する。ロゼッタは村の近くで採れる赤い木の実を口に運びながらぼやくが、ロザリンドは冷静に返事を返していた。
「でもロゼッタお姉ちゃん、良かったの?」
「何が?」
「その、婚約者、いたでしょ。わたしはあまり良く知らないけれど」
「…捨てられたわよ。とっくに。ほら、あんたがあのサンドバッグが死ぬからって止めた日があったじゃない。あの日にね。あー、ムカつく…まあいいわ、あたしはあんな男よりももっと条件の良い男に嫁いでやるんだから」
「…そっか」
ロザリンドは空を見上げながら小さく返した。澄み渡った青空で、今日は雲一つない。真っ白な雪空が当たり前の北方諸国にしては、珍しい景色だ。
「それにしても、路銀はどうしましょうか。あまり手持ちはないし、街に入るにもお金を払わなきゃ…お金はパパとママがほとんど使っちゃってたし、あまり持ってこれなかった…」
そう呟きながら、ロゼッタは小包の中から複数の銅貨や、二枚ほどの銀貨を取り出しながら呟く。それはロゼッタが溜め込んでいたへそくり…ではなく、村で不要なアクセサリーなどを売って得たわずかばかりの路銀だった。
ロザリンドはそんな姉の様子を見て、得意そうな笑みを浮かべてポーチを漁る。そして取り出したのは、父親の部屋から一つ拝借していた金貨の入った包み。
「任せてよ、お姉ちゃん。これ、キープしていたの」
「…え!? あんた、早く言いなさいよ! でもやるじゃない、褒めてあげるわ」
ロゼッタは満面の笑みを浮かべながら、ロザリンドの頭を優しく撫でる。ロザリンドは金貨の入った包みをさっさとしまうと、ロゼッタに向けて告げた。
「ここだと失くしてしまうから、宿とかで半分こしましょう」
「わかったわ。本当に、できた妹だわ」
*
「あの人がアルファさんにかけたのは、禁忌の闇属性魔法なの。呪い、と呼んでも相違ないものよ。あなたが、解いてくれたのよね?」
「パパとママには、散々使うなって念を押されていたわ。これはパパの家系に代々伝わる伝承魔法で、呪いが誰かの手によって解かれてしまうと、術者は呪い返しを貰うのよ。それだけ、恨みを込めて発動されるものなの。でも、その効果はとんでもなく絶大なものだったわ。パパのご先祖様は、これを使って領主を呪って、意思をコントロールしていたと言われているの」
「こんな魔法は、存在してはいけないものよ。わたしは子供ができたとしても、決してこの魔法をその子には教えない。こんなものは、わたしで終わらせなければいけないわ。あんなおぞましい呪い返しも、あの人で最後にしないといけない」
フッと目を開けたシノン。現在は小さく揺れる貸し馬車に乗り、街道を進んでいることを思い出す。
全王王国リリーズの王都・ラヴェンナを発った皓月千里は、共に依頼をこなし報酬を受け取り、山分けしたロザリンドと別れた。二ヶ月ほどかけてレラン王国への帰還を目指し、帰還後はギルドマスター・リアナへ直接指名依頼完了の報告を済ませる予定だ。それが終われば、レラン王国での冒険者生活が戻ってくる。
「ロザリー、一緒に来れなくて残念だったわね」
うたた寝から目を覚ましたシノンの耳に最初に入って来たのは、アリュスフィアのその言葉だった。
「仕方ないよ、ロザリーにはロザリーの事情があるんだし、私は彼女の意思を尊重する」
「いい人でしたね。それに、とても強かったです」
「あの腕なら、確かにソロでもやっていけそうね。ちょっと心配だったんだけど」
「…うん、そうだね。また、会えると良いな」
ルミナは青空を見上げながらそう言った。ユウキもアリュスフィアもそれに頷き、御者台に座るアルファも振り向いて答えた。
「またこの国に来よう。その時は彼女も誘って、また冒険に行こう」
「うん! ありがとう、アルファ」
ロザリンドと共にダンジョンに潜り、共に冒険をした皓月千里。彼女は非常に腕も良く、とても成人前の女性とは思えないほどだった。聞けば、冒険者ランクはCだと言う。彼女より二つほど歳上のルミナもCランクだが、ベテランの冒険者が持つ余裕のある立ち振る舞いや、様々な経験をしてきた者の立ち回り方は非常に参考になった。
きっと、ロザリンドは友愛の剣でもかなり腕の立つ人間だっただろう。しかし今はもう抜けているというのだから、友愛の剣はおそらく、大きく力を削がれてしまったことだろう。
シノンは仲間たちのそんな会話を聞きながら、じっとしていた。彼はローブを常に纏っているため、目を覚ましたとしてもルミナ達がそれにすぐ気がつく様子はなかった。
「そろそろ昼時かな…みんな、丁度良い場所を探して休憩するぞ」
「はーい」
「シノン、そろそろ起きて」
「起きてるよ」
シノンは、軽く自身の肩を叩いたルミナに返事を返した。起きているとは思わず、驚いて軽く目を見開いたルミナ。
「起きてるなら言ってよ~、びっくりした」
「ふふ、シノンってば、起きていても眠っていても微動だにしないから、わかりにくいのよね」
「本当だよ。それじゃあ、聞いていたよね? そろそろお昼休憩だって」
「うん」
寄りかかっていた姿勢から起き上がり、周囲を見渡すシノン。非常に穏やかな風が吹き、それに靡く草原が見渡す限り広がっていた。
所々に草食動物などがいて、それを狩る肉食の動物も見られる。彼らは街道を通る人間など気にも留めず、ただひたすらに自分たちの日常を過ごしていた。そんな景色を眺めながら、シノンは何か考え込むように、再び微動だにしなくなった。
「お兄ちゃん、少し進んだら、キャンプ場があるみたいよ。そこでお昼を食べない?」
「それはいいな。その方が安全だし、そうしようか」
地図を見ながらそう言ったアリュスフィアの言葉に頷くアルファ。キャンプ場は冒険者や商人、旅人などが集まる場所だ。人が多い分、通常の野営と違い見張りを立てなくて済むというメリットが存在する。特にリリーズに存在しているキャンプ場には大抵、二人の兵士が常駐しているからだ。
彼らが交代で見張りをしているおかげで、キャンプ場で補給を行う旅人たちは安心して食事や睡眠を済ませることができる。全員で一度に食事を済ませてスムーズに出発までできるキャンプ場が近くにあるのであれば、利用しないという選択肢はない。
「シノン、頼んでも良いか?」
「うん」
馬車を停めて、他の旅人たちから少し離れた場所を取り、シノンが収納術でしまい込んでいた弁当を取り出す。シノンが扱う空間魔術で収納される物は時間経過がないため、それらの弁当は出来立ての状態を保っていた。
屋台で購入した弁当には新鮮な野菜を使用したサラダと、特製のソースがかかった焼肉と焼き立てのパンのセットが詰まっていた。サラダはシャキシャキとみずみずしく、肉は脂がのっていてソースが良く絡んでおり、非常に美味だった。
焼き立てのパンは柔らかく、肉と共に食べても良いしそのまま食べても良い。噛めば噛むほど甘くなり、非常に良い腕と素材で作られていることが分かった。
「ふう、美味しかったな」
「リリーズ王国の食べ物は、どれも美味しかったですね」
「そうね。街並みも綺麗だったし、良い人たちもたくさんいたしね」
「また来たいね。今度は、休暇に来よう」
最後のルミナの言葉に、全員が頷く。少し食後の休憩をしたシノンが静かに立ち上がり、食後の運動をしに向かっていった。ルミナも立ち上がって、シノンの後をついて行った。
「ルミナも行くのか? …あの二人、本当に仲が良いよな」
「ほんとね。やっぱり、レイヴァ同士だからなのかしら?」
頬杖をつきながら兄に返事をするアリュスフィア。模擬戦を行うシノンとルミナを眺めつつ、ユウキが答える。
「ボクは、ルミナさんに…何か、不思議な魅力を感じるんです。シノンさんはあまり人と関わる人ではありませんが、ルミナさんのことは、なんだか特別気にかけていらっしゃるような気がしています」
「それは否定できないわね」
「確かに…あの二人にとって、互いの存在が特別なのかな」
三人は、シノンとルミナの過去を知らない。二人が何故旅をし、冒険者をしているのか。そして、何故そこまで互いが特別な存在となっているのか。
シノンとルミナがどのような経験をしてきたのかを知れれば、きっとその答えも少しは見えてくるのだろう。だが、彼らにそれを問いただすつもりは、アルファ達にはなかった。誰にでも、言いたくないことの一つや二つはあると知っているからだ。
二人が自分から話してくれるまで待とうと、三人は笑い合っていた。
「ふう、良い感じかな」
「だいぶ上達していると思う。経験さえ積んだら、もう少しでBランクになるんじゃないかな」
「え! そう、かな?」
模擬戦を終えたシノンとルミナは、剣を納めながらそんな会話をする。ふと気がついたように顔を上げたルミナは、シノンへと視線を向けながら質問をする。
「そういえば、学園長の研究を公表する際には、シノンの偽名が入るって話をしていなかった? どんな名前にしたの?」
「ああ…」
ルミナに問われ、そんなこともあったと思い出すシノン。小さく笑みを浮かべながら、ルミナにだけ聞こえるよう、小声で答えた。
「白の魔術師」
「わあ、シノンにぴったり」
くすっ、と笑ってみせたルミナ。そよ風に吹かれながら、二人はアルファ達が待っている貸し馬車のある場所へ戻って行った。
第80話をもちまして、第四章「全王王国リリーズ」編を終了および「水の聖者」を、プロット作成のためしばらく休載いたします。
これまでの話を読んでくださった方々、ありがとうございます。
次回の更新をお楽しみに。




