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水の聖者  作者: 森川 悠梨
第二章 冒険者の国
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剣と舞

 冒険者ギルド・ソルマーニからの仮パーティメンバーの紹介を待つ間、ルミナは一人、ステップを踏むかのような足運び、舞うような上半身の動きを練習していた。


「ルミナさん、お上手ですね」

「えへへ、小さい頃はダンスを習っていたの。それをちょっと復習しようと思って」

「いいですね。でも、どうしてダンスの復習を…?」


 ユウキがその疑問を持つのも不思議ではない。旅をする上で必要な技能とダンスを結びつける何かが、ユウキにはわからなかったから。

 その疑問も当然であることをわかっていたルミナは、にこりと笑ってみせながら答える。


「前に、剣舞っていうパフォーマンスをメインに活動している劇団を見たのを覚えてる? ダンスと剣術にはたくさんの共通点があるの。人がやっているのを見なければ思いつかなかったけれど、あんな動きをしながら戦えたらいい感じかもって思ったの。それに、小さい頃に習っていたものが戦いに役立つなら、良いことじゃない?」


 ルミナが考える通り、剣術に限らず武術と舞踊には多くの共通点が存在する。どちらも全身を使って行われる行為である他にも、一定のリズムに乗ってステップを刻む舞踊と同じく、武術も自分と相手の呼吸と思考を読み合い、ある種の音楽を生み出す。

 全身を捻って回転の力を生み出す動きは剣術でいうところの攻撃行為、しなやかな動きで後方へ飛ぶ動きは戦闘における回避行為、跳躍からの着地においては、膝のバネを利用して衝撃を吸収し、バランスを崩さないよう地面に重心を落とすのは、舞踊でも武術でも同じ。

 ルミナはそんな剣術との共通点が多い舞踊を、自らの剣術に活かすことができないか、模索しようとしているのだ。


「…確かに、そんな動きをしてくる人のペースに吞まれたらおしまい…ですね」

「でしょ? でも、とても難しい。実際、ダンスの復習はしてみたけれど、右手に剣を持ちながらできるかって言われると、想像ができなくて」

「なるほど…」


 ルミナは腰に装備されている、エジルから贈られた剣に手を添えながら呟く。


「実際にやってみればいい」

「あ、シノン。おかえり」

「おかえりなさい」


 野宿で使う薪を拾い集めて帰ってきたシノンに声をかけられたルミナとユウキは、振り返って返事をした。


「…実際にやってみるって言ったって、そんな簡単にできるものじゃ…第一、私はダンスさえまともにできているかもわからないんだよ?」

「できるか、ではなく、やるかどうかだと思う」

「…うーん、そうかな」


 ルミナは帯剣している剣へと視線を落とす。

 実際、新しいことを始めるには、一度やってみないとわからないことが多い。一度試してから問題点を模索し、改善点を見つけること、それこそが成功の鍵でもある。そう思い立ったルミナは一度頷くと、シノンとユウキから距離を取り、剣を片手にダンスをし始めた。

 シノンもユウキもそれを静かに見守る。武器という質量のある物を右手に携えながら踊るのは不慣れで、力加減の調整も上手く行かない。

 ルミナのダンスは、平民が踊るような華やかで軽快に舞うものでも、貴族が習うような社交ダンスでもない。ある特定の地域でみられる、神に捧げる踊りに酷似している。


「あっ」


 カラン、と音を立てて地面に落ちる剣。慣れていないせいか、剣を握るルミナの手から無意識に力が抜けてしまい、手が滑ってしまったらしい。


「怪我は?」


 そんなルミナの様子を見て、シノンは心配そうに歩み寄る。


「大丈夫、地面に落としちゃっただけ」


 シノンが見えるように、自分を心配するシノンを安心させるように、両手を広げながらそう答えるルミナ。

 武器を落としてしまったため、刃の部分が当たれば怪我をするのは間違いないと判断したルミナは、咄嗟に地面へと吸い寄せられる剣を躱していた。そのおかげで、実際に怪我を負うことはなかったようだ。それを確認したシノンは、軽く息を吐いた。


「様にはなってるんじゃないか。その手の舞踊なら、剣舞や槍舞で見られる動きにも似ている。練習を重ねれば、きっと習得できると思うよ」

「ん? シノン、この踊りを知っているの?」

「ああ。華やかな平民の即興ダンスや、荘厳な貴族の社交ダンスとも違う、神聖な儀式で扱われる高位の舞踊。北の地で、似たものを見た」


 ロウと共に旅をしていた頃、北方諸国を巡って旅をしていた頃に、水と音楽の神へ捧げられる舞踊を目にしていたことがあるシノン。

 全身を捻り、回転させ、跳躍し、右手に持つ旗を振る。

 管楽器や弦楽器による合奏や、子供たちが歌う祝詞の合唱に合わせて舞う舞踊は、かつて音楽の神が護った土地へ、そしてその土地に宿る音楽の神へ捧げられる。この儀式が行われることで、その先数年の豊穣と故郷の繁栄を願うとされている、神聖なものだ。

 元々は武器を手に舞っていたそうだが、現在では旗を振る舞い方が一般的だ。これは、戦争の時代から平和の時代へ変化を遂げた、現代の形であるらしい。


「元々は武器を手に持ってたのは知ってるよ。でも私が教わったのは、これくらいの大きさの旗を振りながらの踊り方」


 ルミナは両手を使って旗の大きさを示す。それはルミナの身長の半分ほどであり、それこそ剣よりも少し短いくらいの長さ。確かにルミナが思いついた戦い方は、彼女が教わったそれとの相性も悪くないらしい。


「…そもそも、武器を手に舞うことが想定された舞踊なら、心配いらないと思うけど」

「あはは、私が故郷から出てきたのはとても小さかった頃だったの。その時はまだ、旗を持ちながら踊ったことがなかったから…」


 ルミナは苦笑いを浮かべながらそう答える。ルミナが故郷を出たというのが何歳なのかはわからなかったが、シノンとルミナが出会ったのはちょうど十二歳前後の頃。それよりも前に故郷を出ているならば、十歳かそれ未満であることがわかる。

 確かに、十歳か十歳未満の子供が、自身の身長の半分もある棒状のものを手に持ちながら舞うのは、相当難しかっただろう。


「でも、ボク、見ていてとっても綺麗だと思いました。それに、ボクが攻撃したとしても避けられそうで、もしルミナさんがその技を習得出来たら…きっと、きっとすごい剣士になれると思いますよ。せっかくですし、やってみましょうよ」

「…ルミナがやってみたいなら、俺も手伝うから」

「ほんと? ありがとう、二人とも。じゃあ、頑張ってみようかな」


 ルミナは照れくさそうに頬を掻きながら、笑みを浮かべた。

 シノンはそんなルミナを少し眺めていたが、すぐに振り向いて夕食の準備に取り掛かる。今日の夕食当番はシノンなので、ルミナはユウキに第三者視点から見てもらいながら、剣を手に身体を動かして練習してみる。

 回数を重ね、剣を持ちながら踊ってみたり、あるいは剣を持たずに踊ってもみた。何か小さなことでも、気が付いたことがあればユウキに教えてもらいながら、ルミナは剣を手に持ちながらの踊り方に少しずつ慣れてきた頃、シノンから声がかかる。


「少し休憩しよう。夕食ができた」

「あ、シノンさん、わかりました」

「わかった、今行く」


 ルミナは剣をしまい、焚火の近くへと小走りで駆け寄る。シノンはそんなルミナとユウキに、温かい飲物の入ったマグカップを手渡した。

 そろそろ冬に突入する。今はまだ木の葉も枯れきらない季節だが、夜は冷えてくる。二人の身体を芯から温めるため、シノンはあらかじめはちみつ入りの紅茶を用意していた。

 ルミナに関してはは先ほどまで動き回っていたため体温が上がっているが、汗をかいたので身体を冷やさないようにしなければならない。シノンは、そんなルミナに汗拭き用のタオルも手渡し、汗の処理をするよう促していた。


「ありがとう、シノン」

「ありがとうございます。…うん、美味しいです」

「私も。はぁ、やっぱりシノンのミルクティーはどこのお店よりも美味しいよ」

「それは良かった」


 シノンが二人に手渡したのは、ただの紅茶ではなかった。紅茶の茶葉を通常の二倍で煮出し、まろやかなミルクと甘い砂糖にはちみつを加えられた、はちみつ入りのロイヤルミルクティーだ。

 作るのに手間がかかるものではあるものの、ストレートティーが苦手なユウキにも、甘いものが大好きなルミナにも合わせた飲物で、冷え込む夜に身体が冷えないよう、シノンが二人の体調を気遣っている証でもある。

 はちみつや砂糖は貴重な甘味ではあるが、シノンの手には職があり、甘味を嗜むだけの余裕もあるからこそできる芸当でもあった。ルミナもユウキも初めは遠慮していたのだが、シノンには物欲がなく、金が余っているという点もあったため、ある程度の貯金以外の金は砂糖やはちみつなどといった嗜好品に割かれることとなった。

 シノンがルミナとユウキの二人の体調を気遣った食べ物や飲み物を調達し、実際に調理までしてくれているおかげで、三人は無事病に倒れることもなく、順調に旅をしているとも言える。


「…ねえ、シノンがいつも飲んでるのは何なの?」

「珈琲」

「珈琲? その真っ黒なのが?」

「うん」


 シノンは、普段ミルクティーを飲んでいるルミナとユウキとは違い、いつも真っ黒な液体を飲んでいる。独特で芳醇な香りを放つそれは、初見ではとても美味しそうには見えない。


「一口飲んでみてもいい?」

「いいよ」


 シノンが毎日食後に飲んでいる珈琲なるものに興味を持ったルミナ。エジルが珈琲を飲んでいるのを見たことはあるが、それはもっと茶色かった記憶があった。しかしシノンが飲んでいる珈琲は、もっと黒に近い色をしていたため、同じ珈琲には見えなかったのだ。


「んぅっ、苦っ…」


 良い香りを放つ珈琲の味を想像しながら、初めてそれを飲んでみたルミナ。エジルから、甘いものが好きなルミナには苦すぎるからやめておけ、といわれた理由が初めてわかった。珈琲の味がまるでわからないほどに、ルミナの舌には苦すぎたらしい。

 ルミナはミルクティーを口に含んで珈琲の苦みを相殺してから、目に涙を浮かべながら呟く。


「…私、珈琲は二度と飲まない…」

「る、ルミナさん、大丈夫…?」

「…そんなに苦手だったか」

「大丈夫、シノンが悪いわけじゃないし、私が気になってシノンに分けてもらっただけだから…」


 ルミナは苦笑いを浮かべる。想像と現実があまりにかけ離れ過ぎていたからか、ルミナにとっての珈琲は、ある意味ではブラックリスト入りとなってしまったらしい。


「…今度、甘い珈琲の飲み方でも教えるよ」

「え、こんなに苦い珈琲が甘くなるの?」

「うん」


 あまりの苦さにブラックリスト入りした珈琲だったが、知識が豊富なシノンには、そんな珈琲を甘く嗜む方法がわかるという。元々好奇心が旺盛なルミナは、どうすれば珈琲が甘くなるのか、とても気になっているらしい。


「へえ、気になるかも。ね、ユウキも一緒に飲んでみない?」

「ボクも少し気になります。シノンさんが飲んでいる、珈琲? の香りが、少し気になってたんです」

「それなら、明日にでも作るよ」

「やった、ありがとう。楽しみにしてるね」


 先ほどまでの苦笑いもすっかり消え、いつもの明るい笑顔へと戻ったルミナ。

 シノンは安堵するかのように軽く息を吐くと、珈琲を片手に食器等の片付けを始めるのだった。

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