冒険者の楽園
冒険者の国・レラン王国。
レラン王国が冒険者の国と呼ばれる所以は、世界一の所属人数、優秀な冒険者を多く抱える冒険者ギルド・ソルマーニの存在があった。また、レラン王国にはダンジョンや迷宮、高ランクの魔物が多く存在しているため、自然と冒険者たちのレベルが他国と異なるという特徴がある。
常に魔物の脅威にさらされながらも、ダンジョンや迷宮から採掘される鉱石や魔道具、高ランクの魔物素材などのお陰で国の経済は発展し続けていることから、冒険者は国内で重宝される存在となった。
冒険者の四割ほどの人口がこの国に集中していると言っても過言ではなく、道を歩けば五人に一人は冒険者である、という表現も大袈裟ではない。
それほどまでに冒険者の人数がこの国に集中していることから、ギルド・ソルマーニでは、所属冒険者にのみ有効な、特殊なマッチングシステムが存在している。
そもそも他国の冒険者ギルドには「所属」という概念はなく、冒険者の管理は主に冒険者ギルド総本部が一括でしている。しかしこの国では、総本部公認の特殊な管理システムが構築されており、各街のギルドに所属登録をすることで、冒険者一人一人を厳密に管理することが可能となっている。
これは冒険者の国と呼ばれるレラン王国にのみ存在する管理方法であり、この国では冒険者が犯罪行為を行った者やギルドの規則を破った者に、追放という措置が取ることがある。
冒険者の国を追放された冒険者というレッテルを貼られると、レラン王国ではもちろん、世界中の冒険者ギルドでも白い目で見られるため、冒険者としての人生を終わらせてしまうことになるのだ。これは冒険者の楽園としての規律を守るためであり、冒険者が力に溺れて一般人を傷つけないための対策でもあった。
そんな管理体制を取っているからこそできる、パーティメンバーを補充するためのマッチングシステムなのだが、現時点でのパーティメンバーのポジションや役職、戦闘技術やランクなどを考慮したうえで相性の良いとされる冒険者をあてがうというものだ。
冒険者が溢れるほどいるからこそできる芸当であり、人数が多いからこそ、相性の良いパーティメンバーを探すのにかかる時間を省き、より早く冒険者たちが成長する場を作る、そんな目的で作られたシステムである。そのマッチングシステムに目を付けたルミナは、シノンに申し込み用紙を見せながら話しかける。
「ねえ、シノン。私たちのパーティ、後衛と中衛、それと特殊役職が足りていない気がしていたんだけど…このシステム、使ってみない?」
シノンたち三人はレラン王国に到着してから、パーティとして登録を済ませた。
パーティを組むメリットはいくつかある。安定して依頼を受ける頻度を上げられる点と、パーティで受ける依頼はソロ冒険者よりも多くの報酬をもらうことができる点だ。それに、自身が傷を負ってもパーティメンバーに頼ることができるため、死亡率も下がる。
メリットばかりではないが、少なくともシノンたち三人は意見をぶつけ合うことで喧嘩に発展するような仲ではなく、相手の意見を尊重し合えることから、トラブルもなくやっている。しかし、ルミナが提示してきたそれは、他者と馴染むことが非常に苦手なシノンにとって容易に歓迎できるものではなかった。
「…わざわざそんなものを使わなくても…後衛はユウキがいるし、シーフ系の仕事も少しなら俺ができる」
「もちろんそうだけど、せっかく登録もしたし、仲間は多い方がいいと思うの」
「…あの、すみません。ボクも正直、後衛の方か本職のシーフの方がもう一人いてくれたら、心強いなって思ってて。もちろんシノンさんのことはとても頼りにしていますし、戦力が足りないとかは一度も思ったことはないんですが、まだ戦闘中は緊張しちゃって…少し不安です」
シノンは現在のパーティに不足している役職はないと判断していたが、結局ルミナもユウキも駆け出しの冒険者であり、圧倒的に経験が足りていない。
シノンはもう少しすれば二人とも実践に慣れて、ランク上げも順調にできるだろうと思っていたのだ。しかし、ユウキのその意見を聞いて、自分の考えを改めることにした。
「…ユウキはまだ、防御魔法の発動までの動作が苦手なんだっけ」
「うぅ…ごめんなさい」
「いや、責めているとかではなくて…」
後衛初心者には、本来詠唱中の護衛をする人間が必要とされる。後衛は前衛のサポートを行うと同時に、全体の盤面を見極め、戦闘を有利に運ぶ役割を担っていることがあるからだ。しかしユウキはまだ幼く、後衛として前衛職に強化効果を施し、援護射撃を行うことがやっとだった。それでも同い年の子供と比べるとユウキは相当優秀ではあるものの、まだ後衛としての経験も少なくマルチタスクが苦手なため、自身の防御面が疎かになってしまうことが多い。
シノンとルミナは前衛職で、基本的に前線で戦っていることが多いため、ユウキは自分で自分を守らなければならないが、防御魔法の発動に時間がかかってしまう弱点を持っている。
「…はあ、わかった、ルミナとユウキに合わせるよ」
最終的にルミナとユウキの成長を最優先にするという結論に至ったシノンは、結局折れて、そう言葉を発した。
「ふふ、ありがとう。じゃあここに名前と役職、ランクを書いて…よし。ユウキ、さっそく登録しに行こう!」
「っはい! シノンさん、ありがとうございます」
ユウキはそう言って頭を下げた。シノンはひらひらと手を振るだけだったが、ユウキはシノンのその行動が「気にするな」という合図であることを知っていた。
ルミナに手を引かれ受付嬢に申し込み用紙を渡すと、二人はギルドから紹介されるパーティメンバーがどんな人物になるのか、たのしみにするのだった。
レラン王国では、水の神に関する伝説を耳にした。
王都の中心には水の神を模しているとされる銅像が建設されていて、女性のような美しい容姿と、剣を掲げる姿はまるで戦女神を彷彿とさせる。
冒険者の国・レラン王国と、隣国の騎士の王国・スフィンでは、水の神は人々に武術と戦術を教え、革命をもたらした英雄の神であるとされている。公的には性別は不明だが、女性のような顔立ちで恐ろしいほどに美しい容姿をしていた、と言われている。
騎士も冒険者も、戦場に立つ者には平等に水の神の恩恵と加護が与えられていると信じられていて、一般市民にも水の神の恩恵を授けるため、両国の街には水路が多くみられる。
シノンによると、水の神の伝説というのは世界中に形を変えて存在しているらしく、砂漠で聞いたオアシスの神も、水の神と同一視されることがあるらしい。
「そういえば、私の故郷でも、水と音楽の神様を祀るお祭りがあったよ。楽器、舞踊、歌唱の三つを水の神様に捧げる神聖な儀式で、建国当時から続く大事なお祭りなの」
レラン王国の王都で昼食を食べ歩きしながら、ルミナはそう語る。
遠い異国で多く語り継がれる水の神だが、その起源や名前は一切わかっていない。
ある国では、水の神は女性であり、現代でも存命であると言われている一方で、ある国では、水の神は男性であり、すでに逝去されているとも言われている。
水の神、と一概に言われているが、世界中で語られている水の神は、学問の神であったり、商業の神であったり、レラン王国やスフィンのように武術の神や英雄の神であるという面も持つ。
実際のところ水の神の正体が何なのかは、人にわかる術はない。
「水…お父さんとお母さんがよく話してくれました。ボクたちが守り神として祀っている龍神さまは、水の神様との親交が深かったと。家の外からよく聞こえていた唄にも、こんな一説がありました。『絶望と混沌が混じり合う滅亡の世界、水神は再臨する』と」
「復活の予言…のようなものか?」
「わかりません。小さい頃の記憶なので、間違っているかもしれませんが…」
夢見の民は夢にまつわる不思議な力を持つ。シノンたちを待ち構えていたという事実もあることを考えると、予知や予言のような能力も中にはあるのかもしれないと考えていた。
絶望と混沌が混じり合う滅亡の世界、という一説に引っかかるような感覚を覚えたシノンだったが、曖昧なユウキの記憶を気にし過ぎることはやめて、頭の片隅に留めておく程度にした。




