第七十一話 街への移動 そして昨日の出来事
前半は3人称視点です(´・ω・`)
「リア。あと半分くらいで街に着く。大丈夫か?」
ラキに乗るリアに向けてイズミが声をかけた。
複数の意味が込められた「大丈夫か」だったが、そこはリアも承知している。
なので返す言葉は、もちろん。
「は、はい! 大丈夫です!」
だった。
何かを我慢しているわけでもなく、本当に快適である。
最初はラキに乗って移動という事に少なからず不安を覚えたリアであったが、いざ乗ってみれば、これまで乗ったどの騎乗可能な生物よりも快適であった。
鞍や鐙のような騎乗用の装具もなく、しかもスカートのままという事もあって、本当に大丈夫なんだろうかと乗る直前までは思っていた。
しかし、その不安も杞憂に過ぎず、乗る段階から既に普通とは違っていた。
騎獣が伏せた状態から跨って乗るというのはリアも実を言えば初めてだった。
軍用騎獣の中には小型の地竜種でそのように乗るものもあると聞いていたが、馬や鳥と並んで重宝される理由がなんとなく理解出来た。
だが普通と違っていた理由はそこではなく。
ラキの背に乗ると、自分の周囲だけラキの体毛が伸び腰から下を優しく包まれた。
リアの背中に接している体毛が僅かに硬くなり後方に倒れないようにもしてくれている。
(すごい……。ここまで乗り手の事を考える騎獣は今まで会ったことがありません……。いえ違いました。ラキちゃんは騎獣ではありませんでしたね。ふふ)
そのリアの感心は移動を開始してから更に増す事になる。
高速で移動しているにもかかわらず、ほとんど揺れないのだ。
先程の騎乗姿勢の補助が必要ないのではと思う程に。
「な、なんか、リアが上下に動かないから不気味な感じもするニャ」
キアラの率直な感想だが、はたから見ても、はっきりと分かるらしい。
リアだけに焦点を絞れば、まるで低空を飛んでいるように見えると。
「このくらいの速度だと快適だろ?」
「すごいです!」
イズミの言葉にリアの真っ直ぐで正直な感嘆の声。それに「わふっ!」とラキのどうだと言わんばかりの声が応える。
しかしイズミの何気ない一言に何かを感じたらしいウルが、ちょこんと首を傾げ尋ねた。
「これ以上の速度だとどうなる?」
「空気の壁に衝突して弾き飛ばされそうになるな」
実際は音速の壁にぶち当たって弾き飛ばされた。ちょっと情けないから話を盛ってみたのはご愛嬌という事で。
幸い、その時は空の上での事だったから周囲をソニックブームで蹴散らすような事態にはならなくて済んだんだよな。
と、声には出さずに付け加えたイズミだったが、その内心のろくでもない思い出は、その表情から読み取れる者はいなかった。
「空気の壁に衝突って何……空気って壁になるの? 魔法的な何かがそうさせるの?」
「いやまあ、違うんだけどな。魔法関係なく早さが過ぎるとそうなるんだよ。カイナ」
「理解が追いつかないですよねえ。世界の理というやつですか?」
「そうそう」
イルサーナの大雑把な問いに、これまたざっくりと答えるイズミ。
そんなイズミの様子を気にする風もなく、イルサーナが続ける。
確認なのか問いなのか良く分からない曖昧な言葉をイズミに向けて。
「今の話を聞いて思ったのですが、お二人は密かに危ない遊びを楽しんでいるようですね」
「安全確認は怠ってないぞ」
「危険だという所は否定しないんですねえ……」
「かなり前の話だよ。それにまあ、オレの場合はラキに乗るより乗られるほうが多いから」
それを聞いて思わず吹き出しそうになるリア。
朝方、たびたび繰り広げられる光景が思い浮かんだからだ。
イズミの上に巨大な身体で、のしっと乗っかり目覚めを促す光景。
大抵はラキの口の中にイズミの頭が納まっている。
飴でも転がすようにラキが舌を動かすと大きな声とともにイズミが跳ね起きるのだ。
ちなみに最近は他の起こし方もある。
寝ているイズミの服の内側に潜り込んで、その場で徐々に身体を大きくするという荒業だ。
着ているものがパツンパツンになって圧迫され服が破れるか、息が止まるかのチキンレース。
大概は息苦しくなってタップという流れで、イズミが降参して起きるのだが。
それもそれで思い出すと笑いが込み上げてくるリア。
「リア、変な事は思い出さなくていいから。それはともかく、後ちょっとだ。森の出口付近で様子を確認しつつ一旦、休憩にする予定だからそのつもりでな。それまでオレは周囲の警戒にあたる。じゃ、よろしくー」
リアに、というより最後は並走している者に向けてそう言い残すと、イズミは木々の隙間を縫って森の上まで昇っていってしまった。
何もない虚空を駆け上がるイズミの姿を見るリアの表情は、未だに不思議なものを見るそれだ。
「結局、あの異相結界っていうのも良く分からなかったニャー」
早々に目で追うのを諦め移動に集中したかに思えたキアラであったが、今度はそちらへ話題が移っていく。
「条件が合えば、というより判定基準に合格しているかどうかって話からして普通の魔法じゃないよね。触るだけで覚えられるなんてのは特に」
「明らかに通常の魔法とは異なる理で成り立っているものですよねえ。魔法かどうかもちょっと怪しい気がします。カイナは覚えたかったんじゃありませんか? かなりの防御力、いえ、話を聞くと絶対防御に近いような感じですね。空間を断絶してるって言うんですから」
「限りなくゼロに近い厚みなのに断絶って意味がさっぱりだった」
カイナの考察にイルサーナが乗った形だったが、そこにウルが憮然とした表情で合いの手を入れてきた。
昨日の昼間に説明を聞いた時から、どうもモヤモヤとしていたらしい。
「ウルは専門だから余計にそうかもね。私も試しに触らせてもらったけどダメだったからねー。残念だけど仕方ないよ。でも魔力障壁で似たような使い方が出来るかもしれないというのは大収穫ね」
「詠唱での発動は前面か周囲のある程度の範囲内でしか展開出来ない、言わば半固定状態ですからね。制限を取り除く方法があるという可能性だけでも計り知れない価値なんですよねえ」
イルサーナの異相結界に対する考察は、普通の魔法障壁の検証に流用出来た事で自分を納得させる事に成功しているようだ。
キアラは未だに腑に落ちないといった感じらしいが。
「イズミの魔力が食べられれば、あるいは、とか言ってたけど何度聞いてもどういう事かってなるのニャ」
「人間には難しいですよね。バイツみたいに時々、魔力を食べる生物というのはいるらしいのですが。あの二人とラキちゃんは、当たり前のように魔力を食べますよね」
上空に視線を向けるトーリィ。何処にいるかも分からない妖精族の二人を見るように。
そしてラキを見やれば満面の笑みを浮かべていた。
「わふっ!」
「あー、これはイズミの魔力は美味しいみたいな事を主張してるのかニャ?」
「うぉんっ!」
その遣り取りに笑いが起きる。
そんな会話をしながら街へと移動を続ける一同。
障害物を避けながらの高速移動が当たり前の光景となっている現在では、雑談も普通に行われるが、これが割と異常な光景であるという事をリア以外は全く分かっていない。
「ところでリアちゃんはイズミさんの事、どう思います?」
「ひゃ、ひゃいッ!? えっ、ど、どうとは?」
イルサーナの突然の話題転換に対応出来ずに、心の乱れが上ずった声として丸出しになるリア。
「ものすごい動揺だニャ……」
「男としてどう思うのかって聞くのは、この年齢のコには酷といえば酷かもね。しかも対象がイズミンじゃあねえ。でも聞きたい!」
カイナの追求に先程の動揺を抑えつつ考える。そして言葉を選ぶ必要などないと、素直な心情を語る事にしたリア。
「とても不思議な方だと思います……。武力、魔力が想像を絶する高みにあって、しかも恐ろしい程の知識の幅をお持ちです。伝説の存在であった妖精族や白夜の一族の友としてそこに在る。そんなイズミさんは御伽話の世界の住人のように思えてしまうのです。ですが同時に、私が魔法を覚えるために親身になって下さったイズミさんは幻ではなく血が通った、そして温もりを持った存在。そう確かに思わせてくれました」
そこまでは、ほんのりと頬を染めて穏やかな表情で語ったリアであったが、急に顔をボッと赤らめ俯いてしまった事に疑問を抱く他のメンバーたち。
その疑問に答えなくては、と良く分からない使命感に駆られリアがおずおずと口を開く。
「……それに、私の髪を褒めて下さいましたし……」
その様子を見ていた全員が「ああ、これは落ちた……?」と思えるようなリアの表情に生暖かい目を向けているが、リアはそれに気付く余裕はなかった。
「ふふ、悪い印象でないのは確かなようですね」
そんなリアをフォローするかのようにトーリィが笑顔を向ければリアも頬をすこし染め、はにかんだ笑顔を返した。
「何にしても、リアの歳で出合った男としては強烈過ぎるニャ」
「まあ私たちも人の事は言えないんですけどねえ」
キアラの言いようにイルサーナが苦笑でそう重ねるのは、自分たちもあれほど強烈な存在には出合った事がないという動かしがたい事実があるからだろう。
「リナリーが人間じゃあ勝てないって言ってたのは最初からドラゴンとの戦いを想定してたからだけど。普通なら笑い飛ばされる所を、纏っている雰囲気がそれをさせない。おそらく、ほぼ最強。そんなのに出会っちゃったのは困るよね。どうしてくれるんだって話」
「困る、のですか?」
カイナに対してリアの、何故? という問いに当のカイナを差し置いてウルが口を開く。
「カイナは強い男が理想で、子種は搾り取るのが義務だと思ってる」
「そこまで歪んでない!」
「でも惚れるかどうかはさておき、番になるにはこれ以上ない相手」
「番って。でもなー。嫌われてはいないようだけど結婚相手として見てくれるかなあ?」
それはなんとも言えないと誰もが思った。その場にいる全員が苦笑気味だ。
何しろ、優先順位が普通の男と違う所を散々見聞きさせられた後だからだ。
そしてウルの「羽の生えた小姑もいるし」の一言で笑いに変わる。
リア以外は全員が一般的には適齢期の真っ只中。しかし冒険者などを生業にしていると恋愛はともかく腕が良いほど晩婚化していく傾向にある。
トーリィは別にして白のトクサルテのメンバーもその例に漏れず自身の結婚はまだまだ先の事だと考えているようだ。
だったのだが、狩りの最中に食べごろの最優良物件がいきなり草むらから無防備に頭を出してきたものだから、此処にいる誰も彼もが出会い頭の硬直のような状態に陥っているらしい。
「それより、リアはどうなのニャ? 結婚相手として」
「わ、私ですか?」
「身分が定かじゃない者とは難しいかニャ?」
リアの身分が相当に高いとした上での質問であることはリアも理解していたが、どう答えたものかと考えを巡らす。
身分差というものは、この国では絶対に近い。
そして冒険者というのは平民出身の者が多い。
なかには貧乏貴族の次男、三男といった階級の者もいるにはいる。しかし職業柄、平民と同じような扱いを受ける事も珍しくない。
そういった者と一緒に居る為にはどうするか。
功績をもって貴族となる方法。だがこれには大きな功績が必要だ。イズミなら可能かも知れないが、その機会がいつ訪れるのかも分からない。
ならば何処かの高位貴族の分家の養子にしていまい、そこから功績を重ね実績を積み周囲を納得させていくか。
他にも方法はあるかもしれないと色々と黒そうな手段を候補に挙げるあたり、ただのお嬢様ではないという証拠だろう。
イズミとの結婚が無理だと跳ね除ける前に、どうしたら一緒に居られるかという思考に真っ先に向いている事に本人は気がついていない。
そして何よりも気になる事がある。
イズミ本人が出自を語らないので彼が貴族階級に近いという可能性も捨ててはいないが、それよりも重要な事だ。
「確かに身分となると問題になるかもしれません。畏れ多いというか……」
「……どういう事ニャ?」
イズミの身分が平民の場合、貴族との結婚は問題しかないだろう。
しかしリアの言い回しは自分のほうが身分が低いと言っているように聞こえる。
「この間、イズミさんに聞かれたんです。この国での竜の扱いはどうなっているのかと」
「ニャ、それが……?」
「下位の竜種は強大な魔獣のような扱いですが高位の竜になるとそうではありません。中には神格化されたような古龍種のような方々もいます。そしてその関係者、つまり眷属と呼ばれる存在は調停者として、その方々の代理人のような側面を持っているとお教えしたのです」
そこまで聞いても、まだどういう事かという疑問が払拭出来ないでいる一同は、続きを促すように口を挟まずに耳を傾けている。
「……ですが、それを聞いた時にイズミさんが、ほんの一瞬、表情を変えたのです。とても嫌そうな表情に」
「それは、また……」
バカ正直というか何というか。
イズミらしからぬミスだと全員が思ったが、龍関係で余程の事があったのか。
いや、そもそもそれだけでは龍の関係者だと断言は出来ないのだが、何故リアが断定したように語るのか。
「もちろん、それだけでは断言できません。イズミさんの性格からしたら第三者的に『わざわざ面倒な事を背負い込むとは物好きな』という考えが表情に出ただけかもしれません。しかし普通なら『そうなのか』で済む話なんです。それに幻想の雫の事もあります。あれが登場する場合、その多くが古龍種の方々とセットで出てくるのです」
名前だけは聞いた事があった幻想の雫。
古文書にどう書かれているのかは、知る者のほうが少ない。
たまたまリアが知っていたというのも説得力に欠けるが、そこは敢えて誰も突っ込まない。
当事者の筆頭たるイズミが気にしないのであれば、それはそれで正解なのだ。
「イズミさん本人か、或いはお師匠様と呼ばれる方が関係者なのか。いずれにしろイズミさんは簡単には認めないでしょうが、私はそう考えたのです」
「ドラゴンに遭いに行くと言ったのは竜種の討伐ではなく、古龍との会見……?」
「その可能性があるのは否定できないかと」
カイナの独り言のような呟きに頷きつつそう返すリア。
ならばと連想されたものが間違いではないのでは、と再度カイナが言葉を口にする。
「……もしかして異相結界って、そのために?」
「過剰なまでの防御力を考えたらそれが妥当。『これが無いとどうにもならん』って言ってた」
ウルの言葉がダメ押しになったのか、皆「うーん」と、うなるような声しか出していない。
イズミはおそらく教えるつもりはないのだろう。そのつもりがあるなら既に話していてもいいはずである。
「そこの辺りどうなんですかラキちゃん」
ふいにイルサーナに話を振られ、「えっ、こっちにきた!?」と云わんばかりにビクッと身体が反応してしまうラキ。
白のトクサルテのメンバーの方へと視線を向けたかと思うと、冷や汗をダラダラと垂らしているような幻視が見える。
しばらく首の向きが固定されていたが、顔を逸らし再度振り向くと。
「うぉん!」
満面の笑顔を貼り付けて「わかんない!」と開き直ったような態度だ。
「なんでしょうね、この人間みたいな反応は……。今、明らかに誤魔化しましたよね……? ラキちゃんが人間の言葉を理解しているならある程度事情も知っているはずだと、ダメもとで聞いたのに違う種類の反応が返ってきましたよ……」
どう考えてもこの反応だけで充分な気がする。
それはイルサーナだけじゃなく、ここにいる皆の一致した見解だ。
「とはいえここまで来ると私達とは住む世界が違い過ぎて、どうしたらいいかなんてさっぱりなんですよねえ……」
「まあ言わないっていうのなら何か理由があるのかも知れないし」
「カイナ、カイナ。イズミンは面倒くさいってだけでも言わない」
「そうだった……ウルの言う通りだった……」
「んニャー。でももし調停者だったならリアが気後れするのも分かるニャ。国どころか世界にさえ縛られないって伝承があるくらいだニャ。ある意味では貴族や王族よりも上位に君臨しているようなものだからニャー」
「実際の所、現状でもイズミさんを縛るのって難しいような気がしますよね」
「イズミンの場合、調停者の立場にさえ縛られないと思う。事実、好き勝手やってる」
キアラがリアの気にしている部分を捕捉するかのように言葉にして納得の表情を見せると、トーリィの確信を突き過ぎた内容の台詞に、ウルが更に容赦のない事を言い放つ。
「「「まあ、ね……」」」
薄々、皆が思っていただけに反論の余地がないのだ。
とても何かの使命を帯びているとは思えない、行き当たりばったりの行動が多いように思えてならない。
今も上空をあっちこっち飛び回って何かを狩っているが、自由過ぎるだろうと突っ込みたくなってしまうのだ。
道中の安全確保のためと分かってはいるが、それでもやり過ぎ感が拭えない。
獲物を感知した次の瞬間には、ほんの一瞬増大させた魔力で事を終わらせているのが移動中のメンバーにも分かった。
何をどうすれば「こんにちは、死ね」を実践出来ると言うのか。
どうやら倒した端からリナリーとサイールーに回収させているらしい。
ちなみに妖精二人の今現在の姿はそれぞれ白と黒のフクロウ。
「龍の関係者かどうかは気が向けば話してくれるでしょう。嫌そうな顔をしたくらいですから調停者のほうは絶対に認めないと思いますけどねー。とにかく、それで今すぐ何かが変わる訳じゃありません。今まで通りイズミさんのやりたい事にとことん付き合いましょう。で、隙を見て搾り取るのです!」
「やりたい事の意味が違って聞こえるニャー」
相変わらずイルサーナの本気かどうか分からない下品なオチに、キアラがいつもの事だと手馴れた突っ込みを入れる。
なんとなくリアの気持ちや、ここにいるメンバーの思う所が、うやむやになってしまった感もあるが今は答えを急がなくてもいいという事になったようだ。
何かが始まる。いや出合った時から既に始まっている。そう密かに確信し、まだ見ぬ何かに胸が躍るのを抑えられない。
その第一歩というわけでもないが、まずは目前の問題を解決する事を決意する一同だった。
~~~~
よしよし。
キャスロはちゃんと機能しているようだな。
昨日、一日かけて様子をみたが、どうやらそこまでする必要はなかったかも。
サイールーが大丈夫だと太鼓判を押したくらいだから、正規品と遜色のない仕上がりのはずだ。
「さて、そろそろ森の出口だから皆と合流するぞー」
『りょうか~い』
『ホーゥ』
共鳴晶石からの応答が若干おかしい。
別に今はフクロウになりきる必要はないだろうサイールー。
まあ本人が楽しんでいるみたいだからいいんだけど。
気の抜ける遣り取りはさて置き。
昨日はキャスロの結果待ちだけで過ごしたわけではない。
それなりに街への移動準備というか、そんな事をしてたわけだ。
まずは一着しかないリアの着る物をどうにかしようと思っていたが、これが上手い事いかなかった。
というより時間が足りなかった。
思いつきのネタではあるが、リアの服はオリハルコンの繊維で作ろうと思っていたのだ。
しかしながらデザインや採寸の問題で、オレがやるのはどうなんだという事になった。
じゃあというわけで、その辺りは女性陣にまかせたのだが、布地が用意出来ていない上に加工はどうするのかという問題が出てきた。
「……面白い発想ですが、コレどうやって切るんです……?」
オリハルコン製の素材を見てイルサーナが漏らした一言。
繊維自体はオレが魔力で加工して用意したのだが、これが難物だった。
さすがに触れただけで切れるというほどではないが、繊維と言えるくらいに細くしたので下手な扱いだと指が落ちかねない。
そして普通の裁断や裁縫道具では歯が立たない。
何しろキアラのナイフで切ろうとして、ナイフの刃先が欠けたのではなく切れてしまったくらいだ。
またそういった作業の際に保持するための道具も必要に迫られた。
手に持ってナイフでオリハルコンの糸の切断などしようものなら最初に手が切れてしまう。
試し切りした時は硬い事に定評のあるスタッドクロムのインゴットに両端を巻き付けて切るという回りくどい事をせざるを得なかったのだ。
「軟化の付与と虎の子の素材で作ったハサミや針が必要だな……」
繊維を寄り合わせて糸にするまでは良かったが、尋常ではないくらい加工に不向きになってしまった。
その解決策として軟化魔法の付与で布地の状態には出来るだろうとサイールーからのアドバイス。
この軟化の魔法。最初は何に使うんだと思っていた魔法だが、オリハルコンとは非常に相性がいいらしい。
理屈は良く分からないが、オリハルコンに使用すると強度はそのままに細くなればなるほど柔らかくしなやかになるそうなのだ。
ここまでやればあとは取り扱いを慎重にすれば何とかなるだろう。
普通の糸だって間違って指を切る事だってあるんだから、それよりも少しばかり気を使えばいいのだ。
ちなみに特定の魔法金属を極限まで軟化させると液体金属が出来上がる。それを聞いて、メタルス○イムみたいなゴーレムを造ろうかなとポロッと漏らしたら皆から大反対されてしまった。
どうも怖すぎるらしい。
うーん。これはイメージの差かなあ。
詳しく聞かなかったが、こっちの人は金属っぽいものが、ぬらぬら動くのがあまり好きじゃないようだ。
あとはハサミと針。
これは神樹を圧縮加工して造るしかないというわけだ。
妖精の里には神樹製の小型の刃物はいくつか渡してあるが、人間用のヤツはなかったからな。
オレはだいたい神樹製の刀かデザインナイフで済ませる事が多いので。
「これってイズミの持ってる剣と同じ素材かニャ?」
オレの刀を見たことのあるキアラが、目の前にあるハサミが同素材であることに気が付く。
極彩色なのか黒いのか訳の分からない『見た目がうるさい』と表現できそうな刃物だからすぐ分かるよな。
「当たり。これならどんな素材の布地だろうと加工できるはず。武器として使えない事もないけど、今更得物を変えるのも連携に支障が出る可能性が高いからオススメはしないな。まあ解体にはかなり便利かもしれないがね」
「本当に見たこともないものが次から次へと出てくる」
ウルの言葉にビックリまなこでコクコクと頷くリアの表情に、『ああ、一度も見せてなかったか』と今更ながら気付く。
キアラとトーリィ以外のメンバーもリアと同様に興味津々といった様子だったので、これは一度見せないと収まらないかなと思い、軽いデモンストレーションをする事に。
「一応ながら、コレがオレの本命の武器になるか」
鞘型の無限収納から刀を抜く。
あまりに短い鞘を見て最初は訝しんでいたメンバーも、抜かれた刀を眼にすると言葉を失っていた。
「鞘を無限収納にするなんて贅沢すぎませんか……?」
「苦肉の策だよイルサーナ。普通の素材ややり方だと鞘が切れて危ない」
コイツは何を言ってるんだとみんなの表情が物語っているが、そうなんだから仕方ない。
証拠として岩に刃先から落とすと、抵抗なく鍔元まで刺さった。
「「「「ッ!?」」」」
「とまあ、こういうわけだ。下手な鞘なんかに入れておくと足が失くなりかねん」
「……本当にイズミンといるとビックリする事だらけね……」
「カイナも同じ素材の武器を使ってみるか?」
「すごく迷う申し出だけど、見た目が……」
あれえ? 見た目の話?
確かに刀身が切れ味に比例するくらい、すごい事にはなってるけど。
「っていうのは冗談で。そこまで図々しくなれるほど神経太くないってば。それにそこまで急激に切れ味が変わると、戦い方の修正が容易じゃないかなって」
さすがだな。
格下ならそれほど問題にならないかも知れないが、強さが同等か格上になると意外な落とし穴がありそうだと本能的に感じているようだ。
それに白のトクサルテの面子とトーリィは、際限なく相手から何かを貰う事を良しとしないだろうとは思っていたが。
「確かに切れ過ぎる事を利用してくる相手はいるからな。こんな風に」
手に持った木材でゆっくりと実演してみる。
真横に握った木材に斜めに刃を入れ、途中で横に動かす。
抜け際では意図した所に刃が抜けていないのを分かり易く示してみたのだ。
オレが実際に黒曜竜にやられた事だ。
これによって大きく体勢を崩された。
「想像つかない次元の攻防だけど……実感が篭ってる所を見ると実際にいたんだよね?」
「まあ、な」
肩を竦めて肯定するが、カイナとキアラとトーリィ以外は剣を扱わないので何となくといった理解に留まっているようだ。
「そうは言ってもナイフくらいなら日常生活では役に立つぞ。それに絶対に必要になる加工素材もあるからな」
「金属以外でそんな素材があるとは想像出来ないんですけど……」
「オリハルコンが金属だからイルサーナがそう思うのも無理ないか。っていうか忘れてるかも知れないけど、コレだよコレ」
赤い卵ほどの大きさの結晶を見せて言うも、みんな首を捻っている。
黒曜竜の内側の結晶、万象石だ。
共鳴晶石の材料。
「共鳴晶石を渡すって言ったろ。それの分割加工に必要なんだよ」
みんなが「えッ!?」という表情で赤い結晶を見る。
これがそうだとは思わなかったと。
あれ? リアだけは「えっ? えっ? ユニゾン・クォーツ?」とものすごい動揺してるのが分かったが言ってなかったっけ?
「造り方は簡単。この万象石を限界まで振動させる事で共鳴晶石の出来上がり」
「ホントに料理を作るみたいに説明したニャ……。ってちょっと待つのニャ。今、万象石って言わなかったかニャッ!?」
「たぶんそう。オレも良く分かってないけどな」
「「「「……」」」」
うん。なんだろうこの感じ。
色々と諦めてるのが伝わってきた。
まあいいや。説明がまだ終わってない。
「で、最後にこれを分割すると、その結晶間で遠距離の会話が可能になる。具体的な使用例だと――」
ここでオレの把握している使用方法を説明。
四人同時に会話したい場合は四分割。要は同時使用の人数分に切り分ける。
一度、振動させて完成させてしまうと修正が効かないので、あらかじめ使う分だけの大きさを加工前に切り分けておく事。
切り分けた後の結晶がどの程度の大きさまで機能するかは、とりあえず確認した砂粒くらいの大きさまでは問題ない事。
余計な助言かもしれないが、イヤリングなんかに加工するといいのではと提案もしてみた。
「ウルなら振動で完成させられるだろ?」
「問題ない。振動を訓練したのってこれのためだったのが良く分かった」
「そういう事。あとはトーリィには完成品のほうがいいだろうな。予備の未加工とは別に加工済みは何分割がいい?」
「いいのですか?」
「冒険者とは事情が違うだろ?」
「そう、ですね……五分割なら問題ないかと」
「了解」
要望を聞いたので早速、加工する。
最終的な一個の大きさは、オレのプレートに付いていたものと同程度の大きさでいいらしい。
トーリィに渡す万象石のトータルの量は白のトクサルテに渡したものの半分程度の大きさだったが、それでも貰い過ぎでは? などと渋っていた。
完成の目安である、割れるような音。
その後に五分割して完成だ。
「野菜でも切ってるみたいに完成させましたねえ……」
スタッドクロムのインゴットの上で神樹の刀を使い切り分けたが、自分でもそう思った。
それをトーリィに渡すと「ありがとうございます」と笑顔で礼を言われた。
「新規に加工したいとなったらオレかウルに頼めば問題ないだろう。それか新たに専用の魔法具を作るか。振動魔法自体は単純な魔法だから不可能じゃないはず。あとは切り分け用のナイフも当然渡しておく」
トーリィにナイフを渡さないんじゃ不公平になっちゃうからな。
日常生活でも大いに役立てて欲しい。
「リアはどうする?」
「え、あの……いいんですか?」
「ああ」
「でしたら後でも構いませんか? あ、いえ! 二つでお願いしても宜しいでしょうか……?」
実物を使ってみたいという好奇心でとりあえず一対欲しいというわけだな。
「必要な数がはっきりしてないしな。それとは別に、リアにはオレと対で渡すつもりだったから本命の分は後でも問題ないぞ」
えーっと。リアの顔が急に赤くなったけど、オレ何かまずい事言ったかな?
ほかの皆は何故か「ほう……」と感心してるような訳のわからん反応だ。
オレだけが分かってないとかないよな?
気になるが後回しで……いいのか? いいか。
「とまあ、こんな感じで切れる刃物が加工に必要なんだよ。というわけでリアの服の加工を頼むぞ。ハサミと針があればなんとかなるはず」
「なんだかんだで問題がなくなりましたねえ」
主に担当するイルサーナが呆れたように感心した。
実際に完成するまでは何とも言えんけどな。
これを橋頭堡に、かの有名なオリハルコン製強化服をなんて考えたけど難しいかなあ。
と、昨日の流れを思い返してみたワケだが。
さて、そろそろ街に入るという事で休憩がてら、いろいろと最終確認といこうか。
ちょこっと難産でした(´・ω・`)
モンハンのせいではないはず……




