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第十七話 問題の内容が問題だ

 

 いやいやいや、オレの役目はリナリーを届ければ終わりだったはず!

 違うの?

 ウソだと言ってよ!


 と言いたいくらいだが、それ程ショックは受けてない自分がいる。

 なんとなーくだけど、その気配は感じてた。

 などと負け惜しみっぽい事を言ってみる。


「なんじゃ本人は何も知らずにこちらに来たのか?」


 オレがリナリーをジッと問い詰めるかのように見ているその様子で、何かを察したようだ。


「ええ、何も聞かされてませんね……。ここには魔力の外部補給要員として同行したつもりでした」


 リナリーを見ながら、オレの認識を説明した。 

 当のリナリーは「何そのらしくない言葉使いは」などと言いながら手を後ろに回してお尻のあたりで組んで、オレから距離を取りつつ、ふよふよと浮遊している。

 逸らした顔には「わたしのせいじゃないもん」とハッキリと出ている。


「ほっほ、そんなに畏まった言葉遣いはしなくてもよいぞ。もっと楽に、普段通りでな」


「あー、じゃあ、お言葉に甘えて。オレはイズミ。じいちゃんは? 見た感じ、妖精の魔法使い?」


「リナリーから名前は聞いておった。別に魔法使いというわけではないぞい。ズカというただの爺じゃ。この格好も年のいった妖精フェア・ルーが良く着るものじゃよ」


 杖をユラユラと振って、服をパタパタと叩きながら言うその姿がどこかコミカルで和む。


「一応、長老衆のまとめ役みたいな事をやらせてもらっておるのう」


 立場も含め自己紹介の済んだ長老――ズカ爺でいいかな?――に、これは色々と聞かなきゃいかんな。

 当然、どういうことなのかリナリーにも聞き取り調査が必要だけど。


「まとめ役って事は今回の問題に対しての責任者みたいな立場がズカ爺ってこと?」


「イズミらしいけど、いきなりその呼び方って」


「ほ、良い良い、気にするでない。久方ぶりにそんな砕けた呼び方をされたのう。そうじゃ、情報はわしの所に集まるようになっておるな」


「そこで、なんでオレの名前が出てきたんだ? リナリーは、いつその話を聞いた? だいたい出処は分かるけど。それに、よく考えればオレはこの里で起こってる問題の内容を全く聞いてないぞ」


 ズカ爺の話をきっかけにまくし立てる。対象はリナリーだ。


「その事も含め、説明せねばならんようじゃな。どちらかというとおぬしの参加はイレギュラーに近い」


 と思ったらズカ爺が続ける。


「というと? 最初はオレの役割はホントに外部補給だけだった?」


「そうじゃ。現在この里が陥っている状況というのが、地脈の流れの乱れによってこの土地の力が失われつつあるという事じゃ。対処療法的に魔石の魔力や我等の魔力を使い、何とかやり過ごしていたが、それも徐々に追いつかなくなってくることが予想されての」


「そこで私が、イグニス様に対応策も含め、色々お聞きする為に神域まで出向いたの」


「うむ。リナリーが出発した時点のままの状態を維持出来ていれば、イグニス様の策である地脈の流路固定と強化の陣でなんとかなったはずなのじゃが、この20日あまりで、それだけでは改善しない可能性が出てきてのう」


 そうか、リナリーがこの里を出発して6日×3とプラスαで、既にそれだけの時間が経過しているのか。


「その対応策がオレ?」


「そうなるのう。どうやらイグニス様はこうなる事を予見しておったようじゃな」


「そうですね、私が聞いた予想の中に今の状況に当てはまるものがありました」


「やはり、さすがじゃのう。その予想の中で確率が高いものに即応可能な手段を用意する、二段構えだったというわけじゃな」


「話を聞く限りだと確かにオレの役割変更はホントに予定外みたいだな……。でもそういう事なら、あらかじめ言っておいてくれればよかったのにな、イグニスも」


「その辺りは、詳しい原因が不明な事と、不測の事態への対処なんかを経験しておくべきって事だったみたいよ。不確かな事は敢えて言う必要はないって」


「オレへの課題も兼ねるのはいいけど、このタイミングってどうなんだ」


「そこの所はわしにはなんとも言えぬが。妖精フェア・ルーには出来ない事が、お前さんには出来るという事を見越して、という事なんじゃろうな」


「なんか、荒事の匂いがしてきたな……」


 地脈、龍脈、レイライン、何がしかの力の流れをそう呼ぶ事がある。

 地球でもそういった概念があるのは知っていた。

 物語の中にも頻繁に登場し、重要なファクターとして扱われていたりするものだ。

 地球では確定したものとして観測はされていない龍脈。しかし、このルテティアでは現実のものとして存在する世界を構成する要素だ。


 ここから半日ほど東に歩いた山の麓にある龍脈に異常が見つかった。

 本来ならばその地点からこの里までは直通の龍脈が走っていたが、いつのまにか分岐点が生成されてしまい、里への流入量が減少してしまった。

 日常生活を送る上で異常が現れたのが約2ヶ月前。

 草木の力が衰え、魔力の濃度も変化した。

 魔力の濃度と密接な関係がある龍脈。

 それが弱まれば当然ながら魔力も薄くなる。

 妖精フェア・ルー達自身は様々な回復手段を持っているので、まだいい。

 しかし草木、特に中心部の巨木にとってはかなりの痛手だったようだ。


 里の妖精が総出で自分たちの魔力と魔石の魔力を使い、中心の巨木『樹園木ガーデンプランツ』への魔力の補給と、龍脈の力の拡散の調整。一時しのぎではあるが、里の周辺に拡散していた龍脈の流れを里の中心部へ重点的に流れるようにした。

 それと平行して原因の調査をしていたようだ。


 調査の結果、龍脈の分岐点からそれほど離れていない地下に、原因になる何かがあるという事が分かったらしい。


「お前さんに依頼したいのは、更に詳しい調査と、必要ならばその原因の排除じゃな。正直わしらではこれ以上の調査は難しい。樹園木ガーデンプランツに人手を取られているという事もあるが、原因の地点に近づくのがわしら妖精フェア・ルーでは厳しいようなのじゃ」


「厳しい?」


「生物か非生物かは分からぬが、そこから発生している魔力がわしらを拒絶するような質のものなのじゃよ。近づくと著しく動きが阻害される。仮に戦う必要がある場合に、それでは危険すぎる」


「確かに。状況としては結構行き詰ってたんだな……」


 妖精フェア・ルーたちも、自ら戦う事がある。

 その保有する魔力を生かした、魔法に特化した戦い方になる。

 そして肉体的にあまり強靭とは言えない為、自ずと遠距離、回避優先の完全に後衛職の戦い方だ。

 しかし今回の件では、その機動性を活かした戦いが出来ない。

 何らかの攻撃を受けた場合、回避が間に合わなければ即座に致命傷に成りかねない。

 そうした懸念から、原因の調査も深く突っ込んで行えなかったようだ。


「なんの関係もないお前さんに、いきなりこんな事を頼むのは虫が良すぎるというのは分かっている。しかし、頼らせてはくれんかのう」


「それは全然構わないけどさ。合理的な判断だと思う。使えるものは親でも使えって言うし」


 積極的に断る理由がないのも確かだ。

 オレはこの世界で色々なモノを見て、経験をしたいと思ってる。

 日本にいては絶対に出来ない体験ならば尚更だ。

 それに、何かの手助けになるならオレがこの世界に来たのも意味があるというものだろう。


「本当に断らないのじゃな」


「ん? 何が?」


 ズカ爺の言葉に事前に何かを言われたのが分かったオレはリナリーに向き直る。


「イグニス様がね、真剣に頼めばイズミは絶対に断らないって」


「お見通しか……信用されてるのか、読みやすいと思われてるのか微妙だけど」


「ほっほ、信用されておるのじゃよ」


「どうなんだろうなー、記憶を全部読まれてるから行動も読まれてるだけだと思うけどね」


 ある意味、それも信用と言えなくもないけど。


「なんと、記憶を全部じゃと?」


 リナリーも「えっ、そうなの?」と驚いている。

 あれ、聞いてなかったのか?


「ま、成り行きでね。それが一番手っ取り早かったし」


「手っ取り早いという理由で記憶を差し出すお前さんにも驚くが、イグニス様が記憶を読み取る事をなさったのが驚きじゃ。わしの知る限りでもここ数百年は、イグニス様が記憶を全て読み取った者などおらんかったはずじゃ。余程気に入られたのじゃな」


「イグニスは面白がってただけだと思う」


 だってオレの記憶で随分お楽しみだよ?


「それより、じいちゃんはオレの事あんまり警戒してないみたいだけど、なんでだ? 里の妖精達はかなり警戒してたのに」


「なあに、理由は単純じゃよ。里で一番気難しいこの娘がこれだけ懐いてるおるからのう」


「だ、誰が懐いてるんですか!」


「ほっほっほ、そこまで顔を赤くせんでも良かろうに。イグニス様とラキ殿の接し方で判断したのじゃろう?」


「うっ、そうですけど……」


「変な所で真面目じゃのう。それはそれとして、まあ、リナリーを信用してという事になるが、わしもお前さんの事を警戒する必要がないという事になったわけじゃな」


「ふーむ、なるほどね。リナリーは気難しいのか」


「納得するところが違う!」


「そうなのか?」


「ほっほっほ」


 まあ、分かってはいるんだけどね。

 なんとなく、からかいたくなったんだよ。


「ところで、その原因の地点に何があるのか分かってないみたいだけど、予測とか可能性として考えられるものは何がある? 先入観を持つのが危険なら敢えて言う必要はないけど、そこの所どんな感じ?」


「可能性があり過ぎて断定するのが難しいのう。鉱物、植物、動物と、何が原因であってもおかしくはないのじゃ。魔力というのは何にでも作用するからのう」


「うーん、やっぱりそうなるか。それを調べるためにオレがやる事になったんだしなー。早めに行動したほうが良さそうだ」


「すまんの。しかしもうじき陽が落ちる。今日の所は身体を休めて明日から動くほうがが良いと思うのじゃが、どうじゃな? 明日になれば案内の者も手配出来るしのう」


「じゃあ、そうさせてもらおうかな。さっき到着して今からってんじゃ、いかにもバタバタしてて準備不足だし」


「では夕食をすぐに用意しよう。それまでリナリーよ、案内を頼めるかの?」


「分かりました」


 ズカ爺の言葉ににリナリーが頷き、オレに着いて来るように促す。

 ラキと共に、来た通路をリナリーの案内でしばらく戻ると、来るときは気が付かなかった別の通路に通される。ほどなくして目的の場所に到着したようで


「ここを自由に使っていいって」


 目の前の植物に覆われた緑の壁に近づくと入り口が開いた。


「すげえな……自動ドアか」


「イズミのいた所にも似たような物があるの?」


「そうだな、機能としては、ほぼ同じものがあったな」


「魔力がない世界なのに、そっちのほうが不思議よね」


「こういうのが普通にある感覚からすると確かに不思議かもなー。で、今日はこの部屋に泊まるって事でいいのか?」


「しっかり身体を休めて欲しいってことみたい。一応人間に合わせた設備もそろってる部屋だしね」


「人間用って何かあったっけ?」


「ほ、ほら、人間だって必要なものいっぱいあるでしょ?」


 何か言葉を濁してるみたいだけど、なんだろう。

 食べる、寝る以外に必要な設備って言うと、後は風呂と……あっ!


「ウン○か!」


「はっきり言うなーっ!」


 うおっ、水の弾が飛んできたぞ!


「リナリーは――」


「聞くなーっ!!」


 さっきよりデカいのが飛んできた!

 当然の事ながらヒラリとかわす。


「よけるなっ!!」


「当たると痛そうだからなあ」


 連続で顔を狙ってくるけど全部避けている。

 数秒間の水弾の乱射で、当たらないと悟ったのか


「……そうよね、ラキちゃんと同じ速さなんだから当たるワケないのよね……」


 若干、肩で息をしながら、うな垂れている。

 それにしても随分と子供っぽいというか、可愛い反応だな。

 この反応からすると……って、これ以上はセクハラになるからやめとこうか。

 まあ、既にセクハラをかました後のような気もするけど、そこは気にしない。


「設備も揃ってて快適でいい部屋だよなここ」


「……そ、そうね」


 脱力してるリナリーはさておき、部屋を見回しての感想だが、これといったマイナス要素がほとんどない。

 壁に植物が多い気がするけど、床は継ぎ目のない板張りのような床で手入れも行き届いているように見える。

 人間用と言うだけあってベッドのような物も設置されていた。

 野宿同然の生活をしていたのだから、それに比べれば至れり尽くせりだ。


 ま、さっきので水浸しなんだけどねー。

 ちなみにラキの顔もビショビショだ。

 丁度オレの後ろに居たのだが、自分に向かって飛んできた水弾をバッシャバッシャと口で受け止めて飲んでいたようだ。何してるの。






 ~~~~






 食事の用意が整ったという事で指定された場所に向かう。

 樹園木ガーデンプランツの目の前にある小さな広場のような場所だ。


「来たぞー、じいちゃん」


「待たせたのう。たいしたものは用意出来なんだが、遠慮せずに食うてくれ」


 用意された食事は果物と野菜が調理されたメニューだった。

 何かの葉の上に並べられていたが、かなりの量だ。

 ズカ爺以外の準備をしてくれたと思われる妖精達は少し遠巻きにこちらをうかがっている。

 若干、居心地としては微妙な空気の中で食べた食事だったが実にうまかった。

 果物も、見たことがない種類のものだったが、口当たりのいいさっぱりした甘さで、食感もシャキっとしたものでいくらでも食べられそうな物だった。

 野菜だと思ったものは案の定、肉の味がするものも混じってたが独特の風味の効いた火の通った、要するに肉野菜炒めも、いい味だった。

 神域で食べた物とはまた違った味が楽しめたのは良かった。


 ラキもそれなりに楽しんでいるようで、野菜炒めを食べ終わったあとは果物をリナリーに投げてもらい、それをキャッチ食いする、少し行儀の悪そうな食べ方で自分なりに味わっていたようだ。

 肉じゃなくても好き嫌いしないのはいい事だよな。

 そういえばリナリー達、妖精は肉とか食べないんだろうか。


「なあ、じいちゃん」


「ん、なんじゃ? 口にあわなんだかのう」


「いや、すげえ美味かった。そうじゃなくて、妖精フェア・ルーは肉とかは食べないのか?」


「食べん事もないが、なかなかそんな大物は狩れんからのう。効率と手間を考えると滅多に食べる機会はない食材じゃな」


 どうも効率というのは魔力の変換効率のことらしい。

 簡単に狩れる動物の肉は効率がそれほど良くはなく、今食べたような植物系の食材より変換効率の良い動物となるとかなりの大物を狩る必要がある。

 今の里の状況ではその狩りに人手を割くことが出来ず獲物を得る事が出来ないそうだ。

 元々、その狩りの目的が戦闘訓練の意味合いが大きい事が、現状での優先順位が下がっている原因でもあるらしい。

 そして里の中である程度まかなえてしまっているのも頻繁に狩りをしない理由でもあるようだ。


「戦う事そのものがあまり好きではないというのもあるからのう」


「あれば食べない事もないって事か。じゃあこれとかって――」


 食材の足しになるものがあるかもと思い、そのまま持ってきた背負い袋の中から無限収納エンドレッサーを取り出す。

 そして少し移動して手を突っ込んである物を取り出した。


「――食べる? 確かドルーボアって言ってたよなリナリー」


 取り出したのは昨日の狩りで仕留めたバビルサもどきで一番小さな個体だ。


「そんなの持ってきてたの!?」


「リナリーと会った時に狩りをしてたって言ったろ? その時の獲物だよ」


「た、確かにそんな事言ってたけど……狩る前に私を助けてくれたんだと思ってた」


「おお……これは見事じゃの。これはお前さんが狩ったのかの?」


 ドルーボアの周囲を飛んでいるズカ爺が目を丸くして唸っている。遠巻きに見ていた妖精達も驚いているようだ。

 確かに妖精から見たら相当デカイしな。


「ラキと一緒に昨日か。どっちが多く狩れるか競争してたんだけど、どっちが勝ったっけ?」


「ウォンッ!」


 わかんない! って言ってるような気がする。

 表情を見て、なんとなくなんだけど。


「だよな。二人で50体近く狩ったけど結局判定しなかったもんな」


「そんなに狩ってたの? 半日って言ってなかった?」


「ラキ殿と同程度とは聞いておったが、実際にその強さの証拠を見ると驚くのう。普通人間がドルーボアを狩るには5,6人で組むのが当たり前で、一体狩るのでさえ半日かかるのもザラだと聞くが……それにしても……」


「いやー、負けそうだったから、かなり頑張った」


「二人で何してるの……」


 オレとラキを交互に見てリナリーが眉を寄せて呟いてる。なんか良く見るなこの表情。


 聞けば、妖精フェア・ルー達もドルーボアを狩ることもあるそうだが、人数と時間が必要なようだ。なんでもドルーボアは魔法に対して耐性が高いとか。その厚い毛皮が魔法と物理の両方で非常に高い防御力を有しているらしい。

 もともと物理攻撃の手段があまりない妖精族が討伐するには自然と大人数が必要になるようだ。


「ドルーボアの肉は味と魔力変換効率が非常に良いのじゃが、狩りに必要な人数が枷になっての。なかなか食す機会が無かったのじゃよ」


「そっか、なら良かった。解体はしてないけど、このままで?」


「問題ないぞい。解体のほうは大丈夫じゃ。正直このタイミングでこの差し入れは非常にあり難い」


「あ、そうなの? まだあるけど」


「いやいや、この大きさの物を幾つも出されても解体が追いつかんでな。気持ちだけもらっておこう」


「もし必要なら言ってくれれば出すから」


「うむ。そうなったら頼むとしよう。しかし何故急にドルーボアの肉などと言い出したのじゃ?」


「何の手土産も無いのがちょっと気が引けたのと、あとは能力の証明として、かな。リナリーにオレがどの程度やれるか聞いてたみたいだから、合わせて参考になればと思ったんだけどね。一応こんなのも狩れますよって感じで。でも良く考えたらドルーボアじゃ証明にはならなかったなー」


 考えが至らなかったコトを頭の後ろをかきながら正直に述べる。

 全力で狩った獲物ならそこそこ参考になったかもしれないけど、リハビリがてらだったからな。


「いや、充分に証明されとるぞ。リナリーに聞いた模擬戦の様子と目の前にあるドルーボア。普通の刃物では傷つける事さえ出来んドルーボアの毛皮が、恐ろしく鋭利な物で斬られている。武器にしろ魔法にしろ、どちらにせよ尋常ではない。そして無限収納エンドレッサーを見ればイヤでもわかる」


無限収納エンドレッサーを?」


「そうじゃ。こう見えてもわしは魔力を読むのが得意での。その無限収納エンドレッサーに込められた、おおよその魔力量が分かるのじゃよ。そしてその魔力の質がお前さんの魔力と同質だという事もな」


「ああ、それでか」


「と、まあそういう能力を持っておるのじゃ。そのおかげで、まとめ役などという事をやらせてもらっておるがの」


「なるほどね、ただの『気のイイじいちゃん』じゃなかったわけか」


「ほっほ、そういう事じゃな」


 ついでに言えば、見事と言ったのは切り口を見ての事だったらしい。そして遠巻きに見ていた妖精達が驚いていたのは、大きさもそうだが、ドルーボアを提供した事に驚いていたそうだ。普通このランクの獲物は、そうホイホイと他人には譲らないとも言われた。

 と言っても、オレにはそのランクというのが分からないからなあ。

 それに一番小さいし。

 そこでちょっと閃いた。どうせ同じ解体して食べるなら大きいほうがいいはず。そう思って一番大きいドルーボアに交換したら


「……穴だらけじゃの。どうすればこんな有様になるのじゃ……」


 と若干困惑気味に聞かれたので、石を投げて仕留めた固体だと言ったら、何故か微妙な表情で見返された。


「石のみでこの大きさをか……、リナリーの気持ちが少し分かったぞい。常識という枠がないのじゃな」


 リナリーとラキが一緒に頷いている。

 ええー、心外。

 っていうかラキはこっち側でしょうよ。





 提供して、すぐに始まったドルーボアの解体ショーが意外に興味深かった。

 無限収納エンドレッサーに入れたのが仕留めてすぐだったので、全く処理もされていなかったのだが、どこからともなく集まった妖精達によって、あっという間に解体されてしまった。

 この巨体では吊るすのも容易じゃないはず。心臓の止まった獲物の血抜きはどうするんだ、と思っていたら、そんな事はお構い無しに解体は進められた。

 石つぶてで開いた穴も利用していたが、風魔法で頭部を首から切り離し、その首から同じく風魔法で血を吸い出していた。おそらくだが水属性の魔法も使って流体操作もしていたように思う。

 毛皮も綺麗に剥ぎ取られ、内臓も取り除かれて部位ごとに切り分けられていく。

 精肉業者も納得の手際だ。

 身体の小さい妖精がどうやって大きな獲物を解体するのか疑問だったが、魔法を使い倒すのが答えだった訳だ。

 オレ自身どうやって解体しようかなと思ってたから、かなり参考になった。

 

 先程ズカ爺の言った、解体が追いつかないと言ったのは魔力の消費的にってことらしい。

 今は他に魔力を使わなきゃいけないという事で、追加のドルーボアは断ったようだ。

 食糧消費的にはあと2、3体あっても1週間と経たないうちになくなるそうだ。

 どんだけ食うの。

 

 解体が終わり、切り分けられた肉はどこかへと運ばれていった。

 そういったものを保管する専用の場所があるのだろう。

 それを見送り、オレは食後の鍛錬のためにひとまずは食休み。


 すっかり日が暮れて深い蒼で空が包まれたが樹園木ガーデンプランツの周辺は淡い光りで包まれている。何が発光しているのかと目を凝らしてみれば、チューリップを逆さにしたような花が、さながらランプシェードのように内側の光りを透過させている。その花の中からは糸状の発光体が何本も伸び風に揺れる。まるでアクアリウムの中で照らし出されるクラゲのような花が、いたるところで咲いていた。

 そんな幻想的な光景を見れただけでも、ここに来て良かったと思ってしまうのは単純だろうか。


 食休みを終えて、いつものように武術の鍛錬で基本の型を繰り返す。

 ラキ以外誰もいなくなった樹園木ガーデンプランツの広場で、ハッ、フッ、と息を吐きながら動作に歪みや誤差が生じてないか確認しながらメニューを消化していく。


 伏せて目を閉じているラキの耳がピクリと動き、顔を上げる。


「それがお前さんの強さの源かの?」


 ズカ爺がフワリとラキの側に降り立ち、世間話でもするような感じで話しかけてきた。


「毎日やらないと落ち着かないだけだよ」


 型の動作を一通り終え、フーっと息を吐き姿勢と呼吸を整える。


「まるで道師タオマスターのような習慣病じゃな」


「イグニスにも似たような事言われたなー。っと、そういえばリナリーは?」


「皆に肉の事を伝えにいったぞい。その事でお前さんに改めて礼をと思ってのう」


「死蔵してるよりはいいと思ったからさ。それに解体の方法とか、かなり参考になった」


「ふむ、何かの役にたったのなら良かったわい」


 ニッと笑う顔は、いかにも人の良さそうなと表現するのがピッタリだろう。


 その後寝るまでの僅かな時間ではあるけど、帰って来たリナリーも交えて色々と他愛もない話をした。

 オレの使った簡易シャワー(魔法で水浴びをして乾燥)を見て「面白い事をするのう」と言われたり、オレがこの世界の人間じゃないという話を多少掘り下げてみたりと、そんな感じで時間が過ぎていった。


「じいちゃん、明日は朝一で行きたいけど、案内人は行ける?」


「あ、それも私が行く事にしたから。――いいですよね?」


 ズカ爺に確認するリナリーは、当然ダメとは言わないですよね?という雰囲気を漂わせている。


「それは構わんが、良いのかの? せっかく帰って来たのだから多少は里でゆっくりしていても良いのだぞ?」


「やっぱり私が一緒に行ったほうが色々と都合がいいと思うんですよ。イズミを野放しにするのも良くない気がしますし」


「ちょっと待て。リナリーの中でオレはどういう扱いになってるんだよ……」


「イグニス様がね、あまり目を離さないほうがいいって」


「そういう事か……何を吹き込んだイグニス」


 おおかた予想外の行動をするとかなんとか、無駄な事に労力を使うとか、そんな事だろう。


「……まあ、場所が分かるなら誰が案内人でも問題ない……のか?」


「じゃ、決まりね。起きて準備が出来次第向かいましょ」


「あ~、了解。ラキもそれでいいか?」


「ウォン!」


 大丈夫っ! って言ってるはず。

 なら大丈夫だな。そういう事にしておこう。


 明日の調査に向かう人員が半ば強引に決まり、この日は就寝となった。



 朝、何やら騒々しい物音で目が覚めた。

 昨日はほとんどしなかった高周波のような音が絶え間なく聞こえる。

 どうも広場のほうから聞こえてくるようだ。


「ん~、何かあったのかしら……」


「クゥン?」


 半分寝ぼけたような声で言うと、大きな花のベッドから身体を起こし伸びをしながら起き上がるリナリー。

 この音が原因かどうか分からないがラキはとっくに起きていたようだ。


「なんか騒がしいな。いつも朝はこんな感じか?」


「私が里を離れてる間に何か新しい習慣ができたのなら、それもあり得るけど……」


「その可能性は低そうだな。って事は何かあったのか?」


 誰に質問するわけでもないオレのセリフに、全員で顔を見合わせて、それが答えだと言わんばかりにすぐさま行動を開始した。

 素早く身支度を整え、広場に向かうと、昨日とは打って変わって妖精達が飛び回っている。

 ズカ爺のもとに入れ替わり立ち代り妖精達が何かを報告しているように見える。


「じいちゃん! どうしたんだコレは? 何かあったのか?」


「おお、イズミか! 今呼びに行かせようと思っていたところじゃ」


「その様子だと何か急変したとか?」


「そうじゃ。今朝方、いきなり龍脈の力の流れがほとんど途絶えてしまっての」


「それは……。かなりマズいんじゃないの?」


「うむ、相当マズい。樹園木ガーデンプランツがすぐにどうにかなるという事はないが、このままでは遠からず枯れてしまうじゃろう」


「なら、調査とか悠長な事言ってる場合じゃないな」


「どうするつもりじゃ?」


「排除する」


 きっぱりと言い切る。


「原因が何であれ穏便に済ませる方法があればと思ってたけど、どうもそんな段階は過ぎてるみたいだし躊躇するのは逆に危険だと思う」


「ううむ、やはりそれしかないかのう……」


 ズカ爺も排除は選択肢に入れていたはずだけど、なんだか奥歯に物がはさまったような言い方だ。

 そんなオレの内心が顔に出たのか、続くズカ爺の言葉は


「……何かイヤな予感がするのじゃよ」


 だった。



 ズカ爺の言葉に何かひっかかるものがあったが、とりあえず現場に行かなければ話にならない。

 という訳で朝食もそこそこに目的地に向けて出発した。

 無茶をするでないぞ、という声を背中に受け、ラキとリナリーとともに龍脈の分岐した先を目指す。


 森の中を疾走して、約一時間。

 目と鼻の先に目的地、と言う場所まで辿り着いた。

 切り立った崖に、縦に裂けた切れ目のような穴が半分地面に埋まったように開いている。


「あそこから入った先が龍脈の力が流れ込んでる場所のはずよ。でも……」


 そこで言葉を切り、再度絞り出すように言った。


「こんな魔力は報告にはなかったわ……。拒絶の魔力は変わらず混ざっているようだけど、なんなのコレ?」


 そう、今立っている入り口付近で感じる魔力はちょっと普通じゃない。

 叩きつけられる魔力が内臓まで圧迫してくるようだ。

 視覚的にではなく体感的に、黒く、熱い、という魔力は、今まで感じた事のあるどの魔力にもない特徴を持っていた。死を内包しているのではないかという程の嫌悪感を感じる魔力。


 こうなるとリナリーは連れて行けない。

 そのつもりだったのだが、押し問答の末に同行する事を押し切られてしまった。


 入り口から一歩進むごとに魔力が濃くなっていく。

 そう長くない時間、鍾乳洞のような通路を進んで行くと出口らしき所まできた。

 光りが差し込んでくる事で出口だろうとあたりをつけたが、正解だったようだ。

 そしてそこには天井もなく空が見えていた。

 しかし、周囲はオーバーハングした壁に囲まれ、まるで闘技場のような空間を形作っている。

 かろうじて、それだけは確認できたが、それ以外を観察することは、熱を持つような魔力とその存在感に邪魔をされた。


 ――中心から外れたやや奥まった場所にソレはいた。


「うそ……でしょ……」


 信じられないという感情を抑えきれずに漏れ出た言葉。

 


鉱石竜オーレスドラゴン……」


 リナリーの呟きが聞こえた。


 イヤな予感の正体とはこれの事か。






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