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二神の神託  作者: 柊屋葵
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謝罪と仲直り

 寮に戻った私達を、セオ様テオ様が迎えてくださいました。

「あー、おかえりー」

「仲直りできたー?」

 仲直り?

「いいから。 行くぞ」

「へ、あ」

 ユージィン様に手を引っ張られ、ずんずか歩く。

 後ろを見れば、アドル様に手を振られました。

 そのまま、四階の部屋へ。

 居間に連れ込まれて膝突き合わせてお話し合い、ですかぃ?

 とりあえず、謝りましょうそうしましょう。

 居間のソファに腰掛け、隣にユージィン様。

 何をどう切り出すべきか、迷ってらっしゃるんでしょう。

 口許に手を当て、半眼になって黙り込んでしまわれました。

「……っああ、もう!」

 いきなり声を荒げて髪を掻きむしると、じろっと一瞥をくださいます。

 一睨みされた程度では動じないなんて、私の神経も図太くなったもんですね。

「すまん、俺が調子に乗りすぎた!」

 ……へ?

 目の前に、ユージィン様のつむじ。

 ユージィン様が、私に。

 頭、下げてる?

 えええええ!?

「ユ、ユージィン様!?」

「正常な意識のない女の隙に付け込んで色々やらかした俺が、全面的に悪い! 貴族として男としてあるまじき振る舞いをここに謝罪し、貴女の許しを乞う! もちろん、俺の事を如何様にも罰してくれて構わない!」

 え、ぅえ、あぅ。

 ど、どうすればいいんですかねこんな時!?

 ……あ、簡単ですよ。

 私がユージィン様を許したいか、許したくないか。

 ユージィン様は私に許しを乞うているのですから、私が決断すべきはそれだけです。

「ユージィン様」

 ユージィン様が両の膝に置いている拳に私の両手を重ねると、ビクッと震えられました。

「謝罪を、お受けいたします」

 そうです、私は許したくないほどユージィン様に怒っているわけではないのです。

 以降はあんな行為を控えていただければ、文句はないのですよ。

 そしてお務めを済ませたら、修道院なり王宮なりで働いて自分の口が養えさえすれば!

「……そこは諦めてないんだな……」

 なぜかユージィン様にガックリされますが、自分の口を養うためなんだから譲れませんて。

 これでも貴族の端くれですから、住み込みのパン職人とかどこかの店で売り子とか商会で受付とか、身分に関係なく生活に必要ではあるけれど貴族の令嬢としてはあまりよろしくない仕事口を、頑張ってハネた結果なんですから。

 あんまり貴族からかけ離れた所に行けば、弟が舐められてしまいますからね。

「……分かった」

 ため息混じりに、ユージィン様がおっしゃいます。

「とりあえず、修道院は諦めろ。 俺が就職口を紹介してやるから」

 え、ホントですかっ!?

「ありがとうございますっ!」

「ああ。 ある程度の習練は必要だが収入も待遇も上々、きちんと目標を持って努力し続けられる遣り甲斐のある職だ」

 ……なんの職ですか、それは。

「今から技能訓練とか頑張っておいた方がいいですかね? そのお仕事」

「いらん。 時期が来たら俺が手取り足取りじっくりたっぷりみっちり教え込んでやる」

「いや、ユージィン様のお手を煩わせるのも心苦しいのですが」

 思わずそう言えば、ユージィン様が浮かべる凶悪な笑み。

「俺以外の奴から教わったら()()()()()、分かってるんだろうな?」

 ナンカオソロシソウデスネー。

「分かりました。 ユージィン様から教わればよろしいのですね?」

 私の言葉へすごく満足そうに頷くユージィン様を見ていれば、これでよかったんでしょう。

「それの一環として最初は違和感や苦痛があるかも知れんが、早急に除去できるよう最大限の努力を払おう。 それは確約する」

「はぁ」

 一体どんな職なんですか、これ。

 まぁ、自分の口が養えさえすれば私があれこれ言う事はないのですが。

「……そう言えば」

「はい?」

「お前、どこの修道院に入る気でいたんだ?」

 あ、それですか。

 王都(こ こ)じゃ一番戒律に厳しく、別名を『監獄』とも噂される修道院の名を上げます。

 どうせ修道院から出る気はありませんから、戒律が厳しい分外部の影響から守るという点ではとてもしっかりしている所をチョイスしましたよ。

「……アホウ」

 なして額に手を当てながら、私を罵りますか。

「あそこは国の支援も最低限しか受け取らない。 稼いだ金は食事より先に、経営に充てられる……端的に言えば、飯がマズい。 お前みたいな食いしん坊は、三日と持たずに音を上げるぞ」

「え」

 なんでもユージィン様、王子時代に慰問という名の監視で訪問した事があるそうです。

 支援として修道院へ国がお金を出している以上、王族の女性か未成年の男子が慰問をする事がたまにあるそうで。

「俺が慰問に行って、食事を馳走になった。 ここまではいいな?」

「はい」

「慰問に来る王族が相手なんだから、出す食事もそれなりに豪勢にする……大抵はな。 けどあそこは、豪勢にしても見た目といい内容といい」

 口をつぐまれるのは、たぶん当時の食事内容を思い出してらっしゃるからでしょうね。

 具材の姿が見えなくなるくらいくてくてに煮込まれた……もしくは具なしでお湯に塩ぶっこんだだけのスープとか萎びる寸前の野菜で作られたサラダとか、靴底より薄っぺらなのに噛みちぎるのも苦労するお肉とか口中の水分を吸い尽くすようなパサパサのパンとか。

 普段から美味しい食事を堪能してらっしゃるユージィン様には、きつい味つけだったんでしょう。

 むむむ。

 質素・倹約を美徳とする修道院に美味しい食事は望むべくもありませんが、せめて普通のレベルが食べられない……修道院に入ろうとした時点である程度粗食に耐える覚悟はできてますけど、それは由々しき問題です。

「だから、な?」

 ぽん、と両肩を叩かれます。

「俺が勧める所に、()()()()しとけ」

 はぁ。

 なんですかね、この異常なくらいにいい笑顔は。

 ですからそれはどういう職種なのか、ちゅう話ですよ。

 習練が必要だけど待遇は上々で、ユージィン様が仕事を手取り足取りじっくりたっぷりみっちり教え込んでくれる?

 ……なんでしょう、そこはかとなく漂ってくる気がする危険なニホヒは。

 じー。

 ユージィン様に視線を注ぎますと、動揺する事もなく非常にいい笑顔をキープしております。

 ……後ろ暗い所は、なさそうですね。

 もっとも、私なぞより腹芸に通じているユージィン様の裏など探るだけ無駄でしょうが。

「……考えておきます」

 一抹の警戒心が素直に頷く事を躊躇わせるので、私はそう言いました。

「修道院入りも?」

「お仕事を紹介してくださるのでしたら、行かなくてもいい……です、よね?」

「……もちろんだ」

 だからどうしてそんなにいい笑顔なんです?

 普段が他者に対して割とつっけんどんな方なので、笑顔をキープされると破壊力が凄まじいですね。

「!」

 重ねたままだった両手を優しく握られて、体がぴくっとしてしまいました。

「マイユ」

 名前を呼ぶ声が、すごく優しい。

 あ、頭がクラクラしそうです。

「宣言してくれ。 修道院になど、入らないと」

 ぅ、あ。

 こんな優しい眼差し、耐えられませんて。

 宣言しろっちゅーなら、いくらでもしますとも!

「わ、私は……マイユ・エッシェンバッハは」

 視線に耐えられなくてかすれる声に、ユージィン様が一言も聞き漏らさない様子で耳を傾けてらっしゃいます。

「ユージィン・ガズラ・エヴァンス公爵閣下に、私の修道院入り撤回を宣誓いたします」

 言い終わるとユージィン様、大きくため息をつかれました。

「これで、太陽の男神(メフェロト)に顔向けできる……」

 はて……え?

 ガクッとうなだれたユージィン様が、すぐに顔を上げました。

 違和感に首をかしげ……すぐに気づきます。

 ダークイエローの瞳が、髪と同じ燃え立つ赤に染まっていました。

 これは?

「マイユ・エッシェンバッハよ」

 ゾク、と背筋が震えます。

 ユージィン様じゃ、ない。

 もっと敬うべき、畏れ多き方。

 王族に降臨される方の、名は。

太陽の男神(メフェロト)、様」

 私の呟きに、ユージィン様の姿を借りた方は目を細めて応えられました。

「そなたに感謝を、マイユ」

 言葉を強調するように、重なったままだった両手を少しだけ強く握られました。

 か、神様に褒められるような事は何もやっておりませんがっ!?

「そなたの決断は子々孫々にとり我らにとり、重要きわまりないものである。 そなたの決断はそなた自身が行わねばならず、我らやこの者からの助言はかなわぬ。 我からそなたへ望むは、修道院入りを取り止める事であった」

 ふえぇ!?

「わ、私が修道院入りする事が、神様が止めたい不具合だったのですか?」

「そうだ。 しかし、我が望む事と月の女神(アゥルウェン)が望む事は、同じものを見ていながら委細が違う」

 は?

 月の女神(アゥルウェン)様まで、私に望む事があると?

 呆然としていると、手が離れて。

 ぽふ、と抱き締められました。

「我が望みを叶えた愛し子への報いだ。 しばし、このままであれ」

 ……何故に?

 ユージィン様の姿を借りた太陽の男神(メフェロト)様に抱き締められるなんて、普通の人なら一生出会わないイベントですが。

 あ、あれ?

 し、心臓が……ぅ、え。

 勝手に、すんごくドキドキしてるんですが!

 ど、ど、どうして?

 なんで?

月の女神(アゥルウェン)の望みが叶う時は、この愛し子の試練の時でもある。 断罪者たるそなたの寛大な処断を、我に願わせてくれ」



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