外泊・ユージィン視点
避けられるのがつらい。
俺を見る度泣きそうに顔を歪ませて、マイユは視線を逸らす。
近くに行こうとすれば、体を強張らせる。
自業自得。
身から出た錆。
自分の首を締める。
「バカか、君は」
呆れの上に軽蔑というスパイスをたっぷり振り掛けた表情で説教してくれたアドルの言葉が、耳に痛い。
……嬉しかったんだ。
また、マイユが近くにいる事が。
彼女を得るため……側にいて恥ずかしくない人物になるため、俺はそれまで以上に努力を重ねてきた。
当時は俺と兄上のどちらが王になるのか不透明だったから、俺が王になってもいいようにという側面を併せ持って。
もしもマイユが俺でなく兄上になついていたら、兄上が公爵に降下していたはず。
けれど月の女神の言う通り、俺になついたマイユは俺と結び合わされた。
けど、あの事があってから……マイユと俺は断たれた。
十年、焦がれていた。
顔を見る事も贈り物をする事も許されず、じっと耐えた十年だ。
俺の、禊の期間。
改めて出会い直したマイユを腕に抱く喜びで有頂天になり、あいつが俺に抱かれる事で生じる当惑や狼狽を無視した結果。
マイユは、俺を避ける。
修道院に行きたいと要望するマイユにとって、俺に抱かれる事は言ってしまえば『穢れ』だ。
夫からの理不尽な暴力や意に染まぬ婚姻、その他男性から女性に向けられる負の感情と付随する行為。
それらから女性を守るために開設されたのが修道院で、国からも支援はしているものの基本の暮らしは質素倹約。
そして、一度入れば還俗は相当な金子を積んでも不可能。
そんな場所だから、修道院に入った女が男を通わせて子供を作るなんて不埒な真似をしようものなら、殺されたって文句は言えない。
俺か兄上と子供をもうけなければ遠い未来に人類滅亡が控えているような女が、決して逃げ込んでいい場所ではない。
マイユがもっと打算的な性格だったなら、こじれる事はなかったんだろう。
清貧を貫くエッシェンバッハ子爵家に、うち……エヴァンス公爵家から支度金だなんだと金子や物品を贈り、それを喜んで受け取ってくれる家人揃いなら。
だが、現実は。
子爵家は面々は、うちからのそれを『贈り物』ではなく『施し』と受け取るだろう。
十年前の事があって、エッシェンバッハ子爵の俺に対する印象は芳しくない。
兄上が抱える伝令官のゲインがマイユの転入に伴うあれこれをギリギリまで伏せていたのも、ご家族の反応を押さえ込むため。
……あ〜。
うじうじするのはらしくないし、遅らせていい事は微塵もない。
寮に帰ってきたマイユに、きちんと謝ろう。
浮かれて抱き締めて色々不謹慎な真似をして、あいつに不愉快な思いをさせたと。
そして許しを得る事ができたら、伝える。
ユージィン・ガズラ・エヴァンスが、一人の男としてマイユ・エッシェンバッハに好意を持っていることを。
俺があいつを、一人の女として欲していると。
「っし!」
両頬を叩いて、気合いを入れる。
頬に手形が浮いた俺を見たら、以前のマイユなら心配するんだろうな。
俺を避けている今のマイユなら、見なかった事にするかも知れんが。
自室にこもって悶々としていても、始まらない。
そろそろおしゃべりのタネも尽きて帰ってくるだろうマイユを迎えるため、俺は一階の談話室まで降りていった。
談話室には俺とマイユの折衝を務める気か、双子とアドルがいる。
「あ」
「ユージィン」
双子の声に片手を上げて応え、俺は一番奥の席に腰を下ろす。
「マイユはまだか?」
「ああ。 けど、そろそろじゃないかな?」
アドルの目の奥に宿る疑問を頷く事で肯定し、俺は玄関の方へ注意を向けた。
外に耳を澄ますと、ガラガラと馬車の車輪の音が聞こえる。
来たか。
立ち上がりかけた俺を制し、アドルが出ていった。
そして、微妙な顔をして戻ってくる。
「リーゼロッテ嬢と話が弾んで止まらないから、今日はあちらのお家に世話になる……だってさ」
……は?
マイユが、外泊?
リーゼロッテと?
あいつっ……!
「うっわぁ」
「マイユー……地雷踏んだねぇ」
「落ち着こうね、ユージィン」
……外野、うるさい。
俺の様子を見て、アドルがため息をつきやがる。
「馬車を用意させる。 大至急、支度して」
俺を見てプルプル震えるマイユを目の当たりにして、後悔する。
何を言わずとも膝をつき頭を垂れ許しを乞う姿勢になる段に至っては、罪悪感すら湧き出した。
マイユは、何も悪い事をしていない。
俺の側を離れるにあたってきちんと使者を出してお伺いを立てたし、リーゼロッテも悪くない。
単に、俺が。
自分の罪悪感を適当な奴になすりつけ、俺はマイユの手を取った。
俺が手を握っても、側に立ってもマイユが怯えない事に安堵し。
「帰ったら、話したい事がある」
意を決して、言う。
帰ったら、告げよう。
マイユ、お前が好きだと。




