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二神の神託  作者: 柊屋葵
12/26

外泊・マイユ視点

「……はぁ」

 こぼれた小さなため息に、取り巻きの皆さんが反応する。

「気まずいんですよぅ」

 私達に共通する話題と言えば、ユージィン様のこと。

 彼女達行き付けの喫茶店で口の端に登る話を聞いていると、ユージィン様って学習院入学前から浮いた噂が全くないそうです。

 当然、婚約者の話もなし。

 そこで今上陛下のご使者様が漏らした『ユージィン様がお心に決めた方』の事をしゃべれば、皆さんもう喧々諤々。

 ロマンチックな身分違いの恋。

 なら、そのお相手は?

 公爵位に降下されたのは、その方との身分差を少しでも縮めるため?

 でもユージィン様の身分を考えれば、想う方と婚約者は別のはず。

 私こそが、ユージィン様の婚約者に!

 そんな感じです。

 今日集まってくださった皆様、ユージィン様にふさわしい地位をお持ちです。

 気合いの入った皆様方、頑張ってくださいねー。

 そして私に、安寧の日々を!

 真っ当なお嬢様といちゃいちゃしていれば、私なんぞに構わなくなるでしょう。

 期間を無事に務め上げたら、安心して修道院に行けるってものです。

「私、今日は帰りたくない……なんて、言いたくなりますねぇ」

 ぽそっと呟いた言葉に反応したのは、リーゼロッテ様でした。

「でしたら、当家へおいでなさいな」

 へ?

 小首をかしげると、リーゼロッテ様が微笑まれました。

「情報の対価……は、もう支払ってますわね。 ですから、あなたのおかげでこうして楽しくおしゃべりできる事への謝礼、とお受け取りくださいませ」

 お……おぉう。

 我ながらあつかましいですが、なんてありがたいお申し出!

「よろしいのですか?」

「悪ければ言いませんわ」

 との事なので、私はありがたくユヴァンテ家に一泊する事にしました。



 ユヴァンテ家のお夕飯、たいへん美味しくいただきました!

 前菜に豆やトマトを和えたものを乗せたブルスケッタ、次に旬の野菜たっぷりのパスタ。

 子羊の香草焼きに舌鼓を打ったら、デザートにセミフレッドですよ。

 うんまー!

「お口に合ったようで、何よりですわ」

 にこにこ笑いながらそうおっしゃるのはリーゼロッテ様のお母様、ユヴァンテ侯爵夫人のアダレード様。

 リーゼロッテ様の容貌はお母様譲りなのが納得できる、昔日の美貌を維持し続ける美魔女様でございました。

「公爵閣下の付添人選定のお話は小耳に挟んでおりましたから……」

 あ、私の存在なんぞ知らない人の方が多いですもんね。

 年齢的にデビュタントはこれからなんですけど、修道院に行きたい私は両親にもドレスやアクセサリーを仕立てるための予算なんぞ組まないで欲しいと頼んでますし。

 むしろ私にそんな予算を割くくらいなら、弟のデビューに金かけてくれとも。

 貧乏子爵の後継ぎが無事に嫁を得るためにも、見せかけのこけおどしで構わないからデビューにはお金かけないといけませんしね。

 ちなみに両親、快諾してくれましたよ。

「そんなに大した事ではございませんのよ」

 食後の口直しに出されたミント水を啜りつつ、私はアダレード様にユージィン様の付添人になった経緯やリーゼロッテ様と敵対する意思はない事を婉曲に伝える。

 ユージィン様も今は身近に置かされる事になった女に血迷っているだけで、リーゼロッテ様と取り巻きの皆さんのような公爵閣下のお側にふさわしい地位と美貌の女性を恋人なり婚約者なりとして遇すれば、そのうちお目も覚めるはずです。

 ……私には、ユー様を想う資格なんて逆立ちしたって持ち出せないのですから。

「それでは夜も更けて参りましたし、そろそろお部屋に案内しますわ」

 頃合いを見たリーゼロッテ様の言葉に私は頷き、アダレード様と挨拶を交わしました。

 異変が起きたのは、その時です。

「何だか騒がしいですわね」

 アダレード様のお言葉に、こくこく頷いて賛同しますよ。

 本当に山ほど使用人抱えてるのか疑問に思うほど、館内は静かだった侯爵邸。

 今は、玄関の方が騒がしい……?

 少しして、執事さんが姿を表しました。

 白髪を後ろに撫で付けたロマンスグレーのおじさまは、きっと名前がセバスチャンだと思うのです。

「お騒がせして申し訳ございません」

 そう言って執事さんが見たのは……私!?

「ですが、危急の件でございますので何とぞご容赦願います。 エヴァンス公爵閣下がいらし」

「ユージィン様が!?」

 思わずリーゼロッテ様を見てから……退出の挨拶をして、私は執事さんと一緒に玄関に行きました。

 ……玄関脇のウェイティングルームから冷気が漏れてると思うのは、気のせいでしょうか。

 怒って熱くなっているのは何度か見ましたけど、冷たいってえのは初めてですよ。

「ユージィ、ン、様……」

 声をかけつつウェイティングルームに、入、り。

 腰が抜けるほど怖じ気づきました。

 氷室?

 氷河?

 氷原?

 この絶対零度の感じは、何と言い表せばよいのか……。

 とにかくこあい。

 私の前で見せてた激昂なんて、この雰囲気の前ではほんの手遊びなんだと実感させられます。

「すまんな。 手をかけさせた」

 ユージィン様が執事さんにお声をかけると……執事さん逃げたーっ!?

 ぎゃああああ!?

「来い」

 簡潔にして、端的。

 あれから避けっ放しだったユージィン様に、近づけ、と?

 足がすくむ。

 視界が滲む。

 全身に、ユージィン様の視線が突き刺さる。

 それでも、呼ばれた以上は従うしかなくて。

 一歩、一歩。

 重い足を動かして、ユージィン様の元へ。

 壁際のソファに腰掛けたユージィン様は、私の一挙手一投足に視線を注ぐ。

 歩いた距離なんて二十歩もないのに、疲労でぶっ倒れ。

 る事ができれば楽なのに。

 ユージィン様の座った場所から一歩余裕のある所で足を止め、膝をついて頭を垂れる。

 相手の許しを乞う姿勢になり、ユージィン様の声を待つ。

「マイユ」

「……はい」

 体が固まるのが、自分でも分かる。

 けれど。

 ……続きが、ない。

 プレッシャーも、ない。

 不審に思ってほんの少し顔を上げると、そこには。

 突き刺さるような視線はそのままに、右手をこちらに伸ばしそうにして……固まるユージィン様。

 目が合ったユージィン様は、ビクッと震え。

 そっと手を、伸ばして。

 頬に触れられ、私が飛び上がる。

「……マイユ」

 ソファから降りたユージィン様は膝をつき、私と目線を合わせました。

「……心配した」

 へ?

「リーゼロッテだったからよかったが、あいつの取り巻きには感心できない気性の奴がいる。 もしも騙されてそいつの家に運び込まれてたら、と思うと……」

 へ? え? うえぇ?

「私、ちゃんと言づけしました……」

「ああ、そうだな」

 ため息混じりに、ユージィン様が呟く。

「だが、あいつが独断で行動したら? 物語だと大抵の悪役は誰かを拐った後に能書きを垂れ、その間に主人公を助け出す隙ができる。 けど現実に、のんびり能書きを垂れる奴はいない。 さっさと主人公(お ま え)を害して終わりだ」

 あのー……。

「その理屈だと、私は外出もできなくなりますよ?」

 誰が貧乏子爵の令嬢を狙うんだっちゅー話です。

「学院内はともかく、外出時には俺達四人のうち誰かを連れていけと言いたいのを、俺は我慢してる」

 いやいやいやいやいやいや。

 皆様、私より高位の貴族ですよね? ね?

 子爵令嬢の護衛が辺境伯や侯爵令息もしくは公爵当主って、本末転倒ですよね?

 騎士道精神にも程がありますですよ、ね?

「とにかく、帰ろう」

 え。

 立ち上がったユージィン様に手を取られ、私もなし崩しに立ち上がる。

「お、お二方に挨拶を」

「アドルが済ませてる」

「私の荷物……」

「運ばせた」

 なんですか、この手際のよさは。

 呆然としていると、ユージィン様がふっと笑いました。

 ほがらかに、ではなく苦い顔で。

「一緒に、帰ってくれるんだな」

 ……あ。

 いやなんかもう、毒気を抜かれた感じです。

 今もユージィン様に手を握られているしすぐ側にいますけど、また何かされるんじゃないかって怯えるような事が一切ございません。

「帰ったら、話したい事がある」

 何を話したいのか見当がつかなくて首をかしげつつ、ユージィン様と一緒にウェイティングルームを出ると。

 向こうから、アドル様とリーゼロッテ様がやってきました。

「……本当ですのね」

「言った通りだろう?」

 何の話です?

「夜分遅くに騒がせて済まなかった」

 ユージィン様の言葉に、リーゼロッテ様がお辞儀で返礼します。

「わたくしの不用意から、閣下にご不快を味わわせてしまいました。 心より、謝罪いたします」

「いい。 俺が迂闊だった」

 はて?

 リーゼロッテ様の、不用意?

「じゃあ、私の勝ちだね。 リーゼロッテ嬢、以後は」

「ええ、分かっておりますわ」

 なんの密約交わしてますかねこの方々は? 

「マイユ様」

 ふふ、とリーゼロッテ様が笑われます。

「わたくし個人はあなたの味方ですわ。 両親も、じきに説き伏せられると思います」

 はぁ。

「なにしろ、アドルファス様が協力してくださいますから」

 えーと……?

「ですから」

「それ以上バラすな。 行くぞ、マイユ」

 ユージィン様がそう言って、私を引きずります。

 何だかわけが分からないままに、私はリーゼロッテ様とお別れしました。



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