ファンタジーとかよく分からん
気がつくと、俺は真っ白な空間に立っていた。
右も左も、上も下も、何もない。
ただ、隣に一つだけ――ぷかぷかと浮かぶ卵があった。
『お困りですか』
卵がしゃべった。
「うわっ!?」
『私は物語制作アシスタントAI、《アイ》です』
卵の殻に、小さな羽のようなものが生えている。
どうやら妖精らしい。
「いや、まあ……困ってるっちゃ困ってる」
俺は頭をかいた。
「ファンタジー小説を書こうと思ったんだけどさ。人気ジャンルだし、剣とか魔法とか出せばいいのかなって。でも正直、ファンタジーとか分かんないんだよ」
『便乗商法ですね』
卵の妖精は、こくんと揺れた。
『ではまず、世界設定を作りましょう』
「世界設定?」
『はい。世界のルールを決めないと、物語は始まりません』
俺は少し考えてから言った。
「ルール?……とりあえず、村かな。ここは眩しい」
『設定変更します』
アイがそう言うと、何もない空間に光の粒が集まり始めた。
「おおっ?」
粒は集まり、形を作り、やがて一つの風景になった。
石畳の道。
木造の家。
遠くには畑。
『村です』
「早っ!?」
『作者の発言を元に生成しました』
俺は周囲を見回した。
「……なんか、よくある感じの村だな」
『初期設定なので簡易生成です』
「そんな機能あるの?」
『はい。『よくある村テンプレート』です』
便利すぎるだろ。
「じゃあ勇者も作ろう」
『勇者ですか』
「その辺の農民でいいだろ」
『設定を確認します』
アイの前に、光る文字が浮かんだ。
【農民 → 勇者】
『変更します』
次の瞬間。
畑で鍬を振っていた男の頭上に、突然光が降りた。
男はゆっくり顔を上げる。
「……え?」
『勇者が誕生しました』
「いや、俺ただの農民なんだけど」
「勇者だよ」
『設定上は勇者です』
「畑どうすんの」
俺は腕を組んで、村を見下ろした。
「うーん……。畑が邪魔か……」
『何か問題がありますか?』
「いや、このままだと普通の村だなって」
『はい。テンプレート村です』
「よし決めた」
俺は指を鳴らした。
「ドラゴン出そう」
『はい?』
「ドラゴンにこの街を襲わせて壊滅させる」
「……」
「生き残った勇者が復讐を誓って魔王を倒す。感動と涙の物語」
我ながら完璧なストーリーだ。
しかし、隣の卵は沈黙していた。
「アイ?」
『確認します』
卵の殻が微妙に震える。
『今生成された村の人口は124名です』
「うん」
『そのうち生存予定者は1名』
「勇者だしな」
『つまり作者は今から、123人を焼き払う予定です』
「……」
『鬼畜です』
「そんなこと言ったら、他の作家の皆さんにも失礼だろ! やっておしまい!」
『分かりました』
アイの声と同時に、空中に光る文字が浮かぶ。
【ドラゴン生成……】
「ド派手にね」
次の瞬間、空が影に覆われた。
巨大な翼が雲を裂き、黒い影が村の上を旋回する。
「グオオオオオッ!」
ドラゴンの咆哮が響いた。
畑にいた勇者が、空を見上げて叫ぶ。
「やめてぇぇぇ!!」
村は焼け落ちた。
家は崩れ、畑は黒く焦げている。
『……壊滅ですね』
アイが静かに言った。
「うん。完璧だな」
俺は満足げにうなずく。
そのときだった。
「……おい」
瓦礫の中から声がした。
「え?」
瓦礫を押しのけて、一人の男が立ち上がる。
服は焼け焦げ、顔は煤だらけ。
しかし、その目だけは鋭かった。
「なんだよこれ……」
アイが空中に表示を出す。
【生存者:2名】
「……あれ?」
俺は首をかしげた。
「勇者って一人じゃなかったっけ」
『設定上はそのはずです』
男は空を見上げた。
そして呟く。
「ドラゴン……絶対に許さねぇ」
俺は小さく言った。
「……もう一人の勇者?」
『いえ』
少し間を置いて。
『ダークヒーロー候補です』
「いいね!」
俺は瓦礫の中から立ち上がった男を見ながらうなずいた。
「まあ、とりあえずゴチャゴチャするから、使うかどうかは後で決めよう」
『了解しました。サブキャラクターとして仮登録します』
空中に小さく文字が浮かぶ。
【ダークヒーロー候補】
俺はふと思い出した。
「……で」
『はい?』
「このあと勇者はどうするの?」
アイは少しだけ間を置いた。
『一般的な展開ですと』
「うん」
『絶望します』
「あーなんかさー」
俺は腕を組んだ。
「どうせ『俺は絶対に魔王を倒すんだ!』とか言うんでしょ?」
『可能性は高いですね』
「で、最後にさ」
「はい」
「『俺達の冒険はこれからだ!』みたいな?」
『その場合、話が終わりますね』
「だよねぇ」
俺は燃え上がる街を見下ろした。
「んー……」
『では?』
「勇者、なんか言って」
勇者は燃え残った畑の真ん中で、呆然と立ち尽くしていた。
しばらく空を見上げてから、ぽつりと呟く。
「……畑……」
「はい?」
「俺の畑……」
そして膝から崩れ落ちた。
「今年、豊作だったのに……」
「あーそれだ!」
俺は指をさした。
「これはキャベツの分だぁ!とか言って魔王に攻撃するのな!」
『了解しました』
空中に文字が浮かぶ。
【魔王戦セリフ:これはキャベツの分だ】
『魔王戦のセリフに記録しました』
「いいね」
俺は満足してうなずいた。
「で、勇者」
「はい」
「名前は?」
勇者は少しだけ考えてから言った。
「アレクサンダー・フォン――」
「長い」
「……」
俺は腕を組んだ。
「外人の名前って覚えにくいんだよな」
勇者の肩がぴくっと動く。
「よし決めた」
俺は指をさした。
「今からお前は光太郎だ!」
『和名では違和感があります』
アイが即座にツッコミを入れる。
「ですよね?」
勇者も静かにうなずいた。
「じゃあ……」
俺は少し考えてから言った。
「コータローでいいや」
空中に文字が浮かぶ。
【勇者:コータロー】
勇者は遠い目をした。
「いやあ」
俺は満足げに腕を組んだ。
「意外とファンタジーって簡単だなあ」
燃え上がる村。
泣き崩れる勇者コータロー。
遠くでまだ暴れているドラゴン。
その光景を見ながら、俺はうなずく。
「これ、名作になりそうだ」
『現時点の進行状況を確認します』
アイの前に光る文字が浮かんだ。
【村:壊滅】
【死亡者:多数】
【勇者:精神的ダメージ大】
【ダークヒーロー候補:復讐フラグ】
『はい』
アイが静かに言った。
『かなり悲惨です』




