出会い
誠は半年ほど前に「好きな人が出来た」という理由で、恋人に振られた。
辞めることをアルバイト先に伝えていたことを改めて「間違っていなかった」と痛感。
恋人だった彼女も、同じ居酒屋でアルバイトをしていたから。
ビールジョッキを持ち、元気な笑顔で居酒屋で駆け回っていた彼女。
あの場所でまた彼女の屈託のない笑顔を見られる気がしなかったから。
誠は完全に落ち込むことに決めた。
「浸ろう」。悲しみに沈み込むことを彼は決め込んだのだった。
何よりも、誠は酷く疲れていたから。
両親の不仲が原因で、物心ついた時から彼なりに「いい子」を演じ続けている。
大学生になった今ですら。
「この家から通える大学なら授業料、出してあげる」
もう何もかもどうでも良くなっていた。
彼女に振られたことで、誠の中で「何か」が砕け散ったのだ。
あの日帰宅して悲しいような気持ちの中、自分に浸ることに決め自室のベッドに腰かけた。
壁に横付けされたベッド。
誠は壁にもたれ膝を抱え、項垂れた。
もういいや。
バイトもあと一週間で終わる。
それまで彼女、既に元カノであるあの子とのシフトが被る日はあったはず。
でも、あと一週間なら何とかなるだろう。
そうだ、前期の講義も全て休んでしまえ。
あとどうせ約一カ月で前期が終わる。
出席を取る講義だけ代返してもらい、試験さえ突破すれば単位を落とすことは無い。
だから、全部休もう。誠は決めた。
そう決め込んだら、少しだけ楽になり気付けば翌朝までぐっすり寝込んでいた。
その翌朝からダラダラと、気楽に過ごす誠。
始めは母も苛立ちを隠さなかったものの、彼女も面倒になったらしい。
自由にさせてくれた。
それで誠は良かった。
一人でゆっくり出来る、そう感じられたから。
と、思うもそうもいかなかった。
誠が恋人に振られたことを知った大学の知り合いから「合コン行こ」と無駄に誘ってきたのだ。
「試験前ノート貸してやるよ」
一度参加しておけばもう良いだろう。
だから餌に連れらたフリをした。
何よりも収穫は「このアプリに一週間で良いからインしてよ。そしたらスゲー感謝する」。
感謝されたかった訳じゃない。
アプリを勧めてきた奴が、目の前でインストールしろという圧。
ノートのためだと割り切り、スマホを操作。
「うんうん」と急に友人が頬を綻ばせた。
「こうやって使えば良いから」と、自分為にコインだかポイントだかを増やす方法教え込み満足した友人。
Vチューバーが配信するのを見るアプリらしい。
画面の中ではサムネイルだか立ち絵と呼ばれるイラストが多く並んでいた。
誠は仕方なく一週間だけ、アプリを立ち上げることにした。
どうせ何もせずにゆっくりするんだから。
自分でも酷い名前だとは思うが、どうせすぐ消す予定だから。
「まっこんとー」と名乗ることにした。
自室の机で、仕方なく開いたスマホ画面。
目が合った。白を基調にしたドレスとベール。
手を祈る様にして、胸の前で指を組む可愛らしい見た目の女性。
「聖女ましろ」それがサムネイルにあったタイトルだった。
真剣に射貫くように見える眼差し。
きっと今オレに必要なのはこれだと、直感が働いた。
だから選んだ。
「おかえり、まっこんとー、、、さん。初めまして?だね」
甘く可愛らしいのに包み込むように話す声。
彼女の声は聞こえるが、画面はサムネイルと同様のイラストのまま。口元すら動かない。
イラストの下には、チャット画面があった。
画面が流れた。
フユ>はじめまして、まっこんとーさん
はじめまして、誠も入力し送信した。
「あのね、まっこんとーさん。今はね、ましろのデビュー配信すっごく緊張したって言うお話をフユとしていたの。
ねー、フユ?」
キラキラした声でましろは、フユという名の人物に話しかけた。
フユ>そうそう
まっこんとー>あ、オレ友人に勧められてこのアプリ入れたばっかりで
「え、じゃあ、まっこんとーさんは、ましろと同じでデビューしたばっかりなんだー。
これって運命じゃん。だからさ、ね?まっこんとーって呼び捨てしていい?」
まっこんとー>うん
フユ>やったじゃん。ましろ運命の相手見つけちゃったね笑
「フユも運命だよー。ねね、まっこんとー聞いて?
フユはね、ましろのデビュー配信ずっと聞いていてくれた人なんだぁ」
まっこんとー>そうなんだ
「そうそう、だからぁましろとフユ、それにまっこんとーは運命共同体だね」ましろが笑う。
ましろのイラストは動かない。
しかし彼女の話す声は、イラストが動き出すのではないか。そんな風に感じさせた。
胸の前で組んでいた指をほどき、手を振ってくれる様子。
時に傾げる首。
だからましろが「運命共同体だ」と、はじけるように笑った時にイラストでは固く結ばれていた唇から歯を見せてくれたような気がしたのだ。
「あ、そうだ。まっこんとー、この教会に紹介してくれたお友達呼んできてよぉ」
ましろは上目づかいで誠におねだりをする。
まっこんとー>キョウカイ?
「ましろの配信のお部屋っていうのかな。の、ことだよ」
フユ>ましろは聖女だからね笑
フユ>つーか、ましろ勧誘上手笑
「うふふ」ましろは、頭を掻いて照れたように笑う。
誠を含めた三人の会話はとても温かかった。
何もかもここがはじめての誠に親切で、優しさにあふれていたから。
ましろが、というよりもフユのリードがましろの会話を引き立ている印象さえ受けた。
まっこんとー>フユさんて良い人ですね
「えぇ、ましろは!?」拗ねたような口ぶりで口を尖らす。
フユ>まっこんとーさんこそ優しいよ
フユ>【ありがとう】
「わ~、フユありがとうスタンプ。でもましろは、いらないよって言ったじゃん」
フユ>これは、まっこんとーさんに
「知ってるもん」ましろは、頬を膨らます。
まっこんとー>このありがとうというスタンプみたいなのは?
「まっこんとーのお友達が欲しがっていたのは、このスタンプを買うコインのことじゃないかな」
フユ>スパチャみたいなもの
まっこんとー>ましろちゃんへのお布施ってこと?
「まっこんとー、おもしろーい!!」キャハハと、ましろがはしゃぐ。
「うーん」と少し考えるように、ましろはスタンプの使い方を教わり続けてこう言った。
「ましろにはお布施しなくていいから」
まっこんとー>そうなの?
フユ>本当は欲しいくせに笑
「もうフユってば!!確かに欲しいよ。てへへ。
でもね今はフユもまっこんとーも来てくれたから、それで充分」
営業トーク。
誠にだってそんなこと、分かっていた。
それでも、この場の温かい雰囲気のせいだ。誠は心から喜んだ。
まっこんとー>【ありがとう】
「あ、まっこんとーったら!!せっかくゲットしたコインもう使っちゃったの!?」
ましろは眉を顰めた。
フユ>そろそろ今日はバイバイしないと。またね、二人
「うん、フユ行ってらっしゃい」
ましろは微笑み、手をバイバイさせてフユを見送る。
二人か。どうしよう。楽しかったからもう少し居たいと誠は思う。
でも、何を話したらいいんだろう。ましろも狼狽えているように見えた。
まっこんとー>あ、オレもそろそろ
「うん、ましろもちょっと。配信終わろうと思っていたの。また、ましろに会いに来てね」
誠が「うん」と入力し送信する前に画面が変わった。
《配信終了》
誠は送信ボタンを押さずに、アプリを閉じ「ふぅ」と大きく息を吐いた。
久々に誰かに触れた。そんな気がしていた。
彼はスマホの設定画面を開く。
「配信がある時は通知が行くようになっているから」と、ましろから教わった方法を指でなぞった。
はじめてましろの配信を聞いて以来、通知が来ると毎回見に行くことになる。
ましろとに会い、フユと交流するために。




