英雄ゴンドを夢に見る〈2〉
王女メルガンとの結婚話を青天の霹靂だと感じていたのは、どうやら宮廷内でゴンドただ一人だったらしい。
彼にとっては他人事のままどんどん話が進んでいく。
「レールが敷かれるってのはこういう感じなのか」と独り言を口にし、醒めた目線で周囲の狂騒ぶりを眺めているうちに、すべてのお膳立ては整えられていた。
突如この世界に現れた英雄ゴンド。そのあまりの強さに、今や彼の存在はワイト王国を守護する者として祀り上げられている感すらある。
であれば王女メルガンの婚姻相手として、これ以上の優良物件はない。国王や貴族連中はそのように判断したのだろうな、とゴンドは推察する。
だが最初からこの結婚には無理があった。
現代日本とは異なる理で動く世界において、ゴンドがどれほど強さを誇示しようと王女メルガンには関係ないらしい。彼に対して心底侮蔑したような視線を向けてくるだけだ。そんな相手へゴンドが想いを寄せるはずもない。
卑しい異世界の生まれだと見下し、冴えない外見だと見下し、女の扱い方も知らぬ男だと見下す。口にこそ出さなかったが、メルガンの視線は言葉よりも雄弁に語っていたのだ。
異世界へやってくる前から、ゴンドは他者の視線に敏感だった。
それはきっと、年の離れた兄からずっと「才能のないゴミ」という目で見られ続けたせいに違いなかった。
「おれだってあんなクソ女、願い下げなんだがな」
心の中で何百回と繰り返したフレーズだ。けれども正面切ってメルガンに伝える勇気は湧いてこない。
王女といえど相手は戦う術など持たぬ非力な女だ。ただ殺すだけなら簡単だし、いつでも実行できる。しかしその行為はゴンドへ決定的な敗北感をもたらすだけに終わるだろう。
諦観とともに日々は過ぎていく。
さすがにメルガンは王女としての立ち居振る舞いを心得ていた。父である国王や重臣たち、さらには下級役人や市井の民たちの前でも、如才なくゴンドとの仲を演出してみせるのだ。
誰からも祝福され、婚姻の儀式は滞りなく催された。万事において手引きがあったため、いまだ宮廷での作法などわからぬゴンドもどうにか乗り切ることができた。
ただしゴンド本人は己について「風に乗って漂っているだけの、糸の切れた凧でしかない」と自嘲していたのだが。
そして二人は初夜を迎える。
身の回りの世話をさせている侍女たちを、メルガンが声に出さず手振りだけですべて下がらせた。
彼女の広い私室は一気にがらんとし、静かな緊張感で満たされていく。
メルガンは着衣をはだけながら寝台に腰掛ける。ここでようやく、どうしてよいのかわからず入口付近で突っ立ったままのゴンドを呼び寄せた。
「来なさい」
その傲慢な態度を腹立たしく感じながらも、彼女に従うしかない。
ぎこちない歩みで近づいていったゴンドを、無表情のメルガンは座ったまま下から見上げていた。かと思えばいきなり寝台へ押し倒してくる。予想外の動きだった。
彼女はゴンドの上に馬乗りになり、今度は満足そうに見下ろしてくる。
その目に親愛の情など一切読み取れなかった。
「思い違いをするでないぞ、英雄殿」
これはただの政治じゃ、と美しい彼女は言った。
「そなたの比類なき強さには確かに価値がある。その点については認めてやってもよい」
「そりゃ、どうも」
ゴンドも殊更にぶっきらぼうな口調で返事をする。
どうせメルガンは彼の言葉など歯牙にもかけていないのだ。
「しかし所詮、そなたは持たざる者。強さなどそれを使いこなす者があってこそ、初めて価値が生まれる」
「だからおとなしく自分の意思に従え、と?」
「そうじゃ。物分かりは案外よいではないか」
ほんの少しだけ、彼女の機嫌は上向いた。
ただしゴンドにとってはどうでもいいことだ。
長い夜が明け、悪い夢を見た後のように汗をかいて目覚めた彼の心には、やはり敗北感だけが深く刻まれていた。




