ハロー、ポップアップモンスター〈後編/奮戦〉
運悪く怪物に蹂躙され、真っ先に瓦礫となってしまった区域が戦場だ。ドミカリフにしてみれば見ているだけで胸が苦しくなるような光景だが、ここから先への怪物たる巨大蜘蛛の侵入を許すわけにはいかない。
ベイズの都には大勢の人々が暮らしている。今、ドミカリフの立っている場所こそが日々の営みの最終防衛線なのだ。
とにもかくにも、まずは巨大蜘蛛の動きを止めなければ勝負にならない。
それがドミカリフたち四人の一致した見解だった。
「ルブウはやつの脚を狙え! 私は胴体にいく! トルゴーはその隙を突け!」
ドミカリフがそのように指示を飛ばせば、二人も「はい!」と即座に応じる。
水の刃を作りだしたルブウは、さっそく蜘蛛の八本脚を切断しにかかる。もちろんドミカリフも得意とする土の魔術によって鋭い槍を何本も隆起させ、次々と蜘蛛本体を目掛けて繰りだしていった。
だが想像以上に外殻が硬い。ルブウの水の刃では脚の表面までしか傷をつけられず、切断には至らない。ドミカリフにしても同様だ。自慢の土の槍をもってしても、胴体を貫けないのであれば戦術を再考する必要がある。
その間、トルゴーは果敢に仕掛けていた。相手の硬い脚を利用し、軽業師のごとく胴体へと到達しては素早く長剣で斬りつける。いつもは短剣を好んで使うという彼だが、今日はより深く突き刺すために長剣へと持ち替え、虎視眈々と致命的な一撃を狙う。
大きなダメージは与えられていないが、ひっきりなしに続く攻撃に蜘蛛も苛立っているのだろう。長い脚を巧みに操り、足元の瓦礫を弾き飛ばしてきた。
「避けろ、ルブウ!」
ドミカリフが叫ぶ。
人間の体などあっという間に押し潰してしまいそうな瓦礫は、真っ直ぐにルブウへと向かっていく。
しかし大きな瓦礫は、ルブウへと届く寸前で一刀両断にされてしまい、二つに割れた塊が彼を避けるようにして後方へと消え去った。
目にも留まらぬほどのエジーンの抜剣である。
事もなげに彼女は言う。
「気にせず魔術を使い続けろ。先刻言ったはずだ、貴様に傷はつけさせん」
ドミカリフにしてみれば、自身の部下ながら頼もしいかぎりだ。なので戦闘中とはいえ、軽口の一つも叩いてみたくなる。
「どうだ、うちのエジーンはいい腕をしているだろう?」
「最高ですね」
風圧によってずれた眼鏡を押し上げながら、ルブウも返事を寄越した。
いまだ巨大蜘蛛へ大きなダメージを与えるまでには至っていない。けれども組んだばかりの即席パーティーとは思えぬほど、四人の息は合っている。
「いいなー、ルブウは。エジーンちゃんに守ってもらえて」
小休止をとるトルゴーが羨ましがってみせるが、これに反応したのはルブウではなくエジーンだ。
「抜かせ。もう忘れたか? 貴様が望んでその役目を引き受けたのだろうが」
「ははっ、そうだったそうだった」
「ふん、鳥頭め。泣きを入れるようであればいつでも代わってやるからな」
「まさか。ようやく体が温まってきたところだよ」
トルゴーという青年は、少年のような外見に反して気が強い。
そして自ら怪物への直接攻撃を買って出ただけあって、軽やかな身のこなしには目を見張るものがある。
「どうにかして彼を活かさなければな」
そう口にしたドミカリフは戦術の一部変更を決断した。
「ルブウ! やつの脚は私が止める! おまえもエジーンとともに瓦礫を迎撃し、トルゴーを援護しろ!」
「了解」
すぐさまドミカリフが巨大蜘蛛の脚へと土魔術を仕掛けていく。といっても狙いは切断ではなく、地面の隆起によって脚部を絡めとることだ。
読みは当たった。長い脚の真ん中あたりの節まで、盛り上がった土で固めてしまえば、さすがの巨大蜘蛛も一定時間は身動きがとれなくなる。
この隙を逃すトルゴーではない。少しずつだが蜘蛛の外殻を抉り続け、ダメージを蓄積させていっている。ルブウも抜け目なく、盟友が傷を負わせた箇所を水の刃で攻め立てていく。
もちろんいつまでも巨大蜘蛛の動きを留めておけるわけではない。強引に土塊より脚を引き抜いた巨大蜘蛛は、再度の瓦礫攻撃を繰りだしてきた。
大小さまざまな瓦礫が乱れ飛ぶ中、エジーンが見事な手際で捌き、遊撃的な役目を果たすルブウも防御に回って封殺する。
蜘蛛の攻勢が一段落すれば、ドミカリフはまた拘束を仕掛けて同様の流れを繰り返すように仕向けた。ようやく見出した勝ち筋だといっていい。
流れは徐々にこちら側へと傾きつつあった。
巨大蜘蛛もそのように認識したのかどうかはわからないが、明らかに攻め方を変えてきた。口元にある鋏角、そこから液体をまき散らしだしたのだ。
苦しまぎれの攻撃にも思えるが、巨大蜘蛛の体液となれば最大限の警戒は必要であった。
ルブウ、と名を叫んで指示を出すつもりが、それよりも早く彼が各人の前に水の防壁を展開し、体液を受け切る。
残りの液体が落ちてきた地面や瓦礫は、瞬く間に煙を上げて溶解していく。やはりまともに食らってしまえばその時点で致命傷だ。
それにしてもルブウの判断は見事だった。体液による攻撃を防げるのは、この中では彼の水魔術だけだからだ。
「ルブウ、そのまま毒液の対処を!」
「お任せを」
戦況は刻一刻と変化する。ドミカリフからの短い指示に対し、ルブウをはじめとする三人の仲間は、頭の中で同じ画を描いているかのように即応してくれていた。
一つ対処を間違えただけで命を落とす。それほどまでに容赦ない巨大蜘蛛の攻撃によって、心身ともに疲弊しているのは事実だ。
なのにどういうわけか、ドミカリフはこの時間を心地よく感じている。
戦いを仕事として捉えている彼にとっては初めての経験であった。
ただ、確実に終わりは近づいている。巨大蜘蛛の討伐に成功するか、はたまたドミカリフたちが全滅してさらなる侵攻を許してしまうか。いずれにせよ決着までそれほどの猶予はなさそうだ。
手傷こそさほど負っていないものの、トルゴーも大きく肩で息をしている。桁違いの運動量を求められているのだから当然だろう。
ドミカリフは彼へと近づき、声を掛けた。
「まだいけるか」
「やだなあ、ここからがボクの見せ場ですって」
「そうか。頼む」
単純な言葉に万感の思いを込め、再度トルゴーへと託す。
一方の巨大蜘蛛もまた別の手立てを講じていた。胴体の先端、下腹部にあたる箇所からしゅるりしゅるりと糸を吐きだし始めたのだ。
怪物より生まれた糸はどうやら鋭利な刃物そのものらしく、接地の際にいともたやすく瓦礫の塊を切断してしまう。恐ろしいほどの切れ味だ。
ここまで毒液を封じ続けたルブウが言う。
「あれは水の壁では難しそうです。エジーン、お願いできますか」
「誰にものを言っている。必ず防いでみせるさ」
ラブツーク王国一の剣士であるエジーンが胸を張ったその瞬間、糸は鞭のようにしなって襲いかかってきた。
「舐めるなよ、蜘蛛風情が」
突然の攻撃にも動揺することなく、エジーンは冷静に弾き返していく。
しかし鋼鉄さながらの糸による波状攻撃は止まらない。手数で押し切るつもりなのか、何度も何度もエジーンの首へと迫ってくる。
このままでは彼女の身が危うい、ドミカリフはそう判断した。
「エジーン、おまえもトルゴーとともに攻撃へ移れ!」
指示を出すなり彼女の足元の場所を隆起させ、上方へと逃れさせる。
ただしこれは避難というよりも一か八かの大攻勢の意味合いが強かった。
エジーンとトルゴー、二人がかりでできるだけ早く巨大蜘蛛を仕留めてもらいたい。でなければ遠からずこちらが押し切られてしまう。
援軍がやってくるまでは持ち堪えられそうにないし、巨大蜘蛛の方も相当に弱っていると見ていい。互いに最後の大勝負なのだ。
「毒液もそろそろ底をついた様子。これならわたしも水の形状を変えて刃とし、あの鞭のごとき糸と切り結べそうです」
ルブウからの報告にドミカリフも勇気づけられた。
「最優先はエジーンとトルゴー、二人の身の安全だ」
「もちろんそのつもりです」
ルブウによる変幻自在の水の刃が蜘蛛の糸を防ぐ、その間隙をついてトルゴーはもはや何度目かもわからぬ突撃を仕掛けていった。だが今度はエジーンも上方にて加勢する。
ここしかない、と二人による同時攻撃をドミカリフは期待した。なのだがどうもタイミングが合っていない。
ただ、そんなドミカリフの見立ては早計だと示される。
まず長剣で深く斬りつけたのはトルゴーだった。頭胸部と腹部を繋ぐ、わずかにくびれた箇所を果敢に狙っていった。巨大蜘蛛の体液が飛び散るほどの凄まじい斬撃である。
正面から体液を浴びつつ、それでも彼はひるまず振り返りながら叫んだ。
「エジーンちゃん!」
「任せろ!」
土塊から飛んだエジーンの落下先は、今しがたトルゴーによって強烈なダメージが与えられた、まさにその部位だ。
「この一撃で終わらせてやる!」
宣言通り、全身全霊を傾けたかのような渾身の斬撃が繰りだされる。きっとドミカリフの土塊であろうと、真っ二つに切り裂いてしまうであろう剣撃だ。
巨大蜘蛛は一度だけ、甲高く鳴いた。断末魔の悲鳴だったのだろう。
そして胴体が徐々に形を保てなくなっていき、両断された格好となってゆっくり地面へと崩れ落ちてしまう。
同時に、足場を失ったエジーンとトルゴーも墜落していく。ただしトルゴーはすべての力を使い果たしてしまったのか、体勢を立て直せず頭から真っ逆さまだ。
「まったく、世話の焼ける……!」
ぼやきながらもルブウが走りだした。
だが彼よりも早く、地面に叩きつけられる寸前だったトルゴーを受け止めた者がいる。見事な着地を決め、すぐに反転したエジーンであった。
両腕でトルゴーを抱きかかえた彼女は言う。
「最後が締まらないな」
「あれ……? エジーンちゃん……? なんで……?」
「だからいい加減ちゃん付けはよせ」
そう叱責しながらも、エジーンの横顔はかすかに笑っているように見えた。
だがまだ問題が残っていた。エジーンもトルゴーも、巨大蜘蛛の体液を思い切り浴びてしまっているのだ。
慌てて駆けつけたルブウが、すぐさま友人の全身を確認している。
「異常は……見当たらず。どうやら毒液ではなかったようですね」
ずり落ちた眼鏡もそのままに、「ふううう」と長い息を吐く。トルゴーの無事に心から安堵している様子だ。
エジーンは納得したように小さく頷いた。
「なるほどな。推測するに、口内で毒素と混ざり合うのだろう。つまり体液だけでは何の害もないというわけだ」
「いやいや……ボクにかかれば毒なんてへっちゃらってだけさ……」
「こいつ、減らず口を叩く元気だけは残っているのか」
「構う必要はなさそうですね。トルゴーは置いていきましょう、エジーン」
「ふん、それもいいな」
ドミカリフの視線はずっと若い三人の輪へと向けられていた。
エジーン、ルブウ、トルゴー。何と頼もしい若者たちであることか。
長々と手放しで褒め称え、力強く抱擁したい気持ちをぐっと抑えながら近づき、ドミカリフは一言だけを口にした。
「見事だったぞ」
どうして怪物が都市部へ突然出現したのか、そのあたりの状況はまだ何も判明していない。探っていけるのかどうかさえ不明だ。
先のことを思えば頭が痛くなる。懸念材料しかない。
だが今この瞬間だけは、眩しいほどの輝きを放っている若者たちの未来を祝福し、ともに勝利の余韻に浸る素晴らしい夢を見ていたかった。




