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オリカ・イズ・デッド、それから  作者: 遊佐東吾
第1章

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27/40

7-2:喫茶オアシス、彼女なりのサステナビリティ、声

 落ち着ける喫茶店がいいね、とアリスは言った。

 なのに彼女に連れられてやってきたのは、まさかの喫茶オアシスである。


「もう営業していない店だろ、ここって」


 先ほどセイゲンたちと合流したばかりのキョウスケが不平を漏らす。

 事実その通りだ。ビル内で最後まで残っていたテナントだったそうだが、それでもすでに閉店し、中身のない抜け殻のようになっている。

 それでもアリスは提案を撤回しなかった。


「まあ、いいからいいから」


 さっさと入りなさい、とまるで母親のような口ぶりで入店を促してくる。

 まずセイゲンが入り、その後にアリス、さらには宙宮家の四きょうだいが続く。

 全員が足を踏み入れた途端、喫茶オアシスは生まれ変わった。

 いや、時を逆行したと表現するべきか。


「嘘でしょ……」


 全部がめちゃくちゃ綺麗になってる、とフブキでさえも驚きを口にした。

 カウンター内の諸々をチェックしたハルクも「おおっ」と声を上げる。


「セイさん、すごいすよ。飲み物や食料もまるでついさっき買ってきたみたいだ」


「え、じゃあ何飲もっかな」


 さっそくキョウスケも順応して冷蔵庫を漁りだす。

 常識では考えられない現象に、セイゲンは離れ業の主へ視線を向けた。


「いったい何をやったんですか」


「ちょっとした魔術よ。少しの時間だけ、この喫茶店をかつての姿に戻したの」


 高さのあるカウンターの椅子に腰かけながら、アリスが簡単に言ってのけた。


「あなたたちにはまず、魔術の存在から話していかないとね。百聞は一見に如かずって言うじゃない?」


 そんな彼女の前に、ハルクが適当に淹れていたドリップコーヒーが出される。

 ミコにはオレンジジュース、キョウスケはジンジャーエール、フブキとセイゲンはアイスティーだ。

 最後に自分用のドリップコーヒーを用意し、少し口をつけてからハルクが言う。


「さすがにもう魔術の存在を疑ってはないよ。だけど、この世界にそんなものが本当にあるとは思ってもみなかった」


 大なり小なり、この場にいる全員が似たような感覚でいるのだろう。

 目の前にいるアリス本人が何よりの証拠である以上、魔術の存在は受け入れるしかないのだ。

 ホットコーヒーにスティックシュガーを二本投入し、彼女が応じた。


「だって私はこの世界の住人じゃないからね」


「そこはまあ、薄々感じていました」


 アリスの言葉はセイゲンの推測とも合致している。

 元々が魂だけの存在といっていい彼女は、この世界にやってきたことで肉体を得なければ生き延びられない事態に遭遇した。

 そこで自殺寸前だった佐原桐子と悪魔の取引をし、首尾よく肉体ゲットに成功した、とセイゲンは考えていた。蓮川結やアリスから伝えられた情報を総合すれば、このような推論しか導けなかったのだ。

 奥のボックス席に陣取ったフブキも加わってきた。


「あたしもホシヒコと同意見。むしろ気になるのは、その別の世界って場所から、他にもあんたみたいなやつが来てるのかどうかってこと。だって魔術をみんながポコポコ使えるなんて、そんなファンタジー世界、恐ろしすぎるでしょ」


「そこは安心していいよ。向こうからはまず来られないし、こっちの世界に関する資料や研究もほとんどないから、興味を持っている者さえ稀だもの」


「あなたもそうではなかったんですか、アリス」


 立ったままでいるセイゲンからの問い掛けに、彼女が首を振った。


「言っておくけど私は特別。だってこっちの世界にいた人間の娘なんだから。あちらの世界へ召喚されて、戦い続け、英雄と呼ばれたパパのね」


 アリスは念を押すように語る。

 また一つ、新たな事実が明るみになった。彼女の父とはつまり、宙宮家きょうだいにとって祖父にあたる人物だ。


「こっちの世界の人間があっちの世界に召喚されると、異様に強い魔力を内在するようになるの。その点についてパパにはある仮説があったみたいでね。おそらくそれは、不要になった肉体の分の生命力を魔力に換算したからじゃないかって」


「なるほど。理屈には合っていますね」


「でしょう? だから私としては、その逆のパターンを見てみたかったのよ。魂だけの存在が肉体を得てこの世界に定着した場合、元々の魔力はどうなるのか」


 ここでアリスは言葉を切り、コーヒーを飲んで溜めを作った。

 そのわずかな間がフブキにはじれったく感じられて仕方なかったらしい。


「だからどうなのよ。早くその先を言いなさいって」


「はいはい。きょうだい揃ってせっかちなのね」


 アリスの揶揄にキョウスケが顔をしかめていた。

 先日の邂逅時には彼も同様の文句を言われたからだろう。


「じゃあ結論から言おうか。所有している肉体の生命力を魔力に変換すれば、以前と同様に魔術を行使できる。つまり、命を削れば何の問題もないってわけ」


 さらりとアリスが告げる。

 ただ、今の発言には問題が多すぎることにセイゲンは気づいた。

 フブキもその点にすぐ思い至ったらしく、「おかしいでしょうが」と噛みつく。


「だったらあんた、何で若い見た目のままでいられるのよ」


 まさに彼女が指摘した通りだ。

 アリスの説明を信じるのであれば、何度も魔術を使ってきた時点で女子高生のような姿格好でいられるはずがないのだから。

 若さを維持するどころか、老化の速度を早めたと見る方が理に適っている。


「もしかしてこの体のこと? あはは、バカね。こんなのもうとっくに佐原桐子の肉体じゃないって。使い潰しちゃってるんだもの」


 十代の少女らしい笑顔のはずなのに、セイゲンの目には恐ろしく邪悪に映った。

 さすがにフブキも絶句している。ここから先の対話はろくなものにならないと彼女も理解しているのだ。

 セイゲンも後悔の念を抑えられない。ハルクはともかく、キョウスケやミコまで呼び寄せる必要はなかったのではないか。

 だがそれでも、歯を食いしばってさらなる核心へ踏み込んでいく。


「佐原桐子の体でないとすれば、アリス。今の体は何人目ですか」


「おっと、セイゲンくんはいい勘してるねえ。プロ棋士になれなかったのが不思議なくらいだよ」


 軽く院生時代を茶化してくるあたり、セイゲンのこともちゃんと調査済みだったらしい。

 そして彼女は「十三」と口にした。


「桐子から数えて、これが十三番目の体だよ。もちろんあなたたちを生んだ体もそれぞれ別個体だから、その意味でいえば父も母も違うきょうだいってわけだ」


 受けるよね、と何がおかしいのか一人でけらけら笑っている。

 母であり、決して母ではない女の述懐は続く。


「私はさ、やりたいことをやりたいだけなの。魔術の行使を控えてひっそり生きていたくなんかないし、子供はたくさん生んでみたかったし、でも育てるのは面倒そうだったから他人に押しつけたかったし」


「どんだけ手前勝手に生きれば気が済むんだよ。最低のクソカスだな、あんた」


 低い声でフブキが吐き捨てる。

 けれども問い質しておかねばならない点はまだもう一つ残っていた。毒食わば皿まで、善悪の是非はひとまず脇へ置いておき、セイゲンは努めて淡々とアリスへ訊ねる。


「だったらあなたはなぜ、今も佐原桐子そっくりの外見なんですか」


「んー、そうだねえ」


 大した理由ではないんだけど、とアリスは口元に手を当てた。


「蓮川結への嫌がらせ、かな」


「え? たったそれだけ?」


 思ってもみなかった返答に、セイゲンも驚きを隠せなかった。


「それだけって言うけどさあ。まだ桐子の体を使っていたとき、蓮川結を目にするたびにかすかな痛みが走ってね。桐子の魂の残滓が肉体にこびりついていて、どうやらそこが痛んでいたらしいの」


 あれは不快だったな、とアリスは遠い目をしている。


「だから……ですか? 蓮川結に、いつまで経ってもかつてと同じ姿をした佐原桐子がいるように見せかけたのは」


「そうだよ」


「わざわざ顔を変えてまで? ただ彼女を精神的に追い込むためだけに?」


 セイゲンの価値観の中にはない手段だ。眩暈がする。

 胃もすでに限界寸前だが、まだ倒れるわけにはいかない。


「そのくらいの整形手術なんてわけないからさ。まあ、佐原桐子の姿の方がこっちの指示にすぐ従ってくれるだろうって計算もあったのは否定できないね」


 ここでアリスが話題を変える。


「そういえばあの女、あれからどうしたの? 自死でもした?」


 昨日何食べた、とでも訊ねてきているような気安さだ。

 本当に、この場で心底思い知る。今セイゲンが対峙しているのは、他者のことなど塵芥程度にしか考えていないモンスターなのだと。

 咽喉が塞がったかのように言葉が出てきてくれないセイゲンに代わり、全身で敵意を剥き出しにしながらもフブキが答えた。


「彼女なら、ひとまず轟音寺のご住職に身柄を預かってもらってる」


 蓮川結、あるいは宙宮カレン。きょうだいたちの誰もが彼女と一緒に暮らすことを望まなかった。さりとて見放すこともできない。

 真昊住職に相談してみたところ、「よければうちへ」と提案してくれたのだ。あまりにも世話になりっ放しで、足を向けて寝られないとはこのことだ。

 しかしアリスにとってはお気に召さない返事だったらしい。


「なあんだ。ずっと裏切られてきたってのに、哀れな偽者の母を見捨てることのできない子供たち。美談よねえ」


 小馬鹿にしたような口調で、こちらの神経を逆撫でしてくる。


「はあ、急につまんなくなってきたな。オリカの話はまた今度でいい?」


 ため息とともにカウンター上で頬杖をつき、セイゲンへと流し目を送ってきた。

 もちろん彼に応じられるはずもない。

 どうにか説得しようと口を開きかけた、その瞬間だった。

 喫茶オアシスの店内に、いきなり小さな黒い球体が現れる。最初はビー玉くらいの大きさでしかなかったのが、次第にピンポン玉、野球のボール、ハンドボールと広がっていく。

 何もない空中に出現したところから察するに、明らかに魔術の類だ。


「それ、絶対に触っちゃダメよ」


 下がってなさい、とアリスから鋭い制止の声が掛かった。

 ということは、魔術の主は彼女ではないということになる。

 状況がよく理解できず、セイゲンとしても困惑するしかない。


『どうだ? ちゃんと繋がってるか? これでいけるはずなんだが』


 ブラックホールを想像させる黒い穴には何も見えないが、明らかにそこから聞き慣れない声がする。男の声だ。

 だがアリスは違った。


「あらら。二度と耳にするつもりはなかったのに、随分と懐かしい声ね」


『その高慢ちきな話し方……おまえ、アマリリスだな?』


 やっぱり生きていてくれたか、と黒い穴の向こうで声の主は歓喜しているのが伝わってきた。どうやら二人は旧知の仲らしい。

 つまり、この黒い球体はあちらの世界から開かれた魔術ということになる。


「やめてよ、そんな古い名前。今はアリスって名乗ってるんだから」


『何でもいいさ、アマリリスでもアリスでもリリスでも』


 男の声はいつの間にか涙混じりになっていた。


『生きてさえいてくれれば、それでいい』


 向こうにいる男は、普通に生きていれば絶対に交わることなかった相手だ。

 なのにセイゲンとしては初めて接する気がしないくらい、彼が絞りだした言葉に共感を覚えてしまった。

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