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灰色少女の片思い  作者: あかは
9/9

後話 その後の二人

「ファニー、仕事道具はちゃんと持ってる?」

「うん。行ってきます。」


母の声に答えてファニーは外へ出た。今、ファニーは実家に戻って来ている。


キールと気持ちを確認し合ったあの日。加入するギルドには通いで行くことにしたが、住んでいた家の契約は出ていくつもりで解約していた。それで一旦、戻ることにしたのだ。


(まさか、ウイルドが工房だけ引っ越すと思ってたなんて。)


ギルドに住居を移すのはやめよう、となってウイルドの所に行くと『工房だけ移すんじゃないの?』と言われたのだ。


(結果的にはよかったんだけど、私ってほんとにうっかりしてる。)


それから3ヶ月。実家から工房に通うのに慣れてきたところだ。


(なんだか、嘘みたいだ。)


少し前まで想像もできなかったが、ファニーとキールはいま恋人である。記憶の限り、それで間違いないのだが現実感が薄い。


(それもこれも、私が・・あんまりなせいで・・。)


新しい職場は、新しい素材と手法に溢れていて、仕事にかける時間がいくらあっても足りない。あまりに楽しくて、他のことがおろそかになってしまうのだ。


キールには会いたい。会いたいし、話したいし、いろいろあるが仕事のせいで、タイミングがなかなか合わない。


(でも、待ち合わせを勘違いしたり、忘れたりしてるのは完全に私が悪い。)


我に返ると、キールが愛想をつかさないのが不思議なくらいだ。3ヶ月前のあれが、夢だった・・という夢を既に三回は見ている。


「よう。」


仏頂面のキールがいた。緑色の髪を整えて、魔術師とわかる服装だ。道の脇に立っているが、なまじ顔とスタイルがいいせいか目立つ。


なんとか3ヶ月前のアレが夢でなかったと思えるのは、こんな風に朝の出勤時間を合わせてくれているせいである。


(顔が怖い。でも毎朝会えるのは嬉しい。)


「おはよう。」

「髪、はねてるぞ。」

「えっ。うそ。」


慌てて顔の横の髪に指をからめて整える。すると、キールがもどかしげな顔で手を伸ばしてきた。


「違う、こっち。前髪。」

「・・・・!!」


額に手が置かれ、前髪を押さえるように優しく撫でられた。途端に、ファニーの全身の毛が逆立つ。


(うわああ!心臓が・・!)


キールにもその緊張と動揺が伝わったのか、決まり悪げに目をそらされた。


「ダメだ。たぶん、なおらない。」

「そ、そそっそう?!」

「行くぞ。」


そう言って手が差し出される。毎朝一緒に通勤するうちにいつからかキールはこうして手をつなぐのを要求してくるようになった。


ファニーがその上にそっと手のひらを乗せると、握られて、胸が跳ねた。初めてではないし、毎朝なのだが馴れることができない。


(キールは平気なのかな。顔が見えない。)


広い背中が見えるだけだ。ファニーはむずむずするような、嬉しいような気持ちを一人で持て余した。


(そもそも手をつなぐ、というより子供をつれてるような感じになってるような。)


いつも手をつないでいるときは、一歩先をキールが歩いていて大して話しもせずに手を引かれている。できれば並んで歩きたいが、もはや今の形がルーティーンになっていて言い出しにくい。


(それに並んで歩くのを嫌がられたら、ちょっと立ち直れない。)


「着いたぞ。」

「う、うん。」


気がつけばギルドの事務所の前だ。工房はここのすぐ近くだが、あまり場所を教えてはいけないので、いつもここで別れる。


(もうちょっと、一緒にいたいなあ。)


「お前、そういう顔で見るな。」

「えっ。へ、へんな顔してた?」


やっぱりもっと美人の彼女がいいと、夢の中で五回は言われている。キールが少し顔をそらしたので、ファニーは焦った。


「そうじゃない。・・あー・・っと、今日も遅いのか?」

「今日は、明日の棚卸しのために通常業務時間より遅くなるなって言われてる。だから、遅くない。」

「じゃあここで帰り、待ち合わせていいか?」

「・・うん。」


(嬉しい。)


「・・・・。」

「どうしたの?」

「いやお前、最近よく笑うようになったよな。」

「そうかな。」


全く実感がない。むしろそれを言うなら、最近キールが優しくなったと思う。前はもっとキツい言い方ばかりだったが、そういうことが少なくなった。


(それと、目が。)


緑の瞳が優しくこちらを見ている時がある。そのことに気づくと、ファニーはなんとも言えないふわふわした気持ちになった。


「あら、キール!ファニー!おはよう!」


宙を浮いていた気持ちは、割り込む声で破られた。そちらを向くと事務所の扉が開いていて、金髪の女性がいる。キールが手を上げて、応じた。


「おはよう、カレン。」

「キールに頼まれていたもの、届いているわよ。」

「じゃあ、今受けとるよ。」


キールがちらりとこち向く。


「じゃあまた、あとでな。」


言われて、頷く代わりに手を振る。キールの姿はそのまま事務所の中に吸い込まれて行った。


(カレンは美人だなあ。)


もやもやとした気持ちで、足を工房の方に向ける。蜂蜜のような輝く金髪。空のように澄んだ水色の瞳。ファニーには無いものばかりだ。


(いいなあ。)


このギルドは、元々キールがよく使っていたらしい。あの日、ウイルドから聞いて知った。


(どうして私なんだろう。)


あの日のことが夢だったのではないかと何度も思う。カレンのような美人が身近にいて、なぜファニーを選んだのかわからない。なにかのきっかけで、あっという間にキールの心は変わってしまうんじゃないだろうか。

そんなことを考えていたことが悪かったのだろう。


「ファニー!?何してるの?!」

「え?」


工房を訪れたカレンが、悲鳴をあげた。ファニーが自分の手元を見ると、少しだけ温める予定だった素材が燃えている。


「わああ!」


慌てて上から、ぼろ布を被せてはたく。幸いそのまま火は消えたが素材は当然、灰になった。そこから灰になった素材の在庫を探して、改めて作業を再開したが遅れはなんともしがたかった。


(キールと約束したのに。)


なんとか仕事を終えると外は真っ暗で、予定の時間を大きく過ぎていた。


ファニーは走った。こんなに走ったのはいつぶりだろう。工房からギルドの事務所へは近いが決まった道を通ることになっている。大したことのない距離だが、いまは焦りを掻き立てる。


ようやく事務所の前が見えて、見慣れた緑の髪が見えたときは安堵のあまり、力が抜けてへたりこんだ。


「おい、大丈夫か?!」


こちらに気づいたキールは、怒った様子も無く心配げに駆け寄ってきた。普段運動しないせいか、ファニーは息が全く整わない。


「・・・・っは。はぁ・・はぁ・・めん、なさい。」

「お、おお。」


すでに事務所の扉は閉まっているし、人通りはない。キールはファニーの横に座った。


「まあ、落ち着け。」

「ごめん・・なさい。」


優しくされて、泣きそうだ。本当になんでこんな美人でない、ポンコツを恋人にしてくれたんだろう。


「・・いい。悪気はないんだろ。」


頭を軽く撫でられる。そうされると、自然に落ち着いてきた。と、涙が出てきた。


「え?!な、なんで泣くんだ!?」

「うぅうぅうー。だって、キールが優しいから・・。」


自分でも混乱しながら、涙を拭う。


「優しくないだろ!?」

「こ、こんなどんくさい、地味だし、すごく待たせたし、ほ、ほかにもっときれいな人、いっぱいいるのに・・。」


鼻をぐずぐずと吸いながら、言いつのる。すると、隣からため息が聞こえた。


「ご、ごめんなざい~。」


呆れられたのかと、うつむいてもう一度謝る。返ってきたのは、つっけんどんな声だ。


「手ぇ、だせ。」


何の気なしに右手を出した。


「ちがう。反対。」


訳もわからず左手を出すと、正面に移動したキールに掴まれて、薬指になにかはめられた。


「ほら。」

「え?」


戻ってきた自分の左手の薬指を見る。そこには、緑の小さな石のはまった指輪があった。


「俺は()()だから、色々うまく伝えられてない。」


驚いてキールの方を向くが、今度はキールが俯いていて目が合わない。


「ファニーのことを、・・か、可愛いと思ってるから毎朝迎えにいってるし、手もつないでる。」

「う、嘘・・。」

「別れ際に名残惜しそうにされると、嬉しいし、笑った顔を見れるともっと嬉しい。」


(な、なにこれ。なにこれ。夢?!)


「ずっと一緒にいたいし、他のやつには絶対渡せないって思ってる。どんな美人より、・・ファニーがいいんだ。」


(う、嬉しい。恥ずかしい。死ぬ・・!!)


「ファニーは、こんな口が悪い、ちゃんと優しくできないやつは嫌かもしれないけど。」

「そ、そんなことない!キール、優しい。今日も待っててくれたし。」


キールの顔が上がり、目が合う。心なしか目の前の顔は赤い。


「朝会えるの、私だって嬉しい。手をつなげるのも。あ、でもできれば並んで歩いてくれるともっと嬉しいけど、いやだったら別にっていうかその・・。」


見つめ合ったまま話続けるのに、どうしようもない気恥ずかしさが襲ってきて、最後までちゃんと言えない。目をそらして、なんとか一番大事なことを口にする。


「・・わ、私もキールがいい。」


言ってから恐る恐る見れば、キールは微笑んでいた。本当に嬉しいことがわかる表情だ。


「こんな俺だけど、ずっと一緒にいてくれないか。この指輪はそういう意味だ。」

「う、うん。ずっと一緒にいる。」


ファニーの恋人は今度は可笑しそうに笑った。


「結婚しようって意味だぞ。」

「うぇ?」

「返事は?」

「あ、え、・・私でいいの?」

「・・返事!」

「は、はい!」


言って、今度はファニーは吹き出した。プロポーズされてこの返事はさすがにおかしい。二人は笑ったまま、自然に視線を合わせた。


「ファニー。俺と結婚して?」

「うん。キール。私と結婚してください。」


キールはファニーの左手を取り、うやうやしくその薬指にキスした。そして、そのままその手をつなぐ。


「帰ろう。」


つないだ手は優しく引かれ、ファニーはキールの真横に立った。二人は歩調を合わせて歩き出す。

手をつないだまま見上げた隣の恋人の顔は、少しくすぐったそうな、幸せそうな顔をしていた。

お読みいただいてありがとうございました。

二人が本当にうまくいった話を書きたかったのでいれたお話です。

終わりかと思いきや、いれたいエピソードを書き足して・・と続いたお話ですが、これで本当に完結です。お付き合いありがとうございました。


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