番外編 不器用で不幸な魔術師の話3
パーティーの前にファニーを迎えに行くと。家には誰もいなかった。
(行く、と言って行かないみたいな嘘をいうやつじゃない。)
もしかして他の誰かが迎えに来たのだろうか。それとも一人で向かったか。迎えに行く、と伝えられなかったことを後悔する。
(一人で行って、招待状渡してすぐ帰るつもりか?)
キールはファニーの交友関係はほぼ把握している。それ以外でパートナーとしてパーティーに出席するような男がいるとは考えにくい。
(だけど万一そうだったら。)
我知らず胸を押さえた。なんにせよ、ここで会えなかったなら、パーティー会場に行くしかない。キールは急いで会場へ向かった。
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「は?誰・・?」
思わず、すっとんきょうな声が出た。ウイルドが吹き出している。
「こちら、フェリア・ストーンズ嬢だ。知り合いの商会のお嬢さんだよ。」
そこにはキールの知るファニーが、今まで見たこともないおしゃれをして、あり得ないほど朗らかに笑っていた。
(なに?フェリア?誰?)
こんなに明るく振る舞うファニーは見たことがない。頭がどうにかなりそうだった。見るからにファニーの顔なのに別の名前を名乗っている。
(そっくりな別人?でもこの間作ってもらった魔道具と同じものの感じがある。やっぱりファニーか?)
「フェリア・ストーンズです。」
「キール・コールディです。魔術師をしています。」
自己紹介をする自然な笑みに、キールはますます混乱する。
(どうしよう。凄く可愛い。)
脳内の自分が身悶えしている。するとウイルドがファニーの手を急に取った。
「では、フェリア。楽しんで。」
手そのままファニーの手の甲にキスして、ウインクした。ファニーが、頬を染める。途端にキールの頭は真っ白になった。嫉妬で何もかも焼ききれそうだ。
(落ち着け。)
まさかまたウイルドを殴るわけにはいかない。なんとか咳払いを一つして、声をかけた。
「バルコニーへ行ってゆっくり話しませんか?」
「え?」
驚くファニーに、断られたらと焦りが走った。
「だめですか?」
「いいえ。喜んで。」
柔らかく微笑まれて、キールは膝からくずれそうだ。
「では。」
なんとか耐えて手を差し出すと、柔らかな指が乗せられた。ほとんど初めて握るその手を、胸の鼓動を聞きながら引いて、外へ向かう。
冷たい空気に少し頭が冷えた。
(余った妖精の石で同じ魔道具を作って身につけて、その外見になって、別人のふりをしているのか。)
魔術系の幻はキールには効かないと言ったことがあるはずだが、すっかり忘れているのだろう。
(俺に興味がないんだろうな。)
考えて少し憂鬱になると、後ろでよろめいたようで強く手を握られた。
「大丈夫ですか?」
「い、いいえ?」
(あー。ファニーだ。間違いない。)
どうせ別人のふりをしているなら、自分も紳士のふりをしよう。
「星がきれいですよ。」
雲ひとつない夜空にいくつも瞬く星を指差す。
「本当。こんなにきれいに見れることって、あんまりないわ。」
あっとばかりにファニーが口を覆った。口調が崩れていつもの感じになっていた。
「そのままでいいよ。俺も堅苦しいのは疲れる。」
「今日は一人でここに来たの?」
「そうじゃない予定だったんだけど、そうなった。」
「ふられた?」
(この鈍感。人の気持ちも知らないで。)
「なんでかな。うまく伝わらないんだ。」
「片思いなの?」
「そう。」
こんなに目の前にいるのにな。全く伝わる気がしない。まあ自分のせいでもあるが。
「・・知り合いに似てたんだ。」
もはや、自棄だった。
「片思いの相手。」
そう言ってじっと見つめてみる。
「とても、綺麗だ。」
「え、・・キー・・」
「あ、いたいた。フェリア、ちょっと来てくれないか。」
口説いてみようとしたら、ウイルドの間の抜けた声が聞こえて脱力しそうになる。ここまでか。
「片思い、うまくいくように祈ってるわ。じゃあ、これで。」
別れ際の台詞に胸を突かれる。うまくいくように祈れるんだな、と。
「ああ。ありがとう。」
虚しい気持ちで答えて、そのまま会場を後にする。そのまま寝床でぐるぐると思い悩み、眠れずに朝を迎えた。
(ちゃんと話したい。)
結局、大事なことはなにも伝えていない。昼前にキールはファニーの家に向かった。たどり着くと、珍しく鍵がかかっていた。
(もしかしてもう引っ越した?!)
あわてて戸を叩く。
「ファニー!いないのか?ファニー!」
何回くらい叩いただろう。叩くのをやめたら、何かが終わってしまうような気がして、やめられない。
わずかに開けてある隙間から、灰色の瞳が見えた。
「いた!ファニー、そこにいるな!」
思わず声を荒げると、ゆっくりと扉が開いた。寝間着にぼさぼさの髪。目の回りは腫れている。
「うわっ。なんだその顔、絶望的にひどいな。」
「・・何の用なの。」
早速の自分の失言に臍を噛む。
「とりあえず、中に入れろよ。」
強引に入って、椅子に腰かける。帰って欲しそうだったが、ファニーにも座るように促す。部屋を見ると、物がまとめられていた。わかってはいたが、胸が苦しい。
「・・お前、引っ越すのか。」
「キールに関係ない。父さんと母さんには、ちゃんと後で連絡するわ。」
横を向いて言われて、苛立ってつい手が出た。あごを掴んで無理にこちらを向かせる。
「俺は?」
ファニーはなにも言わない。キールは手を離して、視線をはずした。
「なあ。俺のせいか?」
「な、なにが?」
「一人立ちするって家をでたのも、今回の引っ越しも。」
「違うわよ。」
「じゃあなんで。」
「・・・・・。」
問い詰めても仕方ない。わかっているけれど止まらなかった。なんでこんな風に回り道に入ってしまうのか。
「お前、悪魔かなんかか?」
気づかれないのではなくて、弄ばれているような気がしてきた。
パーティーでのことを問いただすと、ごまかそうと俺と会ってないなどと言う。これはあの時考えた通り、別人のふりをしていたつもりだったんだな。
「俺に魔術系の幻は基本効かない。」
ファニーが青ざめる。思いもよらなかったようだ。
「誰・・?って。」
「誰かさんが、見たことも無いくらいイイ笑顔を振り撒いてるんだ。いっつも仏頂面だった、誰かさんがね?絶対着ないようなドレスを着てだ。一体誰かと思うわ。」
「は、はい。すみません。」
「ウイルドが、違う名前言うし。ホントに別人か、いや魔道具の気配あるし本人かと混乱してたら。・・・ウイルドが挑発してくるし。」
最後の声は小さくなって、呟きのようになった。ふと、キールは怯えたようなファニーの顔を見て、内心焦る。
(だめだ。このままだといつものように、ちゃんと話ができない。)
「う、うわあああー!」
「な、なんだよ。」
急に叫ばれて、思わずたじろぐ。
「死にたい・・。」
「なんでそうなるんだ。」
「うう・・。こんなはずじゃなかった・・。」
「・・とりあえず、お前に悪気が無かったのはわかった。」
「はい。」
「で?」
「はい?」
「いい加減、わかった?」
「な、なにが?」
無邪気な顔に腹が立ってきた。
「・・俺の、片思いの相手。」
「え?」
そこからなにやら考えている様子だが、どうにも的外れなことを考えているとしか思えない。実際、的外れな事を言われた。
仕方がないので、キールから見た昨日の様子を改めて説明してやる。最後はとてもファニーの顔は見れなかった。
「・・キールが私のことを好きだって言ってるみたいに聞こえる。」
すぐにそれには答えられない。
「えっ。あっいや、ご、ごめんさすがに勘違いよね。」
「・・そうだよ。」
なんとか絞り出した。
「あ、やっぱり。」
相変わらず、マイナスのアンテナが抜群だ。
「違う!俺は、お前のことが好きなの!」
「ふぇっ・・!」
「だー!もう。お前ってほんと・・。」
めっちゃ可愛い・・とは言葉にならない。
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい。ほんとごめんなさい。」
告白して謝られるのは、お断りということか。
「まあ、わかった。なんか色々わかった。」
キールは脱力して、うつ向いて立ち上がる。
「もう、帰るわ。俺が悪かった。」
「え?」
「しつこくして悪かったよ。もう来ない。お前も来て欲しくないから引っ越すんだろ?わかったから。」
外に出ようとした体が止まる。振り向くと服が引っ張られていた。
「気のない男を引き留めたら、だめだ。鍵もちゃんと帰って来たとき、でかけるときは閉めろよ。」
服をつかむ手をゆっくり押し戻す。ファニーはなにかモゴモゴ言っている。
「何言ってるかわかんねえ。まあ、そうさせてたのが俺なんだよな。今回よくわかった。」
これで終わりだと引こうとした腕を、ファニーの手がつかんだ。
「おい・・?」
「わたし、キールが好きなの!」
「は?」
なんか今、現実で絶対聞けないことを聞いた気がした。思わず掴まれた手を握り返す。
「え、なに・・?」
「わ、わたし・・。」
聞き返すと、ファニーが横を向いた。だけど、そんなことで逃がせない。
「俺のことが好きなの?」
真っ赤な顔のファニーを覗き込むと、もう目一杯だという顔で涙ぐみつつ、首を縦に動かした。
(空耳じゃない。)
たまらず、抱きしめていた。柔らかい感触に、幸福感がこみ上げる。
「き、キール?」
「もう、無理だと思った。・・ファニー。」
確かめるように名前を呼んだ。
「な、なに?」
「ファニー、好きだよ。」
顔を寄せると、ファニーがぎゅっと目をつぶる様子がかわいらしい。思わずくすりとしつつ、唇を寄せた。
やっと幸せな恋になりそうだった。
お読みいただきありがとうございます。
本編書きながら、ずっとこういうキールを考えていました。お楽しみいただけたなら幸いです。