第29話外伝2 The Torment of Charlotte Second Part
<Side:Charlotte>
――気がつくと、私は死体に囲まれていた。
えっと……? どういう状況?
周囲を改めて見回すと、男も女も、あの老婆さえも血を流して死んでいた。
いえ、正確に言うなら、流れた血が固まって床にこびりついている、ね。
そんな死体を良く見ると、その身体には切り傷や刺し傷があった。
これは……誰かに殺されたっていう事よね……? でも、誰が?
よくわからないけど、何者かによって皆殺しにされ、私だけが助かったみたいね。
その理由もまたよくわからないけど、考えられるのは、気絶していた事で死んでいると勘違いされた……といった所かしら?
そう考えつつ、とにかく洞窟の外へ出る事にする。
「っ!?」
洞窟を進み、例の呻き声らしきものが聞こえてきた所で、私はあまりの光景に目を疑う事となる。
なぜなら……そこには、牢屋のようなものが並んでおり、それらの中には鎖で吊るされた老若男女、さまざまな死体があったのだから。
しかも、それらはどれもこれも全身に黒い痣のようなものが無数にあり、杭のようなものが多数打ち付けられていた。
……一体、私の一族は何を……?
一族に対する、えもいわれぬ怒りと不愉快さを感じつつも、私はその場を通り抜け、洞窟の入口へと向かう。
ほどなくして洞窟の入口が見えてくるが、外は闇に包まれていた。更に雨音まで聞こえてくる。
……いつの間にか夜になっているみたいね。雨も降っているようだし。
洞窟の外へ出ると、雨が身体に降り掛かってくる。……少し寒いわね。
周囲を見渡すとやはり死体が転がっており、やはり切り傷や刺し傷があった。
この状況……里の方は――
私は考えるよりも先に足が動いていた。
そうして全力で走って見えてきた里の光景は、家という家が壊されており、里の民の死体がそこかしこに転がっているというものであった。
……そうであろう事は分かっていたけど、きっと違うだろう、違っていて欲しい、というその一心で、走って来た。
しかし、実際にこの目でこの惨状を見ると、信じたくない事を信じざるを得ない。
――あの洞窟での所業を見て経験した私にとって、既に私の一族は軽蔑するに値する存在でしかなく、そんな連中がいくら屍を晒そうがどうでもいいわ。
だけど……里の者全てが、一族に連なっているわけではないのよ。全然関係のない人間だって多くいる。でも、そういった人間も全て殺されていた。
私は絶望感に苛まれつつも、暗い夜道を雨に打たれながら自分の家――高台の屋敷へと向かって歩いていく。
と、屋敷が見えてきた所で何かが地面に落ちているのが目に入った。
……? なにかしら?
そう思って落ちている物をよく見てみると、それは破れた服だった。
これは、たしかクーちゃんの着ていた服……?
周囲を見回すが、クーちゃんの姿は見当たらない。
他の里の民たちと同じように、殺された……?
にしては、死体がないのが不自然だ。
そもそも、破れた服が落ちている状況がおかしい。
……まさか、この死体の山を築いた何者かによって連れ去られた?
そう、連れ去る時に破れたと考えれば合点がいくわ。
――そんな事を考えていると、私の耳に声が届く。
「この現状……全滅、か?」
「その可能性が高いですねぇ……。酷い光景です……」
「まったくだ……。ここを襲った連中は?」
「盗賊団……のようですが、この惨状ですと信憑性に欠けますねぇ」
……盗賊? 襲った?
という事は、このふたりは救援に来たという事かしら?
声のした方へ行くと、反りのある長い剣を佩く黒髪の男性と、その横に立つ不思議な眼鏡を付けた女性の姿があった。
「あ、あの……」
私が恐る恐る声をかけると、
「お? おお……! 生き残りが居たか! おい!」
「は、はいっ! 急いで薬師を呼んできます!」
男性の言葉を聞き、駆け出す女性。
残った男性の方が、身につけていたレインコートを私にかけてくる。そして、
「俺たちは、あーっと……これは言っていい……のか?」
何かを言いかけた所で、考え込む。
「……どうかしたんですか?」
「あー、成人の儀とやらが終わったら与えられる情報がないと、言ってはならないっつー事になってる話があるんだが……あんたはその儀式は終わってんのか?」
「いえ……途中でした。……でも、あの儀式は外道極まりないというか……改めて終わらせる気はありませんね」
「ん? 外道極まりない? どういう事だ? 儀式の内容については俺も良く知らんから教えてくれると助かる」
男性が雨を避けるために近くの軒先へと移動しつつ、そんな風に言ってきた。
私は同じく軒先に移動すると、紋章窟で見聞きした事を伝える。
「……なるほど、たしかに外道の所業だな、そいつは。……同じ竜に連なる存在でも、ここまで違いがあるとはな……」
座って私の話を聞いていた男性が、静かに、しかし怒りの感情を見せながら言う。
「……分かった。なら、成人の儀が済んでいるものとして話すとしよう」
「いいのですか?」
「ああ。特別だがな」
そこで一度言葉を区切り、立ち上がる。
そして、私の方を向き、男性が語る。
「――俺の名はレンジ。俺たちは『竜の血盟』っていう組織……いや、組織とは少し違うか。まあ……ともかく、そういう名前が付いている集団に属している者だ」
「竜の血盟……? 聞いたことがありませんね」
「まあそうだろうな。世界の――歴史の表舞台にその名が出てくる事はないからな。まあ、どういうものなのかは後で説明するとして……まずは謝らせてくれ。――この里が襲撃されるという情報を掴んで飛んできたんだが……遅かったようだ。すまない」
そんな風に言って、頭を下げてきた。
「いえ……」
私はそれだけしか言えなかった。
この男性――レンジという人も、竜の血盟とかいうのも、どちらも悪いわけじゃない。悪いのは襲撃してきた何者か。
だけど、もう少し早く着いていれば、もっと助かったのに……という思いもある。
だから、否定も肯定も出来ない。
仕方なく私は話題を変える事にした。
あまり聞きたくはないけど、聞かなくてはならない事があるし。
「……私が声をかけた時、他に生き残りは誰もいない、という感じの反応でしたけど……本当ですか?」
「ああ……。君に追い打ちをかけるような形になるから、あまり言いたくはないんだが……里の中を見て回った感じでは、生存者はゼロ。死体ばっかりだった」
「……その中に、子供の死体もありましたか?」
「子供? ……ん? そう言えば、子供の死体を見ていないな……」
私の問いかけに対し、そう言って不思議そうに首をひねるレンジさん。
もしかして、子供は殺されていない? どこかに連れて行かれた?
だとしたら何が目的なのかしら……
しばし黙考していると、レンジさんが問いかけてくる。
「ところで、何故君は生き残る事が出来たんだ? いや、そもそも襲撃してきたのはどんな奴らだったんだ? ……あ、いや、こういう聞き方は、あまり良い聞き方ではないな。すまない」
「いえ、お気になさらずに。ただ……」
それはむしろ私が知りたい。私はその襲撃してきた奴らを見ていないのだから。なので……
「その……私は、洞窟で気――」
気絶していただけだと伝えようとした瞬間、腕が熱くなる。
「がっ!? ぎぃっ!?」
こ、この痛みはっ!?
慌てて腕の紋章に視線を向けると、再び例の蛇が生まれてくるのが見えた。
「お、おい、なんだこいつは……っ!」
レンジさんが驚きの声をあげる。
「がっ、がはっ! ぐぎぃぃぃぃぃっ!?」
い、痛いっ! 痛い! 痛い! 痛いっ!
な、なんでっ!? あれで終わりじゃないのっ!? どうしてまた蛇がっ!?
ひぎっ、あぎぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
◆
「っ!?」
ガバっと勢いよく跳ね起きる私。
「……。……はぁ……。……はぁ……。……はぁ……。……。ふぅ……」
と、とんでもなく、嫌な夢を見せられたものだわ……
うーん……もしかして、今日行った地下洞窟の奥が、あの洞窟――紋章窟の奥に少し似ていたせいかしら……?
というか、どうやら私はアリーセと話をした後、そのまま寝てしまっていたみたいね。
今、何時なのかしら?
そう思って時計を見ると、23時59分58秒と表示されていた。
……え? しまっ!
――0時0分0秒。
ぐうっ!? ……痛みと共に腕――紋章のある辺りから蛇が生える。
いそいでナノアルケイン錠剤を……!
って、次元鞄をテーブルの上に置いたままだったわ……。ああもう……っ!
激痛で立ち上がるのもままならないので、私はベッドの上から床へと転がり落ちる。
床に身体を打ち付けるが、正直、そっちの痛みはまったくない。
そんなものよりも全身を襲う痛みの方が酷いからなんだけど、後でアザになっていそうね。
ぐうぅ……っ。
あの日から毎晩襲って来る呪いの如き痛みに耐えつつ、机の方へ這っていく。
……だけど、机が遠い。全身を襲う痛みのせいで思うように進めない。
なんだか、今日はいつもより痛みが酷い気がする。おそらく霊力を使いすぎたせいね……
と、そこで、ドアが勢いよく開かれ、
「シャルロッテ!」
という声が聞こえてきた。……ソウヤ?
そういえば、隣はソウヤの部屋だったわね……。さっきのベッドから落ちる音で異変に気づいた?
いえ、それだけじゃないわね。多分、壁を透視したんだわ。なんだか少しだけ視線を壁の方から感じたし。
ともあれ、ドアの鍵をかけていなかった事は、不幸中の幸いと言えなくもないわね。
「ぐ……っ、そ、そこの……あぐっ……テーブルの……う……う、上にある……次元鞄から……ぐうっ……あ、赤い箱を……」
そうなんとか口にすると、ソウヤは急いで机に駆け寄ると、次元鞄に手を突っ込んで、赤い箱を引っ張り出す。
「これか!?」
赤い箱を見せてきたソウヤに対し、
「う、うう……っ。そう……それ、よ……。その中の……赤い錠剤を……つ……っ、1つ、私の……口に……」
そう伝えるやいなや、ソウヤは赤い錠剤を取り出し、私のもとへやってくる。
そして、口の中に入れられたそれを私は噛み砕く。
と、それから十数秒ほどで効果が発揮され、痛みが一気に引き始めていった。
ふぅ……なんとかなったわね……。蛇はまだ出ているけど、こっちは放っておいても問題ないし。
「……ありがと、今日の痛みはいつもよりも酷かったから助かったわ」
一息ついたところで、ソウヤに対してお礼を言う。
昔より耐えられるようになったとはいえ、痛い事に変わりはないし。
「……一体、なんなんだ? この蛇みたいな奴――絶霊紋のせいか?」
まだ消えていない蛇を指さしながら問いかけてくるソウヤ。
……まあ、見られてしまった以上、話すしかないかしらね……?
もっとも……ソウヤになら言っても大丈夫だと思っていたりするんだけど。
だから……私はこう告げる。
「絶霊紋について詳しく話すわ――」
ちょっとダークなシャルロッテの過去話は、これで終わりです(後半、過去ではないですが……)
追記:29話外伝「1」と間違えて書いていたので、「2」にしました…… orz
また、男性の名が判明した後も、シャルロッテが男性と言っていた所を修正しました。




