第29話 情報をまとめよう
夕食後、玄関の所に鉄道の時刻表が置いてあった事を思い出したので、それを見てみる事にした。
すると、東方諸国方面へ行く路線であればどれでもディーグラッツへ行けるらしく、なんと5分間隔で走っていた。
まるで東京の都心並の過密っぷりだな……
と、思いながらディーグラッツについて、例のディアーナの本で調べてみると、人口80万人の都市と書かれれていた。こっちもまた人口が多いな。
そもそも、このルクストリアも市内だけで100万である。
市内だけというのは、アルミナから鉄道に乗って来る途中に見えた木々の多い地域は、正確にはルクストリアではなく、レントという隣接する別の街だし、ディーグラッツとルクストリアの間にもクレスタという街もそうだ。
どちらもルクストリアやディーグラッツと完全に繋がってしまっているが、区分的には市外――別の街という扱いだ。……まあ、この辺は日本でも同じだな。
もっとも、最近ではルクストリア都市圏として行政的にも纏められているため、ひと括りにしても構わないようだが。
ちなみにレントとクレスタの人口は、併せて70万。つまり、ルクストリア都市圏の4つの市街を全て合わせると250万にもなる。
ついでに、という事でランゼルトを調べてみると、こちらも人口は70万。
つまり、この狭い範囲に、実に300万超えの人間が暮らしているという事になる。
正規の住民以外――俺のような外から来て滞在している者や、仕事の為だけに通ってくる者などを含めると、その数は2倍以上に跳ね上がるらしい。
なるほど、レビバイク専用の道路が作られるわけだ。
と、一人納得した所で、自室へと戻……ろうとした所で、アリーセと遭遇した。
「ソウヤさん? 玄関で何――あっ! も、もしかしてまた侵入者が!?」
「いや、違うから心配しなくても大丈夫だ。俺は、単に時刻表を見ていただけだよ」
慌てふためくアリーセをなだめながら、そう告げる俺。
しかし、俺やシャルロッテの部屋がある方から来たという事は――
「それよりアリーセは、もしかしてシャルロッテの部屋に?」
「はい! 魔法探偵シャルロットの元になったエピソードを色々聞いていました! まあ、眠そうな様子でしたので、もう少し話を聞きたい所を、グッと我慢して切り上げてきましたけど」
なんていう予想通りの答えが返ってきた。
「グッと我慢して切り上げるくらいの自制心はあったんだな」
「……あの、それだと私に、自制心がないように聞こえるんですが。……いえ、たしかにシャルロットの話になると、自制心がなくなっている気もしなくはないですが……」
ふむ、一応自覚はあるようだ。
「って、それはともかくですね……霊力をかなり消耗しているようでしたので、さすがにお休みいただこうかと。……霊力を回復させる薬なんてものはありませんしね」
「あったら、飲ませて話を続けさせる気だったのか?」
「そんな事しませ……あ、いえ、するかもしれませんね」
「するんかい!」
……おっと、つい突っ込んでしまった。
「……まあ、それはそうと、アルミナでは薬がなくて慌てていたぐらいだったのに、今日は随分と用意周到というか、大量に持ち歩いていたよな」
「ええ、さすがにアルミナでは安全な場所だからと言って、甘く見すぎたというか……不測の事態が起きた時の事を何も考えていなさすぎたせいで、ロゼに大きな怪我を負わせる結果になってしまったので……。あれを教訓として、どんな安全な場所であっても、念の為に薬一式を持ち歩くようにしているんですよ」
「なるほど、そういう事か……」
いささか過剰すぎる気もしなくはないが、常に不測の事態に備えておくというのは、悪い事ではないし、まあいいか。
「あ、そうだ。明日、追加で調合するんだよな? 魔石が100個以上あるんだけど、俺じゃ使い道がないから明日の朝にでも渡すよ。適当に使ってくれ」
「ひゃ、100個以上!? って……そう言えば、アルミナで掃討な数の魔獣を倒したんでしたっけ?」
「ああ、森と遺跡で…………ん?」
ふと、妙な疑問が脳裏をよぎり、首を傾げる俺。
「……? どうかしたんですか?」
「いや……森で倒した方の魔獣は普通に魔石を残していったんだが、遺跡で倒した方の魔獣は1匹も魔石を残していかなかった事に、今更ながらに気づいてな……」
「え? あの、それって本当に魔獣だったのですか? 霊獣とか幻獣とかじゃないですよね? 魔石を残さない魔獣なんて、聞いた事がないのですが……」
「うーん、モータルホーンとか森でも見かけたのと同じ奴らだったから魔獣だと思うぞ……? ギルドでも魔獣の撃破としてカウントされていたっぽいし……」
俺がそう言うと、アリーセはしばし考え込み、それから推測を述べる。
「話を聞く限りでは、魔獣で間違いないっぽいですね。となると……考えられるのは、あの遺跡の深部は魔法が使えないという不思議な領域だから、という事ですね。あの魔法を使えなくしている『何か』が作用して、魔石が生成されなかったという可能性が一番ありえそうです」
「ああ、たしかにそうだな。多分だけど、そんな所だろう」
俺もアリーセと同じ意見だったので、頷いてそう言葉を返す。
まあ……これに関しては、今度ディアーナにも話してみるとしよう。もしかしたら、別の見解があるかもしれないしな。
あまり玄関で立ち話をしているのもあれなので、そんな結論が出た所で、俺は部屋に戻る事にした。
……
…………
………………
そして、暇だ。
……漫画というものが存在しているのが判明したのだから、百貨店にあったであろう本屋に寄って、1冊か2冊買っておけば良かった気もする。
まあ、仕方がないので『調べるべき事』や『謎』について、今の内に整理しておくとするか。
まず、調べなければいけない物だが……
1つは、この世界の生命として転生するはずだった者が、異世界に転生してしまう問題について、だな。
100年前から起こっているらしいが、その原因は現時点ではさっぱりだ。
もう1つは、地下神殿遺跡の最深部に封印されていた化け物について、だ。
俺的には時代的な物と消去法でいって、神話級の存在――つまり、幻獣の類である可能性を考えていたりはするが、それを証明出来そうな物はさっぱりだ。
とはいえ、どう考えても放置しておいていいような物ではないよなぁ……あれ。
正直、どっちも『さっぱり』という完全にお手上げな状態ではあるのだが、こればっかりは気長に調べるしかないだろうな。
なんとかこのルクストリアで、断片でもいいから何らかの情報を掴みたい所だが……
っていうか、シャルロッテが隠している『何か』が、このどちらかに少しでも関係していれば楽なんだけどな。……まあ、シャルロッテがその『何か』を話してくれるかどうか、という問題があるが。
……正直、話してくれなさそうな気がするんだよなぁ。
シャルロッテって、割とうっかり口を滑らす事があるし、そのまま流れで色々と教えてくれるけど、『一番大事な部分』に関しては、話すのを避けてくるし……
まあ……とりあえず、シャルロッテに関しては一旦置いておくしかないな。
ともあれ、調べなければいけない2点に関しては、断片くらいみつけたいものだ。
――さて、次へ行くとするか。謎な部分についてだな。
まずは、さっき気づいたばっかりだが、地下神殿遺跡の奥で倒した魔獣どもが魔石を落とさなかった事についてだ。
あれは魔獣……だよなぁ……? まあ、化け物が生み出してきた奴らは、化け物自体の分身体みたいな存在な気もしなくはないが……
ん? そうするとアリーセが言っていたように、あいつらは実は霊獣や幻獣の類であった、という可能性もありえる……のか? うーむ、一応その線も視野に入れておくべきか。
……よし、これに関しての考察はこのくらいでいいな。次だ。
ここはやっぱり列車盗賊団の件だろうな。あれは不可解な点が幾つもあるが、特に重要なのは3つ。
根城の外に出ていた部隊が、護民士の根城制圧をどうやって知ったのか、何故あの状況下で列車を襲ったのか、治安維持省がそういった理由を証人となる盗賊は誰も生存していないのに何故知っているのか、だ。
ただ、これはまあ、治安維持省のどこかに怪しい部分がある、もしくは怪しい奴がいる、って事に気をつけておけばいいと思う。というより、現時点ではそれ以外に調べようがない。
シャルロッテも警戒していた事を考えると、おそらくシャルロッテを襲撃した人形も、この辺り――治安維持省のどこか、もしくは誰かが関係しているのだろう。
その治安維持省のディランというの人物から得た情報だが、エクスクリス学院の生徒が数人失踪しているというのがあったな。今の所、新たな失踪者はいなそうだが……。
もっとも、これに関しては俺は部外者なので、アリーセとロゼ、それからエステルに注意して貰うしかないな。
まあ、誰かから依頼されたり、あの3人に何かあった場合は話が変わるけどな。特に後者の場合は無理だろうがなんだろうが、構わず踏み込ませてもらうが。
踏み込むと言えば……昨日の夜、この家へ忍び込んできた珠鈴にそっくりな容姿を持つ女が気になるな。
一応、アーヴィングが対策をしたみたいだから、もう忍び込まれる事はないだろうが……あいつの目的は一体なんだったんだ? 捕まえ損ねたのが痛いな。
まあ、もうこれに関しては仕方がないので、次の機会を待つしかない。
というわけで、次だが……絶霊紋だよなぁ、やっぱり。
ただ、これに関しては、シャルロッテの話以上の情報はないな。他に秘密があるのは間違いなさそうなんだけど……聞き出すのには何かのきっかけがいるよなぁ……
ディアーナに聞けば知っている可能性は十分にあるが、果たして個人の事情とも言える物を、ディアーナに聞いてしまって良いのだろうか?
同じ様なものとして、カリンカの言っていた『飛べない』ってのも気になるが……これもまた個人の事情なので、深く追求するわけにはいかんしなぁ……
さて、なんだか色々と考察してきたが、次で最後だな。
最後はもちろん、城の地下――正確には地下洞窟での出来事だ。
あそこで遭遇した男は一体何者なんだ? 異様に厄介なゴーレムを召喚してきたが……。正直、アリーセのターンアンデッドボトルがなかったら、ヤバかったぞ……あれ。
それに、あの男が執着していた例の扉も問題だ。あれは一体なんなのだろうか?
どうやら、まだ扉に変化が生じるための条件とやらが揃っていないようだが……
そもそも、条件ってなんなんだ? それに、あの男はその条件が満たされた時に、必ずもう一度来る。
あいつの目的が不明瞭ではあるが、かと言って放っておいたら、どう考えてもロクな事にはならなそうな気しかしないし、どうにかして対処する必要があるな……
一応、さっきの夕飯の終わり際に、アリーセがアーヴィングに話をして、監視要員を置いておくとかいう話にはなっていたが……。果たして、それであの男をどうにか出来るのか?
って、そうだ。封門陣とやらをあそこにも展開しておけば、少しは侵入を阻害出来るかもしれないな。明日、シャルロッテに話してみるか。
さて……こんな所か。
そこでふと、時計を見ると、もうすぐ日付が変わろうとしていた。
……随分と考え込んでいたもんだな、俺。
って、そういや、暇ならディアーナの本――『この世界について色々書かれている本』を読んでおけばよかったんじゃないか。うっかりしてた。
かといって、今から読むのもなぁ……と思っていると、何やら隣の部屋からガタンッという何かが落下する音がしてきた。……隣の部屋ってシャルロッテだよな?
えーっと…………
…………ちょ、ちょっとだけ……覗いてみる、か……?
そう、ほんのちょっとだけ……
そんなわけで、俺は壁際に寄ってこっそりとクレアボヤンスを実行。
シャルロッテの部屋を透視する。
……暗いな。寝ているのか?
いやまてよ、何かが光っているような……
なにやら禍々しい紫色の光が見えたので、そちらに視線を動かす俺。
って……。な、な……なんなんだよ、こいつはっ!?
次回から、多分2話くらいシャルロッテ視点の過去の話(つまり外伝)になります。
絶霊紋の真実とかの話なので、ちょっとばかしダークな展開だと思います。




