第19話 チェイスバトル
「「!?」」
俺とアリーセは、エステルの指さす方へと弾かれたように顔を向ける。
と、クチバシがやたらと長い巨大な真紅の鳥――いや、翼竜が俺たちの頭上を飛んでいるのが見えた。
少し離れていたので、クレアボヤンスを使って視界だけ接近させてみる。
すると、その巨大さがよく分かった。
目視での大雑把な概算だが、大体全長20メートルといった所だ。
うーむ、地球で白亜紀に生息していたという翼竜……ケツァルコアトルスとか言ったか? あれに似ている気もするな。大きさが違うけど。
っと、そんなことよりも、だ。なんであんなにバカでかい翼竜が頭上にいるのに影が地面に出来ないんだ?
「な、なんなのですか? あれは……」
「……分からぬ。妾も見た事のない姿形じゃ。……じゃが、なんとなく飛竜――翼竜の類に似ておるような気がするのぅ。まあ、あんなクチバシを持つ種は存在せんが」
アリーセの言葉に、そう返すエステル。
なるほど、翼竜のようで翼竜じゃないのか。……なら、とりあえず翼竜もどきと呼ぶか。
と、頭の中で呼び名を決めた直後、クレアボヤンスによる遠視の視界が、上空にいる翼竜もどきが翼をすぼめようとしている姿を捉える。
そのまま翼竜もどきの動きを注視していると、そのすぼめた翼の内側に黒い槍の穂先のようなものを生み出し始めた。
槍の穂先のようなものと言っても、その大きさは桁違いで、俺の3倍くらいあるは思われる。
……って、待て! どうみてもあれはこちらを狙っているんだがっ!
「――突っ込んで来るぞっ!」
そう言い放つと同時に翼竜もどきもまた動く。
槍の穂先のようなものと共に、こちらへと向かっての急降下。
俺は左へ、エステルは右へ、アクセル全開のままレビバイクの車体を傾ける。
その数瞬の後、爆発音と共に地面に翼竜の生み出した槍の穂先が突き刺さり、炸裂。その衝撃によって大量の石や砂が、噴水もしくは間欠泉を思わせる程の激しさで噴き上がる。
俺もエステルもどうにか回避出来たが、ヤバイなんてレベルじゃない威力だな……
一度レビバイクを停止させて相手をするべきかと考えたが、それよりも早く翼竜もどきが動く。
「ルオオオオオォォォォォッ!」
低音の咆哮と共に、その長いクチバシの先端がバチバチと放電し始める。
と、その直後、クチバシの先端から、白いスパークを繰り返す俺の頭3つ分くらいの青い球体が連続で射出された。それもこちらとエステルに向けて、だ。
「ソウヤさん! 雷撃弾みたいなのが来ます!」
「ああ、わかってる!」
アリーセからの警告にそう返し、翼竜もどきを中心としてコンパスで円を描くように走行。
遅いくる雷撃弾は、弓なりの軌道を描いている為、こう走れば回避しやすい。
雷撃弾が次々に地面へと激突し、落雷のような轟音を立て続けに響かせる。
思った以上に雷撃弾の速度があるので、レビバイクを停止させたら確実に直撃するだろう。……立ち止まって迎撃というのは現実的ではなさそうだ。
一方、エステルの方はジグザグに動いて雷撃弾を回避していたようだが、回避しきれずに一発被弾。
一瞬焦ったが、ローブがボロボロになった程度でそれ以外は無傷だった。
雷撃弾の連射でスタミナが尽きたのか、攻撃が止んだ隙を狙い、エステルが俺たちに接近、大声で呼びかけてくる。
「まさか、ローブが一発でボロ布にされるとは思わんかったのじゃ! リアクティブシェルを裏地に縫い込んでいなかったら一撃でくたばっておったわい!」
リアクティブシェルってなんだ? と問い返す前に、エステルが言葉を続けてくる。
「あの威力、ソウヤに施した防御魔法でも数発食らったら確実にぶち抜かれるぞい! 気をつけい!」
おいおい、俺の守護印の防御魔法は、魔法やブレスに対して無敵だとか言ってなかったか!? それが数発でアウトとか、どんな威力だよ……っ!
「このまままっすぐ走ってください! 反撃します!」
アリーセの声が聞こえ、背中から胸……じゃなかった、圧力がなくなる。
視線を後ろに向けると、アリーセが弓を構えていた。
と、アリーセの構えるその弓に発光する粒子がどこからともなく収斂し始め、矢の形となった。といってもそれは物理的な矢ではなく、青色の、螺旋状で細い光の帯を纏った、いかにも魔力の塊といった感じの矢だが。
「チャージ……ショット!」
掛け声と共に弓を引くアリーセ。
魔力の矢が弓から放たれ、翼竜もどきへと突っ込む。
……が。
「……えっ?」
信じられないといった声をあげるアリーセ。
俺も理解出来なかった。
なぜなら、放たれた矢が翼竜もどきを体をすり抜けたのだから。
「もう一度いきますっ!」
アリーセがそう宣言し、弓を構える。
だが、同時に翼竜もどきがクチバシを放電させながら翼をはためかせ、上空へ移動。
再び雷撃弾を放ってきた。
「回避する! つかまれ!」
俺の声にアリーセは慌てて弓を背負い、俺の腰に手を回そうとする。
しかし、それと同時に雷撃弾が地面に落ち、炸裂。
「きゃあっ!」
体勢が崩れていた事で、レビバイクから落下しそうになるアリーセ。
だが、なんとか耐えて俺に張り付く。……ふぅ、よかった。
今度はエステルがやったようにジグザグの移動で雷撃弾を回避していく。
ただし、少しずつ軸を左へとずらしながら。
エステルの方は大丈夫かと思い、一瞥すると、エステルの方に迫る雷撃弾が、こちらよりも少なかった。
どうやら奴は、こちらを集中的に攻撃してきているようだ。
アリーセの弓を驚異と捉えたのか……?
――再び雷撃弾の雨が止むのを見計らいエステルに接近する俺。
見ると、エステルはいつのまにか眼鏡をかけていた。
「やはりそうじゃったか……っ!」
顔を翼竜もどきの方に向けながらエステルが叫ぶ。
平時だったらよそ見運転だが、今はそんな事を言っている場合ではない。
「何がだ!?」、
「妙な違和感があった故、これで魔煌波を視覚化して確認しておったのじゃが、奴の周囲の魔煌波が攻撃時と攻撃を終えた後とで変化しておる! というより、今は奴自身が魔煌波と一体化しておるというべきじゃの!」
俺の問いかけにそう返してくるエステル。
「それはどういう事なんです!?」
「魔法による攻撃も物理的な攻撃も効かんという事じゃよ! ただし、奴が攻撃を仕掛けてきている間は、その状態が解除されておった! あの時であれば、魔法やおぬしの矢が有効なはずじゃ!」
そこで一度言葉を区切り、アリーセの弓を指さしてから、続く言葉を紡ぐエステル。
「妾の持つ攻撃魔法は発動までに時間がかかるものばかりじゃし、運転しながらではまともに扱えぬ! 奴が攻撃を仕掛けてきているその時を狙って矢を放つのじゃ!」
「あの攻撃の最中って……あれは回避しないとヤバイからまっすぐ走るなんてのは無理だぞ!? あの状況で手を俺から離して弓を引くのって難しすぎないか!? 下手したらレビバイクから落っこちるぞ!?」
俺は、先程体勢を崩したアリーセの姿を思い出して、言う。
「妾が障壁魔法を展開する故、回避を考えずにまっすぐ走るのじゃ!」
と、そう返してくるエステル。
大丈夫なのかと問おうとしたが、翼竜もどきのクチバシに放電が見えた。
……こうなれば、信用してやるしかない!
「くるぞ!」
俺はそう短く言い放つと、一直線にレビバイクを走らせる。
アリーセが俺の腰から手を離し弓を構えた。
その俺たちに寄り添う形で並走するエステルが、懐からペンダントのようなものを取り出し、精神を集中し始める。
「チャージ、開始します!」
アリーセの持つ弓に光の粒子が集まり始めると同時に、三度雷撃球が展開される。
が、それはこちらへ飛んでくる事なく、そのまま長いクチバシを中心にリング状に展開された。……攻撃方法を変えてきた?
と、その直後、翼竜もどきは下地面すれすれまで下降し、翼を大きく広げた。
それに合わせてアリーセが弓を動かし狙いを付け直す。どうやら、矢の生成は弓を動かしても問題ないようだ。……英語名だから魔法とは違うって事なのか?
そんな事をふと思っている間も、光の粒子の収束が進む。
だが、当然ではあるが、敵もそのまま待っているわけではない。
翼竜もどきは左右の翼の前に例の槍の穂先もどき――といっても、さっきの物の半分程度だが――を、それぞれ生成。
固まっている所を好機とみたのか、脅威とみたのかは不明だが、攻撃手段を盾代わりにしての突進をしかけてきた。
エステルの方を見ると、その手に持つペンダントには、既に菱形を十字につなげたような紋様が浮かんでおり、更に魔法発動可能状態を示す淡い光も放ち始めていた。……ってか、この光、赤黒くて凄い不気味なんだが……
「玄宵の絶界面っ!」
エステルが叫ぶと同時に、俺とエステルの乗るレビバイクを包み込むようにして、赤黒いドーム状の障壁が生成される。
刹那、爆音が響き渡り、赤黒いドームの表面に、青と白の光で作られた美しくも禍々しい模様が幾つも広がった。
どうやら奴が突進をしかけながら、雷撃球と槍の穂先もどきを一斉に放ってきたようだ。
もっとも全て防ぎきったので、なんともないが。ってか、あの数の同時攻撃に耐えるとかなかなか強力な障壁みたいだな。
と、そう思った次の瞬間、翼竜もどきが激突。その衝撃が赤黒いドーム状の障壁全体を震わせた。
そして、それに合わせるかの如く、激突した地点に発生したヒビが、またたく間に全体へと広がる。
「ぬうっ!? さっきの攻撃が重すぎたようじゃっ! もう障壁がもたぬっ!」
エステルの焦りの声が聞こえてくる。だが、
「チャージ……完了ですっ!」
という、アリーセの声もまた同時に聞こえた。
――ガラスが砕けたかのような音と共に、赤黒いドーム状の障壁は粉々になって消滅。
しかし、それに負けじとばかりに1つの音が轟く。
「ギギャァァアァアァアァッ!?」
障壁を砕いたばかりの翼竜もどきの左の翼に対し、光が――アリーセのチャージショットが突き刺さり、苦悶の叫びが響き渡った。
まあ、翼竜もどきにとっては、完全に意表を突かれた形だっただろうな、今の。
「これもくれてやるのじゃっ!」
そう言い放ったエステルのペンダントを持っていない方の手には、いつの間にかテニスボール大の黒い玉が握られていた。
そして、それを翼竜もどきへと放り投げる。
黒い玉は翼竜もどきの右の翼にぶつかり、破裂。炎がその翼を包み込んだ。……火炎瓶の球体版?
「グギギィィィィィィィィィィッ!?」
炎と魔法矢によって両翼に大ダメージを受けた翼竜もどきは、再度の苦悶の叫びと共に、身体を大きくのけぞらせ、そのまま地面へと墜落した。
その姿を捉えた俺とエステルは、ブレーキをかけ、レビバイクを停止させる。
魔獣特有の黒い靄――ではなく、銀色にキラキラと光る粒子と共に、その肉体が光に包まれ始める。
「なんじゃ……あれは……。あんなものは見た事がないぞい……?」
そうエステルが呟くように言ったその瞬間、銀色の爆発が起こった。
「うおっ!?」
「ぬわわっ!?」
「きゃっ!?」
3人が驚きの声をあげた直後、翼竜もどきの姿は完全に消え去っており、後には魔石1つ残されていなかった。
「今の……魔獣ではなかった……のか?」
「も、もしや、幻獣……だったのでしょうか?」
俺の口にした疑問に続くようにして、そんな疑問を口にするアリーセ。
「ううむ……。さすがにそれはないと言いたい所じゃが……正直、幻獣であると考える方が、いろいろと辻褄が合うのもたしかなんじゃよのぉ……」
顎に手を当て、そう言って唸るエステル。
「まあ……ここで考え込んでいても結論は出なさそうだし、とりあえず、当初の予定通り遺跡へ行くか……?」
「うむ、そうじゃな。あそこに設置してある結界塔も確認しておきたいしの」
エステルは俺の問いかけに頷き、そう返すと、再びレビバイクを駆動させる。
そして、俺もそれに続いて駆動させる。
しっかし、なんというか……RPGっぽく言うと、ダンジョンに行く途中のフィールドでボスに襲われた気分だな。出てくんのまだ早いだろ、って感じだ。
思ったよりも戦闘が長くなりました……
次回はようやく遺跡に到着です。
追記
誤っている箇所を発見しましたので修正いたしました。
また、『とりあえず翼竜もどきと呼ぶか』の一文がすっぽ抜けていた為、追加しました。
誤記修正その1
誤:上空にいる翼竜が
正:上空にいる翼竜もどきが
誤記修正その2
誤:そのまま動きを注視していると、翼竜もどき、そのすぼめた
正:そのまま翼竜もどきの動きを注視していると、そのすぼめた




