第18話 荒野を駆ける2台
――というわけで動かしてみる。
「……特に問題なさそうな気がするな……」
アクセルもブレーキも、地球のバイクと同じ感覚で操作可能だった。
ただ、アクセルを踏むと同時に、ほんの少しだけ浮き上がるのがバイクとは異なっており、それがなんとも不思議な感覚だったりする。
ともあれ、その状態で俺はゆっくりと前へ進み、少し進んだ所でブレーキをかける。
と、ブレーキによって車体が停止する。が、まだ浮遊状態は維持されていた。
それにしても、浮いているからなのか、魔力回路だからなのか良くわからないが、振動はほとんど感じないな。乗り心地は悪くなさそうだ。
エンジンキーを抜いてみると、回転していたタイヤらしき物が動きを止めると共に浮き上がる力が失われ、ゆっくりと着地する。
どういう仕組みなのか良くわからないが、その状態で完全停止しており、押したり引いたりしても倒れたりはしなかった。
自動で固定されるのは便利だけど、コレ、故障とかした場合は、どうやって動かすんだろう……?
なんとなく気になったので、エステルに聞いてみると、
「車体の背面にある緊急解除用の紋様に触れれば、固定が解除される仕組みじゃよ。ただし、生体認証登録した者――つまり、持ち主が触れなければ紋様は反応せんがの」
と、そう説明された。なるほど……そういう仕組みなのか。なら、安心だな。
「おう、それはそうと問題なさそうじゃねぇか」
エステルの説明を聞き終えた所で、おっさんがそんな風に声をかけてきた。
「まあ、たしかに問題なく運転出来そうですね。色々確認してみた感じ、俺が知っている物と、限りなくそっくりな操作方法でしたし」
俺はそう返しながら、車体を改めて見回す。……ふむ、気になる点はもうないな。
とりあえず、ペダルでの操作がボタンでの操作になっている点にだけ注意すれば、あとは大丈夫だろう。
「さすがですね、ソウヤさん」
アリーセが両手を合わせて笑みを浮かべる。
「うむ。であれば、そっちはソウヤが運転するといいじゃろう」
そう言った後、思い出したかのように門の方を見て、忠告の言葉を続けるエステル。
「ああそうそう、これに乗ったまま町中に入るのは基本的に禁止されておるからの。必ず町の入口の指定された場所――この町なら門に入ってすぐのここじゃな――で、降りるんじゃぞ」
「なるほど、町中では乗れないようにしているのか」
俺がそう言うと、エステルはレビバイクを軽く叩き、再び言葉を紡ぐ。
「こやつは馬以上のスピードが出るゆえ、人の多い場所で乗り回すのは危険じゃからのぅ……。まあもっとも、首都ルクストリアのような広い街には、これに乗ったまま入れる道なんてのもあったりするんじゃがの」
「ああ、そうだな。って、そういやぁルクストリアでは、ライセンスを取得すれば街中も自由に走れるらしいぜ」
と、エステルの言葉に続けるようにして言うドルモーム族のおっさん。
ああ、だから昨日見た時に走っていたんだな。
「そうですね。事故防止と移動のしやすさを両立するために、たしかにそういう仕組みが導入されています。ただ、それでも事故を完全に防ぐのは難しいので、少し前にレビバイク専用の道もいくつか作られましたね」
と、アリーセがちょっと自慢げに言う。……アリーセの父親あたりが、その舵取り役かなにかをしたんだろうな、多分、きっと。
「ま、たしかにこやつは、移動が大変な広い街でこそ活用すべき物じゃろうしのぅ。妾の弟弟子もなかなか凄い物を生み出したものじゃわい」
「え? これってエステルさんの弟弟子さんが発明したものなんですか?」
「うむ。……まあ、弟弟子が作ったものは、地上を走らせるものじゃったんだがの」
と、アリーセの問いかけに答えるエステル。
ふむ……なるほど、元々は普通のバイクや自転車と同じ感じだったわけか。
「じゃがまあ……妾がそれの試験走行をしたのじゃが、よく沼地や砂地で立ち往生してのぅ……。それを見ていた師匠が改良して、今の形にしたのじゃ」
「なるほど……。たしかに地上を普通に走るとそうなるでしょうね」
そう言って納得したような表情で頷くアリーセ。
たしかにオフロードバイクみたいなのなら別だろうが、普通のだとそうだな。というか、悪路を走行する事が前提なのか。
まあでも……この町の中にある道は、隙間なく敷き詰められた凹凸の一切ないとても平らな石畳でしっかり舗装されていたけど、町の外――街道なんかは、整備こそされているものの、普通の土の道だったからな。雨とか降ったら確実にぬかるむだろうし、悪路を走行する事が前提であってもおかしくはないか。
と、俺がレビバイクを見ながらそんな事を考えていると、
「っと、それはそうと、アリーセは妾かソウヤの後ろに乗る形になるが、どっちにするのじゃ?」
そう言いつつ、自分のレビバイクにまたがるエステル。
「えーっと……そ、それでは、ソウヤさんの後ろで……」
俺よりエステルの方が安全に運転出来ると思うが……まあ、俺としてはアリーセを後ろに乗せるのは悪くない……いや、普通に嬉しい事なので、あえて何も言わない。
「ソウヤよ、落としたりせんようにな」
エステルが笑いながらそう言った後、おっさんの方を向いて言葉を続ける。
「――魔力は満タン。魔力回路を始めとした各種機構も問題なし。さすがはドーヴァンじゃな」
「ま、預かった以上、いつでも使えるようにしとかねぇとな」
そう言葉を返し、肩をすくめるドルモーム族のおっさん。まったく気にしていなかったが、どうやらドーヴァンという名前だったらしい。凄く今更だが。
「うむ、感謝するぞい。――さて、ソウヤにアリーセよ。準備は良いかの?」
エステルが問いかけてくる。と、同時にアリーセが俺の腰に手を回してきた。
「ああ、こっちは大丈夫だ」
エステルにそう返すと、後ろからアリーセの声が聞こえる。
「ソウヤさん、よろしくお願いしますね」
「初めての運転だから、しっかり掴まっててくれると助かる」
そう告げると、アリーセは俺の背中に密着してきた。
当然の如く、胸の膨らみが背中に伝わってくる。……結構大きいな。
って、何を考えているんだ、俺は。
「よし、それでは出発するぞい!」
そう宣言して走り出すエステル。
俺は慌てて邪念を振り払い、すぐにエステルを追って走り出すのだった。
◆
とまあそんなわけで、荒野を疾走する俺、アリーセ、エステルの3人。
いや、正確には荒野を疾走する2台のレビバイク、か。
所々に岩がある程度のだだっ広い荒野なので、最高速でぶっちぎっていたりする。
まあ、最高速といっても、時速にして80キロくらいが限界速度っぽいので、地球の原付よりちょっと速いくらいではあるが。
一応、魔力回路が車体への与える影響――魔煌波の負荷が危険域に達するのを防ぐため設定されているリミッターを解除すれば、100キロ強はいくようではある。
うーむ、リミッターがあるあたりは原付に似ているな。
などと思っていると、
「速くて気持ちいいですねっ! 鉄道と同じくらいのスピードが出ている気がしますっ!」
アリーセが大声でそう言ってくる。
「ああ、そうだなっ!」
と、俺もまた大声でアリーセに言葉を返す。
何故大声かというと、風を切る音が強すぎて普通に話していたのでは、まったく聞こえないからだ。
ちなみに、風圧によって涙が出るような事もなければ、風を切って走る事による寒さを感じたりもしない。
これは、レビバイクに搭載されている防御魔法の類で防がれているから……らしい。
だが、そんな防御魔法の類であっても、風を切る音だけは防げないようだ。
ここまで出来るのなら、風を切る音を防いだり、声も普通に通せるようにしたり出来そうな気もするが、出来ていないという事は難しいのだろう、多分。
それはそうと、さっきから気になっているのだが、遠くの方が……なんというか木漏れ日と白い靄が混ざりあったようなものが、空の彼方から地表までを覆い尽くし、それがゆらゆらと揺らめいている。
一見すると蜃気楼っぽいが、いくらなんでも巨大すぎる。
「……アリーセ! 遠くの方が白く歪んでいる様に見えるんだが、あれはなんだ!?」
「ああ! あれは幻燈壁ですね! 今まで見た事ありませんでしたか!?」
俺が大声で問いかけると、アリーセもまた大声でそう返してきた。
それにしても幻燈壁? アリーセの言い方からすると、割と見られるものの様だが……まあ、素直に見た事ないと言っておくか。
「ない! 始めてみた!」
「そうでしたか! ああでも、この荒野のように周囲に何もない広大な土地でしか発生しないものですし、山間部に暮らしていると見る機会がないかもしれませんね!」
と、アリーセ。なるほど、だだっ広い場所でのみで起こるのか。
「なるほどな! それでアレはどういう現象なんだ!?」
「えーっと……ですね! 学院で学んだ程度の知識でしかありませんが……アレは遮る物がなにもないこのような広い場所だと、遠方の魔煌波が太陽の光の影響で可視化される、という現象です! ただ、詳細な条件とか原理とか、そういった部分は未だに研究が続けられている状態ですので、完全には解明されていません! ちなみに、海上だとこのような見え方をする以外に、まるで滝のような見え方をする場合もあるんだそうです! 残念ながら、私は見た事がありませんが!」
「へぇ……なるほどな! 説明、ありがとう!」
俺はアリーセの説明に対してお礼を言いながら、幻燈壁を見る。
ふむ……つまり、アレはこの世界に満ちている魔煌波ってのが生み出す、蜃気楼もどきの謎の光景ってわけか。まあ、実にファンタジーな感じで面白いな。
――そんな感じでアリーセと会話をしていると、突然、スマホに届く緊急地震速報のような警告音が響き渡る。
「な、なんだ!?」
「害獣や魔獣が接近すると鳴る警告音じゃの!」
「って事は近くに害獣か魔獣がいるって事か!?」
「そういう事じゃな!」
俺とエステルがそう言葉を交わしている間に、周囲を確認したアリーセが、
「でも……姿が見えませんね?」
と、言ってきた。……たしかに、どこにも影1つみえないな……
そう思いながら、周りを見回していると――
「っ!! 上じゃっ!」
と、エステルが真上を指さしながら、一際大きな声で警告を発した。
レビバイクで疾走中の襲撃。
というわけで、次回はレビバイクに乗りながらのバトルです。




