第17話 レビバイク
治療院に寄るというアリーセと一旦別れ、測定機とやらと、メンテナンス用工具とやらを回収した俺とエステルは、この町全体を覆う結界を展開している『結界塔』と呼ばれるもののところへとやってきていた。
……って、そういや討獣士ギルドで登録するの忘れてたな。
ま、急ぐ必要があるわけでもないし、後でいいか。
「――これで、300メートルくらいは結界が広がるはずじゃ」
高さ1.5メートルぐらいの金属の灯籠といった形状をした物――結界塔をいじりながら、そう呟くエステル。
しかし、思ったより大きいな……
エステルの説明によると、この大きさなのは大型の回路と、回路の魔力を制御する為のリミッターが組み込まれているから、らしい。ギルドで言っていた通り、リミッターが幅を取っているようだ。
まあ……とはいえ、この金属の灯籠みたいな魔煌具1つで街全体を覆えるような大規模な結界を展開出来るのだから、むしろコンパクトだと言えなくもないか。
と、そんな感想を抱いているうちに、結界塔から少し離れた所に引かれている金色の線――結界線が遠ざかっていく。
ふむ……。確かに結界が広がっているようだ。
「これって、普段から広げておく事は出来ないのか?」
「無論、出来なくはないぞい。じゃが、ギルドで話したように、リミッターによる制限を緩めれば緩めるほど、魔力の消費は増大するからのぅ。今回のような非常時以外は、町を護れる最小限にして、魔力の消費を抑えるのが普通じゃな。でないと、魔力供給装置の供給が追いつかなくなってしまうからのぅ」
顔をこちらに向けず、声だけでそう返答してくるエステル。
「なるほど……」
つまり、結界を常時展開するために魔力を消費し続けるから、エステルの店で見かけた連射型魔法杖と同じで魔力供給装置が必要って事か。
で、その魔力供給装置で対応可能な量の魔力量で結界展開を行う事で、魔力切れを起きなくしている……とまあ、そういうわけだな。
俺が頭の中でエステルの話を整理し終えた所で、エステルが立ち上がり、こちらを向く。
「結界の調整は終ったぞい。アリーセと合流して遺跡へと向かうとしようかの」
「ああ。――たしか、南の門で合流だったよな?」
「うむ。ここからなら裏道を抜けていけばすぐじゃよ。ついてくるのじゃ」
◆
とまあ、そんなわけで裏道を抜け、合流地点である南の門へやってきた俺たち。
と、そこには既にアリーセの姿があった。
……ん? よく見ると弓を背負っているな……。あれがアリーセが普段使う得物なのだろうか?
っていうか、あの弓……複雑な模様が描かれているかのような謎の青い金属素材――色以外は、地球のダマスカス鋼に近い――で作られているわ、上下それぞれの弦輪の部分には、それぞれ球状の魔煌波回路がソケットに収められた状態でとりつけられているわで、どう考えても普通の弓じゃないよな……
「あ、ソウヤさん、エステルさん。そちらは終わったのですか?」
「うむ、問題なしじゃ。っと、問題と言えば、ロゼとやらの方は大丈夫そうなのかの?」
そう問いかけるエステルに対し、アリーセが頷き、笑顔で答える。
「はい。もうすぐ意識も戻るはずだと仰っていました」
「それはよかったわい」
「ああ、まったくだ。……っと、そういえばその弓は?」
エステルに続くようにそう言いながら、背負っている弓に視線を向ける俺。
「あ、これは私が普段使う魔煌弓です。昨日は次元鞄を背負う必要があったので、宿に置いたままにしていましたが、今日は、次元鞄は必要ないですし、魔獣が出る可能性を考えたら必要かと思いまして」
「まあ……たしかに現状を考えると、魔獣と遭遇してもおかしくはないな」
俺が腕を組みながら頷くと、エステルが続くように頷き、そして言う。
「うむ、そうじゃな。……しかし、魔煌弓とはまた高価な武器じゃのぅ」
「ん? そうなのか?」
「魔法用の魔煌波生成回路とは別に、矢を生成するための専用機構である魔力回路も積んでおるからのぅ。どうしても割高になるのじゃよ」
矢を生成する? つまり、この魔煌弓とやらは魔法の矢を自動で作り出して放つ、って感じか。そしてそう考えると、アリーセが矢筒の類を持っていない事も納得がいく。
「ええ、たしかに結構な値段がしますね。これを入学祝いとして母から貰った時は、感動したものです」
そう感慨深げに言うアリーセ。
うーむ……。なんというか、感動する程の入学祝いの品が高価な物だとはいえ、武器だっていう辺りは、害獣だの魔獣だのが普通に生息しているこの世界らしいな。
っと、それはそうと……
「――ところで、遺跡までここからどのくらいだっけか? 歩いて行くとすると、結構……いや、かなりあるんじゃ……?」
俺がそう口にすると、エステルが首を傾げる。
「うん? 歩いていくつもりじゃったのか?」
「ん? 違うのか?」
「遺跡までは20キロちょいじゃから、さすがに歩く気にはならぬのぅ。妾はレビバイクを持っておる故、それを使って行く方が、圧倒的に楽じゃしの。――ちょっとそこで待っておれ」
そう言って、門の脇にある建物へと入っていくエステル。
建物の入口を見ると、『よろず預かり所 ゲートサイド』と書かれていた。
そのまんまというか……実にわかりやすいネーミングだな。
ここにレビバイクとやらを預けているのだろうか?
しかし、レビバイクねぇ……。名前からすると、ディアーナの所でルクストリアの光景を見た時に走っていたバイクっぽいが……
「レビバイクってのはどういうものなんだ?」
俺がアリーセにそう問いかけると、アリーセは困った顔をして、
「レビバイク――正式名称は、レビテートバリアブルサイクルマシンと言いまして、力場生成型の回転式魔力回路を持つ、浮遊する馬のような乗り物……とでもいうべきでしょうか。う、うーん……ちょっと説明しづらいですね……」
と、なにやら頭を悩ませながら言ってきた。
馬のような乗り物……うんまあ、普通に考えたらバイクだろうな。
まあ……待っていればわかる話か。
◆
そんなわけでしばらく待っていると、入っていった場所とは違い、建物の脇から出て来るエステル。
「これじゃよ、これ」
と、そう言ったエステルは、予想通りバイクのようなものを転がして……いや、浮いてるな、これ。
見た目はバイクそのものだが、タイヤ――いや、タイヤらしき物が金属に似た材質で作られており、車体全体が地上からわずかに浮いている。なるほど、たしかに『レビテート』だ。
再びタイヤらしき物に目を向けると、それは、回転しながら水色の淡い光を放っているというのが分かった。これがさっきアリーセが言っていた回転式魔力回路とかいう物なのだろうか。
っていうか、未来が舞台のSFモノに出てきそうな感じの代物だよなぁ、これ。
――なんて事を考えていると、エステルの後ろから腕が毛深い……というか、最早毛皮のようになっているガタイのいいおっさんが同じものを持ってくる。あれは……ドルモーム族、だったか?
「ほれ、こっちがあんちゃんか嬢ちゃんが運転する方のレビバイクだ。……どっちが運転するんだ?」
と、そのおっさんが言ってくる。……当然だが、俺は乗った事なんかないので、アリーセの方へ顔を向けてみる。
しかし、俺の視線に気づいたアリーセが、申し訳なさそうな顔をする。
「えっと……。私はレビバイクを運転した経験がありませんが……先程の感じからすると、もしかしてソウヤさんも?」
「ああ。俺もない。というか初めてみた。里になかったしな。……ああでも、似たようなものになら乗った事があるな……」
もっとも、似たようなものって言っても、バイクじゃなくて自転車だけどな。
とはいえ、一応、免許をいつか取るつもりで運転の仕方だけはネットで調べた事があるので、なんとなく運転の仕方はわかるが。
……そういや、これって乗るのに免許っていらないんだろうか? いや、なんとなくいらなそうな感じではあるが。
「ま、それならとりあえず乗ってみたらどうだ? 案外同じように動かせるかもしれねぇぜ」
と、そう言いながら、俺にレビバイクを渡してくるおっさん。
仕方がない、まずは調べてみるとするか。バイクと同じところ、違うところがそれぞれわかれば、どうにかなるだろうからな。
そう考えて色々と調べてみた所、やはりというかなんというか、レバーやグリップの類は、バイクのそれそのままのようだ。しかし、こちら――レビバイクにはバイクと違いペダルがなかった。
で、ペダルがない代わりに、大きいボタンのようなものが、車体側面のちょうど足首が置かれているあたりにあったりする。
試してみたところ、これがペダルの代わりを果たしていた。操作の仕方としては、乗馬で馬の腹を蹴る感じに近いな。
ちなみにエンジンキーはクリスタルの様な材質で出来た三角錐状の物で、上部にスティックより細いグリップがついている。なんというか……馬の上で使う突撃用の槍――ランスに似ている形状だな。
なんでも、キーごとに異なる駆動回路になっており、車体とキーの駆動回路が適合しないと動作しない――つまり、エンジンがかからない様になっているんだとか。どうやら、防犯もバッチリなようだ。
ふむ……これならどうにかなりそうだな。よし、そろそろ実際に動かしてみるとするか。
レビテートバリアブルサイクルマシン。略してレビバイク。
かなり無茶な略し形な気がしますが……何故こんな略され方なのか……?
地面から少し浮いて走行する以外は、基本的にバイクそのものです。




